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第9話 目指せ! ビスティア連邦(Ⅴ)

「メイリ! リセナ!」

「ん」

「うん、私たちも行こう!」


 外が明らかにヤバい状況なのは確かだ。言葉少なに、俺たちはおっとり刀で亜竜車から飛び出した。

 そこで目にすることとなったのは――


「――なっ……」


 車を360度囲むように展開された――生き物の、群れ。

 体の大きさは俺より少し大きい程度か。ギョロリと濁った眼球が虚空を見据え、半開きの口からはギザギザののこぎりのような歯が覗く。黒光りするウロコのようなものに全身が覆われ、地上のどんな生物とも違う異様な空気を纏っている。

 


(魔物、か……!?)


 一瞬、そうと認識するのが遅れた。

 森で見かける魔物とは、姿かたちがあまりにも違いすぎていたからだ。


「――お前ら! おとなしくしてろって言っただろ!」


 振り向くと、両手にナイフを装備したアイゼが魔物の一体と斬り結んでいた。

 すぐ近くではサーニャも戦っている。こちらは魔法使いのようで、下級魔法を連発してアイゼを援護していた。

 この2人、戦えたのか。しかし、さすがにこれだけの群れが相手では苦戦は免れないだろう。助けに来て正解だったな。


「アイゼ! こいつら……魔物か?」

「それ以外の何に見えるんだよ!」

「いや、だって、これ……」


 呆然と、俺はもう一度魔物の群れに目を向ける。

 だが……やはり、俺はどうしてもそれを魔物と認めることができなかった。

 なぜなら――


「どう見ても――サケじゃねーかッ!!」


 魚。

 視界を埋め尽くすそれらの姿は、日本の食卓ではおなじみのサケそのものだったのだ。

 正確には、人間の手足が生えて、手に先端を削った棒を持った、サケのような何か……つまりは魚人だが。


「サハギンだ! 気を抜くなよ! こんな見た目でも、この辺りじゃ一番ヤベェ魔物だからな!」

「いや、サケはサケだろ……」


 こんなのが一番強い魔物って……

 言葉が通じなかった以上の異世界カルチャーショックだよ。こんな世界知りたくなかった……


「……しゃけ?」


 ドン引きする俺の横で、メイリがこてんと首を傾げた。


「サケな」

「……しゃけ」

「ああ、うん。もうどっちでもいいや」


 と、気の抜けたやり取りをしている俺たちに向かって、


『キシャー!』


 お前鳴くのかよ! と叫びたいほどマヌケ面をしたサケ……もといサハギンが、槍を構えて突進してくる。

 その足の速さは人間以上ガルム未満といったところで――図体や武器のリーチも相まって、なるほど。どうやら強力な魔物という説明は間違っていなさそうだ。


(これは、本気でやらないとマズいかもな……!)


 魔物狩りの経験は積み重なってきているが、相手が初めて戦う魔物とあっては気を抜いてはいられない。

 そもそも、命のやりとりをする場で手が抜けるほど俺は強くも器用でもないんでな。やるからには、常に本気だ。

 気持ちを引き締め、意識を戦闘モードに移行させる。同時に観測活性(アクティベート)して、俺は手元に1つの魔法陣を描いた。


「<スティック>!」


 術式鍵語(エフェクトコード)を唱えると、魔法陣が光の粒子と化して俺の手に集まり、1本の細長い棒状を形成する。

 読んで字のごとく、この<スティック>はマナで棒を形成する魔法だ。単体では特に使い道がなく、効果の持続時間も10秒程度が限界の下級魔法だが――ちゃんと質量があり、強度もそれなりなので、使い捨ての刺突武器として使える。魔法陣が最小画数の一画で描けるため、敵の目の前で構築する際に隙が少ないのも利点だ。

 さらにここに、


「<アクセル>!」


 俺の軌跡定着(ショートカット)<アクセル>による加速(ブースト)を合わせることで――

 急速に敵に接近し、すれ違いながら<スティック>を突き刺す、一撃離脱の必殺技となる!


