第21話 誰にとってのバッドモーニング(Ⅳ)
「あら、おはよう」
ユリアン……!
今一番会いたくなかった人物が、そこに――曲がり角の向こうにいた。昨日初めて会った時と同じ、多数のSPを背後に従えて。
「随分と早いのね。ベッド、あまりよくなかったのかしら?」
マズい。今の話、聞かれたか?
いや、小声で話していたからここまで声は届いていないはず。それにこの距離にいたなら、リセナほどではないにしろ耳のいいマルクが絶対気付く。まだ、バレてはいないはずだ。
落ち着け。うろたえるな。何も知らない振りをして、切り抜けろ。
「ああ、おはよう。いや実は、昨日飲んだ酒のせいで二日酔いでさ」
「あらまあ。気をつけなきゃダメよ? 酒は飲んでも飲まれるな、っていうんだから」
「わかってる。気をつけるよ」
「ところで、2人はこんなところで何をしてるの? こっちは関係者以外立ち入り禁止よ?」
「えっ、そうだったのか。悪い、知らなかった。ちょっと早く起きすぎたから、探検でもしようかと思って」
「ほどほどにしなさいね? アナタたちのことを知らない人に見つかったら面倒なことになるんだから」
……いいぞ。向こうはこっちのことを疑っていない様子だ。
このまま……
「あっ、そうそう。ならアナタたち、こっちで子犬ちゃんを見てないかしら? 部屋に行ったけどいないみたいなのよねぇ」
「いや、知らない。まだ朝早いし、寝てるんじゃないか?」
「そうなのかしら? これからまた会合があるのに、困ったものねぇ。ありがと、ちょっともう1回様子を見てきてみるわ」
ヒラヒラ手を振ったユリアンは、来た道を戻るために背を向けた。
よし、なんとか乗り切れたみたいだ。我ながら、とっさにしてはバレにくい嘘がつけたな。
ただ、同じ方向に帰ると途中で話を振られて撃沈する恐れがある。それとなく戻るルートを変えておこう。
――と、別方向に行くための理由付けをメイリに告げようとした時だった。
「ああ、それと――」
不意に立ち止まったユリアンが、思い出したように話を振ってくる。
そして、こちらを振り向きつつ――廊下の角の、天井付近を指さした。
「ついさっき、向こうの部屋に3人で入っていく姿がそこの監視魔鏡器に映ってたんだけど。どうして?」
なに……!?
しまった、そこまでは考えてなかったッ。
カメラ――クソッ、そんなものがあったのか! いや、とにかくまずは言い訳を――
「はい、う~そ」
……ッ!
それがトラップだったことに気付いた時にはもうすでに、俺の喉元にはSPの無数の剣先が突きつけられていた。
ユリアンが指さした方向には――何もない。カメラなんて当然。
「そこそこ上手い猿芝居だったけど、まだまだ二流ね。冷や汗タラタラよ」
「……ッ」
やられた……! 今のは、カマかけだったんだ。
それに俺はまんまと引っかかって……マルクといたこと、あの部屋に入ったこと、全部ユリアンに伝えちまった。
探るどころじゃない。一発アウトだ。クソッ、化かし合いはユリアンの方が一枚上手だった……ッ!
