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武石雄由の短編の集い

恋を成就させるためにこの十連休、努力を重ねる友人と僕の話

作者: 武石勝義

 今日から世間はゴールデンウィークだ。


 しかも今年は元号が変わるおかげだかよくわかんないけど、なんでだか特別に十連休だ。


 時代の変わり目に立ち会えたことは、まことに喜ばしい。

 降ってわいたお休みを享受できるのは有難い。

 享受できない人たちはまあ、お気の毒さまです、頑張ってください。


 僕の周囲はこの十連休を、旅行やらサークル活動やらなんやらに当て込んで……こう言うとなんだかいつもと変わらないような気がしないでもないが、まあ、とにかく充実した余暇を過ごそうという人で溢れている。


 ところが僕はといえば、どうやら友人に取っつかまって過ごすことが、既定路線のようであった。


「もうお前しか頼める奴がいないんだよ!」


 アルバイト先のファミレスの同僚である友人は、十連休を前にそう言って僕に泣きついてきた。


「彼女にこの十連休、どうしても休みを取りたいってお願いされたんだ。ほら、そんなこと言われたら俺、断れるわけないじゃん?」


 彼女、といっても友人の恋人というわけではない。友人が秘かに思いを寄せる、これまた同じアルバイト先の一歳下の後輩だ。

 小柄で華奢で、整った目鼻立ちに黒髪ストレートの、まあ一言で言えば結構可愛い女の子。

 この春から働きだした彼女を初めて見た時から、彼女いない歴=年齢の友人はすっかり心を奪われてしまったらしい。教育係についた幸運を活かして、手取り足取り世話を焼く彼の姿は涙ぐましいほどだ。


「実家に帰省しなくちゃいけないらしくてさ。やっぱり女の子だから親御さんも心配なんだろうな。だったら教育係としてはフォローしないわけにはいかないだろう?」

「でも十連休って、思い切り人手が足りない時期じゃんか。ただでさえバイトも少ないってのに」

「そうなんだよ! だからお前にも一緒にシフト入ってくれって頼みたいんだよ」

「まあ、彼女とお近づきになるのに、教育係になるよう薦めたのは僕だからなあ。バイク旅行にでも出かけるつもりだったけど、しょうがない」

「ありがとう、心の友よ!」


 僕の返事を聞くや否や、友人は目に見えて感激しながら抱きついてきた。こいつは女性には奥手なくせに、気心が知れた相手には感情表現がストレートで、大袈裟なスキンシップも恥ずかしげがない。


「この貸しは高くつくぞ」

「わかってるって! ほんと、お前みたいな友達がいてくれて良かったよ!」


 いつものことだと嘆息する僕に、友人は抱きついたまま感謝を口にする。


 というわけで僕と友人はこの十連休、ひたすらファミレスで注文を取ったり、皿の上げ下げをしたり、フロアの掃除をしたり、時たまお客さんにクレームをつけられたりするという日々を過ごしたのだった。

 元々それほどアルバイトが多くない店だというのに、彼女以外にも十連休は予定が入っている同僚ばかりで、僕と友人は文字通り出ずっぱりだった。店長がつけてくれた特別手当が予想以上の高額だったのが、せめてもの救いだった。


