第16話 三位一体の攻略法(Ⅰ)
眩い満月が照らす獣道を、俺は地図を片手に歩いていく。
周囲には話し声はもちろんのこと、虫の鳴き声も、獣の遠吠えも、木々のざわめきすらもない。この広く暗い森の中で、動いているのは俺一人だ。
(……大丈夫だ)
胸の内から湧いて出てくる不安をどうにか押し留め、俺は闇の中を邁進する。
やがて正面に、森には似つかわしくない白塗りの壁の巨大な邸宅が見えてきた。豪邸と呼ぶのもはばかられるような、ちょっとしたお城のような外観だ。
――着いたらしいな。
地図で示された位置とも合致する。ここが、シリウスの屋敷だ。
生唾を飲み込み、城門のようなその巨大な扉の取っ手に手をかける。鍵はかかっていないようで、力任せに押し込むと、ゴゴゴッ……と重い音を立てながら開いた。
一歩踏み入れた内観も、城という俺の想像を肯定するかのように絢爛豪華だ。いたるところに高級そうな調度品があしらわれ、床には赤いカーペット。中央の巨大な階段を挟み込むように、歪曲した階段が左右対称に上階へとつながっている。
場違いな感覚に気後れするのもしばし――見上げると、階段の先にやつが立っていた。
「――シリウス」
「手紙は読んでくれたようだね。歓迎するよ、ナユタ」
「ああいうのは、手紙じゃなくて脅迫状って言うんだぜ」
「誤解させてしまったなら申し訳ない。君に1人で来てもらうには、こういう形をとる他になかったんだ」
「……リセナはどこだ」
「そう慌てずともいい。用は済んだのだから、帰すとも」
答えたシリウスが右手の指をパチンッと弾く。
すると側面の一室のドアが音を立てて開き――
「――ナユタ君!」
その中から、リセナが飛び出して駆け寄ってきた。
どこか縛られていたり、暴行された形跡もない。よかった。
「リセナ! 無事だったか?」
「うん。私は何もされてないよ。でも……」
俺に抱き留められたリセナは、おそるおそる上を――そこに立つシリウスを見上げる。
……ああ、わかってるさ。あいつの目的はリセナをどうこうすることじゃなくて、おそらくは……俺だからな。
俺とリセナの視線を受けたシリウスは、茶番だとでも言いたげに息を吐く。
「感動の再会はそこまでにしてもらえないかな。私も急いでいるんだ。マルクたちが救援に来るまで、あまり猶予もないようだからね」
「……バレてたか」
「君が無策に1人で来るとは思えない。それくらいは想定してしかるべきさ。――ついてきたまえ。君の疑問に答えよう」
手招きし、シリウスは階段の先の扉の向こうへと消えていく。
まるで無防備だが……このまま逃げ出せる雰囲気でもないな。ついていくしかなさそうだ。
「リセナ、これを」
将軍から預かっていた弓と矢筒を、リセナに手渡す。
「メイリたちもこっちに向かってる。外に出たら合流して、安全なところまで逃げてくれ」
「ナユタ君は……どうするつもりなの?」
「あいつと話し合いをしてくるよ。それが終わるまで帰れそうにもないしな」
「でも、それじゃあナユタ君が……」
「心配すんな。交渉術は前にちょっとだけ教えてもらってるんだ。あいつも話のわかるやつだし……最悪の結果にはならないよ」
なんて言う俺のこれが強がりだということくらい、リセナは見抜いているだろう。表情には明らかな不安と恐怖の色が浮かんでいる。
その目を見ていると、ここに来るまでにしてきた覚悟が揺らいでしまいそうで――俺はリセナの肩をポンと叩くと、背を向けて階段へと向かった。
「ナユタ君」
呼び止められて、背を向けたまま立ち止まる俺に、リセナは言う。
「――無茶は、しないで」
すがるようなその声に俺は答えず、代わりに前を向いたまま力強く頷いた。そのまま階段を上り、シリウスの待つ扉の向こうへと歩みを進める。
――ありがとう。リセナ。
自分だって怖い目に遭ったばかりのはずなのに、俺なんかのことをそうやって心配してくれて。
――けど、ごめんな。
その約束は……守れなさそうだ。
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昼間のように煌々と輝く月夜の空。その下に重く構える漆黒の森林を、1人の少女が疾駆していた。
腰に剣を携え、獲物を狩る肉食獣のごとく地を踏むその少女は、赤い髪の獣人。マルクである。
(あの、バカッ……!)
