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第25話 決闘の果てに(Ⅵ)

 シリウス邸西。トラップ使いダーラにより、ある意味で最も厳重な防衛線が敷かれた森林の一角で。

 一撃一撃に必殺の威力をもって発動する罠の数々を、新道カケルは鋭敏化した直感のみを頼りに(さば)き続けていた。

 足元で起こる大爆発を、華麗な空中回転で回避する。

 左右より迫る光の槍を、地面と平行に飛びながら体を(ひね)って潜り抜ける。

 地面を埋め尽くす針の山を、重量を倍化した大剣で根元から砕き折る。

 前方から飛来する無数の矢を、数本のナイフを投擲(とうてき)して跳弾の連鎖によりすべて叩き落とす。

 人智など遠く及ばない領域の攻防が繰り広げられていることは一目瞭然だった。


「――」


 それでも、カケルはどこまでも泰然(たいぜん)とした態度を崩さずにいた。

 安堵も、油断も、達成感も、その面相には欠片と浮かばない。常人ならば1つ乗り越えられただけで気を緩めてしまう修羅場であっても、カケルには障害として認識されてすらいないように見える。

 ――表面上は。


(まだ……余裕はある)


 罠の起動に神経を張り詰めながら、カケルは(ひそ)かに自身の身体を循環する魔力の流れを確認していた。

 斬りつけ、叩きつけ、あるいは投擲して罠と相殺させているのは、どれも無銘の剣だ。なんの付与効果も持たない代わり、心の中に念じるだけで具現化させることができ、消費する魔力も極小。優れた魔力量を有するカケルには負担ですらないといえる。

 とはいえ――微量であっても、消費そのものは確実に積み重なっていっているのだ。

 無論、それすらも最小限に抑える工夫はしている。

 しかし、少しでもペースを誤れば途端に先の戦いに暗雲が垂れ込める。そうした懸念がカケルの心理に不安を抱かせ圧迫していた。

 やはり最初の攻防で最適な回避を行えなかったことが手痛い。さもなくばこの程度の罠など、踏破するまでもなく片手間で蹂躙できるというのに。


『オホホホホ! すごいすごい、拍手拍手ぅ』


 対する、スピーカーを通したダーラの声音。こちらにも焦りや動揺を抱いた様子はうかがえない。

 ただし、一歩進むごとに不安を増していくカケルとは対照的に、こちらはむしろカケルが進めば進むほど声に高揚を反映させていた。

 それもそのはず。すべての罠の配置を把握している彼女には、此度(こたび)の挑戦者がどれほど絶望的な状況に置かれているかが手に取るようにわかるのだから。

 現時点に至るまで、かかった時間は10分未満。踏破された罠は概算で100。

 なるほど目覚ましいハイペースだろう。このままいけば、あと数分もしないうちに彼の前に待ち受ける障害は跡形となくなるに違いない。

 無論――このままいけば、の話だ。


『でもぉ、ここから先はもぉっと激しくなるわよぉ? そんな調子で大丈夫かしらぁ?』


 ここまでの罠など所詮(しょせん)、ロスター将軍が軍を動員した場合に備え用意した、殺傷力を犠牲に効果範囲を拡大した対軍用広域トラップなのである。高位階の魔導士に匹敵する力量を持ち、単騎での戦闘にも長けた剣士を相手に有効打を与えられるなどとは最初から思っていなかった。

 とはいえそのすべてを無傷で切り抜けられたのは想定外だったが――早くも敵の底が知れたのだからイーブンというところだ。

 ――そう。底が知れた。

 この程度の罠にこんなにも時間をかけているようでは、さらに先に配置されている本命の罠に対応することなど到底不可能である。よしんば突破されたとしても、そのころには彼は重傷を負い、(シリウス)の目的もとうに達成されているであろうことは揺るぎない。

 勝利への確信。ゆえの強気をダーラは(のぞ)かせていた。


「…………」


 ()きつけるかのようなダーラの言葉に――

 踊らされるカケルではない。が、(いま)だ敵に余裕を抱かせたままという形勢が事実として重くのしかかる。

 結果的に見れば、それはカケルの心を多少なりとも(はや)らせていたのかもしれない。


「――」


 黙したまま踏み出すカケル。

 その一歩に反応して、さらに凶暴性を増した罠の数々が起動する。

 振り子のように大きく揺れるギロチン刃。

 内蔵された(とげ)が射出される落とし穴。

 高速で打ち込まれる、巨大な柱のような光の棍棒。

 触れるものすべてを焼き切る熱線の格子(こうし)

