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第16話 あの子を1人にしておけない×3(Ⅱ)

 2階の一角にある客室。そこで俺は荷物を置いて、柔らかなベッドに腰を下ろす。

 ちなみに部屋はちゃんと男女別で用意してくれていて、メイリとリセナが相部屋。なのでこの部屋には俺1人だ。

 広さは同じなので不平等な割り振りだが――1人1部屋用意しろだなんて図々しいことが言えるはずもないし、2人とも文句を言わなかったから、問題は特にないだろう。

 ていうか、メイリを1人部屋にしておくわけにいかないからな。明日の朝、延々起きてこないって心配があるせいで。


 オレンジがかった温かみのある色で塗られた壁。そこに飾られている動物をかたどったエンブレム。幾何学模様の絨毯。小さなテーブルとロッキングチェア。イメージできる西洋の城ほどの高級感はないが、それなりのホテルくらいには様式の整った部屋を一望する、俺は――最後にベッドの白いシーツへと視線を落として、パタン。背中から倒れる。


(どうすっかな……)


 脳裏に浮かぶ――マルクの顔。

 長く一緒にいても、マルクのあんな顔を見るのは初めてだ。今回の件、よっぽど根の深い問題に足をとられているんだろう。

 結婚、なんて晴れやかな行事を目の前にしててアレじゃあ、心配するなって方が無理な話だ。

 かといって何の力もなく、将軍やシリウスと戦った時のような当事者ですらない俺には、何をしてやることもできない。胸の内にモヤモヤが蓄積していくだけだ。


(マルクが俺たちを助けてくれた時も、こんな気持ちだったのかな……)


 自分には関係のない事態でも遠慮なく手を貸してくれた、あいつとは違う。

 将軍の件でも、シリウスの件でも、あいつは自分のことのように焦って、心配して、行動してくれていた。

 それってばつまり、それができるだけの勇気と行動力と強さをあいつが持っていたからなんだよな。すごいやつだったんだと、同じ立場になって改めて思い知らされたよ。


 ……うん、決めた。やっぱり、何もせず帰るなんてことできない。

 今まで助けてもらった分くらいは、俺たちにできることをやってから帰りたい。それでお返しってわけにはいかないだろうけどな。

 具体的には、あいつが何に悩んでるのか知って、解決して……だ。

 一生にそう何度もない、女の子としての晴れ舞台――いろんなしがらみを振り払って笑顔で迎えられるように、協力してやろう。


 さて、そのためには何をおいても情報収集だ。

 マルクが何に悩んでるのか、そもそもなんで結婚することになったのか。知らないとカウンセリングもできないからな。

 と――

 コンコン。

 行動に起こそうとしたところで、部屋のドアがノックされた。

 誰だろう? 来客の俺を訪ねてくる人なんてほとんどいないはずだけど……


「……はい?」


 ベッドから起き上がり、ドアに近寄ってみる。


「アタシよ、アタシ。今お時間大丈夫かしら?」


 ユリアンの声だ。

 確認が取れたところでドアを開けてみると、やはり長身のトラ顔貴公子がその向こうに立っていた。


「何か用か?」

「ちょっとお話ししたいことがあるの。入ってもいい?」

「別にいいけど……」


 言うが早いかユリアンは部屋に入ってきて、窓際のロッキングチェアに座った。この部屋にはそれ以外椅子がないので、俺は代わりにベッドに腰を落とす。


「で、話ってなんなんだ?」

「子犬ちゃんに関することよ。アナタも気になっていたでしょう?」

「まあ……な」


 マルクの悩みに関する情報――そっちからやってきたか。棚ボタだな。


「気付いてるでしょうけど、これは政略結婚よ。今、あの子はある不幸に見舞われていて、その解決……というか、後始末ね。そのために、アタシとの結婚を強いられることになったの」


 やっぱり……そうか。あれはどう見ても、自分から望んで……って顔じゃなかったからな。


「その、不幸っていうのは?」

「お父さんよ。先日、病で倒れたの」

「……なるほど。後継者問題か」

「あら、察しがいいわね」


 領主。身内の不幸。そして結婚――とくれば、マルクが抱えている問題の正体もわかってくる。誰が、どうやって、家を継ぐか、ってことだ。

 スタッツフォード家は今、マルクの父親が家長なのだろう。だが、その父親が倒れたことで、家督を継ぐ者を決めなければならなくなった。

 そこで白羽の矢が立ったのが、マルクなんだ。


「そう。お父さんに代わって、あの子が家を継ぐことになったの。でもね……アナタの世界ではどうだったか知らないけど、ビスティア連邦は厳格な男社会よ。千年を遡っても、女性で領主になった人は1人もいないの。本来、あの子にも継承権はないわ。だから、あの子が領主を継ぐには、別の家から男性を迎えるしかなかったのよ」

