第14話 地球村風物詩(Ⅴ)
ゴロゴロゴロゴロッ……
イリアさんの畑から村の方角へと帰る途中。向かう道の先から、遠く何かが転がるような音が近付いてきた。
遺跡での恐怖体験を思い出してしまった俺は、反射的に一瞬身構える。しかし、直後に話し声が聞こえてきたので警戒を解いた。
大方、誰かが何か重いものを押すか引くかしているのだろう。よく聞いてみるとその音は、俺がシリウスの演算器を乗せて引いたリアカーのタイヤの音にちょっと似てるしな。
という俺の予想は正しかったようで、前からは女性の2人組が仲睦まじく歩いてやってきた。その内の1人が少し大きめのキャリーバッグを引いている。さっきの音は、これのタイヤが転がる音だったみたいだ。
もう1人は小脇に紙袋を抱えていた。こっちは見知った――いや、よく見てみると、どっちも知ってる顔だな。あの2人。
「イリアさん。それと――ルカ?」
「――おや、ナユタじゃないか。メイちゃんも。奇遇だねぇ」
紙袋を持った方とは反対の腕を振って、太い三つ編みの黒人女性――イリアさんが笑顔を浮かべる。
その隣にいた女の子――ルカは、キャリーバッグを横に止めながらきょとんとした顔をしていた。
「樫木先輩。どうしてあっちから?」
オレンジ寄りの明るい金髪をボブカットにし、首にはメイリとどっこいの小柄な体には不釣り合いな、大きなヘッドホン。
この瑠華・ハーシェルは、俺より少し前にこの世界を訪れたという異界人であり、役場の元職員だ。
その名前が示す通り日本人とイギリス人のハーフで、日本語と英語が話せるバイリンガル。しかも弱冠15歳にして飛び級で大学に在籍していたという――小動物感漂う雰囲気に反した、意外な万能天才少女である。
なお、彼女が俺のことを「先輩」と呼ぶのは、年上しかいない大学で身についてしまった癖のようなものらしい。なので特に深い意味はなく、俺に限らず年上なら全員先輩と呼ぶ。ただしなぜか暮田だけ「おじさん」呼び。かわいそう。
「畑にいたロブに用があったんだよ。メイリは仕事だ」
「ふーん。そうだったんですかぁ」
「聞いたよ。ロブがポカやった尻拭いをアンタたちがやってくれたんだってね。アタシからも礼を言うよ」
たち、っていうか……やったの、ほとんどメイリだけどな。
という俺の心の声が届いたのかどうかは知らんが、微笑んだイリアさんは「頑張ったメイちゃんにはこれをあげよう」とメイリに紙袋を渡している。
案の定袋の中にはトリト豆から作ったパンが入っていて、早速取り出したメイリはその場でもしゃもしゃ食べ始めた。
買い食い(もらい食い?)なんかメイリにさせたら、俺がマルクに怒られるんだけど……こりゃダメだな。止められそうにない。かくなる上は、覚悟を決めるしかなさそうだ。
そういえば、今のパンを見て気付いたけど……この2人、これまた珍しい組み合わせだと思ったら、どっちも『独立組』だな。
イリアさんは農業。ルカは自身の能力とある特技を活かした産業を。それぞれ成功させて経営主となり、村と里の庇護を脱却したエリートたちだ。
ついでに職場は近いし、性格も2人とも明るくて人当たりのいいタイプ。仲良くなるのは当然か。
「そうだイリアさん。これ、返すよ」
ふと思い出して、俺は普段荷物や商売道具(メモ帳と筆記用具)を入れてる腰のポーチから、入れっぱなしになっていた拳銃を取り出してイリアさんに差し出した。
「あっ、イリア先輩のコンバットマグナム改! 樫木先輩が持ってたんですか?」
横から覗き込んだルカが、それを見て驚きの声を上げる。
「前の戦いのときに、護身用としてアタシがあげたんだよ。けど、どうしてまた急に? もう用済みかい?」
「ていうか……弾がなくなっちゃってな」
「ああ、そういうことかい。でもアタシに返されても困るんだよ。ウチにも弾はもうないし、別に思い出の品ってわけでもないからねぇ」
「……それもそうか」
考えてみれば――もう使わないからってくれたのに、中身がなくなったから返すなんて言われても困るだけだよな。
「じゃあ、これはこっちで処分しとくよ」
「悪いね。任せたよ」
告げて、俺は銃をポーチにしまおうとする。
――そこに割って入って、
「弾なら、わたし作れますよ?」
さも当然のように、ルカがきょとんとした声で言った。
「……え?」
「.357マグナム弾ですよね? その設計図なら頭に入ってるので、大丈夫です。ちょっと待っててくださいねー……」
唖然とする俺の前で、ルカは平然とした態度でしゃがみ込み、キャリーバッグのロックを解除する。
――そう。そうなのだ。
