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第8話 彼と彼女のアーケオロジー(Ⅱ)

 その夜。メイリたちが寝室に戻ってから、俺はソファで1人、例の魔導書を開いていた。

 相変わらず図形や数式の意味はわからないままだったが、それでもこの本は、魔導書の中では初歩的な技術が記されたものだったらしい。本文を読むだけでも、魔法についての基礎的な知識は多少得ることができた。


 まずマナだが、これはメイリが元素と称した通り、この世界のどこにでも自然に存在しているありふれた存在らしい。これらは主に植物が光合成にも似た働きで生産し、魔法の発動によってのみ消費されるそうだ。


 そして、ここからがその真骨頂なのだが――

 マナは『特定の意味が与えられることで、その意味通りの性質を持った物質へと変化し現象を引き起こす』という異常すぎる特性を持つ。


 魔法とはこの特性を利用し『意味を与える方法』と、それによって『発生する現象』を複合し理論化して、技術として一般化したものなのだ。


 と、原理だけ見れば(マナの異常性を除き)単純だが、実際に扱うのは口で言うほど簡単じゃない。超常の力だけあって、その条件は色々と複雑だ。


 まず大前提として、マナに干渉する手段を持っていなければならない。ようするに、見て、触れる必要があるということだ。その理由にはマナの観測がどうとかって本には記載があったが、難しすぎて俺にはよくわからなかった。

 メイリのおかげで俺はこの条件を比較的あっさりクリアできたが、実際には大がかりな儀式を何日もかけてやる必要があるらしい。もしも1人だったら、俺はいまだスタートラインにすら立てていなかったんだな。


 次に『意味を与える方法』だが、これもただ単純に呪文を読めばいいってわけじゃない。1つの『意味』を『同時』に『2つの方法でマナに読み込ませる』という煩雑(はんざつ)な手順を踏む必要があるのだ。


 代表的なのは『図形』と『言葉』。マナで直接意味を持った図形を描き、そこに同じ意味の言葉をぶつけるという方法だ。

 例えば、炎の絵を描き「炎」と口に出す、といった感じ。動作自体に難しい要素はなく、マナが見える――『観測活性化(アクティベート)』というらしい――状態でさえあれば、これだけで魔法が発動する。


 ただ、そうして発生するのはあくまでも現象だ。メイリがやっていたような自由自在な操作を行うためには、規模や威力、消費するマナの量などを細かく指定した図形や言葉を用意する必要がある。具体的には、図形を精巧に描いたり、言葉に詳しい説明を付け足したり……だ。


 もちろん、ただ魔法を使うためだけならそれで問題はない。だが、武器として用いる場合だと、いずれにしても時間がかかりすぎる。敵の目の前でキレイな絵を描いたり、「半径○mに広がり、○秒持続する、○度の……」なんて口に出してる余裕は絶対にないからな。


 そこで作り出されたのが『魔法陣』だ。これは最大限簡略化した図形に特定の意味を落とし込んだもので、組み合わせることで、普通に絵を描くよりも何倍も早く情報量の多い図形を描くことができる、いわば魔法の設計図。戦闘に用いるものに限らず、現在の魔法のほとんどは、この魔法陣を構築することで放つのが主流なのだそうだ。


 なお、魔法陣はマナに直接描くのが基本。これは魔法陣そのものが、マナ・言葉・魔法陣の3点を結ぶ集約点の役割を果たすためだ。

 魔法を望む形で、望む場所に発現させるためには、基点となる座標を定めてその場所にマナを集中させる必要がある。さらには、マナに意味を読み込ませるための図形は、事象として限りなくマナに近い位置に存在していなければならない。

 つまりまあ、マナに描くのが一番手っ取り早く、かつ効率的ということだ。


 もちろん、これはあくまでも一般的な理由で、中にはあえて先に魔法陣を媒体に描いておき、それを変換することで、言葉を発するだけで発動ができるようにするという手法も少なからずある。

 だがこの方法では、マナに意味を伝えるタイムラグが発生する、変換の際に少なからず魔法陣の持つ意味そのものが劣化する――など、避けられないデメリットが発生する。強力な魔法ほどこの影響は大きく、複数の魔法陣を必要とする魔法ともなれば発動すらしない場合が多い。あくまでも補助用の、ゲームでいうところの攻撃アイテムのような使い方がせいぜいだ。


 そして言葉などの、魔法陣に組み合わせることで現象のトリガーとなる記号は『術式鍵語(エフェクトコード)』と呼称する。これに関しては、条件に見合った形を描かなければ機能しない魔法陣とは違い、基本的には意味さえ同じであればどんなものでも構わない。魔法陣によって細かな調整はすべてまかなわれているからな。


 ただ、暴発を避けるために普段使いする言語は避けるのが基本らしい。メイリが英語を使っていたのもそのためだろう。一応それ専用に作られた言語もあるらしく、本の末尾に一覧表が載ってたが、覚えるのは面倒だしそもそも発音できないから俺も英語とかでいいや。


