[追憶] 『石ころ』の願い(Ⅰ)
※※CAUTION!※※
このお話は強いストレスを発生させる恐れがあります。
苦手な方・トラウマのある方・精神状態の芳しくない方は、次回(更新予定)の23話までお読み飛ばしください。
生まれは何の変哲もない、普通で平凡な家だった。
特別優しくもない母親と、特別厳しくもない父親に、普通に育てられて、普通に愛されて、普通の学校へと放り出された。
これから先も、普通に勉強して、普通に友達と遊んで、普通に大人になって、普通に死ぬ。何も特別なことなんてない普通の一生がずっと続いていくんだと、ずっとずっと、思っていた。
そんな日常に嫌気がさしたからだろうか。『特別』になることをずっと夢見続けていた。
算数が得意な人に憧れた。
難しい漢字が書ける人をかっこいいと感じた。
かけっこが速い人が羨ましかった。
逆上がりができる人はヒーローだった。
だから、自分もそうなりたいと思って、努力を始めてみることにした。
努力することを決めてすぐのことだった。
少し勉強しただけでテストで100点は当たり前になった。
高校生も知らないような漢字を、一目見ただけで覚えて書けるようになった。
かけっこはいつも一番だった。
逆上がりも、二重飛びも、あっさりできるようになってしまった。
練習の成果がみるみる発揮されていく。ほんの少しの努力で、あっという間に得意なことが増えてしまう。
――なるほど、どうやら自分は他人より少しデキる子だったらしい。
自覚したのは早かった。けれど、無知な子どもだった自分では、それが『特別』なことだとまで気付くことはできなかった。
無自覚に他人の努力を否定する、子どもの暴走は止まらなかった。
できないことがあるという『普通』が嫌でたまらなくて、とにかくできることを増やしてばかりだった。
英語の勉強をした。
サッカーのエースになった。
工作で賞をとった。
ゲームで誰よりも強くなった。
いつしか学校には、自分より「すごい」と言われる人はいなくなった。
無知な子どもは満足していた。
自分よりすごい人がいないなら、自分こそ『特別』だと信じて疑うことをしなかった。
そのせいで、知ることができなかった。
自分が苦もなく手にした『特別』の裏には、他人が積み重ねてきたいくつもの失敗と挫折があることを。
同じように『特別』に憧れて、そして『特別』になれなかった人から、自分がどう見られているのかを。
できないことがなくなって上機嫌の子どもは、すっかり主人公を気取っていた。
両親からも、先生からも、友達からもチヤホヤされて、望み通りの日常を過ごしていた。
けれど、いつも通り遊んでいた時、友達の1人が突然怒って帰ってしまった。
気になった子どもは後をつけ、そしてそこで、その友達と母親が話していることを聞いてしまった。
「だってなゆたくん、なんでも1人でやっちゃってつまらないんだもん」
その会話がスイッチにでもなったかのように、周りからは友達がどんどん離れていった。
どんなにすごいことをしても、「あの子ならできて当たり前」としか言われなくなった。
なんでもできるヒーローだったはずの自分は、いつしか嫌悪と嫉妬の対象になっていた。
自分の『特別』が『普通じゃない』という意味だったと、その時初めて気がついた。
違う。こんなつもりじゃなかった。すごくなったのに人が離れていくなんて想像していなかった。
『普通』の中での『特別』でよかった。
俺はただ、『ちょっとだけすごい普通』になりたかっただけなんだ。
それっきり、子どもは努力することをやめた。
勉強はほどほどに。運動は力を抜いて。ゲームは一日1時間。難しいことには手をつけない。
そうして自分に貼りついた『特別』を破り捨てた後は、『普通』になるための努力だけをしていった。
突然何もできなくなった子どもに大人も友達も首を傾げたが、それまでがすごすぎただけだとみんながみんなして気にしなかった。
『普通』に戻ってきた子どもを、みんな笑顔で出迎えた。
――最初に子どもを拒絶した、たった1人を除いては。




