第19話 誰にとってのバッドモーニング(Ⅱ)
厨房では何人かの料理人が朝の仕込みをしていて、事情を話すと気前よく食材を譲ってくれた。
バゲットみたいな硬いパンと、何切れかのベーコン、葉野菜にタマゴ。しかもそれを、暇そうにしていた料理人の1人が、空いてるスペースで調理してサンドイッチにしてくれた。
しまいには目が覚めるっていう果物のジュースまでもらって……至れり尽くせりだよ。それも、本来の来客じゃない俺なんかのために。まあ、気前よくなったのはメイリの名前を出してからなんで、善意100%かどうかは怪しいところだけど。
そうして受け取ったサンドイッチとジュースを、借りたトレーに載せて部屋に戻り……
とっくに風呂から上がって我が物顔で俺の部屋でくつろいでいたメイリと、分け合って食べる。
……ウマいな。さすが美食の都。こんな端切れの食材で作ったサンドイッチでも超高級ホテルの朝食並みだ。
と思ったが、このサンドイッチには特に特産品は使われてなかった。空腹こそ最高の調味料ってことなんだろう。本場の海鮮料理にありつけるまで、この感想は大事にとっておくことにしよう。
その後時間を持て余したので、同じく読む本もなくて退屈してるメイリと、○×ゲームなんかをして暇潰ししていたのだが……
コン、コン。
部屋のドアが、ノックされた。聞こえるか聞こえないかくらいの、寝ていたら間違いなく聞き逃してるような微かな音量で。
コンコン。
ドアに何かが当たっただけかもな――と無視していると、再度ノック。
今度はハッキリ聞こえるくらい響いたので、メイリに一言断ってからドアに向かった。
「誰だよ、朝っぱらから……」
不平をこぼしつつ開けてみる。
そこに見えた姿は、赤い髪とぴょこぴょこ跳ねる耳。
「……マルク?」
訪ねてきていたのはマルクだった。さすがに服装はドレスじゃなく、いつもと同じ燕尾服に戻っていたが。
ユリアンに頼まれたこともあるから、常識的な時間になったら会いに行こうと思ってたのに……まさかそっちから来るとは。時間にしてもそうだし、マルクが自分からっていうのも、珍しいことだな。
神妙な面持ちでドアが開くのを待っていたマルクは――
「悪い。起こしたか?」
なぜか小声で言ってくる。
どうも周りを気にしている様子だ。俺も小声で喋った方がいいかな。
「いや、起きてた。どうしたんだよ、こんな時間に」
「少し時間をくれないか。……ついてきてもらいたいところがある」
「いいけど、ちょっと待ってくれな」
マルクにも断って部屋へ戻り、メイリにちょっと留守にすることを伝えた。
するとメイリは頷いてくれたのだが……代わりに、その様子をドアの向こうから見ていたマルクが、
「えっ……な、なんでご主人がここに……」
わぐわぐと口を開け、絶句モード。
直後、髪と同じくらい顔を真っ赤にして、当たり前のように腰に差してる剣に手をかけた。
どうやら恒例の勘違いが始まってしまったらしい。まあ、無理もないけど。朝早くに男女が同じ部屋にいたら……ねえ?
「まさかお前っ……ご主人と、い、いち、一夜……!」
「先に言っとくけど、お前が想像してるのとは全然まったく違うからな」
暴れられても困るので、先手を取って弁明しておく。
想像してそうな行為がなかったと言えば嘘になるんだが、それは言わぬが花だろう。
咎められたマルクはそれでも疑うような視線を向けてきたが、その奥にいるメイリが普段通りなのを見てか、落ち着いた。
「むっ……そ、そうか。だが、ご主人を傷つけるような真似をしてたら斬るからな。本当に」
「はいはい」
誰がするかっての、そんな自殺行為。お前に斬られる前にメイリに消滅させられるだろうが。
「……まあいい。それなら、2人で一緒に来てほしい。ご主人の力が必要な可能性もあるから」
「メイリの力……?」
ってことは、魔法か。あるいは戦力ともとれるが。
何があったんだろう? マルクがメイリに頼るなんてめったにないことだから、ちょっと心配しちまうな。
「着いてから話す。今は、とにかく急ぎたい」
「……? まあ、わかった。じゃあ行くか」
先導してくれるマルクに従って、俺とメイリは廊下に出る。
やはり周囲を気にしているらしく、チラチラ目を配りながら早足で歩いていくマルクを、追うことしばし……
辿り着いた目的地は、ちょうど俺たちの部屋とは正反対の方角に位置する個室の前だった。
コン、コン、コン。と、大きく音が響くように丁寧なノックをして、
「入ります」
一言断り、マルクは部屋に入っていく。一礼して、俺たちも後に続いた。
中は俺たちが借りている部屋の2倍近くの広さがある、ホテルでいうところの貴賓室のような部屋だった。正面の壁が一面すべて大きな窓で、階段状に下っていく街の全景がパノラマ写真のように見渡せる。そこにかかるカーテンや、配置されたソファ、天井から部屋を照らすシャンデリアまで、何もかも俺たちの部屋より1ランク2ランクは上の上等品だ。
ただし、本来の貴賓室の役目として使われるのであろう接待用のテーブルセットは折り畳まれて部屋の角。代わりに壁際から中央にかけての面積を、キングどころじゃない特大サイズのベッドが埋め尽くしている。
その上には、点滴に繋がれた病人らしき人の姿があった。
いや……
(人……なのか……!?)