 あとは、どうすれば魔法が上達するかだが……どうやら、正しいやり方なんてのは1つもないらしい。

 魔法というのは、いわば数学のようなものだ。公式や自分なりの解き方を身につけていけばいくほど上達するが、ゲームの攻略のように「これさえやれば全部上手くいく」というような裏口の類はない。努力と意欲だけが、さらなる段階への道のりを照らし出してくれる。

 俺が立っているのは、まさにそんな果てなき道のスタート地点ということだ。


 自在に魔法が扱えるようになるには、まだまだ先は長い。きっと、学校でする勉強の何倍も、挫折と苦悩を経験していくことになるだろう。

 でも、その第一歩は今こうして踏み出すことができた。

 だから――きっといつか、追いつけるさ。メイリという先駆者にだってな。

 そしてゆくゆくは、追い越してみせる。追い越して、俺がメイリを守れるくらい強くなるんだ。

 それが、今の俺の新たな目標。ハーレムを忘れたわけじゃないが、イケメンになれなかった俺が少しでも女の子に認められるようになるには、これくらいしかできることがなさそうだからな。


(思えば、俺が何かに熱中するのなんてこれが初めてかもな……)


 本のページをめくりながら、俺は地球にいたころの自分を思い出す。


 自慢じゃないが、俺は昔からなんでも平均以上の結果を出せる人間だった。学校でいえば、「勉強全然してないよ〜」なんて言いながらテストでいい点数取ってる、スカした人間――そういうやつだったんだ。


 おかげで俺は、常に無気力だった。才能にあぐらをかいていたつもりはないが、一定のラインにさえいられればいいとだけ考えて、人以上に努力しようとする意思なんてなかったんだ。


 だが、そんな人間が飛び抜けて目立つことをよしとしないのが、子供の――学校という環境だ。


 はじめはヒーローよろしくチヤホヤされていた俺だったが、次第に冷たい目で見られることが多くなっていった。軽い嫌がらせを受けたり、意図的に無視されることも少なくなかった。


 そこで俺が何らかの行動を起こしていれば、あるいは違う未来があったのかもしれない。

 だが、俺にできたのは――黙ること、だけだった。誰かに助けを求めたことなんてなかった俺は、声の上げ方を知らなかったんだ。


 結果俺は、いつしか忌避の対象から、何をしても文句を言わない都合のいいオモチャへと成り下がった。次第に嫌がらせもエスカレートしていき、時に鬱憤(うっぷん)を晴らすため、時に好奇心を試すため、俺はありとあらゆる生徒に、ありとあらゆる場所で悪意をぶつけられることとなった。


 そこまでは、まだいい。それは、俺自身の不出来による自業自得だから。だから受け入れられたし、耐えられた。

 ――自分の心すら、黙らせたんだ。


 でも、それがよくなかった。

 皆が悪意の限りを果たし、俺がオモチャから無関心の対象(いしころ)へとなり果てたころ――とある、事件が起こった。

 表向きには事故として片付けられたが、悪意を持って引き起こされた事故なのだから、あれは事件だったのだろう。最も、真実を知る者は被害者たる俺を含め全員口を閉ざしたのだから、判定が覆ることはないし――そもそも、あの世界での俺はすでに死んでいるのだから、今更どうでもいいことだが。


 この時俺は、生死の境を彷徨(さまよ)うような重傷を負った。幸い命は取り留めて今の俺があるが、この事件によって俺は忍耐の限界というものを思い知らされた。

 いや……本当のところは、無様に生き延びたそのツラで周りに何を言えばいいのか、わからなかっただけかもしれない。


 とにかく俺は、その事件を境に家に引きこもったんだ。そして、いつしか両親すら()れ物を扱うように俺を避けるようになり――俺は1年以上にも及ぶ長い時間を、小さな暗い部屋でたった1人で過ごしていた――

 ――――――――

 ――――

 ――


(……余計なこと思い出しちまった)


 20年にも満たない短い人生の半分近くを占めるこの記憶は、まさしく俺の黒歴史だ。できれば二度と振り返りたくなかったんだが……考えが及んでしまったものは仕方がない。本を読むことに集中して、せめて頭の片隅に追いやろう。


「……寝ないの?」


 その時ちょうど、飲み物でも取りに来たのか、寝ぼけ眼をこすりながらメイリが寝室を出てくる。


「ああ……もうちょっとな」

「明日も解読を続ける。寝不足になるのは困る」

「わかってるよ。もう少し――」


 始めたばかりで魔法の勉強が楽しいというのももちろんあるが、加えて、早く魔法を覚えて強くなりたいという焦りがあった。


 だが、メイリにとって何よりも優先するべき事柄は書物の解読だ。それを軽んじるような俺の発言は、表情にこそ出さないものの気に障るものだったのだろう。そんなことにも考えが及ばなかったのは、昔のことを思い出して少しイラついてたせいだろうか。


「――」

「うわああっ!?」


 フッ――と、突然部屋の明かりが消えて真っ暗になった。

 この家で用いられている照明は、ロウソクでも電球でもなく『魔導具(まどうぐ)』という魔法アイテムだ。メイリに聞いたところによると、上の店に置かれている雑貨もすべてそうらしい。


