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第7話 目指せ! ビスティア連邦(Ⅲ)

 ガタンッガタンッ。ゴトンッゴトンッ。

 車輪が砂利を弾き、田舎を走る電車のようにほどよく揺れる亜竜車の中。

 瀕死一歩手前の怪我を、リセナとメイリに(いや)してもらいながら――俺は憮然(ぶぜん)と、前方の御者台(ぎょしゃだい)にいる女に視線を送り続けていた。


「いやーごめんな? こいつ、動いてる物を見るとつい突っつきたくなるみたいでさー」


 握っている手綱でパシンッと亜竜の背中を叩き、ケラケラ笑うそいつは――

 へにゃっと折れた耳を頭の上に頂き、太く丸い尻尾を持った、猫女。マルクに似た、人がベースになっている方の獣人(ビスティア)だ。

 バッサリと無造作に切った髪は亜麻色(あまいろ)。縦に細い猫目気味の瞳は青。日に焼けたのか元からなのか、健康美が眩しい肌は小麦色。

 アスリートばりに引き締まった肢体で、服装もマラソン選手のようなタンクトップにショートパンツというスポーティなスタイル。脇からチラ見えする胸がそれなりに膨らんでいなければ、男と勘違いしたかもしれないくらいハツラツとした印象の女だ。


「うふふ〜。でもびっくりしたわ〜。いきなり飛び出してくるんですもの〜」


 その猫女の後ろに座り、俺たちと向かい合っているのも、女。

 かなりおっとりした性格のようで、柔和な笑顔が途切れる様子がない。口調ものほほんと間延びしていて、猫女と比べると(はる)かに女性らしい雰囲気だ。

 もこもこと綿毛のように柔らかな髪は、薄い赤――というよりピンク。頭頂部にはアホ毛が跳ねているが、動物の耳はそこにはない。ちゃんと顔の横にある耳も特段長くはないので、こちらはアシュリアなのだろう。

 特別な特徴がないのが特徴といえるアシュリアだけど――こういう髪の色が、それだけで十分特徴になってる気がするよ。見慣れない色ってだけで結構目立つからな。メイリ(しか)り。

 フリル付きのゆったりとしたワンピースに包まれるのは、これまた彼女の女性らしさを強調する――極めて豊満なバスト。豊かさでは里で並ぶ者がいなかったリセナよりもさらに大きく、メロンやスイカが入っていると言われても信じられるくらいの特大サイズだ。

 かといってだらしない身体をしているかというとそうでもなく、手足や腰のラインは猫女と同じくらいシュッとしている。

 こういうの、トランジスタグラマーとか言うんだったかな。見る人が見れば我も忘れてル◯ンダイブしていきそうだよ。

 大きめのキャンピングカーくらいの広さがあるこの亜竜車だが、意外にも俺たち以外で乗っているのはこの2人だけだ。御者と客というには距離が近すぎるから、友達同士か何かだろう。少なくとも、乗り合いバスのような乗客同士のよそよそしさはない。

