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一歩進んでエピローグ

「…………で」


 なんやかんやと時間は進み、あれからさらに一週間。

 魔法で治しきれなかった傷も順当に癒えてきて、あんな激しい戦いでさえも記憶の彼方に消え始めていた――そんなある日。

 いつもの通りにバイトから帰ってきて、疲れたし勉強前にひと眠りするか――などとあくびをしながら階段を下りた俺を、待っていたのは――


「やあ。遅かったじゃないか、ナユタ」


 ソファにふんぞり返ってコーヒーを(たしな)みながら、「ハーイ」って感じに手を振るシリウスだった。


「なんでお前がここにいるんだよ……」

「別におかしなことではないだろう? 君と私の仲なのだから」

「今すぐ帰れ。もしくは死ね」

「ははは。そう目くじらを立てるな。軽いスキンシップじゃないか」


 ぶん殴ってやろうか。


「ところで今、君は私に帰れと言ったが――それは矛盾しているよ。なぜなら今日から、ここが私の家なのだからね!」

「……………………は?」


 こいつ、今、なんて言った?


「おい待て。何のことだ。まるで意味がわからんぞ」

「そのままの意味だよ。君の持つ極魔を研究するなら、常に君の近くにいる方が何かと好都合だろう? というわけで、ここに住むことにした」

「勝手に決めてんじゃねえ――――ッ!」


 その理屈、最初に会った時にメイリも言ってたけど!

 住ませる側が言うのと住み着く側が言うのでは、まるっきり意味が違ってくるからな!?

 お前のそれ、単なる居候宣言でしかないからな!


「勝手じゃないさ。ちゃんと許可は取った」

「誰からだよ!」

「もちろん、魔女殿に」

「絶対通じてないからなそれ!」


 適当にまくしたてて適当に頷かせただけだろそれ!


「いや、実を言うとだね。あの建物は元々父の所有で、壊したことをひどく怒られてね。罰として家を追い出されてしまったのだよ。資産は差し押さえられ、近くに見知った相手もいない。今の私には、ここ以外に行くあてがないんだ」

「うぐっ……」


 そう言われると、少し罪悪感が芽生えてしまう。

 元はと言えばシリウスが始めた戦いが理由とはいえ、直接あの家をぶっ壊したのは俺だし。


「で、でも、ウチにはもう部屋ないし……」


 この家の客室は2つ。で、その内の1つはこの間マルクの部屋ってことにした。

 もう1つは、俺が自室として使うために掃除の真っ最中なのである。


「奥に一部屋残っているじゃないか。心配せずとも手間はかけさせない。君が来る前に片付けはすべて済ませておいたし、荷物ももう運んである」

「なんて日だッ!」


 バンッ!

 用意周到なシリウスの言葉に、俺は膝から崩れ落ちて床を叩いた。

 百歩譲ってここに住むのはいいとしても、まさか部屋まで取られるなんて……


(俺の部屋だったのに……!)


 ちゃんとしたベッドで寝られるようになるの、密かに心待ちにしてたのに……ッ。

 ちくしょう……これじゃあ俺、一生プライバシーもへったくれもないソファ生活じゃねえか……!


「まあまあ、落ち着きたまえ。私とて、なにも無条件に一室を借り受けようなどとは思っていない。少し考えがあるんだ」


 泣きかけていたその時、慰めるような声でシリウスは言った。


「……ほわっつ?」

「上の階に散乱している魔導具だよ。どれも超がつく骨董品だが、驚くほど状態がいい。適切な修繕を施して使えるようにすれば、その手のマニアにはすこぶる高値で売れるだろう。そしてここにいるのは、くしくも魔導具を専門に扱う超天才魔導士。この意味がわからない君ではあるまい?」

「……ほう」


 心機一転。

 俺の頭からは悲しみやなんやが一瞬ですっ飛んで、代わりに『¥』が面積を爆発的に広げていく。


「それだけではない。上階の一角を借り受けられるなら、魔導具の修理や製作を請け負う工房をそこで経営してもいいと考えている。そうして得られた資金は、賃料として4割を君たちに譲ろう。――どうだい? 悪い話ではないと

「シリウス! キミに決めたッ!」


 話が終わるのも待たずスライディングするように足元へと滑り込んで、俺はシリウスの手を両手で握ってブンブン振った。

 たった1つ部屋を貸すだけで、邪魔な荷物が片付いて、持て余していたフロアが有効活用されて、しかも金まで入ってくる……だって?

 乗るしかない。このビッグウェーブ。


「帰ったぞ――って、うわっ。シリウス。なんでいる」


 なんてやってる間に、食材を抱えたマルクが下りてきた。

 最初の俺と寸分違わず同じドン引き顔である。


「おい貴様ッ、ここにおわすお方をどなたと心得る! 我が家の大黒柱シリウス様だぞッ!」

「はっ? え? お前……時々おかしいと前から思ってたけど、ついに壊れたか?」


 失礼な。ずっと正常だっての。


「こんにちはー……あれ? マクエンシーさん……?」

「ああっ、ロスター嬢!」


 すぐ後に階段を下りてきたリセナへと、今度はシリウスが駆け寄っていく。

 そして今しがたの俺のように、目の前に(ひざまず)いてその手を両手でとった。


「わっ、ふぇっ!?」

「事情があったとはいえ、君にはとても無作法な真似を働いてしまった。心から謝罪させてほしい。そして是非とも、私のことはシリウスと――」

「謝罪と同時に口説くなぁ――――ッ!」

「ごはァっ!?」


 ドガァァ――ンッ!

 容赦ないツッコミとともに炸裂したマルクの強烈な飛び蹴りが、シリウスを壁へと突き飛ばす。

 その音で目が覚めたのか、さっきまで机に突っ伏して寝ていたメイリがあくびしながら起き上がった。


「んぅ……うるさい……」


 そしてなぜか、俺に向かって風を放ってくる。


「なんで俺ええぇぇぇぇぇぇぇっ!?」


 ――寝ぼけているからか加減が効いていない風で、盛大に天井付近まで吹き飛ばされながら。

 けれど俺の心は、自然と穏やかだった。

 騒がしくて。賑やかで。

 昨日まで敵だったやつと、友達みたいに笑いあえる。

 俺には得られないと思っていた普通の日常が、そこにあるから。

 願わくば、こんな日々がこれからもずっと続きますように。

 せめて――この後すぐの衝撃で終わっちゃうなんてことだけは、ありませんように。

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