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第19話 三位一体の攻略法(Ⅳ)

 闇を切り裂き、閃光が走る。

 左手に装備した異能剣『辺際無限(オーバーリミット)』の効力によりマルクさえ凌駕(りょうが)する機動力を発揮するカケルは、本人の意向から邸宅の西方――賢者の家からは対極となる方角――へと迂回して回り込んでいた。

 カケルならば、どれだけの距離を迂回しようと予定の到着までにわずかの支障もない。最も遠いこのルートからの突入を請け負うのは必然である。

 また、主軸となる防衛線は敵の進行方向の対面に敷くのが定石であることから、迂回するという選択は戦術的な観点から見ても理に適っているといえた。

 ――必ず間に合う。

 確信にも近い決意を胸に宿し、カケルは脱兎のごとく走り抜ける。

 しかし――その予見が必ずしも絶対でないことを知らしめるかのように、()()は急襲した。


「――ッ!」


 光に及ぶ速度で走るカケルから見てもなお、高速。それも的確にカケルの額、喉、心臓を射線に収めた、光の矢が飛来する。

 すぐに右手に新たな剣を召喚し、真下から斬り上げて迎撃にこそ成功するカケルだが――瞬時に鋭敏化する警戒心が、その場で立ち止まることを余儀なくさせた。

 けれど、これがまた悪手。

 攻撃の出所を探るため前方に視線を流したカケルの、()()で――


「っ、しまっ――」


 ドゴオオオォォォォォ――――ッ!

 強烈な、爆発。

 堆積した落葉も、周囲の木々さえも跡形もなく吹き飛ばし、カケルの立っていた位置を中心に巨大なクレーターが築き上げられる。

 舞い上がる粉塵。立ち上る爆煙。

 絶対的な破壊の傷痕だけがそこに残った。

 いかに強力な異能者であるカケルといえど、その肉体は生身である。これほどの爆発が直撃すれば当然ひとたまりもない。

 必定、その身体は肉塊の一片も残さず爆散することとなった。


「――、はぁ、はっ……!」


 最も――直撃していれば、の話ではあるが。

 煙塵の晴れた向こう側で、カケルは(ひざ)をつきながらもかろうじて爆撃を回避していた。

 炎を放つ性質を有していた、右手に召喚した異能剣『滅神烈火(レーヴァテイン)』。これを自壊もいとわず炸裂させ、その爆風を推進力とすることにより一瞬早く爆発地点から離脱していたのである。

 どのような状況でも冷静沈着に対処し、瞬時に最適解を選び出せるカケルであったからこそ乗り越えられたというところだろう。

 しかし、代償も大きかった。

 ただでさえ強力なこの異能に暴発するほど過剰な性能を発揮させるためには、相応の対価を注ぎ込む必要があったのである。

 その対価とは、カケルの内から湧き上がる霊的な力。

 ここでは仮に『魔力』と呼称しよう。

 今の一撃を放つため、カケルは自身が保有する魔力の実に3分の1以上を空費していた。

 先に待つ真なる敵――シリウスとの戦闘を控えている今のカケルにとって、これがまさしく致命的な損失であるのは語るに及ばぬことだろう。

 思わぬ時点での思わぬ痛手に、カケルは唇を引き結んで歯噛みする。

 ――声が届いたのは、その時だった。


『あらあら、今ので生きてるなんて。噂に違わない素早さねぇ』


 すべての人間を見下しているかのような、高飛車な女の嘲笑(ちょうしょう)だ。

 反射的にそれが聞こえた方向を振り向くカケル。

 しかし、視線の先――前方の木の上部に人の姿はなかった。

 代わりに花弁を模したような、簡易的な音響機器(スピーカー)らしき硬質の物体が枝にくくりつけられている。声はそこから聞こえてきているのだろう。目を凝らせばさらに先の木々にも同じ機器が見え隠れしていた。


「――誰」

『アタシはダーラ。マクエンシー三従士の1人』


 三従士の名を聞いて、カケルは剣を握る手に力を()める。


『オホホ。アナタの情報はとある筋から得ているわぁ。とぉーってもお強い剣士なんですってねぇ?』

「……どうかな」

『否定しないのねぇ。オホホ、怖いわぁ。ああ怖い』


 わざとらしく語るダーラの声。そこには怯えた様子など微塵も感じられない。


『怖いから――アタシはアナタとは戦わないわぁ』

「――どういう意味?」

『言葉の通りよぉ。アタシなんかじゃあ、アナタと正面から戦っても絶ぇっ対に勝てないもの。だからアタシは何もしないのよぉ。ここもご自由に通っていただいて結構』


 クスクスと笑い混じりの声でダーラは言う。

 ――罠だ。

 あからさますぎる態度から、カケルはすぐさま確信した。

 カケルが無防備に進むことで起こる何かを狙っているのだろう。そんなこと、考えるまでもなく予測できる。

 けれど、先に進まなければ事態が好転しないのも事実。

 ゆえにカケルは、敵の目論見通りとなることに多少の不満を覚えながらも、細心の注意を払って一歩を踏み出した。

 ――プツンッ。

 その足元で、何かの切れる感触。

 と同時に直上から襲来する、ギロチンのようなぶ厚い光の刃――!


