第15話 あの子を1人にしておけない×3(Ⅰ)
「フィアンセ……って、お前……えっ、お前が……?」
派手な格好をしたトラ顔貴公子のセリフを反芻しながら、俺は唖然としてマルクを見た。
マルクは恥ずかしがるような、何か言いたそうにしているような、複雑な表情で俺から目を逸らしている。大きく頷きこそしないが、少なくとも何かの間違いだと否定する気もないようだ。
「そっ。この子犬ちゃんはアタシの婚約者。近く式を行って正式に家族になるの。今はそのために方々に挨拶回りをしている最中だけど」
モデル歩きで近づいてきた貴公子が、マルクの顎を撫でるなどしつつ、代わりにそんな説明をする。
だが、パシンッ! マルクは強い眼をして触れてきた貴公子の手をはたいた。
「気安く触るな。そこまで許した覚えはない」
「あら、てっきりもうオーケーだと思ったわ。そんなにキレイな格好までしてついてきてくれるんだから」
「これはっ、お前が勝手にパーティなんか開くからだろうがっ。ボクはお父様の様子を見ていたいのに……」
「お義父さんならお付きの人が一日中ついていてくれてるじゃないの。心配することないわ」
「でも……!」
「今のアナタがやらなきゃならないのは、そんな不安そうな顔をお義父さんに見せることじゃないわ。心配をかけないよう、後を継ぐ準備をしっかりすること。でしょう? 諸々の手続きとか、挨拶とか、元気なお世継ぎを産むとか……ね?」
「なっ……なななっ……」
『お世継ぎ』のあたりで急速赤面したマルクは、胸を隠すように自分の体を抱いて固まってしまい……
……み、見ちゃいられん。というかこれ以上話に置いていかれるわけにもいかない。仲裁しよう。
「あの……あ、あなたは……?」
と思ったら、後ろからリセナがおずおずと尻込みしながらも言い出してくれた。ナイスアシスト!
「あら、ごめんなさい。ほったらかしにしちゃってたわね」
トラ顔貴公子はようやくマルクから離れ、胸を張って答えた。
「アタシはユリアン。ユリアン・ファクミール。十一領主ファクミール家の三男坊よ。よろしくね。かわいいエルフィアのお嬢ちゃん」
貴公子ことユリアンは、そう言うとリセナに右手を差し出した。
遅れてリセナが差し出した右手を握って、軽く振る。
「あっ、はい。よろしくお願いします……」
そんな2人の会話を聞いて、俺は一番最初から抱いていた違和感にようやく確信を持った。
(……お、オネェだ)
勇猛そうなトラの顔で、立ち振る舞いも紳士然としてるのに、口調だけが完膚なきまでにオネェ……なんだこの異質な貴公子。見た目からしてキャラが濃いビスティアの中でも、こいつ以上に変なのはいないんじゃないか?
「ところで、お嬢ちゃん。これはアドバイスだけど、相手の名前を尋ねる時は自分から名乗るのがマナーよ」
「す、すみません! リセナ・ロスターです!」
「ありがと。あら、ロスターといえばエルフィア軍の……」
「えっと……父が、将を」
「そうよね、聞いたことあると思ったもの。お隣さんの著名人に会えて光栄だわ。あと、そちらのお2人は?」
リセナと一通り話し終えたところで、ユリアンの目がこちらを向いた。
「俺は、ナユタ・カシギだ。それと、こっちはメイリ・アマネ」
と名乗ると、ユリアンは、動転していてうっかり出てしまった俺のタメ語も気にしていない様子で――
「珍しい名前ね。どこかの小国の人? それとも北?」
顎に手を当てて首をかしげる。
実際、小国どころか小さな村で、位置もここよりは北なんだが……それは求められてる解答じゃないだろうな。
「いや、異界人だ。俺もこいつも」
そう答えると、あっちもあっちで仰天したらしく、手をポカンと開けた口元へと持っていった。
「あらまあ! それじゃあアナタたちが森に住み始めたっていう? 意外な人に会えたものだわ……ああ、ごめんなさいね? アタシ、異界人は見るのも会うのも初めてだから」
この反応にももう慣れてきたけど……どうにもむずがゆいことに変わりはないな。動物園の珍獣になった気分というか。
「それよりも、今の話……どういうことなんだ? マルクと結婚、って? あんたが?」
「あら、子犬ちゃんとお知り合い? ひょっとしてアナタたちが、この子の贔屓にしてたっていう異界人だったりするのかしら? そうよね、そっちにはまだ挨拶に行ってなかったものね……」
ユリアンはふむふむと何度か頷いて、
「報告が遅れてごめんなさいね。その話は本当よ。知らずにこの子を捜しに来てくれたんだとしたら……謝る他ないわ」