 かなり旅慣れているようで、荷物も俺たち3人分とほとんど変わらない量だ。

 なのでスペースにも気分的にも余裕があり、()いてしまったお詫びも兼ねてということで――こうして、3人揃って便乗させてもらっているのだった。


「すみません……すごくいいタイミングで見かけたから、焦っちゃって……」


 と、ひどく申し訳なさそうな顔で謝ったのは、俺ではなくリセナ。

 ……女の子に代わりに謝らせて一人ふてくされてるとか、ダサいなんてもんじゃないな。いい加減水に流そう。


「それと、ありがとうございます。いきなりだったのに、快く乗せてくれて」

「気にすんなって。よく言うだろ、ほら、えーと……足を引きずれ?」

「旅は道連れ、ね〜。私たちも〜、2人だと(さび)しいと思ってたから〜。ちょうどよかったわ〜」

「そうそう、その通り! どうせオレらも連邦へ向かう途中だったんだから、遠慮なんかしなくていいんだぜ」


 2人組は笑い、それにつられてリセナも明るい表情を取り戻した。

 リセナのコミュ力ももちろんだけど、この2人も気さくであけっぴろげだから――初対面でも、そこまで居心地は悪くないな。彼女たちの言う通り、旅は道連れ世は情け、だよ。


「おっと、そういや自己紹介を忘れてたな」


 ハッと思い出したように猫女が言う。


「オレはアイゼ。見ての通りビスティアだぜ。生まれも育ちも王国だけどな!」

「サーニャ、よぉ〜。アイゼとは〜、小さいころからの幼馴染(おさななじみ)なの〜」

「リセナです。それと、こっちはメイリちゃんで……」

「ナユタだ。その……さっきは、悪かった」


 気恥ずかしさを堪えて謝ると、アイゼとサーニャの2人はニヤニヤニヨニヨと気持ち悪く笑った。

 さすが幼馴染。嫌になるくらい息ぴったりだよ。


「いいってことよ。でも、そんで? なんでそんなに急いで連邦に行こうとなんかしてんだ?」

「……あー、えーと……」


 アイゼの質問に、俺は少し返答を迷う。

 もちろん理由はマルクに会いに行くことなんだが、そのマルクを、事情を知らないアイゼにどう説明していいものかわからないからだ。

 執事(メイド)……とか言ったら変な誤解をされるのは間違いないし、メイリのペットなんて言うのもまたしかりだし。

 ていうかまだ生きてるんだろうか。ペット認識。メイリの中で。


「……友達に会いに行くんだよ。しばらく会ってないから、気持ちが(はや)っちゃってさ」


 結局、俺は無難な返事をした。

 間違ってはない……はず。マルクに面と向かって言ったら絶対全力で反対されるだろうけど。


「ふーん。まあなんでもいいんだけどさ。なんだってこんな時期にしたんだよ?」

「時期……? 何か問題あるのか?」

「大アリだろ。今の連邦と言やあ繁殖期の真っただ中だぞ?」

「うぇっ……!? 繁殖期……って……ッ!?」


 呆れたようなアイゼの言葉で、俺はつい――本当につい、マルクでそういう姿を妄想してしまう。

 頬を上気させて、息も荒くなったマルクが、シャツの胸元をはだけながらしなだれかかってきて――っておい待て俺! なんで俺の一人称視点で想像した俺!

 慌てて頭から追い払ったけど、想像してしまったという後悔と背徳感が拭えず、思考が回らない。口がわぐわぐ開いて、顔も赤くなっていそうだ。

 でも、そ、そうだよな。ビスティアの大元は動物なんだから、そういう時期があるのは当然なんだよな。

 ……ってことはまさか、マルクが帰ったのも実はそれが理由で……!?