これこそが、ルカの特技。
自身が去るまでに地球上に存在した、ありとあらゆる機械製品の構造と性質。そのすべてを、記憶しているらしいのである。
俺も最初聞いたときは眉唾だと思ったが、この話が事実なのは確定だ。
なにせルカは――エルフィアの支援こそあったが――ほとんど1人で、設計図すらなしに、この世界には存在すらしないはずの、発電所を建てちまったんだからな。
成功させた産業というのも、それによる村への電力供給だ。環境に配慮して風力発電にしたということで、今のところは役場くらいにしか電力が行き渡っていないらしいが。
他にも家電の作成から修理、インフラの整備に至るまで、機械に関することならほとんどなんでもやってくれている。
魔法の使えない多くの異界人が、彼女のおかげでどれだけ楽になったかは――語るに及ばないだろう。
思えば俺が今までに出会ってきた異界人は、能力の他にも大なり小なり特別な要素を持つやつらばかりだったが――こいつはその中でも群を抜いて特異な、まさしく超人だよ。
しかもまさか、その知識の範疇に兵器まで入ってるなんてな。改めて、びっくりだ。
「えーっと、確かこれとこれで……」
ルカが開いたキャリーバッグの中には、服や化粧品などではなく――代わりに大小色も形も様々な、加工された鉱石が大量に収められていた。
その内のいくつかを選び取って手のひらの上に載せると、ルカはそれを胸の前にもっていって、捧げるように俺に見せてくる。
「見ててくださいね。んっ……」
目を閉じ、力むルカ。その手から、マナとはまた違った暖色の光が放たれ始め――カッ! 一瞬強く輝いた。
次の瞬間。ルカの手から鉱石は消え、代わりに見覚えのある金属製のパーツが数セット揃って載っていた。
これは――今、作ったのか。能力で。
ただでさえ規格外な特技をさらに際立たせる、異界人としてのルカの能力。それがこれ。
材料さえ揃っていれば、ルカはその手1つで、工場も工具もなしに願った物が作り出せるのだ。本人によれば『加工をすっ飛ばして完成品を作る』能力らしい。
大量の鉱石を持ち歩いてるのは、この能力を使っていつでも物が作れるようにするためだったんだな。
「よし、できました!」
「これ……銃弾か?」
「まだガワだけですけどね。あとは火薬と雷管を――ああっ!」
満足そうに微笑んでいたルカだったが、突然何かを思い出したように激しく叫んだ。
「ど、どうした?」
「わたしとしたことが、うっかりしてました……雷管がありません!」
「雷管……? って、なんだ?」
「ええと、先輩は銃弾の構造をご存じますか?」
「いや全然」
引き金を引くと弾が飛んでいく、という認識しかなかったな。あと中に火薬が詰まってることくらいか。
……今思うと、そんな中途半端な知識しかないものに命を預けてたってヤバくないか? 俺。
「じゃあ簡単に説明するとですね……銃弾は大きく分けて、3つのパーツからできてるんです。実際に飛んでいく弾頭と、弾頭を飛ばすための火薬が収まった薬莢。そして火薬を炸裂させるための点火装置――雷管です。発射薬は黒色火薬に似たものが里に売ってたのでどうにかなるんですけど、雷管に使う起爆薬には、発火しやすい特別な化合物が必要で――それが、このあたりだと手に入らないんですよ」
「……なるほど」
火縄銃みたいに導火線があるわけじゃないから、どうやって点火してるのか気になってはいたけど……そういう構造だったんだな。勉強になったよ。
「本当にすみません。期待させるようなことを言ったのにこんな結果で……」
「いいって、気にするなよ。仕方ないことだし――」
しかし、起爆薬がない、か……
まあ、当然だよな。この世界で銃火器は未発達っぽいし。
それだけならまだしも、この世界には――魔法がある。起爆薬なんてなくても、魔法によって指先1つで簡単に点火ができてしまう。火薬の文明なんか、元から発展のしようがないのだ。
そういうことならワガママは言わないさ。希望の持てる話だったけど、ここはおとなしく諦め……
(……待てよ?)
その時、俺の脳裏にいくつかの光景がフラッシュバックするように再生された。
――シリウスが持っていた、小さな魔導具の数々。
――ロブが使った、炎を出す魔導具。
そして――隣にいるのは、メイリ。
これだけネタが揃っているのなら、俺が今思いついたこれも――可能性があるかもしれない。
試してみる価値は、十分にあるんじゃないか……?
思い立った俺は、早速メイリとルカに耳を貸してもらい、提案してみることにした。
「じゃあ、こういうのはどうだ――」




