第27話 決闘の果てに(Ⅷ)
「――マルク」
折られた刀を投げ捨て、大きく後退して距離を取ったシリウスが、襲来した増援を睨みつける。
マルクはその視線をなんでもないかのように受け止め、首だけを回して後ろ目に俺を見ながら嘆息した。
「ふんっ――しぶとく生きてたみたいだな」
「おかげさまでな」
軽口(マルクは本気っぽいけど)を叩きあっている間に、ギギギッと重い音が鳴り――
「ナユタ君!」
入口の扉が開いて、そこからリセナがぱたぱたと駆け寄ってきた。
「リセナ……? 逃げなかったのか」
「ナユタ君を置いて逃げられるわけないよ! やっぱり、こんなに無茶して……」
少しだけ怒っている様子のリセナは、目元に涙を潤ませながら唇を引き結んでいて。
それでも手は止めず、背中を支えられて体が起こされ、魔法で治療が始められる。
虹色の光が傷口に染み込んでいき、瞬く間に痛みが引いていくのが感じられた。
「……バカ。ナユタ君は、バカだよ。私なんかを助けるために、こんなにボロボロになるまで戦う必要なかったのに……」
「それは違う。リセナだから……リセナを助けたかったから、戦ったんだよ」
言いながら、俺は血に塗れていることを申し訳なく思いながらも、リセナの頭を撫でた。
結局、俺一人の力でかっこよく助け出すことはできなかったけど。
君を傷つけさせたくないと願った、この気持ちだけは、本当だから。
あとな、リセナ。
リセナは『なんか』じゃない。自分を責める必要なんかどこにもない。
君を危ない目に遭わせたのは俺の責任だし……それに、その自己評価は俺だけが使うべきだ。
だから、胸を張ってほしい。こんな俺でも守れる女の子がいるって誇りに思わせてくれたら、それだけで俺は報われるから。
……なんて、さすがにダサすぎて、言葉にはできないけどさ。
そうしている間にも、マルクとシリウスは向かい合ったまま鋭い視線をぶつけあう。
「ダーラたちは足止めに失敗したのか。しかし、『テラ』はどうした」
「外の砲台か? あれならご主人とシンドウが対処している。隙を見てボクだけ中に通してもらった」
「なるほど、それで君が先に来たわけか」
シリウスが肩をすくめる。
……そうか。メイリたちも、まだ戦ってくれてるんだな。
「降伏しろ、シリウス。すぐにご主人たちもここに来る。もうお前に勝ち目なんかないぞ」
「どうかな? これが魔女殿だったなら潔く手を引いたところだが――相手が君ならまだその時ではない。この要塞で、ただの剣士でしかない君に私が負けるはずなどないのだからね」
「それはこちらのセリフだ。剣の試合で、お前がボクに一度でも勝てたことがあったか?」
シリウスが杖を掲げ、マルクは腰を下げ剣を後ろ手に構えた。
2人の間の空気が白熱する。
ジリジリと灼けるような戦意が、離れた俺のところまで流れてきて肌を刺激した。
そして、一瞬の空隙の後――
ダッ! マルクが駆け。
バッ! シリウスが杖を振りかざす。
稲妻を彷彿とさせるジグザグの軌道を描いて走り抜けるマルクに、対してシリウスは、俺にしていたような集中砲火をやめ、全体にバラまくような無差別な砲撃をくり出した。
「チッ――!」
いくらマルクでも、正確性が放棄されて軌道の読めない斉射には対応しきれないようだ。砲撃の隙間を縫って接近しようとするが、そのたびに視覚外からの射撃に阻まれて思うように近づけない。
