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闇鍋短編集  作者: LE-389
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安全しゅりけん

『ホムンクルス製作キット』のその後のお話。

「『中二病フェア』って、何?」


 ゴチャゴチャとした店内でも目立つ、一枚の張り紙。

 白黒赤の配色で変な模様と「中二病フェアはじめます」の一文だけが書かれている。


「修君は、『中二病』って知らないのかい?」

「いや、そっちは分かるよ」


 説明しろと言われれば困るが、何となくイメージはできる。「世界征服したい」みたいなことを言い出すやつだ。


「じゃあ、『中二病フェア』も想像がつくんじゃない?」

「ここ、いつも売ってるものがそもそもそんな感じじゃん。それっぽい商品だけにするってこと?」

「そうだよ、そんな感じ」


 進学して中学生になったお得意さま向けに、より『中二病』らしい素敵で怪しい商品を。そうでなくとも真っ黒な服装やらオカルトな雑誌やらを揃えてお安く提供する、そんな催し。


「訳がわかんない」

「そういうの、嫌いかな?」

「いつもの商品とか、夏休みのあれで十分だよ!」


 夏休み、宿題をみてくれるという話に釣られてバイオハザードの後始末を経験することになった。

 なんだかんだでここの商品は楽しいし、オマケしてくれたり普通の商品でも面白いものがあるから通っている。けれど、ああいった『特別な経験』はもうたくさんだった。


「いやもう、あの時は本当にありがとう。助かったよ」


 ただでさえ忙しい中でのトラブル対応、猫の手も借りたいからと小学生を頼ってしまった。


「だから、試供品にこれをあげるよ。フェアで出す商品の一つさ」


 差し出された一つの紙箱。「安全しゅりけん」の文字と、絵本のようなイラストが描かれたふたを開けると、本物にしか見えない手裏剣が入っていた。

 一枚手に取ってみると、金属の冷たさと重さが感じられる。


「安全? これが?」

「実演してみせようか」


 店主も一枚手にとって、反対の手を壁に当ててそこに突き刺そうとする。

 刺さる所を見たくない修は顔を背けた。


「大丈夫だよ、ほら」


 おそるおそる、目を開ける。


 手裏剣は手の甲に『くっついて』いた。よく見ると、わずかに隙間が空いているので『手の甲近くの空間に』というのが正確なところだ。


「どこにどう投げようが、ものを壊したり怪我をする心配が無い。それでいて本物のような手触り、投げ心地。しかも一箱十枚入りが、なんと百円!」

「ひゃ、百円!?」


 あまりにも安すぎる。投げて遊びたいが、夏も安さに釣られてひどい目にあったので警戒心が欲求に勝った。


「まーた変なところから仕入れたんでしょ」


 バイオハザードを起こした商品も、店主の知り合いが開発したハンドメイド品だったと後で聞いた。


「いや、これは名前の通り安全だよ」


 「遊びに夢中で車道に飛び出る」といった事故はともかく、手裏剣自体が原因の事故は無い、と彼は断言する。

 何度も投げると消えてなくなる消耗品だから、と安い理由も説明してくれた。

 最初の一件以降、事故の起こるような商品は見ていない。店主の言うことを信用してもと思うが、どこかひっかかるところが修にはあった。

 タダより高いものは無い。けれど使ってもみたい。結局、興味に負けた修はそれを使わせてもらうことにした。


「遊びおわったら、しっかり箱にしまってね。使う前に無くなってしまうかもしれないから」



――――



 翌日、店に修が駆け込んできた。


「おじさん! 手裏剣が無くなった!」

「え、もう!?」


 ばらつきはあるが、何十回も投げなければ消えないはずの商品。そのはずの手裏剣が、昨日少し使っただけで消えてしまった。

 何かの間違いじゃと箱を改めた店主は、底の部分を見て表情を変えた。「失敗した」という顔だ。


「ごめん、これ古いやつだった」

「え、これ古くなっても消えるの?」


 原因を理解した彼と違い、修は未だに何が起こったのか分からない。


「この商品のタネの話になっちゃうけど、詳しい話聞きたい?」

「うん。もったいぶらずに教えてよ」


 何でこうなったのかが、気になってしょうがない。


「分かった。単刀直入に言うと、この『安全しゅりけん』という商品は『ものを壊したり怪我をさせない手裏剣』じゃなくて『手裏剣を持っているという錯覚をさせる忍術がかかった紙箱』なんだ」


 これで遊ぼうと箱を開けた子どもが忍術にかかり、「手裏剣をもっているつもり」になって遊ぶ。

 多少はつじつま合わせをする程度に高度な術なので、遊ぶ子同士で「どこに刺さったか」の食い違いは起こらず、回収できなければ無くなったままになる。


 術の見破り方も教えてもらえた。

 箱にかかった術は「直接の五感」以外はごまかせないものだ。だから水位に目印を付けた容器を用意して、手裏剣を入れても水位は上がらない。上から水をかけても分かる。実際には存在しないから、手裏剣で弾かれたような跡にはならない。


「忍術なんだ」

「『手裏剣をどこからともなく取り出して、いくつも投げる』術の応用らしい」

「うそだぁ」

「本当だって」


 この商品の仕入れ元は、忍者の里だった地域。

 もちろん、そこに住むのは普通の忍者ではない。犬、猫、キツネやタヌキといった、『人間以外の忍者』の住んでいる場所だ。


「『中二病』っていうよりも、『昔ばなし』みたいだ」

「まぁ、聞いた感じそう思うよね」


 この商品、単価は安いが原価も同様なので数が売れればそこそこの儲けが出る。

 かつて忍者だった動物たち。彼らは主に農作業をして暮らしているが、暇な時期には内職としてこれを作り、余所からごちそうを買っているのだ。


「直接買い付けに行って聞いたんだけど、これ売り始めてから年末年始の宴会が豪華になったらしいよ。海の幸やお酒は自給自足ができないからねぇ」

「そんなに売れてるの?」

「国内だけじゃなく、海外からも注文が来るからね」

「外国にも買う人いるんだ……」


 意外なヒット商品だった。ともすればこの手裏剣そのものよりも、これに関わる事情の方が面白い。


「そのどうぶつ忍者の里ってどんなところ?」

「どうって言っても、普段は人間に化けてるからパッと見普通の田舎だよ」


 「それでも見に行ってみたい」と修は言うので、店主は見学できるかどうかを考えてみた。

 店主の活動する業界での話だが、忍者だった昔はともかく今は特に隠すものもない。時期にもよるが、手裏剣の件のような小遣い稼ぎとして提案すれば、乗ってくる可能性はある。


「次に行った時、聞いてみるね」

「宿題の時もそうだったけど、お金を出してもらえるかなぁ」

「その辺はまあ、任せといてよ」


 店の扉を開き、他の子たちも入店してきた。

 店主は修に、小さな巻物を何本か差し出す。


「ほら、これもあげるから他の子誘って遊んでおいで。手裏剣と同じ原理で忍法が使えるよ」

「いいの?」

「これも高い商品じゃないから、いいよ」


 購入してくれるに越したことはないが、お客が楽しんでくれなければこの店をやっている意味が無い。

 怖いこともあるこの世界に「それでも」と価値を見出し、飛び込んで来てくれるかもしれないのだから。

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