第26話 決闘の果てに(Ⅶ)
ズドドドドドドッ!
ガガガガガガガッ!
氷柱の剣山が形成されていくのを背後に感じながら――
俺はただひたすらに、無数の銃口が撃ち出す氷塊から逃げ惑っていた。
(なんなんだよッ、これ……!)
パッと見はアーム型の銃座がついた機関銃のようにしか見えない。だが、撃ち出しているのは銃弾じゃなくて、シリウスが魔法で撃ってきていたのとよく似た氷のトゲだ。
とすると、これも魔導具の一種なんだろうが――それこそありえない。こんな魔導具があってたまるか。
魔導具で攻撃魔法を撃ち出すなんてことは、絶対にできないんだからな。
<フレイム>や<光線>ですら、消費するマナの量は単純な魔法に比べて膨大。それを一般的なサイズのエクリスで発動させようとすれば、百や千で利かない個数が必要になるんだ。
さらにこれだけの一斉掃射を再現するなら、森を丸々覆い尽くすほどに莫大な量のエクリスがあったってまだ足りない。
いくらシリウスでも、並の宝石より高価なエクリスをそこまでたくさん用意できるはずがないし、それだけの質量を保管しておくスペースだってないはずだ。
だが――
現に、氷柱を撃ち出す魔導具はここにある。俺の知識が間違っている可能性も、魂魄顕示の例を踏まえれば否めない。
だからここは、無理にでも『ある』と思い込むべきだろうな。
莫大なエクリスが、じゃない。常識的な質量のエクリスで、攻撃魔法を起動できるようにする何らかの技術が、だ。
(これが、第三位――!)
常識さえねじ伏せる、本物の魔導士。
こんなやつを相手に俺は、助けが来るまで耐えきれるなんて思い上がってたのかよ……ッ!
「クッ、ソォ……ッ!」
わき目も振らずホール全体を縦横無尽に駆け回り――なおも避けきれない氷柱へと、拳銃を向ける。
残りカス程度に機能している将軍の身体強化。その効力を集中力にすべて回して、パンッ! 銃弾を放つ。
やはり遅いが、研ぎ澄まされた視界で正確に撃った弾は、的確に氷柱の側面を叩いた。
腐っても金属の塊だ。弾き返したり砕いたりすることはできないまでも、ぶつければ衝撃で角度をズラすことくらいはでき――氷柱は頬を掠めて俺の背後に突き刺さる。
魔法の助力によるところが大半とはいえ、まさかこんな曲芸じみたことを俺がやるようになるなんて思いもしなかったよ。いくつか死線を潜ったおかげで、俺にも多少の度胸くらいは身についているらしい。
だが、何度か同じことを繰り返したとあって残弾は1発。出血で頭がクラクラするし、頼みの綱の身体強化もこれ以上は望めない。
対する銃口は、機械らしくまったく変わらない調子のまま氷柱の弾丸を吐き出し続けている。
万事休す、というやつか。
「――なぜ、そこまでして抗う?」
歯を軋ませた俺が転がったところで、冷ややかな声のままシリウスがそんな問いを投げかけてきた。
同時に氷柱の乱射も止まる。
少しでも時間を稼ぐチャンスと思いながら、俺は答えた。
「死にたくないからに、決まってんだろ……ッ」
「それはおかしい。君が死を恐れているはずがない」
「……何を……」
俺が……死を恐れていない?
そんなわけあるか。恐れているから、そうならないためにこうして戦ってるんだ。
「自覚していないのかい? では言い方を変えよう。君は自分の命を限りなく軽視している。生き足掻くことなど二の次。困難に直面したのなら、まず最初に己が命を投げ出す――そういう人間だ。でなければ、1人でここに来ることも、例のゴーレムから極魔を盗み出したことも、あれほど速やかに実行に移せるわけがない」
「…………」
言い返せない。
シリウスが下した評価が、あまりにも的を射すぎていて。
「なんで……そんなことが言える……!」
「私とて、権謀術数渦巻く社交界に生まれたころより身を置いてきた貴族だ。人の本質を見抜く術くらい心得ている。例えば今、君が図星を突かれて言葉も出せないようになっていることだって、手に取るようにわかる」
「…………」
「だからこそ疑問なのだよ。これだけ劣勢に立てば、君ならすぐに諦めると思っていた。正直に言わせてもらえば、最初から自分の命と引き換えにロスター嬢を救おうとするものだと予想してさえいたよ。答えてくれ。自己否定の塊のような君を、そこまで生に執着させる事由はなんだ?」
「……答える、わけ……」
「ならば、当ててあげよう。――魔女殿たちだろう? 自分がいなくなった後、彼女たちがどういう道を歩むのか気がかりなのだろう。価値なきその身で、彼女たちに不要な影響を与えてしまうことを恐れるがゆえに」
「……そんなんじゃ、ない」
見透かしたように言うシリウスに、俺は一言絞り出した。
これは、本音だ。
俺が死んだ後のメイリたちのことなんて、心配なんかしちゃいない。
メイリたちに影響を与えるほどの価値が、俺にあるなんて思い上がっちゃいない。
知らせを聞いて驚いて、ちょっとだけ悲しい雰囲気になってから、数日で何事もなかったように日常に戻っていく――あいつらの未来が、簡単に想像できるくらいだ。
だから、俺が死にたくないと思う理由は、もっとシンプルに――
人間だから。
人間として、人間らしく、生きていたい。それだけなんだよ。
だが、様子からシリウスは俺が強がっているとでも受け取ったようで、諭すように言う。
「心配しなくていい。彼女たちのことは、君の代わりに私が必ず幸せにしてみせる。日々も、金銭も、男女の関係でも、君が与える以上の幸福を彼女たちに約束しよう。だから君は、安心して逝くといい」
「……!」
その時。その言葉で。
俺の胸の中の炎が、唐突に激しく燃え上がった感じがした。
燻りかけていた火山に核燃料でも投下されたかのような、爆発的な炎が心を焼き尽くしていく。
(俺の代わり……だって?)