――だが。
まだこちらにはあと1枚、切り札がある。メイリだ。
剣に睨まれているこの状況では俺にはもう打つ手がないが、メイリなら一言術式鍵語を唱えるだけで逆転の大魔法を放つことができる。
それによって、まずは邪魔なSPたちを追い払って――そこから、ユリアンに力づくで吐かせる方向にシフトしよう。
こうして直接手を出してきた以上、ユリアンが主犯格なのは間違いないしな。後でしらばっくれることもできないだろう。
「……いいのか? 俺たちは魔導士だぞ?」
そう牽制しつつ――魔法でどうにか切り抜ける意図を、さりげなくメイリに伝える。
振り向く動きが許されるとも思えないので、通じたか確認はできないが――信じよう。メイリのKY力を。
「ええ、知ってるわ。『異色の魔女』と、ショボい魔法陣を高位魔法に換える謎の魔導士の異界人2人組。これでも十分警戒はしているつもりよ」
……調べてやがったか。
しかも後ろの『ショボい魔法陣を高位魔法に換える』というのは、将軍と戦った時に俺がメイリを空に運ぶためにやったことだ。そこまで知ってるってことは、昨日の今日で俺たちの噂を急いでかき集めたわけじゃない。もっと前の段階から里に探りを入れてやがるぞ。
おそらくはこの計画を見越して、マルクの周囲に目を光らせてたんだろうな。いつ誰が計画に気付いて邪魔してこようと、安全に対処ができるように。
――その慢心、叩き折ってやる。
メイリの強さが、ちょっとした予防策程度で封殺できるような安い代物じゃないこと――教え込んでやろうじゃねえか。
「じゃあ、これはどうかな? ――メイリッ」
「<テンペス――」
合図を送り、ここぞという場面で空気を読んだメイリが術式鍵語を唱える。
勝負ありだ。これでSPは一掃――
――いや。
「……え?」
声を出したのは、俺ではなく……メイリだった。
信じられないものでも見たかのように、左手を構えたまま困惑の表情を浮かべている。
それもそのはず。
魔法は――発動しなかったのだ。
風は吹き荒れず、俺たちに切っ先を向けた剣も、取り囲むSPも、微動だにしていない。
ただ、メイリの魔法が不発に終わった。……それだけだった。
「知っているかしら?」
呆然と立ちすくんでしまった俺たちに対して、ユリアンが語り始める。
「ビスティアはね、魔法が使えないの。アシュリアやエルフィアとは生来目の構造が違っていて、魔法の元になるマナを視認できないのよ」
……そういえば。
あれだけ強い剣士なのに、マルクは自分で魔法を使おうとはしなかった。身体強化も治療も、メイリかシリウスにかけてもらうばかりだった。
あれは使わなかったんじゃなく――使えなかったから、だったのか。
「でもね、それって不公平じゃない? いくらビスティアの身体能力は凄まじいといっても、遠くから炎や雷をバカスカ撃たれたらひとたまりもないもの。そんな人たちと、同じ空間で、平等に話をしようなんて無理だって、理解してくれるかしら?」
「…………」
確かに――今俺たちもやろうとしたが、魔導士は獣の戦士だろうと余裕で一網打尽にしてしまうことができる。
通常は魔法陣を描く時間が必要になるから、こんなゼロ距離から逆転するのはメイリくらいにしかできない芸当だろうが……ある程度の距離さえ開いてしまえば、ビスティアが魔導士を追い詰めるのは極めて難しくなるはずだ。
「だからね。ここでは、封印できるようになってるの」
「封印……?」
耳慣れない言葉に俺は眉を寄せる。
「あれを見なさい」
ユリアンが指さしたのは、ある壁の一角。
そこには学校の校章みたいな、動物の姿を模したエンブレムが飾られている。
パッと見、それはただの装飾にしか見えなかったが……
(……エクリス?)
よく目を凝らして見ると、その動物の胸にはこぶし大の鮮やかな宝石――エクリスが埋め込まれていた。
つまり、魔導具だ。
「あれはね、王国の魔導具技師に作らせた、周囲にあるマナを吸収し続けるっていう力を持つ魔導具なの。まっ、機能はそれだけなんだけど。あれと同じものが、この建物にはいたるところに設置されているわ。この意味がわかるかしら?」
マナを吸収する魔導具……だって?
そんなものを置いたところでなんの意味もないだろう。魔法も、魔導具も、マナがなければ動かないんだから、むしろ生活の邪魔にしか……
(いや、待て。まさかそういうことなのか……!?)
ある結論に至った俺は、両目に力を入れて観測活性を試みる。
すると――やはり、そうだ。
(マナが……ない……!?)
