第20話 決闘の果てに(Ⅰ)
シリウスを追って向かった扉の先は、ダンスホールのような大きな広間だった。
垂れ幕の下りた舞台が奥にあり、左右の壁には色鮮やかなステンドグラスが張られている。天井もガラス張りの天窓になっていて、空から差し込む月明かりによって、夜更けだというのに昼間よりも明るいくらいだ。
「君を呼んだ理由は他でもない。極魔について話さねばならないことがあるからだ」
聖堂でこだまする祈りのように声が反響するそこで、シリウスは漫然と待ち構えていた。
その手には新たに、丸い宝石の飾りがくくりつけられた短い杖を持っている。
おかげでRPGの僧侶のような見た目の印象がさらに強まっているが――そんなことのために持っているわけじゃないのは確かだな。武器か何かなんだろうか。
「もう巻き込むなって言ったはずだぞ、俺は」
「私とて不本意だよ。けれど、どうしても君に来てもらわなければならなかったんだ。私が直面したある問題を解決するためにはね」
「問題……?」
何があるというんだ?
極魔はちゃんとシリウスが回収したはずなのに。
「極魔の所有権の所在だよ。現状、極魔は適合した魂を持つ者――つまり君にしか扱うことができなくなっているんだ」
「……は……?」
極魔が……俺にしか扱えない……?
……おかしいだろ。意味がわからない。
魔法陣と術式鍵語さえ知っているなら、応用はともかく発動に術者の素養は問われない。それがこの世界の魔法なんだから。
「なんでだよ。極魔だって、言っちまえば普通の魔法と同じだ。誰でも使えるはずだろ?」
「――『魂魄顕示』、という概念がある」
すぐには俺の疑問に答えず、シリウスは語りだす。
「既存の魔法陣を魂に定着させる軌跡定着とは対照的に、自身の魂の性質を魔法式に変換して新たな魔法を作り出す技術だ。こうして作られた魔法は『独創魔法』と呼ばれ、元となった魂の属性や起源を色濃く反映する他――作成者による観測活性でしか起動しないという特徴を持つ」
そんな技が……あったのか。
確かにそれなら、特定の誰かしか使えない魔法が存在することにも納得できる。今回は俺の知識不足が露呈しただけのようだ。
が……
「解析した結果、極魔にもこれに似た性質があることがわかった。魔法陣の一部に、魂魄顕示された魔法特有の魔法式が使われているんだ。君が使えたことから、これは君の魂魄がベースとなっている以外にありえない」
「でも……俺は極魔を作ったりなんてしてないぞ」
今言った方法で作った魔法が使えるのは、作成者であるリベルだけのはずだ。俺が使えることとは矛盾する。
「わかっている。これはすなわち、極魔そのものの性質なのだろう。あの時――君と極魔の間に何らかの契約が結ばれ、それによって魔法陣に君の魂が魂魄顕示されたんだ」
何らかの、契約……
そういうことなら……心当たりがある。
極魔を発動する直前に聞こえた、あの声だ。俺には頭の中に響いてくるような感じで鮮明に聞こえたが、シリウスたちにその声は届いていないようだった。
あの時にした話が、俺と極魔との間で交わされた契約になっているというのなら――俺しか使えないというのも、確かにありえない話じゃないな。
……なるほど。納得したよ。
それともう1つ、わかったことがある。
シリウスが俺をここに呼び出した理由だ。
「つまりお前は――その契約とやらを、自分にすげ替えたいのか」
「ご明察だ」
極魔を使うために、現在俺になってしまっている契約の対象を自分に変更する。それがシリウスの目的だったんだ。
……なんか、拍子抜けだな。
どうせこんな力、俺が持ってたって仕方ないんだ。わざわざ回りくどい方法を使わなくても、普通に呼び出してくれればいつでも返しに来たってのに。
「わかった。好きにしろよ」
「……いいのかい?」
「いいも何も、もともとお前のもんだろ、極魔は。で、俺はどうすればいい?」
「特別な動作は必要ない。そこで、何もせずジッとしていてくれたまえ」
言われるがまま、俺はそこに立ち通しシリウスの行動を待つ。
シリウスはおもむろに腕を持ち上げると、その前方に小さな魔法陣を描き始めた。
契約の解除っていうから、もっと大掛かりな儀式をしなきゃならないものだと思ってたけど……意外とシンプルなんだな。あんな単純な魔法陣で――
……?