「――ォオラっ!」


 弾頭のごとき勢いで接敵した俺は、突き出された槍を身をよじって寸前で回避しながら、サハギンの頭に<スティック>を突き立てた。


『ピギャー!』


 断末魔までマヌケなサハギンは、槍を取り落として灰となり消えていく。

 ……よし。俺でも勝てる相手だ。今までの経験と努力はしっかり活かせてるな。


(問題は、この数――)


 加速が途切れて停止した俺の周りに、続々と集まってくるサハギンの群れを睨む。

 今まで戦ってきた魔物の群れの中でも一二を争う大群だ。シリウスと極魔探索に赴いた時に出くわした群れと同等か、それ以上かもしれない。

 こちらの頭数もアイゼとサーニャを含めれば増えているが、マルクという最強の前衛がいない穴は大きい。慎重に立ち回らないと、最悪陣形を突き崩されるかもだ。


(それと、暑さだな……)


 加えて、真夏のような太陽がジリジリと俺たちの体力を奪っていく。激しい動きを繰り返せば一瞬でバテて動けなくなってしまうだろう。

 メイリなんか、すでに日傘が手放せなくて片手で戦っている状況だ。あまり長引けば、疲れて戦線離脱しやがる可能性もゼロではない。

 狙うべきは、短期決戦。


「メイリ! なんとかこいつらを一気に倒せないか!?」

「ん――片手じゃむり」

「両手使えよ傘置いて!」

「……やだ」


 ええいこのワガママお姫様め……!

 ていうか真面目に戦えよ! こんな見た目の魔物が相手じゃ、シリアスになりきれない気持ちもわかるが……


「それならオレたちにいい考えがあるぜ!」


 サハギンの1体を倒しながらアイゼが叫ぶ。


「サーニャ、準備を頼む! お前らも、オレと一緒にサーニャを守ってくれ!」

「りょうか〜い」

「わ、わかった……!」


 言われると、サーニャは背負っていたリュックを下ろしてその場にしゃがみ込んだ。俺も頷いてサハギンたちに向き直る。

 またこの手のミッションかよ……! 守るより守られたいくらいなんだぞ、俺は。

 だが、策があるならそれに乗っかる方が確実なのも事実だ。やるしかなさそうだな。

 となると、ここは――もう一発、俺の新しい必殺技を披露するとするか。


「<アクセル>!」


 もう一度足元で爆発を起こし、亜音速でメイリたちの前へと帰還する。

 そして、


「借りるぞ、メイリ!」

「――あっ」


 メイリが持っている日傘を少し拝借して、そこに魔法陣を描いた。


「<フロート>!」


 日傘を媒体にして<フロート>を発動。サハギンの槍が届かない程度の中空へと浮き上がる。

 そのまま、パラソルで空を飛ぶピ○チ姫みたくその場でふよふよと浮遊した。

 練習したのは攻撃技だけじゃない。この<フロート>も、より重いものを、より長く浮かせることができるよう日夜研究しているのだ。

 今やある程度安定するものでさえあれば、俺を乗せていても滞空可能時間は5秒。メイリを乗せて運ぶことこそできなかったが、こういう場面でなら有用だ。

 空という安全域で、俺は新たに魔法陣を描く。

 危険な地上では隙を晒してしまうだけだが、ここでなら描ける――補助円(サークル)を含めた、高度な魔法陣をな。


「<ラピッド・フレイム>ッ!」


 起動された魔方陣からは、<フレイムⅡ>に匹敵する巨大な炎の砲弾が3連射。

 それぞれ拡散しながら、眼下のサハギンたちに向かっていき――

 ――ドドドウゥゥゥゥッッ!!