と、見るなり疑ってしまったのにはわけがある。
デカい。
ベッドに横たわるその姿が、巨躯なんて次元を軽く飛び越えた人外級の超巨体だったのだ。
厚手の毛布にくるまれていて正確にはわからないが、身長は少なくとも2m50cm以上。この城はかなり天井が高い造りだが、それでも立ち上がれば頭はスレスレになるだろう。横幅も、俺とメイリとマルクの3人を横に並べて比べてもまだ足りないほど太い。毛布から出ている腕だけでも俺の腰くらいあり、そのほとんどが筋肉ということも一目でわかった。
そして頭部は、当然というべきかやはり獣の外観。濃い赤と白の硬そうな体毛に覆われ、特に目の周りや頬から顎にかけての毛が長い。耳は縦にピンと立った三角。
触覚の代わりに耳を生やしたナ○ック星の最長老みたいだ。さすがにアレよりは小さいし、色も緑じゃなくて赤だけど。
ただ、大部分では違いが多いが、色や輪郭の細かい部分をよく見ると、どこか少しだけマルクに似ている気がした。
その印象は、どうやら間違っていなかったらしく……
「お父様。起きてますか?」
ベッドに寄り添って、普段からはあり得ないくらい優しい声音で呼びかける、マルク。
美女と野獣とでも表現したくなる絵面だが、関係はその2人よりもさらに深い繋がりにあるようだ。
つまり、この人が……マルクの、父親。
お、驚きだな。これで親子とは。どう見ても別人、というか別種に見えるのに。
マルクに肩を揺すられた親父さんは、開いているのかいないのか判別のつかない目元をもそもそと動かすと、
「フォッフォ」
と、少しだけマルクの方に顔を傾けて答える。
「はい、おはようございます。今日は少し顔色がいいですね」
親父さんの反応を確認したマルクは、当然のようにそんな返事をするのだが……
……え? 今のって挨拶だったの? 俺には「フォッフォ」としか聞こえなかったんだけど。
「フォッフォ」
「ああ、彼らですか? 紹介しますね。こちらが――」
「フォッフォ」
「え? ボーイフレンドって……ち、違っ、違いますよ!? 絶対、断じて、天地がひっくり返ってもこいつだけはないですからッ!」
やはり俺には「フォッフォ」としか聞こえないが、マルクとは話が通じているようだ。
これ……ツッコんじゃいけないやつだな。多分。
「フォッフォ」
「……はい。心配しないでください。ちゃんとできる限りのことはしていますから。討伐軍の編成ももうすぐ終わりますし」
「フォッフォ」
「だ、ダメですよ!? お父様は安静にしててくださいっ。もう、何のためにボクが帰ってきたと思ってるんですか……」
同じ顔で同じ言葉を繰り返している(ように俺は見える)親父さんの前で、マルクはコロコロと表情を変える。
その様子は――いつものマルクだな。特に、メイリと接している時の。
ユリアンとの一件で思いつめているかと心配していたが、その必要もなさそうだ。まあ、親の前ってことで隠しているだけなのかもしれないが。
しばらく2人は、親子同士の他愛ない話をして(いたように見える)……
それが終わると親父さんは、天井に目を戻して喋らなくなった。どうやら眠ったようだ。




