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第24話 決闘の果てに(Ⅴ)

 シリウスの邸宅前にて。

 折れぬ剣と砕けぬ盾が、見る者すら寄せつけぬ激しい火花を散らした。

 剛と剛。固と硬。愚直なまでのぶつかり合いに空気さえも白熱する。

 これが見世物であったのなら、誰も彼も熱狂した雰囲気にさぞかし()いたことだろう。

 ――その中心に(たたず)むただ1人を除いては。


「…………はぁ」


 黙々と剣を振り続ける赤髪の獣人を、オレグは嘆息しながらぼんやり見つめていた。

 すでに勝負に(はげ)む意欲は消え失せ、眼前の愚者に(あわ)れみの視線を注ぐだけだ。

 それもそのはず。少女の気迫に当てられて対抗心を燃やしたはいいが、そもそもこれは結果の見えきった勝負なのだ。

 一向に進展の見えない打ち合いを延々と見せつけられ続ければ、暢気(のんき)なオレグといえども飽きがくるというものである。


「もう(あぎら)めるんだな、ヴィズマルグ(ぎょう)


 心境を隠さず、また気遣いも込めて、オレグは告げた。


「オデの結界(げっがい)(ごわ)ずなんで無理なんだな。ごれ以上(づづ)げだっで意味ないんだな」

「…………」


 対するマルクは、無言。

 聞こえていないわけではない。答える余裕がないわけでもない。

 ただ、答えてしまえば、自分の中の何かが崩れ去ってしまう――そう感じて、剣を振ること以外に意識を向けられずにいた。

 その必死な様子がさらにオレグの気を揉み、何か言葉をかけなければという意識に駆らせる。


「ぞういえば、ジリウズ(ざま)がらごんなのを預がっでるんだっだな」


 何気なく思い出して、オレグはポケットから小さく四角い金属製品を取り出した。

 シリウスが試作した魔導具である。二対(につい)になっており、一方が感知した空気の振動――すなわち音と、同じ音をマナを介して送信。対となる機器からも発生させる。ごく近距離でのみ使用可能な無線機だ。同時刻、異なる戦場でも、同じ機能を持った機器が使用されている。


「ごれで(なが)(ごえ)()げるらじいんだな。ぢょっど動がじでみるんだな」


 オレグが機器についたツマミを回すと、スピーカーから、ザザザッ――ノイズが鳴り、しばらくして誰かの声が聞こえ始めた。


『あくまで――――まさか、――できると……』

『……さ……な』

『――……だったら……――だよ!』


 不鮮明で上手く聞き取ることはできない。しかし、背後に聞こえる爆発音や衝突音の激しさから、戦闘らしきことが中で行われているということだけは察せられた。


「ジリウズ様、(だだが)っでるみだいなんだな。あの(がれ)じゃあぞんなに長ぐは()だないど思うんだな。(いぞ)いだどごろで、どうぜ間に合わないんだな」

「…………」


 キィンッ!

 言葉の代わりにひと際強く剣が叩きつけられる。

 無心の一打だったが、そこに怒りや苛立(いらだ)ちをない交ぜにしたやりきれない気持ちをオレグは垣間見た。

 ――ふと、オレグは思う。

 なぜこれほど懸命に、この少女が身を削るのだろうと。

 オレグは過去のマルクを知っている。そも彼女が幼き時分から、マクエンシー伯爵家の守護を担う者として、シリウスと並び立って育つ彼女の成長を近くより見届けていたのだ。娘か、歳の離れた妹という実感さえあるほどに、彼女の人間性は理解しているつもりだった。

 その彼女が、馴染みの間柄であるシリウスに怒りすら燃やし対立している理由を、オレグは悟れなかった。

 聞けば数か月前にこの世界に来たばかりであるという異界人の彼に、そこまでする価値があるのかと、疑問でしかなかった。

 ゆえに問う。


「ヴィズマルグ卿。なんでぞんなに頑張るんだな?」

「…………」

「あの彼がぞんなに大事なんだな? ――()ぎなんだな?」

「違うッ!」


 それだけは聞き捨てならない、と。

 マルクは沈黙を破り、ついに叫んで――剣を止めた。

 なおも拳に力を入れ、何かに耐えるように目を伏せているが、切っ先は下がり震えている。


「じゃあ、なんでなんだな?」


 再三の問いかけへ、マルクは白状するかのように答えた。


「……ボクが、騎士だからだ」


 それは、マルクが根底に抱く戦いに臨む理由。


「騎士は(つか)えるもの。国に、主君に、大切な人に忠誠を誓い、外敵を打ち払うための存在。だけど、ご主人に助けられて――違うな。あの家で過ごすようになってから、自分が大事だと思うものを守るために戦うことも、騎士の役目だと思うようになったんだ」