「あ――ちっ、違っ、違うからな!? ビスティアじゃなくて、魔物! 魔物のことだから!」

「……………………そ、そうか。魔物か……」


 よかった……もし俺の想像通りだったら、どんな顔してマルクに会えばいいかわからなかったところだよ。

 魔物の繁殖期――普段から繁殖のペースは早い魔物だけど、そんな時期まで存在するのか。

 言われてみれば、つい昨日まで俺たちも里を挙げての魔物退治で大忙しだった。あれは森の魔物の繁殖期がちょうど最近だったからかもな。


「連邦の魔物の繁殖期はとりわけスゲーからなあ……一回狩りの手伝いに行ったことがあるけど、ありゃあマジの戦争だぜ」

「特に3年前はすごかったらしいわね〜。スタッツフォード家の活躍がなかったら〜。今の連邦があるかどうかもわからなかったくらいだそうよ〜」


 スタッツフォード……ここでも、その名前が出てくるんだな。

 獣人で騎士で領主でペットで、しかも戦争の立役者ときた。話を聞くたび、あいつの謎は深まるばかりだよ。

 連邦に着いたら、マルクにはそのあたりの説明も改めてしっかりしてもらわないとな。


「つーわけだけどさ、本当にこのまま行って大丈夫か? 引き返すなら今しかないぜ」

「あー……まあ、大丈夫だろ。魔物との戦いなら慣れてるし、イザとなりゃ、そこの賢者様がなんとかしてくれるだろうからさ」


 窓の外を眺めてるメイリを指さしながら、俺は答えた。

 歩かなくてよくなったおかげか、メイリはすっかり脱力してお気楽モードだ。これに懲りたら少しは体力作りの意思を見せてくれたり……しないな。メイリだし。


「賢者? ケンジャ……どっかで聞いたことある気がすんだけどなぁ……」

「え〜とぉ〜……そういえば〜、最近妖人族(エルフィア)の森にやってきた異界人が〜、そんな名前だったような〜?」

「あー、あのうさんくさい話の? マジでいたんだなー」


 アイゼは前を向いたまま、サーニャは頬に人差し指を当てて、どちらも微妙な顔で言う。名前じゃないけどな、賢者。

 ていうか、シリウスの時にも思ったけど――この話、結構広まってる割に全然信じられてなくないか? 本当にこれで大丈夫だったのかよエルフィア。


「……って、あれ? ううん……!?」


 話の途中、アイゼが変な声を上げた。


「ってことは……お前ら、異界人なのか!?」

「ん? ああ。俺とメイリは異界人だけど」

「早く言えよ! ええっと、異世界語でこんにちはってなんて言うんだ……!?」

「落ち着いて〜アイゼ〜。ちゃんとお話しできてるわよ〜」

「え? あっ、ホントだ! なんで!?」


 ……なるほど。こいつはバカか。


「まあ、こっちに来てからそこそこ経つし。それに、リセナに色々教えてもらったからな。これくらいはできないと怒られるっつーか」

「ナユタ君がすごいだけだよ〜」

「いや、だからリセナの……もういいやこの話は」


 お互い謙遜しあって平行線を辿るのも飽きたしな。


「オレは気になるぞ! 異界人なのにどうやってアッシュ語覚えたんだ? つーかそもそも異界人ってどんなやつらなんだ!?」

「私は〜、ナユタさんたちと〜、リセナさんの出会いの方が〜、気になるわね〜」

「あー確かに! 喋れねえのにどうやって仲良くなったのか聞きてえな!」

「って、言われてもな……」


 どうやって、と聞かれても「普通に勉強した」としか言えないし、異界人がどんなやつらか、とか聞かれても「普通」としか答えられないし。

 それでも説明するとなると……俺がこの世界に来てからあったことをちょっとずつ話していくしかないか?


(……それもいいか)


 波乱万丈とまでは言えないけど、この数か月で本当にいろんなことがあった。自分語りなんて恥ずかしいこと普段はできなくても、こういう機会にするなら悪くないことだろう。


「……ちょっと長い話になるぞ?」

「おう、大歓迎だぜ! 亜竜車(こいつ)でも連邦の首都レオニまではまだまだ時間かかるからな!」

「わかったよ。じゃあ、どこから話そうかな……」

「でも〜、その前に〜」


 どう話すか考えていると、そこにサーニャが割って入った。

 アイゼも合わせて頷く。


「おっと、そうだな。話の前に――お前ら、明るさ注意だぜ!」

「明るさ?」


 頭の上に「?」を浮かべた、次の瞬間。

 ――カッ――!

 と、目を焼くような強烈なフラッシュが、窓の外から俺たちに襲いかかった。


(うお、まぶしっ……)


 反射的に目を閉じて……しばらく。

 なんともないことを確認してから、おそるおそる目を開く。

 そして、光が差した窓の向こうに目を向けてみると、そこには――


「おお……!」


 視界一面に、緑が広がっていた。

 それも森を彩る、深く暗い木々の緑ではなく――

 道の外の地面をすべて埋め尽くすかのような、明るく鮮やかで青々とした草原の色だ。

 ずっと森の中にいて、こんなに広々と視界が開けることなんてほとんどなかったから……なんか、感動だな。


「もしかして、もう?」

「おう! 森と草原の境目が、里と連邦の国境線。ってことで、もうここは連邦の領地だぜ」

「マジか……思ってたよりかなり早かったな」

「里は森の結構南の方にあるからね。国境までは割とすぐだよ。もちろん、亜竜車があってこそだけど」


 窓の向こうを眺めながらぼんやり言う俺に、リセナが説明してくれる。

 そういうことなら、もっと早く連邦に行く提案をしててもよかったかもな。あの草原の真ん中で日光浴――なんて、考えただけでも日ごろの疲れが吹っ飛びそうだ。


「さてと……」

「……ん?」


 初めて電車に乗った子供みたいに窓に釘付けになっている俺をよそに、横でリセナがジャケットを脱いでいた。

 サーニャもワンピースの胸元のボタンを外して、そのくっきりY字を描く谷間を白日の下に晒している。

 ……な、なにしてますのん?


「……リセナ?」

「ナユタ君も、上着は脱いでおいた方がいいと思うよ。多分、そろそろ()()はずだから……」

「来るって、何が……」


 問いかけようとして――間もなく、俺はリセナの言葉の意味を理解した。


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