第6話 目指せ! ビスティア連邦(Ⅱ)
「疲れた……」
「言うと思った」
などというやりとりが発生したのは、家を出てから2時間後のことだった。
まあ、メイリにしてはよく持った方ではあるな。こんな場所で休憩を取ってたら、到着がいつになるかわからない――という事情さえなければ、拍手でもしてやりたいところだよ。
それはそれとして――さて、どうしたものか。
メイリの体重なら俺がおぶっていってやることもできるだろうけど、速度の低下はどうしても否めないし……
何か、移動に使える便利な魔法でもあれば……
あ、そうだ。
「<フロート>でその辺の物を浮かせて乗るのはどうだ? そうすりゃ楽に移動できるだろ」
魔法の絨毯みたいなイメージを頭に思い描きながら、俺がそんな提案をすると――
「あれは、横に動くときは、引っ張らなきゃだめ」
当のメイリにあっさりと首を振られた。
「そうだったのか……」
言われてみれば、使ったのは上に飛ぶ時だけだったな。シリウスが大量の機械を後ろに並べて歩いていた記憶もある。
浮かばせることにかけては万能な魔法だと思ってたのに……見損なったぜ<フロート>さん。
それならと俺が引っ張ってやろうにも、俺ではそこまで高度な操作はできないし……仮にできたとしても、周りの木にぶつけてメイリを落っことさない自信がないな。
やっぱりもっとちゃんと、メイリの移動をどうにかする手段を考えてから出発するべきだったか。
本当に、困った。どうしたものか……
「亜竜車でも予約しておくんだったねえ……」
悩んでいると、肩を落とすへと困った顔を向けながらリセナが言った。
「亜竜……って?」
「竜はわかるかな? 大昔、大陸の北と南を分ける大きな山に住んでたっていう、伝説の生き物なんだけど」
「まあ、なんとなく」
能力を通しても『竜』と訳されているということは、俺の認識ともそれほど相違ないということだろう。
――竜。
イメージでは、巨大な体躯にツノと翼を併せ持つ、トカゲのような姿の怪物だ。いや、鱗をまとって手に宝玉を持った蛇だったか?
まあともかく、地球上のあらゆる文献や創作で神にも等しい存在として描かれる、最強の生物。そいつが、この世界では実在していたわけか。
魔物や獣人がいるんだから、今更名前を聞いたくらいじゃ驚かないけどな。
「その竜の子孫で、普通の動物と同じような姿になった子たちがいるの。それが亜竜。とっても力が強くて足も速いから、その子たちに車を引いてもらえるサービスがあるんだよ」
「なるほどねえ……」
馬よりすごい生き物が引く馬車ってとこか。
そんなものがあるんなら、多少高い金を払ってでも利用した方が、この際確かに合理的だったかもなあ。
……ところで。
「その亜竜って、もしかして……あれのことか?」
道の先に垂直に交わっている――ここからだと少し下に見える広めの街道を、何かがドタドタと走っているのを見つけて俺は指さした。
それは動物のサイのような、ずんぐりとした体格の大きな生き物だ。
硬そうな皮膚と太いツノを持ち、短い4本の脚で懸命に大地を蹴っている。背中には金具が取り付けられて、屋根がついたリアカーのような大きな車を後ろに引いていた。
奇妙な生き物が引く、人が乗れる車……って……
どうも、リセナの説明と特徴が酷似している気がするんだが?
「そ――そう! あれだよあれ!」
「マジか……!?」
とんでもない偶然もあったもんだな……!
しかし、そうとわかれば話は早い。
進んでいる方向は、俺たちと同じ連邦方面。引っ張られている車はそこそこ大きめ。
あの車に何人乗っているかは、ここからではわからないが……
途中まででも、せめてメイリだけでも、同乗させてもらえたのなら御の字だ。
「俺、乗せてもらえないか話をしてくる!」
目も合わせずにリセナにそう言い残し、俺は目下の街道へ向かって駆け出した。
亜竜車はゆっくり走る自動車くらいの速度があるが、ここからなら追いつけない距離じゃない。
全力で走っていけば、ちょうどこの道と街道が交差している地点あたりで合流できるはずだ。
「あっ、まっ、待ってナユタ君!」
しかし――加速する俺へとかけられたリセナの言葉には、お願いや応援の要素はなく。
もっと、切羽詰まっていた。
「その先――崖になってるよぉー!」
「うえええええええっ!?」
慌てて足元を見る。
すると確かに、数m先で道はぱったりと途絶え、その先には虚空ばかりが広がっていたが……
マズい。急ぐあまりに勢いをつけすぎた。
と、止まれねえ……!
――ずるっ!
減速しきれず、崖で足を踏み外した俺は――
幸いにも向こう側は絶壁ではなく坂になっていたので、そのまま落下死することこそなかったものの……
ゴロゴロゴロ! ドカドカ! バシンバシン!
「あだだだだだだだっ!」
斜面に生えた樹木に、次々と体をぶつけながら転がり落ちていく。
ゴロゴロゴロ――ドサッ!
あっという間に全身打撲と裂傷だらけになりつつ、俺は結局坂の一番下――つまりは交差する街道へと転がり出た。
うう……俺、焦るとつくづくロクなことがないな。
でも、これで亜竜車が通りすぎる前に街道に出られたはず……
「そこのやつ! ストップ! ストーップ!」
皮算用する俺に、今度は横から声がかかる。
ズタボロの体に鞭打って、フラフラと起き上がりながらそちらを見ると――
次の瞬間。
すぐ目の前に、サイのような顔の血走った目があった。
――ガスンッ!!
痛みよりも先に浮遊感がやってきた。
突き飛ばされたと気付いたのは、視界が一面の青空に切り替わってからだ。
遥か下方に、ポカンと口を開けるリセナが見える。真下では地団駄を踏む亜竜が土煙を巻き上げている。
そんな、刹那の滞空時間の後。
「ストップすんのは、そっち、だろ……」
虚しい呟きとともに、急速落下する俺は地面へと突き刺さるのだった。
頭から。




