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第17話 あの子を1人にしておけない×3(Ⅲ)

 ちょうど廊下を歩いていたメイドさんに尋ねて、案内されたのは1階の広い個室。大きくて縦に細長いテーブルだけが中央にある、会議室のような部屋だ。

 テーブルには白いクロスがかかっていて、その上には大皿に盛られた料理がいくつも並んでいた。その内半分くらいはなくなっていたが、俺1人が食べる分くらいは十分に残っている。さすがのハムスター(メイリ)もこれ全部を頬張ることはしなかったか。


 ユリアンによれば、メイリとリセナの2人もこの部屋で食事してるはずだが……もう食べ終わって自分の部屋に戻ったのかな?

 とか思って部屋を見渡していたら、


「な~ゆ~ら~、く~んっ!」


 ガバッ!

 いきなり、後ろから抱きつかれた!

 背中にはつきたてのモチみたいにふにょふにょと形を変える謎の膨らみがってうおおおお!? なんだこれ!? 何事!?


「リセナ!」


 首だけで振り向いてみれば、足に力の入っていないリセナが俺の肩に手をやってしなだれかかってきていた。

 ということは背中のこれはリセナの――いいいいいやいや考えないようにしよう。


「うぇへへへ~、なゆらくんっへば、くるのりゃおしょ~い! おんなのこらけれ~、こんにゃにいっぱいたべられるわけ、ないれひょ~が~! なんへ~!」

「り、リセナ……? なんか変じゃないか?」


 なんかじゃなくて明らかに変だ。普段からテンションが高い方のリセナだけど、ここまでぶっ壊れた感じになることなんてなかったし。

 満面の笑みになっている顔も、よく見るとほんのり赤い。これじゃあまるで、酒にでも酔ってるみたいな……


「……酒?」


 気になった俺は、料理が並ぶテーブルを端から端までじっくり確認してみる。

 その中に立っている、細くて先の狭まった半透明のビン――

 ――やっぱりあったぞ! ワインっぽい入れ物!

 ご丁寧にラベルにも『※お酒です』の表記があるし!

 ユリアンの野郎……! 食事を用意してくれるのはありがたいが、出しちゃいけないものくらいちゃんと考えてからにしろよ! どうすんだよこの惨状……!


「リセナ! おまっ、ダメだろ未成年が飲んじゃ! いや、この世界の成人がいくつからとか知らないけど……」

「こまかいころ、きにしにゃ~い! ほりゃ、なゆらくんもいっぱい! ぐび~っろ!」


 呂律の回っていない声で言いながら、リセナは手に持ったビンでカンパイの真似事をする。

 くっ、この不良少女め。なんだそのウザいまでの笑い上戸。お父さんが見たら卒倒するぞ。

 ていうか、ぐびっと、とか言ってるくせに、俺の頬に押しつけてくるビンも空だし。さては直でいったな?

 こんなことならユリアンとの話、もっと早くに打ち切ってくるんだったぜ。言っても今更だが。


 ――って、ちょっと待った。

 リセナが空のビンを持ってるってことは、そっちはリセナが飲んだんだろう。じゃあ、あっちのもう1本は誰が飲んだんだ?

 ひょっとして……


「にゃはははは~! ぶべっ」

 

 鬱陶しいリセナを少し強引に引きはがし、俺はもう一度部屋全体に目を通す。

 すると――いた。何をするでもなく、料理を前にぼーっと座っているメイリが。

 テーブルの向こう側にいたので、回り込んでその横に立つ。


「メイリ……?」


 そして、顔を覗き込んでみるが……


「……なゆた?」


 はい、アウト。

 こっちを向いた顔はリセナ同様に赤く、目もどことなくとろんとしている。そのまま寝てしまいそうな表情だ。

 まあ、このまま寝落ちしてくれるなら、その方がいいけどな。酒も抜けるだろうし。

 ……という俺の淡い期待は、早くも崩壊。


「…………」


 しばらくじーっと俺の目を見つめていたメイリは、なぜか腰を上げて俺の顔に自分の顔を近づけ始めた。

 そのままゆっくりゆっくり、しかし均等な速さで接近してくる。なにこれ。


「…………」

「お、おい……?」


 とりあえず離れようとした俺だが、その瞬間だけやたら機敏に動いたメイリの両腕に肩を掴まれてしまった。

 ガッチリロックオンされた俺の頭部めがけて、メイリの顔が急接近。あっという間に瞳に反射する俺の姿が見え、まつ毛の本数まで数えられそうな距離までやってきた。

 ――やっぱり、間近で見れば見るほど、メイリの顔はキレイだ。

 日差しのダメージを知らない、新雪のような純白の肌。異質で異彩で、けれど宝石のように光り輝く異色の瞳。かわいらしい形の鼻頭に、触れれば跳ね返りそうなぷるぷるの唇。

 さらに今は酔っている影響か、普段では見られない色っぽい頬の赤みがアクセントとなって全体を引き立てている。まるで、おねだりしているみたいな。

 メイリの……おねだり。

 色っぽいメイリの……おねだり。

 ……うん。なんでもあげちゃっていいんじゃないかな。というか、むしろこっちから差し出したいとまで思ってしまう。

 それがたとえ、ファーストキスであっても――


(――って待て待て待て待てッ!)