本当に申し訳なさそうな顔をして俯いた。いや、動物の顔なんでやっぱり表情はよくわからないんだが。
「でも、マルク君がお付き合いしていたなんて話、聞いたことがないですが……」
「恋愛結婚じゃないの。平たく言えば――家庭の事情、というところよ。こっちとしても急な話だったから、アナタたちがアタシの名前に聞き覚えがないのも無理ないわ」
――政略結婚、ってやつか。
王族貴族ってんじゃないが、マルクもこの国だと領主の――つまり国会議員クラスに身分が高い家の出だもんな。そういう話が回ってくるのもさもありなんってわけだ。
だが……恋愛なんて斬って捨てるタイプのマルクが、その当事者になったとしても……
「それって……マルクは、受け入れてるのか?」
さりげなくマルクの様子を窺いながら、問いかけてみる。
マルクは赤くなったまま顔を逸らしていて――やはり答えたのは、スッと俺とマルクの間に体を差し込んできたユリアンだったが。
「もちろんよ。そもそもこの婚姻はこの子の方からお願いしてきたことだもの。まあ、その割に何回誘っても部屋にすら来てくれないけど」
「……そうなのか? マルク」
『部屋』のあたりでまたビクッと跳ねたマルクに、ユリアンの肩越しに尋ねてみると――
「……そういうこと……になっている」
マルクはぼそぼそと、特に後半は聞き取れないくらいの声で返してくる。
おかげでよく聞こえなかったけど……さっきの『婚約者』の時と同じだ。やっぱり、否定するつもりはなさそう……だな。
つまり本当に、本人の意思……なんだろう。
ということは、俺たちからは何も言えない……か。
「なら、えっと……お幸せに。こっちに戻ってくる予定とか、あるか?」
「それは……」
「今のところ無理ね。でも、いろいろ片付いたら絶対挨拶に向かうわ。アタシも一緒にね。ちょうど異界人の村っていうのも視察したかったところだから」
口ごもるマルクに代わって、ユリアンが言う。
なんかモヤモヤするし、マルクの言い方も言わされてる感が半端ないけど……だからといって、外野の俺たちが物申したところで意味もないだろうな。
仕方ない。ここは、おとなしく退散するとしよう。
「じゃあ……俺たちは帰るか」
振り向いて、リセナたちに告げた。
その時、マルクが何か言いたそうに口を開いた気がしたが――ユリアンの体に隠れてよく見えなかった。多分気のせいだろう。結婚が自分の意思なら、マルクが俺たちを呼び止める理由なんてないんだから。
「待って。外はもう暗いわよ。今日のところはここに泊まっていきなさいな」
頷いたリセナたちと一緒に背を向けようとすると、ユリアンがそんな呼びかけをしてくる。
「え? でも……」
国会議事堂みたいな扱いだろうけど、一応この建物は城。国の偉い人たちが集まる場所だ。
勝手に押しかけた、しかも一般人の俺たちが泊まるわけにはいかないんじゃ?
「アタシが口利きするから、心配はいらないわ。お友達なんだし、アナタからも言ってあげてくれるでしょ?」
ユリアンが問いかけて、マルクも、こくっ。首だけで頷く。
「どうせ通行規制で誰も来ないんだもの。余ってる部屋は有効活用しなくちゃ。話を通してきてあげるから、ここでちょっと待っていてちょうだい」
それだけ言うと、ユリアンは廊下を踵を返してどこかに向かっていく。
まあ、向こうの都合がいいなら……ここはお言葉に甘えてしまおうか。宿をとってない俺たちには願ったり叶ったりな話だし、マルクともいろいろ話したいことがあるからな。
そのためにはまず、マルクもこの城で寝泊まりしているのか確認する必要があるが。
「なあ、マルク」
「――すまない。ボクにはまだやることがあるから」
尋ねようとしたら、スタスタ――
俺たちに背を向けたまま、マルクは早足でユリアンと違う方向へ歩いていってしまった。
(うーん……)
どう見ても、いつも通りじゃない……よなぁ。
原因はもちろん、今話していた結婚のことなんだろうけど……無理やりとかじゃなく、本人も認めてるとあっちゃ、何をどうしてやったものか。
……クッソ。歯がゆいな。こんなモヤモヤは将軍を止める作戦を考えてた時以来だぜ。
「お待たせ。空いてる部屋が見つかったわよ。ついていらっしゃいな」
去っていったマルクと入れ替わるように戻ってきた、ユリアンが廊下の向こうで手招きしている。
今は悩んでる場合じゃないな。とりあえず部屋に行って――お節介を焼くのか、挨拶だけして明日帰るのかは、それから決めよう。
ユリアンの招きに従って、俺たち3人は部屋への案内を受けた。