笑えない冗談だ。
言っていいことと悪いことがあるぜ。
メイリと会話することがお前にできるのか?
マルクがメイリだけに向ける蕩けた笑顔を、お前は見たことがあるのか?
リセナの肩を抱いて慰めたことが、一度でもお前にあるのかよ。
悪いけどな、シリウス。お前じゃ俺にはなれねえよ。
なんでも持っていて、なんでも1人でできちまうお前に――何1つ持っていなくて、何をするにも誰かの助けが必要な俺なんかの代わりが、務まるはずがないんだ。
――ああ、クソ。
認めてやる。全部お前の言う通りだよ、シリウス。
俺はいつ死んだって構わないと思ってる。この命に、誰かの手を煩わせるだけの価値なんかないって、思ってる。
……だって、そうだろ?
1人じゃ何もできない。誰かの手を借りなきゃ生きていけない。
そんな無能に、誰かの隣に立つ資格なんかない。寄り添いあう誰かのために、道を譲る方がよっぽどいいに決まってるんだ。
だから俺は――人と関わることを恐れたあの日から、ずっとそう思って生きてきた。
――だけど。
だけどな。
勘違いするな。思ってたのは、少しだけ前の話だ。
今の俺には、相変わらず資格なんてないけれど。
それでも――石ころではなく人として、生きることを許された居場所がある。
こんな俺を俺と認めて、変わりなく接してくれる大切なやつらがいるんだよ。
だから俺は、この居場所を守るためなら、命だって惜しくない。
どんなに優れたやつが相手でも。どんなに俺よりふさわしいやつが現れても。
あいつらのそばにいる限り、俺が人間であることを許されている限り、どんな敵とだって戦う。張り合ってやるんだ。
――わかるか? シリウス。
お前今、俺の地雷を踏んだぜ。
このまま死んでも、それはそれで仕方ない――なんて、心のどこかで思っちゃいたかもしれないけどな。
今の言葉だけは、聞き捨てならない。一発ぶん殴ってやるまでどうしたって死ねない。
だからまだ、もう一度。あと一度だけ――
足掻かせて――もらうぞッ!
「勝手なことばっか……言ってんじゃねえ……!」
震える膝を奮い立たせて、俺は拳を握りしめた。
強化の効果はもう残っていない。上手くいってもいかなくても、これが最後の攻防になる。
「あくまで戦うというんだね。いいだろう。ならば私も、容赦はしない」
告げたシリウスが杖を掲げ、銃口が冷気をまき散らした。
シリウスの気迫が憑依したかのように、乱射はさらなる激しさを見せていて――逃げ回る俺だが、いくつかの氷柱に体を射抜かれる。
さらにシリウスは、杖を大きく動かして特大の魔法陣を描き始めた。
それも、俺の反撃がないのをいいことに、上位魔法であることを示す円形の魔法陣を。
あれが完成してしまったら、文字通り必殺の一撃が起動して俺はなすすべなく惨殺されるだろう。
しかし、まったくもって隙だらけなその行動を――氷柱を避けるので精いっぱいの俺には、妨害する手段はなく。
歯がゆく感じる暇もないほどにあっという間に完成して、ギラギラと殺意を振りまく輝きがそこに灯った。
「終わりだ! 潔く散れッ!」
鍵が放り込まれ、滅殺の大魔法が起動する。
直後に、俺の足元はおろか、ホールの半分以上を埋め尽くす蒼銀の真円が床に現れた。
「<絶晶氷演陣>ッ!」
中心に立つ俺めがけて、360度全方位から容赦なく迫りくる巨大な氷の槍。
真の天才が万全を期して作り出したその魔法に綻びがあろうはずもなく、どこに逃げても避けられないことは疑いない。
だから俺は、避けない。
退かない!
一発ブチ込むって決めておいて、後ろを向くなんてできるかよッ!