「――ッ」


 飛び込むように前転し、カケルはこれをからくもいなしてみせる。

 またも成し遂げた神業のような回避に、ダーラはスピーカーの向こうでパチパチと手を鳴らした。


『あらすごい。これも避けちゃうなんて。予想以上だわぁ』


 二度ならず三度までも繰り返された、狙いすました配置の攻撃。

 これだけの証拠を得て推測できないほどカケルは(おろ)かではない。その正体に確信を得た。


「――なるほど。これがあなたの魔法なんだね」

『オホホ、ご明察よぉ! そう、これがアタシの十八番(おはこ)、トラップ魔法。あらかじめ半起動状態にした魔法陣を、誰かが踏むと――ボンッ! ってわけ。しかも、そんな魔法(トラップ)が――オホホ、1000個。この先で、アナタを待ち構えているのよぉ』


 1000。その途方もない数字に、カケルは一瞬クラッとする感覚を覚える。


『悪いけど、卑怯だなんて思わないでほしいわねぇ。アタシ、どんな敵でも全力で叩き潰すタイプだ・か・ら』


 思わない。

 むしろ、ある種の納得を得てさえいた。

 この世界の仕組みを知っていくにつれ、カケルは1つの疑問を抱いていたのだ。

 ――なぜ、魔法が()()としてこれほど台頭しているのか。

 無論、兵器として有用であったからこそ、今のように世界に浸透している――という事情は想像がつく。地球でも、コンピュータや原子力発電所が軍事技術の応用であるのは知られた話だ。

 しかし魔法は――敵の目の前で足を止め、複雑怪奇な魔法陣を描かなければ使用できない。いくら完成さえすれば強力無比な効果が得られるといえど、そのデメリットがどれだけ重いかは、多少なりとも戦闘の心得がある者ならば自明の理である。

 理性的に考えれば、そもそもより兵器としての試案がされることすらない技術であるはずなのだ。

 そんな魔法が、なぜ有用と判断され、こうして戦場の主役にさえなることとなったのかを、カケルは対面するダーラの魔法から得心した。

 前提から間違っていたのだ。

 剣と魔法が支配するこの世界の戦闘において、しかして魔法は面と向かい合う白兵戦用に存在する戦力ではない。

 拠点に構え、攻め入ってくる敵を迎撃する時にこそ、その真価を発揮する――防衛にこそ特化された兵器なのであると。

 すなわちこの世界において、闘争とは守備を主眼に置いて行われるということに他ならない。

 侵攻し敵を殲滅することが何よりも優先される地球の兵器に見慣れ、自身の異能もまた攻撃に特化したものであるがゆえに、この事実は固定観念を揺さぶるほどにカケルに衝撃を与えた。

 では、なぜそのような闘争の形式が生まれたのか。

 魔法の発展を要するほど撃退の困難な敵が、この世界に存在するのか――

 ――飛躍しかけた思考を、カケルは(かぶり)を振って停止した。

 現状意識するべきは、敵が強力かつ正道なる魔導士であること。

 そして、1秒でも早く助けを待つ友人の元に辿り着くことのみ。

 であるならば、千の障害が立ちはだかろうと問題に及ばず。

 (ことごと)くを刹那にて踏破し、この些事(さじ)に終止符を打とう。


「わかった。受けて立つよ」


 空いた右手に無名の長剣を召喚し、カケルは迷いなき一歩を踏み出した。

 閃光と化して押し迫る光矢を、最小の動作で剣に合わせ斬り捨てる。

 頸部(けいぶ)を両断せんと(ひらめ)く刃を、短剣の背に滑らせていなす。

 如何(いか)なる修羅場を潜り抜ければ斯程(かほど)の胆力を会得できるというのか。太平の世に生きた少年の稚気(ちき)などすでに(かす)み、()るのは無窮(むきゅう)に達した剣人の姿。

 身のこなし、涼風に(なび)く柳のごとく。月夜の(とばり)に悠々と舞い――


『――オホホ。その余裕、いつまでもつかしらねぇ』


 されど妖花は不気味に(わら)う。

 それは自信の表れか。はたまた、挑戦者の限界を察してか――



 ――果たして戦いの火蓋は切られた。

 東。西。そして南。

 進む者と、阻む者。

 勝利の天秤はどちらへと傾くのか。

 そして、待ち明かす少年の運命は――

 すべては今になき、神のみぞ知る。

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