 しかし当然、カケルは止まらない。

 受け流し、飛び越え、逸らし、あるいは潜り抜けて、すべての襲撃を無慈悲に(くだ)していく。


(いいわよぉ……そのまま、そのまま……)


 それがダーラの思惑通りであることにも気付かないままに。

 即死級の罠さえ布石と割り切って、ダーラはある一点にカケルが到達するのを心待ちにしていた。

 その地点が彼の墓場となることを、彼のこれまでの行動と一度の移動距離から予見していたがゆえだ。

 ただひたすらに進むことを意識するカケルの耳には、自身が1つの罠を突破するたびに荒くなっていくダーラの呼吸の音など届かない。

 一歩一歩着実に、絶妙な足捌(あしさば)きで、最短距離を疾走し――

 やがて、その時が訪れる。


「はっ!」


 鮮やかなターンから刺すような一閃。

 飛来した矢が、反射神経だけで振り抜かれた直剣の切っ先と交わる。

 と同時に、カケルの表情を驚愕(きょうがく)に染め上げた。


(――普通の矢!?)


 剣が弾いた飛来物は、魔法で形作られた光の矢ではなく、確かな質量を持った木製の矢だった。

 さらに衝撃的なことに、その先端に付属する矢じりは球形。

 刺激を受けて起爆する――手榴弾の形状。


『今よぉ!』


 直後。

 ――ドウウウゥゥゥゥゥゥッッッ!

 爆炎の――炸裂。

 万物を焼き尽くす(ほむら)が、周囲ごと対象を飲み込んだ。

 ズドドドドドッ!

 追いうちをかけるかのように、炎に包まれたそこへと無数の光の矢が斉射される。

 標的を徐々に攻め立て、一網打尽に撃滅する、トラップ魔法の真価が発揮された瞬間だった。


『オ――ホホホホッ! こんなにあっさり引っかかってくれるとは思わなかったわぁ!』


 起動する魔法にどんな追加効果があるか読めないからだろう。カケルは投擲物に対して、そのすべてを自身に近づく前に打ち落とすことで対処していた。

 ゆえに、爆弾を装着したこの矢も、回避するのではなく剣で相殺するに違いないとダーラは予測したのだ。

 光の矢とは発射速度も軌道も異なる通常の矢を、魔法で統一されているように見せかけた仕掛けの中に混ぜ込んでタイミングを見誤らせる戦術も功を奏したことだろう。

 そして結果が、この通りだ。カケルはダーラの意図した位置、意図した罠の直撃を受けた。


「…………」


 黒煙が晴れる。

 焦土と化したそこで――カケルは、なおも生きていた。

 しかし、息も絶え絶えに(ひざ)をつき、炎に巻かれた全身には黒く火傷を負っている。二の腕と脚には光の矢が突き刺さり、赤く流血の線を引いていた。


『あらぁ? これでもまだ生きてるなんて、見直しちゃうわぁ。でも、その怪我じゃあこの先の罠を乗り越えるなんてぜぇったいに無理。わかるぅ? アナタは負・け・た・の・よぉ?』

「……」

『どうせアナタも、罠使いなんて大したことない、引っかからなければ問題ないなんて思っていたんじゃないのぉ? だとしたらざぁんねん。アナタはそんな雑魚にボコボコにされて、無様に逃げ帰るの。オホホホホ! ねえどんな気持ち? 今どんな気持ちなのかしらぁ? 悔しい? 腹が立つ? ねえねぇねえ?』

「……そうだね。あなたの言う通りだよ」


 まくしたてるダーラへと、(うつむ)いたままカケルが答える。


「正直、あなたのことは甘く見てた。この世界の人間なんかに負けるはずがないって、心のどこかで思い込んでしまってたみたいだ。……謝る。それと、認めるよ。あなたは強い」

