第3話 消えた尽雷(Ⅲ)
今日の依頼は、エルフィア軍から依頼された魔物退治の手伝いだった。
魔物はマナを過剰摂取したことで突然変異した生物というだけであり、多少凶暴になる他は基本的に生態に大きな違いはない。不用意に攻撃したり巣に近付いたりさえしなければ、普通の動物と同じように人気のない場所で静かに過ごしている。
しかしながら――どういうわけか、魔物は繁殖のペースが異常に早い。たとえ殲滅したと思っても、数日後には元通り、あるいはそれ以上の数にまで増えた姿を見せるようになるのだ。
これには、主食であるマナがなんらかの影響を与えているのではないかと予想が立てられているが……詳しいことは何もわかっていないらしい。
ともかく、これを放置していれば当然、その分だけ巣の数も増えて、誰かが被害を被る確率も上がる。人を襲う魔物に人里を避ける習性なんかあるはずもなく、街の近くだろうと平然と巣をつくってしまうからな。
そのペースを少しでも抑えるために、周辺の魔物を定期的に間引く必要があり……実はそれこそが、エルフィア軍の主な仕事でもあるのだそうだ。
とはいえ、地球の小さな国1つ分にも相当するこの森を、比較的小規模なエルフィア軍だけで回りきるのは不可能に近く――外部の機関や民間の業者に定期的に作業を委託しているらしい。今回俺たちが請け負ったこの依頼も、そうした事情で舞い込んできたものだった。
少なからず命の危険があるし、広い範囲を見て回ることにもなるので、報酬が割高だから俺的には嬉しい依頼の1つなのだが……結構な肉体労働になるのだけが面倒なところだな。依頼の内容を聞いた瞬間二度寝しようとするメイリを説得するのに、どれだけの時間とお小遣い的な意味での妥協を要したことか。
そんなこんなで始まる前の方が大変だった依頼も、夕方にさしかかる前には完了して……現在。
その帰りの道すがら――軍とのパイプ役兼作業監督として同行していたリセナも加えて、俺たちは里の喫茶店で遅めのおやつ休憩と洒落込んでいた。
当然俺の奢りである。
……メイリもリセナも俺より収入多いけど。
これをエサにメイリを釣った節があるからな。後で拗ねたりされないためにも、約束はちゃんと果たしておかないと……
「そっか……マルク君が……」
ここ最近はお互いに仕事が忙しく、リセナとはなかなか会えずじまいだった。ので、近況報告も兼ねて最近マルクが帰ってきていないことを伝えると、リセナはショックを受けたように俯いた。
ちなみにリセナがマルクを「君」付けで呼ぶのは、俺と同じく最初男だと間違えたという事情もあるにはあるが……一番の理由はマルクが「ちゃん」付けで呼ばれるのをひたすら嫌がったからだ。
かわいいのにな。マルクちゃん。どうしてなんだろうな。マルクちゃん。
そういえば……本当に今更な疑問だけど、あいつなんで男装してるんだろ。
別に女ってことを隠してる様子もないんだよな。性別を聞かれたときはちゃんと答えるし、間違えられたら訂正するし。
……いかん。また思考が脱線するところだった。
どうもマルク絡みだと余計なことを考える傾向にあるな、俺。それだけあいつの謎が多いってことかもしれないけど。
「こんなことって、前にもあったの?」
「2、3日帰ってこないのはしょっちゅうだけどな。ここまで長いのは初めてだ」
「……心配だね」
あいつのことだから、最悪の事態になってるなんて心配はないが……気になるのは確かだな。
「せめて、今どうしてるかだけでも知れればなー……」
こういう時、スマホやケータイがどれだけ優れた存在だったかを改めて実感させられるよ。
魔法で大抵のことはどうにかなるこの世界だが……通信技術だけは地球に何十年と劣っていて、遠距離の連絡手段はいまだに手紙しかないからな。
「だったらいっそ、行ってみるのはどうかな?」
何の気なしにボヤいた俺に、「!」と頭上に豆電球を浮かべてリセナが言った。