 あやうく人外の美貌に引き込まれそうになっていたが、すんでのところで正気を取り戻すことができた。

 主に、


(いや俺はよくてもメイリの唇を奪うのはマズいだろ! あっちも初めてかどうかにはかかわりなく!)


 という自制心及び恐怖心のおかげで。

 だが時すでに遅かった。メイリの目は俺の目線と同じ高さ。鼻先はあと数ミリで触れ合うところにあり、そして唇は唇に唇とッ――


「……! ……ッ!」


 ちゅっ。

 という効果音が聞こえてきそうなほどの、柔らかくてすごく柔らかくてとにかく柔らかいソフトタッチ。

 まるでマシュマロの海にでも飛び込んだかのような、全身を駆けめぐる多幸感。

 ……そうか……

 これが……そうか……

 この(てのひら)にあるものが――

 せ――


(セェ――――フッ!!)


 あ、危なかった……!

 かろうじて間に挟み込めた右手によって、唇に触れていれば間違いなく嬉死していたであろう極上の感触は手のひらで受け止めることに成功した。

 せっかくのチャンスをふいにしたとか、酔いが覚めたら忘れてる可能性だってあるしいいじゃんとか、悪しき声が心の中で不平不満を呟いているが……ともかく、これにより互いの純潔というかけがえのない大切な存在は死守することができたのだ。めでたしめでたし。……くすん。


「ちゅ……ぱっ、はっ……ぁ、ん……」


 めでた……って、ねえ!

 何を思ったか暴走メイリは、俺の手のひらをはむはむ甘噛みし始めたのだ……!


「んれろっ、ん、ぁ、れるっ……」

「ちょっ……」


 さらには舌先まで突き出して、ねっとりと手相をなぞるように舐める。

 な、なんだこれっ、背筋が、ぞわぞわする……っ!


「んぁ……あむ。んんっ、じゅるる……っぷぁ……」

「うひぃっ!?」


 うわああああついに指が! 指が咥えられた!

 これ、口の中、か……!? あったかくて、とろとろで、でもちょっとザラザラした舌の感触が指の腹を撫で上げて……

 しかもなんか、先端への吸いつきが……ちょっ、ヤバいって! これ、いろいろと!


「ちゅぱっ、あむ……れるるっ、ちゅっ、ちゅく……」


 も、もう……限界……!


「――えぇいやめんかッ!」

「ぷぁっ。……んぇ?」


 メイリの口の中から無理やり指を引き抜いて、一目散に距離をとった。

 今度こそ……あ、危なかった。なんだ今の魔性の舌使い。危うく魂を抜かれかけたぞ。お前の前世はヘビかなんかか。

 ていうか、リセナもひどいけど、こいつの酔い方も大概だなッ。キス魔……というより、この感じだとフ――い、いや、メイリの尊厳のためにもこれ以上考えるのはよそう。


(決めた。今後、俺の目の届くところでこいつらに酒は飲ませない……!)


 ここにいたのが俺で心底よかったと思うぜ。こんな痴態を他の誰かに見られてたらと思うと、2人より先にこっちの方が恥ずかしさでやられちまいそうだよ。

 鋼の決意を胸に俺は――とりあえず、余計なストレスで無駄に消費してしまったカロリーを補充しようと、食べ物に手を伸ばす。

 だが、


「えへへ~、つかまえら~っ!」

「ぐえっ」


 いつの間にか接近してきていたリセナに、強烈なタックルを食らわされた。


「んも~、わらひのいないとこれ、おもひろいころひりゃ、らめらろ~! わらひが~、なゆらくんの、いひはんのともらひ! なんらはらね~!」

「もはや……何言ってんのかわかんねえから……!」


 しがみついてる手遅れな酔っ払いに対処していると、今度は、


「なゆた……んっ」


 なぜか唇を突き出したメイリが、反対側から抱きついてくる。

 こいつらは本当に……人の気も知らないでェ……!

 ああ……ちくしょう……!


「絶対、二度と、お前らに酒は飲ませないからなぁ――――ッ!!」

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