さすが、シリウスだよ。マルクが苦手とするだろう攻撃を、状況から即座に予測して構築している。
これが対等な決闘ならマルクが瞬殺して圧勝するんだろうが、ことこの条件下だと――どうにも、分が悪いな。
メイリたちが間に合うまで、持ちこたえることができるだろうか。
マルクは、傷つかないだろうか。
(――違うだろ)
不安を抱いて見守るだけなんて、そんなのもうごめんだ。
一番の役目は譲ったし、隣に並んで戦うなんて逆立ちしたって無理だけど。
それでも、今の俺で少しでも役立てるなら。
できることがまだあるなら。
――やってやる。
マルクを、助けよう。
幸いにも、それができるだけの力を、俺は1つだけ持っている。
この力を使えばきっと――いや確実に、マルクが勝利を手にする機会を作り出すことができるだろう。
けれどそのためには、ある1人の援護が絶対に必要だ。
信頼できる仲間の、助けが。
「リセナ……頼みがある」
力の入らない体を強引に動かして立ち上がりながら、隣のリセナに呼びかけた。
「俺は今から――極魔を使う。その間、どうにかして俺を守ってほしい」
「ナユタ君……!? でも……」
リセナは心配そうに言い淀む。
おそらく、俺がまた無茶をするのではないかという不安。
それと――あの魔法の威力を間近で見て知っているからだろう。
確かに、極魔の威力は絶大だ。ここで撃てばシリウスはもちろんのこと、マルクも、この建物も、下手をすれば外にいるメイリたちも助からないだろう。ただの無計画な自爆にしかならない。
けれど、考えはある。
俺ならできると、胸の中で何かが声高に叫んでいる。
だから、大丈夫だ――と。
強い意志を込めて、俺はリセナに頷いた。
「……わかった。私に任せて!」
俺の視線を受け取ると、リセナは迷いを振り切ったように頷きを返してくる。
そして胸を叩き、分解された弓を背中から取り出して即座に組み上げ――強い眼をして俺の前に立った。
心強い背中を見て俺は少し笑顔になりながら、震える腕をゆっくりと持ち上げて、目を閉じる。
思い浮かべるのは、あの時の感覚。
体の奥から熱くなって、勝手に腕が動く――気味が悪いような、それでいて安心できるあの感覚。
集中して、心を鎮め、自分の奥底に潜っていく。
深く。深く。
やがてその先に、ぼんやりと緋色の輝きの輪郭が見え始め――
瞬間。強烈に意識を引き戻された。
見開いた俺の目には、赤が宿っている。
体が赤熱したように、熱く熱く燃え滾る。
その熱を、押し込めるのではなくむしろ解放して、燃え盛るままに体を委ねた。
「【其は黎明を辿りし者】」
無の意識に操られる右腕が、真理の扉を描いていく。
「【我は円環の果てを知る者】」
描き上げ、言葉を紡ぐたびに、世界の何かが大きく巡って切り替わる。
「【虚は空へと乖離せよ】」
この身の熱が伝播して、空気も、根源の虹光さえも緋色に焦がす。
「馬鹿な、ここで極魔だと!? 正気か!? マルクもろとも焼き殺すぞ!」
俺たちの様子に気付いたらしいシリウスが、驚愕に見開いた目をこちらに向けた。
やはりシリウスにも、この行動は相打ち狙いの自爆特攻にでも見えたらしい。血相を変えて杖を掲げる。
「やらせはしないッ!」
一度はこの一撃を凌いだシリウスだが、マルクとの戦闘を続けながらではそれも難しいのだろう。
発動そのものを中断させようと、銃口の向きを変えてこちらに氷柱の斉射を見舞ってくる。
――ヒュンッ! バキバキバキッ!