立ち止まったまま、左腕を後ろに向けて、眼前に立つシリウスを見据える。
そして、全力の一歩を踏み出し――唱えた。
俺の魂に刻まれた炎を、燃え上がらせる燃料の名を。
「<アクセル>ッ!」
同時に俺の背後、左手の先で発生する紅焔の爆発。
その爆風に乗って、俺の体は弾頭もかくやという速度で撃ち出され――
氷槍の上スレスレを飛び越え、降り注ぐ氷の雨を置き去りにして、呆然と目を見開くシリウスへと迫った。
「最下級魔法の軌跡定着だと……!?」
――見たかよ、シリウス。
お前は銃こそが俺の本体みたいな言い方をしてたけどな。
俺の本当の切り札は――これだったんだよ。
手のひらの先に一瞬だけ<フレイム>を発生させて爆発させ、体が浮く程度の爆風を生み出す――俺が考案してメイリに作ってもらった超低級魔法<アクセル>。その、軌跡定着だ。
シリウス。お前に教えてもらったおかげだぜ。こんな技を思いついたのは。
軌跡定着は高等技術。下級魔法ならそこまでの実力はいらないが、強い魔法を定着させるには高い霊格が必要。お前は確かにそう言ってたよな。
だから、その言葉を逆手にとって、今の俺の実力でも条件をクリアできる魔法を定着させたんだ。
高等技術であることを念頭に置きすぎて、強い魔法を定着させることが前提みたいになっている生粋の魔導士の不意を突くには、特に有効だと思ってな。
定着させる魔法は後から変更が効かず生涯で1つきりだから、見方によれば、俺がやったこれは将来の可能性を全部棒に振るような暴挙だけど――どのみち、俺はそこまで本気で魔導士を目指してるわけじゃない。
この大一番でお前の鼻を明かせたのなら、悔いはないさ。
「――――らぁぁぁぁぁぁあああああああああああッッッ!!」
音速で吹き飛ぶ体が引き裂かれ、鮮血の尾を引く。
それでも構わず、俺は空中で血が噴き出すほど強く拳を握った。
「くっ……!」
出遅れたシリウスではもう、この一撃は躱せない。
それはシリウスも自覚しているようで、歯噛みしながらも躱さない。
代わりに杖の下部を左手で握り、引き抜いて突き出してきた。
見れば杖は、右手の上部と左手の下部で二分割されており――左手側の繋ぎ目からは、鋭い片刃の小剣が伸びている。
仕込み刀になっていたのか――!
そのことには気付いたが、俺も勢いのまま止まれない。
大きく腕を振りかぶり、赤熱した拳を突き出す。
鉄の刃と鉄拳が、2人の間で一瞬交錯し、そして――
――ドスッ!
「ぐっ、ぅ……!」
拳の先が、シリウスの顔面を捉える刹那。
前腕に切っ先を突き立てられて、急速に押し戻されるとともに俺の威力は失われた。
そこからさらに、刀を振り上げたシリウスによって俺の体は大きく宙を舞い、すぐ近くの床へと叩きつけられる。
「ガッ……はっ……!?」
背中を強打した俺は反吐を吐き、刀の抜けた腕からも血を垂れ流した。
一方その隣で、大きく息を吐いているシリウスは……無傷だ。
――届かなかった。
完全に不意を突いた、全力の一撃でも、凡人の拳では天才を打ち砕くには至らなかった。
……負けたんだ。俺は。
ああ……ちくしょう。
これが、歴然たる力の差。天才と凡人の埋められない溝。
その……結果なのか。
「はーっ、はー……今のは、危なかった。君がもう少し熟達していたなら……あるいは私に剣術の心得がなかったなら……今の一撃で、確実に昏倒させられていただろう」
緊張の解放からか肩で息をし、大粒の汗を全身に垂れ流しているが、シリウスにはまだ余裕があった。
「けれど、雌雄は決した」
刀の切っ先が、床に手足を投げ出した俺の額に突きつけられる。
「勇敢に戦った君に敬意を表して、最期は安らかに眠らせてあげよう。何か、言い残すことはあるかい?」
「……そうだな……」
俺の戦いは、終わった。
無力で無能な凡人として、無様にあっけなく敗北を喫した。
「俺にできるのは……ここまでだ」
……悔しくない、と言えば嘘になる。
できることなら一矢報いてやりたかったし、自分の居場所は最後まで自分で守りたかった。
でも、全力を出して辿り着いた結果が、これなら。
今の俺には、ここまでが限界だというのなら。
――もう、いいさ。
諦めはついた。後悔はない。
俺は、ここまででいい。
「だから……」
だから、全部押しつけちまうようで、悪いけど……
ここから先は、お前に託すことにするよ。
「あとは任せたぜ。尽雷」
「――何ッ……!?」
パキィィィィンッ!
突如、頭上からガラスの割れる音。
反射的に見上げれば、斬り砕かれた天窓が微細な欠片となって降り注いでくる。
そして、月光を乱反射し星空のように煌めくそれらの中心を、流星と化して突き抜ける真紅の電光。
まさしく落雷のように俺とシリウスの間に飛び込んできたそいつは、着地と同時にシリウスの刀を真っ二つに叩き割りながら――頼もしい背中でもってそこに立った。
「――マルク」