どれだけ視界に集中しても、見える景色にはまったくといっていいほど変化が訪れなかった。
それはつまり、この建物の中にはマナが漂っていないということに他ならない。空気に置き換えれば真空。電池に置き換えれば空っぽの状態なのだ。
(でも、それじゃあ魔導具だって使えないはず……)
照明も、キッチンも、風呂も、エアコンも、この世界のすべての機械は魔導具。魔法の産物だ。室内からマナをなくしてしまえば何もかも動かなくなってしまうことになる。
なのに、朝訪れた厨房も、メイリが入ったシャワーも、天井にある照明だって、問題なく機能していた。これじゃあつじつまが合わない――
――と考えたところで、俺の脳裏にはあるシーンがフラッシュバックした。
それは、メイリが部屋の明かりをつけてほしいと頼んできた場面。
照明器具を差して言った、ある言葉。
『電気、つけて』
嫌な予感を覚えてしまった俺は、突きつけられた剣も気にせずガバッと首を上げる。そして、天井に貼りついている蛍光灯を見た。
そこには、本来どんな魔導具にもついているはずの――エクリスの姿が、影も形も見当たらなかった。
(電、気……!?)
しまった。
この世界の機械は全部魔導具。だから、人が生活している場所には絶対にマナがある。俺もメイリもそう思い込んでいて、確認すらしなかった。
でも、違った。
魔法が使えない人は、そういう人たちが集まったコミュニティは、マナを必要としていない。だから代わりの技術を発達させた。
それによって、逆に自分たちの生活からマナを追い出してしまうことだって――できるようになっていたんだ。
その産物が、この『マナを吸収し続ける魔導具』。
超常の力に頼らない獣の戦士たちが、超人たちとの平等を謳ってつくり上げた秘策。
――何が封印だ。こんなの、すべての魔法を封殺する『魔導士殺し』じゃねえか。
「『マナロス結界』。この中にいる限り、アナタたち魔導士は無力以外の何物でもないわ。自分たちの立場、理解できた?」
「……っ」
ユリアンの言う通りだ。こうなっては魔導士である俺とメイリは手も足も出ない。
ただの凡人……それ以下だ。抵抗できる力なんか何もない。本来ならマナとは関係のない拳銃も、魔導具に加工してしまったばっかりだしな。
おとなしく両手を挙げて、降伏の意思を見せる。
……だが、心だけは、折れないぞ。
必ず……必ずどこかで、逆転の機会が巡ってくるはずだ。
「……俺たちを、どうするつもりだ?」
「どうもしないわ。ちょっとおとなしくしていてもらうだけ。殺したら処理が面倒だしね。でも、勝手に動かれても困るから……そうね、閉じ込めるくらいはさせてもらおうかしら」
「そんなことしても……マルクたちが、すぐに気付くぞ」
「構わないわよ? 気付かれたところで、アタシと子犬ちゃんの結婚は確定事項だもの。むしろお礼を言いたいくらいだわ。アナタたちのおかげで、あの子を黙らせるカードが1枚増えたんだから」
「……!」
クソッ。ここでも失態だ。
仮にユリアンの企みが露呈したとしても、俺たちを人質として使えばマルクは閉口せざるを得なくなる。願わくば、俺たちのことなんか無視してユリアンに反抗してほしいところだが……俺はともかく、慕っているメイリを盾にされてはそうも言えないだろう。
おそらくユリアンは、俺たちがここにやってきた時から、この状況にもっていくことも想定していたんだ。俺たちは最初から、こいつの手のひらで踊っていたにすぎなかった……
……完敗だ。
「安心しなさい。無事に婚姻の儀が済んだら、すぐに解放してあげるわ。ただしそれまでは、変な気を起こさないことね」
「……最後に、答えろ」
精いっぱいの強がりで、俺は問う。
「お前の目的は、なんなんだ?」
それきり、俺たちには興味を失ったらしいユリアンは――
「さあね。強いていうなら――情熱、かしら」
最後まで煙に巻く態度のまま、背を向けて去っていった。