「婿入り……それで結婚か」


 女性では領主にはなれない。だから婿を招いて、その妻になることで家を存続させるしかない……と。

 自由と平等の国であるビスティア連邦だが、そのあたりの制度にはまだ封建的な特色が残っていたんだな。

 どこまでいっても女であることだけは変えられないマルクは、そこにある性差って壁にぶち当たっちまったわけだ。そりゃあ悩みもするよ。


「スタッツフォードには、他に後を継げるやつはいなかったのか?」

「いないわ。直系の家族は子犬ちゃんとそのお父さんだけだし、分家筋もすべて途絶えてる。あの子が継がなければ、お家取り潰しもある状態ね」


 マルクにとっては、父親が領主にして唯一の肉親なんだ。だからさっき、様子を見ていたいと悲しそうに言ってたんだろう。

 あいつの悩みには、一人っきりの家族が危篤に陥っている不安もあったんだな。


「じゃあ、あんたが婿に選ばれたのはなんでだ? スタッツフォード家と何か繋がりでもあるのか?」

「いいえ。同じ領主の家系だけど、血縁とか、そういう関係は特にはないわ。ただ、そこそこの血筋で歳が近く、婚姻も定まってない男性というと、近くにはアタシくらいしかいなかったのよ」


 つまりマルクにとっても……ユリアンとの結婚は、他に選択肢がない上での苦渋の決断だったってわけか。


「それは……あいつも煮え切らないだろうな……」

「ええ。アタシは前からあの子のことがそれなりに好きで、よく見てたから気にしないけど……あの子にとってのアタシは、仕方なく結婚することになった知らない男でしかないから。ハッキリ言って、距離はかなり開いてるわ。だから、お願い。アナタたちが、あの子の心のケアをしてあげてくれないかしら?」

「俺たちが?」

「お友達になら、アタシには言えないような悩みも打ち明けてくれるかもしれないでしょう? アタシだってね、不本意でも夫婦になる以上は、お互い笑って結ばれたいと思っているの。そのためにはできるだけあの子の望みを叶えてあげなきゃいけないけど、今のアタシでは聞き出すことも無理。だからその役目を、アナタたちに任せたいのよ。それまでは、この部屋も自由に使えるように許可をとってあるから。――どう? ダメかしら?」

「そういうことなら……いいよ。手伝う」


 マリッジブルーってんじゃないが、こういう時のケアは周りがどう支えるかが大事だ。その役目が俺たちしか受けられないっていうなら、喜んでやってやろうじゃないか。

 話を聞く限りだと、外野の俺たちにできることってのもそれくらいしかなさそうだしな。


「ありがとう。じゃあ、お願いするわね」


 椅子から立ち上がったユリアンは、そのままモデル歩きで部屋を出ていく――が、途中で立ち止まって、


「ああ、そうそう。言い忘れるところだったわ。ささやかだけど、食事の席を用意してあるの。他の2人には先に話を通してあるから、あとはアナタだけよ」

「食事って……そんなことまでしてもらっていいのか?」

「お客さんのもてなしもアタシたちの大切な仕事。だから気にしないで。その代わり、あんまり期待しちゃダメよ? 食事っていっても、パーティで出す料理の余りを適当に見繕ってもらっただけの、本当にささやかなものだから」

「出してくれるだけで助かるよ。サンキュ」

「そう言ってくれるとアタシも胸が軽くなるわ。アタシと子犬ちゃんはこれからパーティに出席するから顔を出せないけど、まあ、ゆっくりしていって」

「ああ。マルクにもよろしく言っておいてくれ」


 言い終えると、今度こそユリアンは部屋を退出していった。

 マルクの悩みを案じ、俺たちの寝床や食事まで気遣ってくれる――よくできた男だったな、ユリアン。ちょっとキャラが濃すぎるきらいがあるが、それも彼の魅力の1つだろう。

 この世界の貴族、みんないい人説――俺が密かに打ち立てていた仮説も、あいつのおかげで少し補強された感じがするよ。

 さてとそれじゃあ、そんな優しい貴公子のお言葉に甘えて、食事を――


「……あ」


 あまりにも優雅に去っていったんで、その食事会がどこでやってるのかを聞き忘れた。

 やみくもに探し回るか、誰かに聞いてみるしかないか……

 俺が辿り着くまでに料理、なくなってませんように。

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