『ピギャー!』

『ギャース!』

『バイバイキーン!』


 群れの一部を、爆撃のような火力で焼き尽くす。

 一対多の戦闘が多くなる対魔物戦を想定して、シリウスの<火炎弾(フランマ・ブレット)>を参考に作った広範囲殲滅魔法<ラピッド・フレイム>だ。

 森では木への引火が怖くて使用を控えていたが、これだけ開けた平野ならその心配もない。用意した甲斐があったってもんだぜ。


「よっしゃ、みたか!」


 戦果を眺めてガッツポーズを作る俺は、ちょうど<フロート>も切れたということでそのまま降下しようとする。

 だが――


「<ブラスト>」

「ぐはァっ」


 どこからともなく飛来した風の弾丸が腰にクリーンヒット。衝撃で傘から手を離してしまったせいで、着地というより落下の勢いで地面に叩きつけられることとなった。


「不快」


 そんな俺を、フワフワ落ちてきた日傘をキャッチして差しなおしたメイリが冷たく見下ろす。

 やっぱり今の一撃はメイリだったか。勝手に傘を奪ったことに怒ったんだろうが、味方を撃墜するんじゃねえよ……!


「悪かったから、せめて降りるまで待って……ん?」


 余計なダメージを受けて地面に倒れ伏している俺の目の前に――コロコロ。

 野球ボールくらいのサイズの、透明な水晶玉が転がってきた。

 寝転がっていることで、同じものが俺たちの周りや、サハギンたちの足元にいくつも転がっているのが見える。

 そして視線を動かすと、それを転がしているのが――

 開いたリュックから玉を取り出してこっそり放り投げている、サーニャだとわかった。準備って、これのことだったのか?

 さらにサーニャは、ひとしきり水晶玉を転がし終えたかと思うと、立ち上がって魔法陣を描いた。

 サークルのある上位魔法陣を2つ。完成させ、重ねる。それは強力な魔法である証明だ。


「アイゼ〜。できたわよ〜」

「よっし、そんじゃやるか!」


 やりとりを交わすと、アイゼはいつの間にか腰に巻いていた、チャンピオンベルトのような太いベルトを外す。


「お前ら! そこを動くなよ!」


 言いながら、ベルトを空中――サーニャの頭上へと放り投げた。

 そのベルトは全体がポーチのような収納になっていたようで、開いていた口から無数の何かが飛び出してくる。

 あれは……ナイフ? すべて、細長く鋭い投げナイフだ。


(サーニャ!? 危ない――!)


 あのままでは空中に舞ったナイフのほとんどがサーニャの頭上から降り注ぐことになる。アイゼは何を考えてるんだ……!?

 今の姿勢のままでは助けに行くのも間に合わず、俺はただ息を呑む。

 しかし、そんな心配が必要ないことも――アイゼがナイフを放り投げた理由も、直後にすぐわかった。


「やっちまえ! サーニャ!」

「ふふっ――<射ち落とす矢(エイム・フォール)>〜」


 サーニャが魔法陣に鍵を投げ入れると、すべてのナイフが空中でピタッと停止する。

 何かから力を得たように、ナイフはぼんやりと発光。同時に、足元にいくつも転がる水晶玉も同じ輝きを宿していた。

 そして次の瞬間――

 ――ズドドドドドドドッ!

 サーニャを中心に弾けるように、急降下したナイフがサハギンの群れに降り注いだ。さしずめナイフの絨毯爆撃だ。

 攻撃そのものを魔法で構築するのではなく、武器に置き換えることで、魔法陣の手間を削減しているのか。


(武器と魔法の合体技……)


 こういうのも、あるんだな。勉強になったよ。

 しかもその爆撃は、どうやら魔物だけを正確に狙い撃っているらしい。術者のサーニャは当然のこと、アイゼ、リセナ、メイリ――これだけの無差別爆撃の中、人間にだけは一切危害が加わっていない。


「うおおおっ!?」


 なぜか、俺の鼻先スレスレにナイフが1本突き立ったのはご愛敬だが。

 射抜かれたサハギンの数が、みるみるうちに減っていく。

 ほどなくしてナイフの斉射が終わると、草原には俺たち以外何も残っていなかった。


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