 これは『魔晶(エクリス)』と呼ばれる、魔法陣を記憶することができる特殊な鉱石が埋め込まれた機械で――対応する術式鍵語(エフェクトコード)を読み込ませることにより、記憶した魔法陣の効果で周囲のマナを動力に変換・吸収して作動する。

 ようするに、電気やガスの代わりにマナを消費するエコな家電だ。


 ただし、魔法陣を利用しているというその性質上、最低でも初回の起動時には術式(エフェクト)鍵語(コード)の入力が必要になる。そのため、すべての魔導具を満足に使用できるのはこの家では現状メイリのみだ。


 一応、照明に関しては、メイリか先代賢者かは知らないが術式鍵語(エフェクトコード)を入力済みなので、常に起動状態。壁にスイッチが設置されており、点灯と消灯だけなら俺でも切り替えができる。

 だが、スイッチを操作せずに明かりが消えたとなると、故障か、内部の魔法陣に干渉できる者がイジったかのどちらか。動力に電力を用いない魔導具は劣化が少なくそうそう壊れないので、間違いなく後者――となると、メイリの仕業以外考えられない。


 おかげで緊急事態なんかじゃないことにはすぐに気付けたから、慌てこそしないが……いきなりやられたらびっくりすることには変わりないな。


「……おどかすなよ。本当にすぐ終わるから、あと少しだけ……」


 下手に手を動かして変なところを触ってしまうのを避けるため、俺は動かず真っ暗な虚空に向かって告げる。

 するとすぐに、パッ。メイリの手元にロウソクくらいの小さな光が灯った。

 その光を指先で器用に動かしながら、メイリは俺の手を掴む。


「お、おい……?」

「ついてきて」


 そのまま手を引っ張られて階段を上り、俺は家の外へと連れてこられた。

 青白い月の輝きが木々の隙間からまばらに差し込む暗闇の中――メイリは俺の正面に立つと、左手を大きく、ゆっくりと動かし始める。

 視界を活性化(アクティベート)して見た、マナの流動は――


(キレイ、だ――)


 月明かりを受けてるから――だけじゃない。一連の所作が、描かれていく魔法陣が、一流の芸術品さえ凌駕(りょうが)するほど繊細で美しい。俺が魔法を使えるようになっても、この領域に至ることは未来永劫ありえないだろう。


術式鍵語(エフェクトコード)――<フロート>」


 最後にこれまた完璧な発声の呪文を唱えて締めくくり、メイリの魔法が完成する。

 次の瞬間――ぶわああっ! 風もないのに、周辺の落ち葉や枯れ枝が垂直に浮かび上がった。

 浮遊物はそのまま、ふわふわ、ゆらゆらと上下左右に揺れ動き――時折メイリの操作によって、ぐるんとその周囲を回転する。

 どうも、外に出たのはこれを見せるためだったらしい。部屋でこんなことをすれば、本がどうなるかわかったもんじゃないからな。


「すげえな……」

「これは、その本に書いてあった魔法」

「これが……!?」


 うっかり持ってきてしまっていた俺の腕の本を見ながら、メイリは言う。

 だが、メイリがこの本を読んだのは中身を確認したあの一瞬だけだ。しかも、俺が翻訳したわけじゃないから、実際に目を通したのは図形と数式だけということになる。


 普通に考えれば、それだけで書いてある魔法が使えるようになるとは思えないのだが……周囲に浮かんでいる草木が、メイリの言ったことが嘘ではない証拠だ。メイリの能力は『一度見た現象から魔法を作る』が、こんな光景は今まで一度だって見たことないはずだからな。


 メイリが賢者と呼ばれるのは、魔法が使えるからだけではない――としか、考えられないな、これを見ると。なんか、今日はやけに認識を改めさせられる日だ。


 しばらく続いていた魔法のショーは、メイリが手を下ろすことで終幕し……ぱさぱさと軽い音を立ててすべての草木が地面に戻る。しかし意図的にか、魔法陣はかすかに光って空中に残ったままだ。

 その痕跡を手で示し、メイリは言う。


「この形、覚えて」

「え?」

「魔法。使うだけならそれでいい」


 メイリの言葉が端的すぎるため要領を得ないが、つまり、この魔法陣さえ描けるようになれば魔法が使えるってことらしい。


 メイリがやっているように自在に魔法を操るためには、さらに高度な技術を必要とする。それは本でも読んだ通りだ。

 だから、まずは初歩の――魔法を扱ううえで最も基本となる技術を、メイリは実演を交えて指導してくれたのだ。意味がわからない本に張りつくよりも、ずっと単純で簡単な覚え方を伝えるために。


 それが俺のためを思ってなのか、単に俺が作業を(おろそ)かにすることにムカついただけなのかは、メイリの表情から読み取ることはできないが……


「……ありがとな」


 その言葉だけは、伝えておかなければならないと思った。


「ご主人ー? どこに……って、またお前か! こんな時間にご主人を連れ出して、一体何をするつもりで……!」

「ちょっ、待て、誤解だ! 剣を抜くな!」


 その時、寝間着姿のマルクが家から出てきた。なぜか帯刀して。

 こうしてその日の夜は、静寂に包まれた森の中で騒がしく過ぎていった。

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