鋭い目線を前に据え、硬く歯を軋ませる。
少女の脳裏に浮かぶのは、先にこの道を進んでいった不愛想な顔の少年。
思い返すのは、この状況を招くに至った先刻の出来事だ。
それは今より2時間ほど前に遡る――
――――――――
――――
――
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将軍から受け取った手紙を読んだ直後。俺は一度地下室に戻って、マルクとメイリに事の次第を簡潔に説明した。
泣き崩れる将軍も連れてきて、ソファに座らせてある。その目の前のテーブルには例の手紙と、一緒に渡されたというリセナの弓と矢筒があった。
「シリウスが、リセナを攫った……!?」
俺から話を聞いたマルクが呆然と口を開く。
「何があったのですか、ロスター将軍!」
「……私にもわからぬ」
一応堅い口調で語りかけるマルクだが、返答する将軍にはそれに応じる余裕もないようだ。枯れ果てた声を絞り出す。
「非番で家にいた私のもとに、顔を隠した謎の男が突然現れたのだ。そしてこれを置いていき、こいつに届けるよう命じてきた。従わなければ、リセナの命はない、と……」
ぽつりぽつりと将軍が語る。
その話からは断片的な情報しか得られなかったが、ここに至るまでの経緯を俺はなんとなく悟った。
水道魔導器を設置する途中、仕事があると言ったリセナを帰した、あの後だ。帰り道で1人になったリセナを、シリウスが連れ去ったんだ。
俺があの時帰れなんて言わなければ……いや、せめて里まで送り届けていれば、こんなことには……!
……クソッ。後悔先に立たずとはこのことだぜ。
「あいつ、一体何を考えて――すぐに助けに行こう!」
「――いや、ダメだ」
今にも飛び出していきそうなマルクを、俺は制した。
「なぜだ! 急がないとリセナが……!」
「殺される心配はないと思うぞ。そういう目的には見えないからな」
「だが……!」
「わかってる。俺だって心配だ。けどこの手紙には俺に、1人で来るよう書かれてる。大勢で行ったら、それこそリセナの身が危ないかもしれない」
「うっ……それは、確かに……」
下手に動くわけにはいかないことを諭すように伝えると、マルクはようやく落ち着きを取り戻した。
マルクには悪いが、助かるよ。俺より慌ててくれるやつが近くにいると、逆に冷静になれるからな。
「でも、じゃあ……どうするんだ? まさか指示通りにお前が1人で行くつもりか?」
「ああ。そうしようと思う」
「なっ……バカかお前は! こんなの見え見えの罠じゃないか! 真に受けて行ったら何をされるか……!」
「待てよ。1人で行くのは変えられないが、お前らの手を借りないとは言ってないぞ」
「……? どういうことだ?」
首をかしげるマルクに、俺は説明する。
「この手紙で指示されてるのは、俺が1人で来ることだけだ。その後のことについては何も書かれていない。だろ?」
「まあ……そうだな」
「だったら簡単だ。まずは指示に従ったフリをして、俺が1人であいつのところに行く。そこでどうにかしてリセナを助け出すから、その後すぐお前らが助けに来てくれ」
「……なるほど」
ひとまず納得してくれたのか、マルクは頭の中を整理する様子で下を向きながら頷く。
卑怯だとは思うなよ、シリウス。日本でも、人質立てこもり犯への対処は往々にしてこんなのなんだからな。
(あとは突入のタイミングだが……)
無線やスマホがあれば、会話からリアルタイムでマルクたちに判断してもらえるんだけどな。この世界だとそうもいかないから、事前にある程度の取り決めをしておかないと。
と、俺が計画をさらに煮詰め始めたところで――
「――やめておけ」
突然、将軍が話の間に割って入った。
「その策ではリセナを助け出せても、貴様が帰ってくることはできん」
「……なんでだよ」
「シリウス卿が1人ではないからだ。今の彼のそばには、隙を埋める部下たちがいる。私ら軍も移動に付き添ったから間違いない」
「――マクエンシー伯の三従士か!」
事情を知っているらしいマルクがハッと顔を上げる。
「三従士?」
「シリウスの父親――マクエンシー伯が子飼いにしている、元王国騎士団所属の魔導士3人組のことだ。マクエンシー伯の身辺警護が主だが、最近ではシリウス直属の護衛として、屋敷の守護も任されていると聞いている」
そういえば極魔探索の前日、マルクがシリウスに『部下はどうした』と尋ねていた。
あの時はいなかったみたいだが……そいつらが帰ってきてるんだな。
「……強いのか?」
シンプルな俺の疑問に、マルクと将軍がセリフを割って語る。
「いずれも第3位に匹敵する実力者だ。だが何よりも恐ろしいのは――」
「やつらは皆、防衛戦に秀でた魔導士なのだ。特に3人が揃っている間は無敵と言う他にない。数年前の戦でも、万の兵を相手に三日三晩持ちこたえたという記録が残っているほどだからな。いかにスタッツフォード卿やそこの魔女といえど、突破するころには何もかも終わってしまっているであろうよ」
10000対3で三日間耐えきれてしまう魔導士、か……
メイリならあるいは――というのは、希望的観測にすぎないな。どう考えても、分が悪い。
