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第12話 南の楽園叫びが2つ(Ⅱ)

 亜竜をその場に停留させ、跳ね橋を渡るアイゼとサーニャに続く。

 門の隅にちょこんとある検問所で、まずはアイゼたちが諸々の手続きを終えた。

 その後ろに並んでいた俺たちが、遅れて門番(軽鎧を身に着けたキツネ顔の獣人だ)の審査を受ける。

 ――だが。


「入れない……って、なんで……!?」


 結果、門番に言い渡されたのは「通行は許可できない」の一言だった。

 曰く――

 本来、レオニには通行規制なんかなく、常時開門状態。しかし、この時期は魔物による襲撃を食い止めるために閉鎖されていて、開くのは人の出入りがあるときのみ。

 さらに今は、非常に切迫したとある特別な状況に見舞われているせいで、街は重度の厳戒態勢。外部の人間は公式に発行された()()()がなければレオニには入れない――とのことだ。

 身分証があれば通行証の仮発行もできるというが、異界人である俺とメイリには当然そんなものはない。この世界では身分証明が必要なところ自体そう多くなく、証書を持ち歩くこともほとんどないということで、リセナも手持ちなし。

 その上、入国の理由も『友達に会いに来た』という漠然としたことしか言えなかったため、門番には怪しむようなジト目を向けられ始めた。

 ま、マズいな。門前払いならまだしも、不審者として逮捕なんてことになったら目も当てられないぞ。


「わ、私っ、エルフィア森衛軍総隊長ゴードンの娘です! 父の名で、今回だけでもどうにかなりませんか!?」

「すみません……証明できるものをお持ちでない限りはどうにも……」


 リセナが珍しく親の名前を出してまで融通をねだっているが、向こうとしても仕事だからか反応は芳しくない。

 そうしているうちに、亜竜を連れてきたアイゼが隣にやってくる。

 アイゼは頭に手をやりながら、申し訳なさそうな顔で言った。


「わりぃな。まさか持ってないとは思わなくてさ。オレらのは王国で発行されたやつだから、こればっかりは助けてやれねーや」

「いいよ。ここまで連れてきてくれただけで大助かりだ」


 アイゼたちに出会ってなければ、このことを知らないままあと何日も歩き続けなきゃならなかったわけだからな。感謝こそすれ、恨むのはお門違いもいいとこだ。

 だが、アイゼたちにも助けてもらえないとなると、いよいよ状況は手詰まりに近い。

 正攻法で無理となると裏口的な手段になりかねないが、なんの後ろ盾もない俺たちではやれることも限られてくるからな。

 ここまで来た以上、諦めて帰るのは最後にしたいし……どうする? 金でなんとかならないか交渉してみるか? メイリ頼りになるけど。それとも、イチかバチか壁を乗り越えて侵入してみるか? メイリ頼りになるけど。

 ……などとよからぬ方向に考えが傾きかけていたところに。


「どうかされましたかな?」


 門の向こう側から、ひどくしわがれた老人の声がかかった。

 その後、門番が出入りするための細い連絡口を通って、1人の男性がこちら側にやってくる。

 腰をくの字に曲げて、杖をついたビスティアのおじいさんだ。その顔はパグのような、加齢のせいか元からなのかわからないが、シワだらけの犬顔。体も小型犬のように小さく、腰を伸ばしてもリセナに届かないくらいだろう。ローブを着て、高い帽子を被った聖職者みたいな格好をしている。


「な、七席様!?」


 その老人を見て一番動揺したのは門番さんだった。何もないのに転びそうなくらいの大慌てで、実際頭に被っていた金属製の兜を落っことしている。

 兜を被り直しつつ、やはり慌てながら門番は老人へと駆け寄っていった。


「いけません、門の外に出ては! 街の外は今危険だと……それに、領主様ともあろう者があんなところを通っては、他の者に示しが――」

「落ち着きなされ。お客人の前ではありませんか」

「――は、はっ!」


 そこだけはキリッと敬礼した――けれど動揺を抑えきれていない門番を伴って、老人は俺たちの前へとゆったり歩いてきた。


「失礼。中からでは話が聞こえなかったもので。いやはや、この歳になると、耳も遠くなっていかんですなぁ」

「あん……あなたは?」


 ついいつもの感じで話しかけようとして、門番の態度を思い出し言葉を切り替えた。あの様子から察するに、どう考えてもこの国のお偉いさんだろうからな。

 けど……俺、この世界の敬語使うの苦手なんだよな。里には目上も年上もフランクな人ばっかりだから、使う機会自体そうそうなかったし。

 とりあえず、ボロが出ないように取り繕うしかないか。ヤバくなったらリセナ頼みで。


「わしはヒトウ。これでも一応は、この国の政治と各種族を束ねる、11の領主の1人じゃ。末端も末端、今ではこうして、皆の話を聞くことくらいしかできん、しがない隠居じじいじゃがなぁ」