 国を守る騎士として一生を捧げてきたマルクにとって、日常とは些細にすぎない時間だった。

 襲い来る外敵に立ち向かうため剣を振りぬく瞬間だけが、彼女の生きるすべてだった。

 しかし、(メイリ)との出会いを境目に、そんな人生に転機が訪れた。

 連邦(そこく)のために戦うことはもちろん大切だ。今だって、国に外敵が攻め込んできたのなら一も二もなく駆けつける心づもりでいる。

 けれどそれ以上に、敬愛する主のために身を粉にできるこの日々を愛おしく感じていた。

 国という漠然とした存在に命じられて、ではなく、ただ1人の大切な人を守るために持てる力を振るうことに、幸福を抱くようになったのだ。

 そんな日常に突如割り込んできたあの男には、怒りを覚えもしたが――そこから始まった奇妙な同居生活もまた、好ましいと思える程度には受け入れられていた。


「今のボクは、連邦の騎士であるよりも前に、あの家を守る剣だ。あいつのことは大ッッ嫌いだが……だが……あいつが作った今の空気だけは……悪く、ない……と思う、から。だから、家のついでに守ってやる。それだけだ」


 強気に語るマルクに、オレグは目頭を熱くした。

 娘のように思っていた少女が通さんとする実直な思い。ぜひとも称賛したいし、手助けしたいし、後押ししたいと思う。

 その行く先が、自身の守るべき道と交錯してさえいなければ。


「うっ、うっ。健気(げなげ)なんだな、ヴィズマルグ卿。応援じだぐなるんだな」

「なら、結界を解除するか?」

「ぞれはでぎないんだな。オデにも(まが)ざれだ使命(じめい)があるんだな」

「だろうと思っていた」


 端的に受け答えして、マルクは剣打を再開した。

 沈黙の降りる2人の間に、再び激しい打撃音だけが響く。


「……まあ、()()むまでやればいいんだな」


 これ以上何を言うべきでもないと感じ、オレグは一言告げて、その場に腰を落とした。

 (まぶた)を下ろし、呼吸を(やわ)らげ、一帯を取り巻く喧噪(けんそう)にだけ耳を傾ける。

 木々のざわめき。どこか遠い虫の音。幽玄(ゆうげん)の調べを背景に、金属の打ちつける音が主旋律のように鼓膜に届いた。

 淡々と、ほとんど等間隔で、代わり映えのしない音色が(ささや)く。

 退屈を覚え始めていたオレグには、心安らぐそれらの音が子守歌となって眠りへと誘う。

 図らずも時刻も夜。ほどなくしてオレグの意識はまどろみの(ふち)に立ち、静穏な闇へと落ちていった。

 ――――――――

 ――――

 ――


(……おかしいんだな?)


 微睡(びすい)最中(さなか)にふとある違和感を覚え、オレグは意識を暗闇から強引に引き上げた。

 依然として耳に入る音は一定だ。結界にもマルクにも目立つ変化はなく、淡々と、ほとんど等間隔で、代わり映えのしない打音が続いている。

 守り続ければよいという都合上、そこにまったく問題はないと見受けられる。

 では、この違和感は杞憂(きゆう)か?

 否。そんなはずはない。長年(つちか)ってきた経験が、この感覚は無視してはいけないと警鐘(けいしょう)を鳴らしている。

 では、何が。代わり映えのしない光景の、音色の、どこに刮目(かつもく)すべき問題があるというのか――

 ――と。

 そこでオレグは、違和感の正体に気付いた。

 ()()()()()()()のだ。

 耳に届く剣戟(けんげき)の音が、常に一定のペースを保ち続け()()()()()のだ。

 いくら細くとも、短くとも、剣は金属の塊である。

 素振りなら、修練を積めば何時間と振り続けることはできるだろう。しかし実戦となれば、対象を両断するために込める腕力、踏み込みの重み、集中を維持する精神力――あらゆる要因が見る間にすり減っていき、到底長時間振るい続けられるものではない。一定の強さを維持するなど言語道断だ。