『オホホホホ! 当然でしょう? アタシを誰だと思って――』

()()()。ここからはおれも、少し()()でいかせてもらうよ」

『…………は?』


 腕に突き立った矢をへし折り立ち上がりながら、カケルは覚悟を決めた。

 それは当然、決死の思いで眼前の罠に飛び込む決断――ではない。

 むしろ正反対の――先のことをすべて捨て、今この瞬間に全力を捧げる意思。

 温存してきた全魔力を、解き放つ覚悟だ。


「――『明光星剣(エクスカリバー)』」


 手にしたのは、黄金の装飾に彩られた絢爛(けんらん)なる両刃の長剣。

 その切っ先を上に向け、胸の前に持ち――


「『辺際無限(オーバーリミット)』」


 (つか)の後端に、反対の手に逆手で握る短剣の(つか)の後端を重ね合わせる。

 接続面で融合・同化し、両翼に刃を有する一振りの剣を化したそれを――カケルはゆっくりと、頭上へと掲げていく。


『な、何をするつもりかは知らないけど、させないわぁ! ……って、あれ?』


 このまま放置するのは危険と判断したダーラは、妨害を画策する。

 しかし――行動に起こそうとしたところで、気付いた。

 繰り返すようだが、ダーラの主な戦法は罠による待ち伏せである。

 それゆえに、戦闘に使用する魔法はすべて動体センサーを有した設置型。遠隔から手動で起爆させる手段こそあるが、範囲外の敵を狙い撃つ機能は存在しない。

 すなわち。


(ど……どうやって止めればいいのぉ!?)


 すべての罠が起動を終えたその領域から、動かず立っているだけのカケルに、直接攻撃を仕掛ける手段を――ダーラは持ち得ていなかった。

 やがて、阻む者のないカケルの周囲に、湧き上がる光の粒が踊る。

 剣に聖光の渦が(まと)わり、(くら)き夜闇を白日に染め上げる。


「無辺の闇を超えて輝け。暁の聖剣――」


 剣を掲げるカケルは思う。

 もっと早くから、こうしておくべきだった――と。

 慢心への後悔からではない。想定を超えてきた敵への敬意でもない。

 ただ一点。打算など抱いた自分を恥じてのこと。

 ()()()()たる姿を見せるならば――親しき友を救うために、手段を選んでいる場合などではなかった。

 どんな敵でも、全力で叩き潰すべきだったのだ。



「『明光星剣(アンリミテッド)・――」



 迷妄を断ち切ったカケルを祝福するかのように、金色(こんじき)奔流(ほんりゅう)(いただき)へと至る。

 光芒(こうぼう)は明転する。

 ()は星の(またた)きが(ゆえ)に。

 明けることなき(よい)の空を。

 行く手に(ふさ)ぐ混沌を。

 彼の者の敗北を。

 ()べて(つぶさ)に、聖断せん。



「――天地開闢(デイブレイカー)』アアアアアァァァァァァァァ――――ッッッ!!」



 大きく弧を描いて振り抜かれる、星の輝きを纏った聖剣。

 その軌跡をなぞって、目も眩むばかりの光の斬撃が放出される。

 (ほとばし)る閃光が大地を裂き、空を割る。前途遮る数多の魔障に、邪悪断ち切る明浄の裁きをもたらす。

 やがて訪れる、完膚なきまでの静寂。

 一筋の光明を天へと捧げ、散光を残して立ち消えたその後には――

 木々を薙ぎ、地表を剥がし、万難を取り払って、目指す白亜の御殿へと続く懸け道だけが生まれていた。

 壮絶な制裁の痕跡を前に、剣を収めながらカケルは安堵の息を漏らす。

 今度は正解を選び取れた。

 ()()していなければ、友人ごと目前の建物を粉砕してしまっていたかもしれない――と。

 念のため、罠が残っていないか恐る恐る一歩を踏み出して確認してから、カケルは悠然と開けた道を歩き出した。


「あ、あああ……ああああ……」


 途中、破壊の爪痕と森林の境目ギリギリに、腰を抜かしてへたり込む妙齢の女性の姿を見かける。

 状況と声からこの女性がダーラであろうと見当をつけ、完全に怯えきったその様子に(わず)かばかり心を(わずら)いながらも――1つ、言葉を告げた。


「ダーラさん。あなたは本当に強かった。誇っていいよ。だけどね――おれたちだって、誰も助けてくれないこの世界で、この力だけを頼りに今まで生きてきたんだ」

「あ……ああ……」

「そのおれたちを――あまり、見くびらないでくれるかな」


 言い終わり、敗者を見下すその両目は、春の陽気を思わせる彼の普段からは想像もできないほどに冷ややかだった。

 しかし、それも一瞬のこと。

 氷のようなまなざしに最後の緊張すら断ち切られたダーラを捨て置き、自身の血流に意識を向けながら歩き始めるカケルは、最強の剣の使い手にふさわしき堂々たる振る舞いを取り戻していた。

 体を巡る魔力は底をついた。光の聖剣も爆炎の神剣も、もはやその手には握れない。

 今の彼に許された武器は、左手に残った魂の一刀ただ1つ。

 それでも、不都合などないと確信する。

 絶望に満ちた逆境こそが、彼の輝く主戦場。

 どんなに苦しい戦いでも、最後に必ず勝利する。

 だからこその――新道カケル(しゅじんこう)なのだから。

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