だが、リセナが人質に取られている以上は、この方法以外に全員が助かる道はない。どうにかして突破する手立てはないものか……
「何か手はないのかよ、将軍。戦略はあんたの得意分野だろ」
三従士とやらについても戦い方についても、一番詳しいのはこの中ではおそらく将軍だ。なので、状況を打開するヒントでも得られないかとダメ元で問いただしてみる。
すると将軍は、絞り出すような声で答えた。
「……1つだけ、ないこともない」
「えっ……本当に? どうすればいいんだ!?」
「彼らが無敵と称されるのは、3人が揃っている時のチームワークとコンビネーションがズバ抜けているからだ。裏を返せば、単独ならば対処の聞かない相手ではないと言える。しからば――」
「分断して……確固撃破?」
「うむ。上手くことが運べば、1人くらいは辿り着くことができるやもしれん。無論、彼らは単独でも相当に強力な魔導士だ。こちらも相応の戦力が捻出できねば話にならないが……」
なるほど。あり得ない話じゃない、な。
こちらにはメイリとマルクがいる。どちらか片方だけでも守りを潜り抜けて辿り着くというのは、不可能ではないだろう。
問題は、敵が3人ということだ。
いくらメイリたちが強くても、どちらかが2対1になってしまっては、賭けは不利なままだ。
逆に3対1の状況を作られて、こちらが各個撃破されてしまう危険だってある。
そうした憂いをなくすためには、最低でも3対3――敵が絶対に散開しなければならない状態にまでもっていくのがベストといえるだろう。
せめてあと1人、強力な魔導士とも互角に戦える味方がいれば――
「――そういうことなら、おれも協力するよ」
悩む俺たちの頭上から、不意にそんな声が投げかけられた。
振り向いた先にいるのは、ゆっくりと階段から下りてくる茶髪の少年。
――カケルだ。
「カケル! なんでここに……!?」
「役場から帰る途中に偶然、走っていくロスター氏を見かけてね。失礼ながら、怪しく思って後をつけてきたんだ」
確かに、この将軍が血相変えて走っていたら何事かと思うよな。俺も最初はびっくりしたし。
「それよりも、さっきの話。戦力が必要なんだよね? おれなら不足はないと思う」
「バカ野郎。――百人力だ」
胸を叩いて言うカケルに、俺は親指を立てて笑顔を向けた。
メイリ。マルク。そして、カケル。
……いいぞ。十分な――どころか、村の中でも選りすぐりの戦力が揃った。
これなら戦える。
相手が無敵の三従士だろうと――シリウスだろうとな。
「よし。そうと決まれば――」
「待て」
階段へと向かおうとした俺を、将軍が呼び止めた。
「なんだよ?」
「そこでジッとしていろ」
言われるままに立ち尽くす俺に近付いてきて、目の前で両手をせわしなく動かす。
そして――
「――<身体補強>!」
両手を突き出すとともに、力強く術式鍵語を唱えた。
すると俺の全身に、マナがまとわりつくように集中して――吸い込まれるように消えていった。
そのおかげなのか、体が少し軽くなった感じがする。五感も、研ぎ澄まされたかのように視界や聞こえてくる音が明瞭になったようだ。
「言っておくが、気休めにしかならんぞ。せいぜいが多少無理な動きでも可能にする程度だ」
「魔法……使えたんだな。あんたも」
「ぬかせ。この肥満体の私が、どうやって今の地位にまで上り詰めたと思っておる。こう見えて私は、軍用付与魔法の第一人者なのだ」
……自覚はあったんだな。
吐き捨てるような将軍の言葉に、しかし俺は、ああ――と納得する。
例の戦いで俺たちが拠点に逃げ帰った時、何の気配もなく現れた兵士たちを見てメイリが「魔法」だと語っていたが――あれは、この将軍がかけたものだったんだ。
あんなことができるなら、高い地位を得たとしても確かに不思議ではないかもな。
魔法陣を消し終えた将軍は、うつむいたままそこでしばし黙り込む。
そして、意を決したようにこわばらせた体を、不意に――
折り曲げて、俺に頭を下げた。
「……頼む。どうか娘を――無事に連れ帰ってくれ」
返事は必要ないと思い、俺はその頭に一度軽く頷いて、そのまま階段を上った。
「ナユタ」
ドアを開け、外に出たあたりで、カケルが唐突に呼び止めてくる。
「おれからも、これを」
「――これは」
手渡されたのは、先端が丸まった細長い金属の加工品が6個。
ルカに依頼してあった銃弾だ。早いな。もうできたのか。
「ロスター氏を追ってる途中でルカちゃんに会って、預かってきたんだ。できるだけ早い方がいいだろうからって」
ルカ……
この状況を見越したわけじゃないと思うが――ナイス判断だよ。今となっては、俺の切り札・命綱に等しい武器だからな。拳銃は。
腰に下げた革のホルスター(これもルカに頼んで作ってもらったものだ)から拳銃を取り出して、受け取った銃弾を1つ1つ弾倉に収めていく。
弾倉の位置を戻し、改めて構え直してみると、銃がまるで生き返ったように感じるよ。
今回は弾の数え間違いもないし――うん、やれそうだ。
――待ってろよ、シリウス。
お前が何を考えてるのかは知らないが――
俺たちを敵に回したこと。それだけは必ず、後悔させてやるからな。