しかしその総攻撃は、正確無比に放たれた一本の矢によって瞬く間に叩き落とされた。
比喩じゃない。ただ一本の矢に砕かれた数本の氷柱が、隣の氷柱を叩き割り、さらに隣の氷柱を叩き――まるでピンボールか何かのように、連鎖して氷の雨を払いのけたのだ。
もちろんすべてとはいかなかったが、俺と、俺が描いた魔法陣に直撃する弾だけは1つ残らず軌道を逸らされて、俺の周りを囲むように突き立った。
「続けて! ナユタ君!」
腰の矢筒から新たな弓を引き抜いて、なおも降り注ぐ氷柱の雨を巧みにいなしながらリセナが叫ぶ。
目を向ければマルクも、シリウスがこちらに意識を割けないよう必死に食らいついてくれている。
――今が、チャンスだ。
「【地を這う骸は理に触れよ】」
円陣を組み上げていく神域の魔法陣が、放射状に核熱をまき散らす。
パチパチと本物の火花が生まれ、見える世界すべてを赤で浸食していく。
滾る炎を、もう少しで解き放てる。
「【開闢を虚無と共に在り】――、……っ」
――けれど。
ここにきて、俺の体が固まった。
腕は動かず、軌跡をなぞる指先にも力が入らない。
それどころか足が震え、激しい動悸に胸が詰まる。
今はこの肉体に、俺の意思は反映されていないはずなのに。
魂の赴くままに、この身を焦がす炎を解き放っているだけのはずなのに。
――いや。
だからこそ……か。
(怖いのか……俺)
ここに至るまでに、俺は何度も信じていたものに裏切られた。
メイリとルカに組み上げてもらった銃弾。
魂に刻み込んだ魔法。
そして、1人で戦えるだなんて思い上がっていた自分自身。
そうして積み重なってきた、けれど表に出さないようにしていた不信感が――
今のシリウスの言葉で僅かなりとも引っ張り上げられて、一気に噴き出してしまった。
心のままに身を委ねているからこそ、心の奥底に抱いた畏れという鎖に体が縛られているんだ。
――失敗したら、みんな死ぬ。
――俺がこの手で、大切なやつらの命を奪ってしまう。
――だったらもう、戦わなくていいじゃないか。
――誰が傷つくとか気にするな。ここまできたんだから、どうせ勝てるだろ。
不安と怠惰が入り混じって、俺を内側から飲み込んでいく。
そのせいで、俺の魂より出でる炎は輝きを失って、肉体ごと静止の牢獄に閉じ込められた。
動かなきゃいけないのに。
戦わなきゃいけないのに。
けれどこの牢獄は、抗えないほどに心地がよくて――
そう思えば思うほどに、硬く固く体を石化させてしまう。
ああ、止まる――止まってしまう――
炎が――消える――
「大丈夫だよ」
暗闇に埋もれていく俺の心を連れ戻したのは、リセナが見せた笑顔だった。
優しさと強さに満ちた目で、まっすぐに俺を見つめてくれる。
「心配なんてしなくていい。ナユタ君なら、きっとできる」
その声も、目が眩むような温かさと愛しさに満ちていて――
俺の体を戒めていた闇は、いつの間にか影も形もなくなっていた。
「だって、私が信じて縋ったあなたは――」
――きっとこの世界の誰よりも、強くて勇気ある人だから。
「――ありがとう、リセナ」
ただ一言お礼を告げて、甦った炎に魂を捧げた。
――今のは正直、俺なんかにはもったいない言葉だと思う。
俺はまだまだ弱くて未熟だし、誰かに誇れるものだって1つもない。
誰かからの信頼を素直に受け止められるほど、俺はまだ自分を信じることができていない。
――だけど。
信じてくれた君の想いに、笑顔を返すことくらいはできる。
――だから。
だから俺は、君が信じてくれた俺ではなく。
俺を信じてくれた君を信じて、前に進むよ。
「【新生の岐路へと万象を導く】」
烈火が辺りで渦を巻く。
扉が開け放たれるその時を、今か今かと待ち構えている。
きっと今この力を解き放てば、あの時以上に活力に満ちた炎を見上げることができるだろう。
――でも、悪いな。
大切な仲間たちを守るために、それはできないことだから。
「【灯れ。創世の篝火よ】」
過熱し赤化した空気の中、巨大な7つの魔法陣が円を描いて天井付近に浮かび上がる。
それと同時に生まれた、赤く輝く特大の鍵を、俺は――
――パキィン!