「行くって……どこに?」
「もちろん、マルク君のところだよ!」
というと……ビスティア連邦か。
まあ確かに、それくらいしかマルクの事情を知る方法はないが……
「そうしたいのはやまやまだけど……俺、連邦行ったことないしなぁ」
地図を見る限りでは、エルフィアの森を南に行けばすぐに連邦だ。迷うことこそないかもしれない。
問題なのはその広さで、森の南から大陸の南端――ざっと森の倍くらいの範囲――すべてが連邦の領地なのだ。
そんな中からたった1人を見つけ出すのは、いくらなんでも現実的じゃなさすぎる。
「大丈夫、私に任せて。マルク君がいる場所ならすぐにわかると思うから」
「そうなのか?」
「うん。スタッツフォードって、連邦では結構有名な名前なの。首都まで行けば詳しく知ってる人もいるだろうし、そこまで案内するよ」
騎士としてのマルク本人だけじゃなくて、家自体も有名だったんだな。
そうは言っても俺はその家すら知らないから、案内してくれるならそれに越したことはないが……
「いやでも……さすがに悪いって。リセナ、仕事があるだろ?」
「それも平気。村の人たちを守るのも、エルフィア軍の大切なお仕事だからね。ナユタ君たちの護衛ってことで届け出したら、ついていっても問題ないよ」
なんか、取材と偽って遊びに行く漫画家を想像してしまうやり口だけど……
まあ……そこまで言ってくれるなら、断る理由もないか。
「よし……じゃあ、行ってみるとするか。よろしく頼むよ、リセナ」
お願いすると、リセナは頷いてにっこり笑った。
頼りにされるのが本当に嬉しいって顔だな。俺は多分、仮にメイリに頼られたとしてもそこまでには思えないだろうから、素直に羨ましいよ。
そういえば、そのメイリだけど……
「メイリ。お前はどうする?」
俺が外出するとなると、しばらく家には1人……いや2人で残ることになる。
だからって特に困ることもないだろうし、どうせメイリが自分から家を出ることもないから、無意味だとは思うけど……一応伺いだけでも立てておくべきだろう。
とか思ってたら、
「行く」
即答だった。
「……マジで?」
「まじ」
「結構歩くことになるぞ?」
「がんばる」
「本とか、あんまり持っていけないからな?」
「がまんする」
め、珍しいこともあるもんだな……
こういうパターンなら以前にもあった気がするが、あの時とはまるで真逆だ。
「何がお前をそこまでさせるんだ……」
「誰もいないと、ごはんがない」
「……ああ、そういう……」
確かに、俺もマルクもいないとなると食事は自分で用意しなきゃならなくなるな。それが数日となると、歩くよりめんどくさいと思うのは理解してやれなくもない。
……でもお前、俺が来る以前はちゃんと自分で飯作ってなかったか?
(甘やかされると人はここまで堕落するのか……)
自制しよう。家政婦のいる生活。
「ふふっ、そうと決まれば――」
メイリが乗り気な様子を見せたのがよほどうれしかったらしく、これ以上なく上機嫌なリセナは――
隣で特大パフェの最後の一口を口に運んだメイリの、無防備な脇に腕を挟んだ。
で、そのまま――
「ナユタ君! メイリちゃん、ちょっと借りるね! 夜までには返すからー!」
ダ――――ッ!
スプーンを握ったままのメイリを抱えて、店の外へと脱兎のごとく飛び出していってしまった。
直後に、ギィッ! バタン!
すぐ隣から勢いよく扉の開閉する音が聞こえたので、そこに飛び込んだのだとは思うが……
(隣って確か……服屋だったかな?)
ということは、メイリを連れて……服を見に行ったのだろうか。
初めての遠出だから、メイリにおしゃれでもさせたいのかもな。
だとしたら、男の俺が追いかけていっても邪魔になるだけだろうな。
先に帰って――ああ、そうだ。
あいつにも、話を通しておくことにしよう。