 領主――言葉通りの意味だと首都にいるのは少し変だし、国会議員のようなものとでも思っていた方がよさそうだ。


「七席様、ですからっ……!」

「固いのう、おぬしは。わしなんぞにおべっかつこうても、仕方ありゃせんじゃろう。もっと楽ぅにせんか。ほれ」

「いえ、そういうわけには……」


 門番さんはすっかり陽気な上司に絡まれた新入社員といった様子で……ちょっと可哀想に見えてきたな。


「やれやれ、若いもんは頑固でいかんのぅ。……して、お客人。ご用件はなんじゃったかな?」

「あっ、えっと……」


 老人ことヒトウさんに尋ねられた俺は、この人になら名前を出しても大丈夫だと思い――マルクに会うためここまで来たこと、通行証の存在を知らなかったこと、そのせいで通行止めを受けたこと、すべてを伝えた。

 ヒトウさんはマルクの名前が出たあたりで深く考え込むような様子を見せ(顔が顔なので表情はよくわからないが)、全部聞き終えた後はうんうんと何度か頷く。

 そして、


「なるほどのぅ。では、わしが許可しよう。君、彼らを通してあげなさい」


 至極あっさりと、門番にそんな指示をしてくれてしまった。


「よ、よろしいのですか!? お言葉ですが、彼らの素性はかなり怪しく……」

「ほぅほぅ。おぬしは、一席の娘の友人たちを怪しいと称すのか。これはすぐにも本人に伝えてやらんとならんかのぅ」

「え、ヴィスマルク様の……!? しっ、失礼しましたぁ――っ! すぐに開門の準備にとりかかりますぅぅぅ!」


 今にも泣きだしそうな顔になって、門番さんは門の方に全速力で駆け出していった。……なんか、ほんと、すみません。


「マルクのこと、知ってるの……んですか?」

「もちろんじゃとも。わしらをとりまとめておる男の娘じゃ。わしにとっても孫のような子じゃよ。それに、おぬしたちのこともな」


 ほっほっほっ、と息を吐くように笑い、ヒトウさんはしみじみ言う。


「長生きはしてみるもんじゃのぅ。まさか、よその世界からきた者たちと、話をする機会があるとは」

「俺たちのことも……?」

「おぅおぅ、あの子からよく聞いておるよ。剣を託した女子(おなご)に、話の合う友人。つい最近には、昔なじみの優男も加わって、騒がしい毎日じゃと口酸っぱく申しておったなぁ」


 ……そっか。あいつ、口ではなんやかんや言いながら、裏では俺たちのことをそんな風に……あれ?


「……俺は?」

「はて? おぬしのことはなぁんにも聞いておらんな」


 あんにゃろー……!


「ほっほっほっ。冗談じゃ。言っておったよ。『むかつくが、嫌いきれない男がいる』とな。むしろ、おぬしの話の割合が、一番大きかった気もするのぅ」

「…………」


 そうやって言われると、急に恥ずかしくなってきたんだが。

 へ、へー、そっか……あいつがそんなことをねぇ……へー……

 ……まあ、どうせ愚痴のついでだろうけど。ヒトウさんの言い方が大げさなだけってこともあるだろうし。だから別に嬉しくとかないから。ないからな?

 と、よくわからない心境でいると、ズズズズズッ……

 重い音を立てて、門の鉄柵がゆっくりと上に持ち上がっていった。

 本当に入れてくれるんだな。ヒトウさん様様……この場合はマルク様様でもあるか。


「おぬしらはヴィスマルクに会いに来たのじゃろう?」

「はい。……もしかして、ここにいるんですか?」

「うむ。しばらくは国中、あちこち飛び回っておったが、今は帰ってきて城におるよ。忙しゅうて、会えるかどうかはわからんがなぁ」


 よかった。無事が知れた上に、探す手間も省けたな。

 しかし、忙しい……か。一大事なのはわかってたけど、そこまでのことだと直接会うのは難しいかもな。最悪の場合、言伝だけ頼んで帰ることになりそうだ。


「よし、ついでじゃ。おぬしらを城まで案内してやろうぞ。ヴィスマルクとの面会も、頼めるように言っておこう」

「いいんですか?」

「わしも一度城へ帰らねばならんからな。遠慮はせんでよいぞ」

「あ……ありがとうございます!」


 ヒトウさんに深く頭を下げると、今度は横にいたアイゼが視界に入った。


「それじゃ、オレらとはここでお別れだな」

「アイゼたちも、ありがとな。おかげで助かったよ」

「ひひっ、気にすんな。オレらもしばらくここにいっからさ、またどっかで会えるといいな!」

「おう、またな」


 開いた門の向こうへ、亜竜を連れたアイゼとサーニャが消えていく。


「では、わしらも行くとするかのぅ。急がねば、日が暮れてしまうでな」


 その背中が完全に人混みに紛れてから、俺たちもヒトウさんの案内で街の中へと歩みを進めた。

 ……なお、歩行速度は疲れたメイリ以下だった。腰の曲がったおじいさんが先頭だから、まあ仕方のないことだけど。

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