渾身の力を込めて、手元で真っ二つにへし折ってやった。
直後に頭上の魔法陣が、ピシッ、ガラガラッ――
ヒビを割って、崩れ落ちていく。
――そうだ。これでいい。
やっと気付けたから。
極魔も、魔導具も、拳銃だって、元をただせば等しく道具。使い手次第で敵を抹殺する兵器にも、誰かを守る盾にもなる、善悪一体の力だ。
それなら、さっきまでの俺みたいに不必要に怯える必要なんかない。
誰かを助けるためにこの力を振るうことを、恐れる必要なんかない。
あの時、あの場所で、極魔を託してくれたあの声が言っていたように――
正しく、使えばいい。
ただ、それだけの話だったんだって。
ただし俺では、まだその力を完璧に正しくは扱えない。
俺一人でお前を制御しきれるだなんて過信しちゃいない。
だから――
お前の方から、俺に合わせろ。
俺の言葉を受け入れろ。
道具なら道具らしく。
持ち主の命令くらい、黙って聞きやがれ――!
「出力、5%! 俺に従え――」
湧き立つ魂に言葉の鎖を絡ませながら――
俺は折れた鍵を、俺の前に連なったボロボロの魔法陣へと回し入れた。
「させるかああぁぁぁぁぁっ!」
終わりを締めくくる名を告げる寸前。もはや余裕さえなくなったシリウスが、全砲門をこちらに向けて斉射する。
「させないっ!」
一度に3本の矢をつがえ、一斉に放ったリセナがそのすべてを撃ち落とす。
しかし、シリウスの足掻きは終わらず。
手にした杖のエクリスからも、魔法陣を描くことなく、氷の魔弾が撃ち出される。
これには俺もリセナも戦慄した。
あの杖にまでそんな能力があるだなんて、予想できなかった。
氷柱は完全に直撃コースだ。避けられないし、仮に避けたとしても、その瞬間にここまでの努力がすべて無駄になる。
とっさに弓を構えるリセナだが、その矢筒にももう矢は残っていない。
ああ――このままでは――
――終わる?
「まだっ!」
叫んだリセナが即座に指で魔法陣を描き、手中に細長い光の棒を生み出した。
それを弓につがえ、狙いを定める。
「一射くらい――これで!」
放たれた矢は光の尾を引き、眼前ギリギリにまで迫った氷柱を――
――チッ! ズドンッ!
微かに掠めて軌道を逸らし、俺の足元へと墜落させた。
「今だ! やれ!」
「ナユタ君! いって!」
マルクとリセナの声が続けざまに聞こえ、俺の心臓が早鐘を打った。
胸が張り裂けそうな緊張をねじ伏せながら、俺は改めてその名を告げる。
「聖天極魔・制約!」
臨界点を叩き潰された周りの熱が、燃え盛ることもできないまま燻って消えていく。
そんな中で、まだかろうじて形を保っていた天空の魔法陣が、ロウソクの火よりも弱々しい輝きを灯した。
崩れ去る最期の刹那。落ちる線香花火のように、それは一瞬明るい光を放ち――
「<始灼神の――――灯火>ッッッ!!」
――ドウウウゥゥゥゥッ!!
天井付近で、激しく爆発。
花開く紅蓮のように焔を広げる。
屋根を吹き飛ばし、壁を砕いて、砲門ごと頭上の何もかもを浚っていく。
これでも、加減に加減を重ねた最小の爆炎だというのだから恐れ入る。
弾けた瓦礫を方々に弾き飛ばし、燃え尽きた灰を雨のように降らしながらも――それ以上の破壊は起こすことなく、大火は静寂の向こうへと霧散していった。
「……馬鹿な……私の『テラ』が……」
大地の重みから解き放たれ、眩く輝く星々が照らす明るい夜空を見上げながら、シリウスは呆然と口を開く。
そこに――
「――はあああぁぁぁぁぁッ!」
颯爽と駆ける、赤雷の騎士。
「っ、しまっ――」
慌てて身構えるシリウスだったが、そこはすでに彼女の間合い。
――ガスンッッッ!
「くはッ……!?」
雷光のごとき渾身の峰打ちが腹を叩き、大きく弧を描いて弾き飛ばされた。
床に叩きつけられて転がるシリウスは、そこから起き上がってくる様子もなく――
「――終わったな」
「うん。お疲れさま、ナユタ君」
俺たちは言葉少なに、戦いの余韻へと浸るのだった。