 十連休最終日の夜、僕と友人はさすがにへとへとなりながら、職場からの帰路についていた。


「もうしばらくバイトは入らないぞ。いつでもぶっ倒れられる」


 顔をしかめながら腰を叩く僕に、礼を口にする友人の顔にも疲労の色が濃い。


「いや、ほんとサンキューな。じゃあこれから俺んち来ないか? 酒とつまみでも買って、お疲れ様会でもしようぜ」

「そうだな。手当もついたことだし、ちょっとぐらい贅沢してもバチは当たらない……」


 そう言って顔を上げた僕は、その途中で思わず動きを止めてしまった。僕の不自然な動きに友人も当然気づき、つられて僕の視線の先に目を向ける。


「あれ、あそこにいるのは……」


 友人の言葉もまた、その途中で途切れてしまった。


 僕たちふたりが見つめる先には、ちょうど駅前の広場があった。

 ロータリーの周りに連なる街灯に照らし出されて、改札前を行きかう多くの人の姿が目に入る。

 広場のそこかしこで足を止めている人々もいる。ひとりでスマホを弄っていたり、酔っぱらっているのか大勢で騒いでいたり。


 その中に、広場の中央にあるささやかな噴水の角に腰掛ける人影があった。

 小柄で華奢な、ストレートの黒髪に整った目鼻立ち。

 遠目からでもよくわかるその横顔は、間違いなく彼女だった。


「あれ、彼女だよな」


 おそるおそる指さしながら訪ねてくる友人に、僕が「……ああ」と答える。

 すると僕の返事を聞いて、友人は再び質問を口にした。


「じゃあ、彼女の隣にいる男は、誰だろう?」


 噴水の角に腰を下ろす彼女は、ひとりではなかった。

 彼女に寄り添うようにして座り、彼女の細い肩を抱き、彼女と鼻先を触れるほどに顔を近づけ、時折り顔を見合わせて笑いあう、男の姿があった。

 はたから見ても仲睦まじい二人は、どう見てもただの友人同士には見えない。それ以上の関係であることを隠そうともしない、親密な仲であることは明らかだった。


「まあ、多分、彼女の恋人じゃね?」


 どう言っても取り繕いようがないと思って、僕はあえて突き放した物言いをした。

 誤解しようのない回答を返されて、友人の顔が少しだけくしゃっと歪む。


「あれ、恋人? だって十連休いっぱい、実家に帰るって……」

「わかってんだろ。騙されたんだよ」

「……そっかあ、騙されちゃったのかあ、俺……」


 自分で口にして、ようやく実感が伴ったのだろうか。友人の顔がさらにくしゃくしゃっと大きく歪み、不意に目尻からぽろりと一粒の涙が零れ出す。

 そのまま無言で立ち尽くす僕たちは、彼女と、おそらく彼女の恋人が立ち上がって、腕を組みながら改札の向こうへと消えていく一部始終を、そのままおとなしく見届けるしかなかった。やがて二人の後姿が人混みに紛れて掻き消えてしまってから、友人が僕に顔を向けるまで、さらにしばらくの時間が必要だった。


「騙されちゃったよう、俺……」


 十連休働きづめの疲労のピークに、衝撃的な光景を見せつけられて、友人の顔はいつの間にか涙でぐちゃぐちゃになっていた。声を張り上げるのをこらえようとして、何度も歯を食いしばりながら、感情を爆発させる寸前で、友人はおもむろに僕に抱きついた。


 僕の肩に顔を押しつけながら、うおおん、とまるで獣の雄叫びのような彼の泣き声は、押し殺しきれずに周囲に漏れ聞こえていた。涙と鼻水でジャケットがびしょびしょになってしまうなあ、と思いながらも、僕は彼の背後にそっと両手を回し、その広い背中をぽんぽんと叩いた。


「まあ、そういうこともあるさ。お前のことを騙すような性悪女だったってことがわかって、きっと良かったんだよ」

「お、俺、せっかく、せっかく、お前がアドバイスしてくれたってのに、俺の、女を見る目の無さ、ほんと嫌んなる……」

「んなことないって。いつか、ちゃんと努力は報われるから。ほら、今夜は一晩つきあってやるから、嫌なことは飲んで発散しようぜ」

「あ、ありがとう。俺、お前がいなかったら、もう生きてけない……」


 友人の言葉を耳にして、僕は彼に気づかれぬよう、そっと口元だけでほくそ笑む。

 強く抱きしめられて、その筋肉の引き締まった逞しい背中を掌から確かめながら、僕は彼の腕の中でひそやかな幸福を堪能していた。


 ほら、ちゃんと献身的に尽くしていれば、努力は報われるだろう?




(┌(┌^o^)┐<了)

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[良い点] 短編なのでネタバレにならない範囲で感想を…… 読み終わってから「あ、なるほど!」と思いました。 途中とても辛い気持ちで読んでいたのですが、ラストが目に入ってからはニッコリしています。 タイ…
[良い点] まず一言言わせてくださいまし。 面白かったです。素敵でした。好きです。最高です。 一言じゃあ収まらない賛辞を。 続きはまだですか!と叫び出したくなる程の読後感。感服です。 素敵な作品ありが…
2019/09/06 08:11 退会済み
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