ちょっと待て。
あの魔法陣、どこかで見覚えがあるぞ。
確かあれは……そう。
遺跡で使ってた、シリウスの……攻撃、魔法……!
「――<氷晶の刺突>」
ヒュンッ!
撃って――きやがったッ――!
「うわっ――!?」
一直線に向かってきた巨大な氷柱を、俺は体を大きく傾かせてどうにか避ける。
……危なかった。
もしも魔法陣に気付くのが遅れていたら……反応できなくて、今の一撃で確実にやられてたぞ。
「何するんだよ、いきなりッ!」
「決まっているだろう。魂を回収するんだよ。――君を殺害してね」
「……、はっ……!?」
嘘、だろ……!?
俺を……殺す? なんで、そんな……!?
「知らないようだから教えてあげよう。他者が魂魄顕示した魔法を扱えるようにする方法はたった1つ。適合する魂を肉体から切り離し、自身に定着させることのみだ。そして当然の帰結だが、精神体である魂が剥離すれば肉体は例外なく死に至る。この意味がわかるかい? ――殺して奪い取る以外にない、ということだよ」
「……ッ」
「けれど君の周囲には常に、強敵たりうる仲間がいた。彼らの妨害をかいくぐって君の暗殺を実行するのは容易ではない。そこで、君が1人にならざるを得ない状況を作り出す必要があった」
「……じゃあ、俺を呼んだのは……」
「そう。君をこの手で確実に殺すためだよ」
「…………」
言葉が……出ない。
こんな犯罪スレスレのようなことをしてまで、わざわざやったことだ。何か後ろ暗い理由があるんだろうとは思っていた。
でも、それがまさか、俺を殺すことだったなんて……
「けれど、このままただ命を奪うのでは私も後味が悪い」
呆然とする俺に、シリウスはそんなことを言った。
「だから――決闘をしよう」
「決闘……?」
「相対する魔導士が公平な立場で行う果たし合いだ。互いの誇りと尊厳を賭けて戦い、その結果には何人たりとも干渉することは許されない」
公平……ね。
こんな追い詰めるような真似までしておいて、よく言うぜ。
一方的に殺されるよりは、ありがたい話だけどな。
「承諾するのなら、私は君と対等な条件で戦うことを誓おう。この決闘において、私が使用するのは君が知り得る下級魔法のみだ。逆に君は、どんな手段を用いても構わない。魔法以外にも――例えば、その腰に下げている武器とかね」
俺の腰にあるホルスターをチラと見ながら、シリウスは言う。
「その上で、私に一撃でも当てることができたのなら、君の勝利だ。今後二度と、君の持つ極魔を狙うことはしないと約束しよう。――どうだい?」
……随分と破格の条件だな。
俺とシリウスの力量差から考えれば、これでもまだ足りないくらいだとは思うが。
「――もし断ったら?」
「今この場で君を粉微塵にすり潰すのみだ」
逃げる道はない……か。
やるしか……なさそうだ。
「……いいぜ。受けてやるよ、その決闘」
どちらにしろ、メイリたちが来るまで耐え忍ぶという俺の勝利条件は変わらない。
それならむしろ、この話は渡りに船。おまけで条件も1つ増えたくらいだ。
今は乗っておくのが最善だろう。
「賢明な判断だね。君ならそう言ってくれると信じていたけれど」
「後で後悔しても、知らないからな」
「君こそ覚悟を決めるといい。これを最期の夜にしたくなければね」
シリウスが空いた左手を持ち上げて、俺に突きつけるように前に伸ばす。
それに応じるように、少し遅れて俺も伸ばした右手を前に向けた。




