第18話 三位一体の攻略法(Ⅲ)
漆黒の樹林に旋風が吹き荒れた。
木々の隙間を流れるように縫って、風が疾く駆け抜けていく。
その先頭には、両の手を後ろに向け、白銀の残影をたなびかせる1人の少女の姿があった。
感情のうかがえない双眸に迫る景色を走馬灯のごとく流し、風と一体化して飛翔するメイリ。
その速度は、普段の落ち着いた雰囲気からは想像もつかないほどに俊敏であり――もはや目的の邸宅を視界に収めるまで幾ばくもないだろう。
しかし、目標地点の東、不自然に木々が切り倒されているその場所にさしかかったあたりで、メイリは風を逆噴射し慣性で着地した。せざるを得なかった。
その前方で、1人の男が不敵に待ち構えていたためである。
「キヒョヒョヒョヒョッ! お待ちしておりましたヨォ、異色の魔女サマ」
奇妙な発声で笑うその男は、山高帽を被り燕尾服を着た紳士然とした風体。
しかしながら肩からクジャクの羽を思わせる彩り鮮やかなローブを纏い、足元を飾る木靴は先端がくるくると渦を巻いている。不気味な笑みの向こうに垣間見える歯は吸血鬼のごとく鋭く尖って、深い隈が縁取り酷薄さを感じさせる両眼には、金飾りのついた暗い色のサングラスをかけていた。
奇怪と称する以外にまとう印象への評価はなく、ともすれば発狂しているのではないかとさえ疑わせる。けれども彼が正常であることは、主の命に忠実に従いこの場を塞いでいることから明らかだ。
「お初にお目にかかりマス。ワタクシの名はベーゼル。アナタサマのお相手を任された三従士の1人にございマス」
「邪魔」
うやうやしく首を垂れるベーゼルの口上には聞く耳を持たず、メイリは日本語で一蹴する。
「んーン、異国――いえ、異界の言葉ですナァ? 失敬、ワタクシはそちらを解する知識を持ちえまセン。デスが言わんとすることはお察しいたしマス。今すぐにでもここを通り抜ケテ、彼のもとに急ぎたいのでショウ?」
「<ブラスト>」
会話に興じる気はないと宣言するかのような、メイリの先制攻撃。
渦巻く一陣の風が、直線上にベーゼルの姿を捉える。
しかし風は、突如としてベーゼルの眼前に滑り込んできた木の皮の盾に遮られた。
「おォっと、危ナイ危ナイ。近頃の若者は血の気が多くていけませんネェ」
わざとらしくおどけながら、ベーゼルは懐から細長い指揮棒を取り出した。
「アナタサマがその気なら致し方ありまセン。少々名残惜しくはありマスが、ワタクシも覚悟を決めまショウ」
ベーゼルが指揮棒とともに両腕を振り上げる。
それはまるで、演奏開始の合図のように。
「いでヨ! ワタクシの忠実なるしもべタチ!」
指揮棒が振り下ろされる。
すると周囲に散乱する木片が、落葉が、小枝が、ざわめき立ち、震え始めた。
異常を察知したメイリの前で、それらは不意に舞い上がり、中空の一点へと集結していく。
密集し、渦巻き、とある形を顕現させていく。
ついに大地を踏みしめたその姿は、まさしく人型。
枯葉の魔人とでも呼称すべき異形だった。
間髪を入れず、メイリを囲うように次々と現れる魔人。
その数、複数――否、無数。
気付けばメイリの周囲は、溢れかえらんばかりの魔人の群れによって完全に包囲されていた。
「どォ――うデス! ワタクシのカワイイ魔導木人は! いくら魔女サマといえどこの数と質はマネできますマイ! おっト、それだけではありまセンヨ! このゴーレムタチはなんと――」
「<ストーム>」
御託はいらないとばかりの術式鍵語。
瞬時にメイリの前方に暴風が吹き荒れ、その周囲に蠢くゴーレムの群れを破砕。問答無用で元の木片に帰す。
あっという間に、目に見えるゴーレムの総数は半分以下にまで削減されていた。
他愛ない――
そう物語るメイリの目――だったが、さらなる異変を捉え、わずかに瞳孔が開かれた。
「――、っ」
砕かれ、割られ、地面へと散らばったゴーレムの木片。それらが再び浮遊し、密集し、融合して――先ほどとは構成の変わった、けれど同じ姿のゴーレムをつくり上げたのである。
他のゴーレムも同様に。飛散したすべての破片が、まるで動画を巻き戻して見ているかのように集結、蘇生。
数秒とかけず、攻撃の前と後で間違い探し程度にしか差異がないゴーレムの軍団がそこに復活していた。
「どうやら説明するまでもなかったようですネェ。ソウ! このゴーレムタチは、周りに素材がある限り何度デモ、無限に再生するのデス! どれだけバラバラに壊そうと無意味なんですヨォ!」
語調を強めたベーゼルが指揮棒を振るう。
「サァ、行きなサイ! ワタクシの忠実なるしもべタチヨ! 魔女サマにアナタタチの強さを見せつけてやるのデス!」
その軌跡が描く旋律のような魔法式に従い――ついに、軍団の進攻が開始される。
駆動系を持たず内包したマナのみで動いているウッドゴーレムは、メイリが遺跡で出会った金属製ゴーレムと比較すれば遥かに鈍重だ。
しかし、曲がりなりにも魔導生命体。それも超一流の魔導士がその秘奥を駆使して作り出した産物である。最低域を確実に上回る機動力は保有している。
加えてこの、土石流と見紛う壮絶な質量がある。
ジリジリと――どころかなだれ込むように軍団は押し寄せ、無数の剛腕をメイリへと振りかぶった。
「――<テンペスト>」
腕一本分の距離まで接近していたゴーレムが砕け散る。
取り囲んできた集団が宙を舞う。
押し寄せる群れが弾け飛ぶ。
圧倒的だ。一方的な蹂躙だ。
けれど、眼前の敵は屈しない。膝を折らない。
歩み続ける。進み続ける。ただひたすらに、敵を討つため。
やがて、嵐を乗り越えるように。
あるいは、小さな蟻が巨大な昆虫に群がるように。
傾ききったはずの天秤は、少しずつ均衡を取りはじめ――
そして――逆転していく。




