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[追憶] 『石ころ』の願い(Ⅳ)

 少年の目が次に捉えたのは、見慣れない白い天井だった。

 そこで少年は人づてに、自分が闇に沈んでいた間のすべての事実を知った。

 ここが病院であること。

 少年は学校の屋上から転落したこと。

 全身を強く打つ重傷だったが、柔らかい土の上に落ちたおかげでかろうじて一命をとりとめたこと。

 そして――世間では、学校では、自分がただ悪ふざけの末、誤って転落しただけと扱われてしまっていること。

 あの時あの場で誰もが目にした真実を、正しく語った者がいないと。

 誰も彼もが、事実を捻じ曲げ、でっちあげ、ひた隠したのだと、知った。


 少年は言葉も出なかった。

 人1人を命の危機にまで陥れておきながら、自身の保身だけを考える少年少女の浅ましさに、呆れて落胆して閉口した。

 けれど何よりも、命をかけてさえ誰の心も動かすことの叶わなかった、自身の無力さ加減に打ちひしがれた。


 やはり自分は『石ころ』でしかないのか。

 いいや、それでも『人』として生きていたい。

 

 2つの相反する思いに、少年の心は行き場を塞がれていた。

 これからどうやって生きていくかなんて、考える頭も持たなかった。

 真っ白なベッドに背中を預けて、過ぎ去っていく時間を虚ろな目で眺めるだけだった。

 その間、少年の世界には一度として会話はなかった。

 見舞いに来る友達などいるはずもなく、医師や看護師も少年の境遇に同情して腫れ物を触るように扱った。

 両親さえも、一度訪れいくつか言葉をかけただけで、以後姿は見せなかった。

 自分が自分である限り、結末は変えられない。何度運命をやり直しても、この誰もいない病室こそ自分の辿り着く終着点なのだろう。何もかも悟った少年は、己をそう結論づけた。

 願いと希望を思い出しても、少年は『石ころ』の自分に囚われたままだった。


 義務的にこなしたリハビリを終え、自宅に帰ることになっても、少年の心は晴れてはいなかった。

 今までのことも、これからのことも、すべてがどうでもよくなっていた。

 過去を振り返る気力はない。未来を見据えて立ち上がる勇気もない。

 何よりも、無様に生き延びたそのツラで、周りに何を言えばいいのかわからない。

 こんなことになるくらいなら、あの時そのまま死んでいた方がマシだった。

 感情なんて、思い出すんじゃなかった。

 人として生きたいだなんて、願うんじゃなかった。

 けれど、一度手にした感情を再び捨て去れるほど、少年は薄情にもなりきれなかった。


 少年の心は完全な袋小路に立っていた。

 1人では何もできないことを知った。

『石ころ』に等しい存在でしかないことを理解した。

 けれど、人として生きることだけは、諦めることができなかった。

 中途半端で、どっちつかず。

 何を得るでも捨てるでもない、煮え切らない自分に嫌気がさした。


 結果、少年は誰の目も届かない閉じた世界に引きこもることを選んだ。

 人として生きることがつらいなら、誰かともう一度話すことが怖いなら、体裁だけでも『石ころ』の自分を取り戻そうと決めたのだ。

 そこからの少年の人生は、有り体に言って蛇足だった。

 誰とも話さず、誰とも顔を合わせず。文字だけしか繋がらない仮初めの友人とすら距離を置いて。

 薄暗い部屋で、少年は、己の内側だけを眺め続ける無為な時間を過ごした。


 そんな少年を嘲笑うかのように、本当の死は至極あっさりと訪れた。



「さあ問おう! 君はどんな力がほしい?」



 天使は問いかけた。

 翼を持たない鳥に向かって、「空を見せてやる」とそそのかした。

 まるで戯言(ざれごと)で、絵空事で。

 けれど、そんな言葉にでも(すが)りつきたくなってしまうくらい、この時の少年は空虚で、傷ついていて。

 だから少年は、手を伸ばさずにはいられなかった。

 新たな世界に期待せずにはいられなかった。

 足りないものが手に入るなら。できなかったことができるようになるのなら。

 もう、『特別』になんかならなくていい。

『普通』の一員でなくてもいい。

 ただ、誰かの隣にいたい。

 俺を人間(おれ)として認めてくれる、誰かの隣で、笑っていたい。

 ――生まれ変わる自分(いせかい)に願うのは、それだけなんだ。


「俺の望みは――」

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