 ゆえに一流の戦士は、攻めて、攻めて、攻めて、休む。呼吸を整え、(たかぶ)った血を(しず)めることで、極力多く全霊の一刀を振るおうとする。

 しかしながら、マルクは違った。

 攻めて、攻めて、攻めて、攻め続けていた。

 太く、長く、重い、振るうだけでも困難な長剣を(たずさ)えて。

 鋼鉄にも等しい硬度を誇る、圧巻の防壁に向かって。

 鍛えに鍛えた戦士であっても100も打てば疲弊(ひへい)しきってしまうような活劇を、息つく暇もなく演じ続けているのである。

 ただひたすらに。懸命に。

 幾千幾万と。顔色も、速度も、一撃の重さすらも変えぬままに。

 いくら常人を超えた膂力(りょりょく)を持つ獣人で、幼き頃より剣を振るってきた生粋(きっすい)の武人といえど、その身は正しく肉の体であり、機械ではない。

 ともすれば他の獣より細く華奢(きゃしゃ)である少女が成しえるには、眼前の事実はあまりにも異常が過ぎた。


「オレグッ!」


 (うつ)ろに揺蕩(たゆた)うオレグのまなざしを、剛胆(ごうたん)に引き上げる魂の一喝。


「ボクからも1つ、言っておきたいことがある!」


 見開いたオレグは緘黙(かんもく)した。

 不屈の闘志が生み出した変化に。

 絶対の自信が上げる悲鳴に。

 己の魂に等しき壁が、打ち倒される瞬間に。


「守りが特技だというのなら――」 


 ――もしも、大きな困難を乗り越えねばならぬとしたら?

 ある者は言うだろう。

 その大きさを測り、徹底した分析を行い、最短の経路を見つけ出すべきだと。

 またある者は言うだろう。

 技術を進歩させ、困難を困難でなくしてしまえばよいのだと。

 しかしながら、凡百にすぎぬ多くの者はこう語るのだ。

『たゆまぬ努力の継続こそが、成功への正しき道となるのである』と。

 今宵(こよい)、その言葉を真実(まこと)と示すかのように、苦難を越えてまた1つ新たな道が(ひら)かれた。


(かぶと)くらい――つけておけッ!」


 体を大きく振り回し、放たれる渾身の一打。

 音を斬って空を断つ刹那の剣閃は、重ねに重ねた痛撃の蓄積を解き放ち――

 押し割り、叩き割り、砕き割って、光の障壁を突き抜いた。

 輝きを反射し舞い散る片影(へんえい)。その彼方より、真紅の残光を(きら)めかせて赤髪の獣人が踊り出る。

 腰を(ひね)り、脚を振り上げ、そして美麗なまでの回し蹴りを放った。


「のぱんっ!?」


 最後まで敵を格下と(あなど)っていた男の側頭に、自身の存在を刻み込むかのような痛恨の一撃が炸裂する。

 壁に劣らず硬い気骨を有したがゆえに万が一を(おろそ)かにした愚か者は、なんの防備も用をなさぬままに前後不覚となって崩れ落ちた。

 彼に敗因があったとすれば、それはたったの2つだろう。

 1つは、魔女(メイリ)を警戒しすぎたこと。魔法一辺倒の防備に軌道修正したことが裏目だった。

 事前にもたらされた情報に振り回されず、従来通り均衡のとれた結界を構築していれば、少女の足を止めるのに十分な時間が得られていたに違いない。

 そしてもう1つは――ただただ不運であったこと。

 はじめに相対したのがマルクであったことのみだ。

 なぜならば彼女にとって、そびえる壁との(おわりのみえぬ)戦い以上に乗り越えやすい障害などないのだから。

 雷光のごとき剣閃を無尽に放ち続けられることだけが、彼女の唯一にして最大の武器。

 ゆえにこその――『尽きぬ(いかずち)』。

 いつまでも。どこまでも。何度でも。

 追い詰め、追い込み、追い立てる。

 不撓不屈の体力と精神を兼ね備えた、生まれながらの狩人。

 猟犬の獣人。ヴィスマルク・スタッツフォードなのである。

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