第13話 地球村風物詩(Ⅳ)
「そういえばリセナ、仕事は?」
「え? 午後からあるよ?」
「早く行ってこんか――――ッ!!」
などというやり取りを経てリセナの離脱がありながらも、職員たちのカンと思い切りの良さが功を奏し――どうにか、水道魔導器の起動は成功した。
無事に水が汲み上げられて下の受け皿に溜まり始めると、職員だけでなく、途中から離れたところで見学していた村人たちからも拍手喝采が巻き起こる。暮田が「キレイだ」と語った理由が、ほんの少しだけわかったような気がするよ。
そんな光景を眺めるのもほどほどに、俺は「これから雨水除けの屋根を作る」と言う暮田に命令されて、作業の経過報告のため役場に逆戻りしていた。
「ボーっとしてミスばっかした罰だ」とか言われたが……原因をつくったのはそっちだろうがよ。ロクな反論もできずに言いくるめられてしまった俺も俺だけどさ。
とまあそういうわけで、役場を訪れ、窓口にいた職員に経過報告を完了した――さらにその後。
今度はその職員にお願いされて、イリアさんの畑へと向かうことになった。ロブがそっちにいるから呼んできてほしいんだとか。
(なんか、パシリが板についてきてないか? 俺)
未来に暗澹としたものを感じてため息をつきながら、やってきた畑は……以前来た時にも増して大きくなり、整備も行き届いている印象だ。ここで栽培されているトリト豆はやたら品質がよくて普通に売れるんで、エルフィアのおかげで食糧事情が安定した今も廃れるどころか事業拡大が進んでる――という話は聞いていたが、本当らしいな。
それとなぜか、見慣れた後ろ姿もそこにあった。
「――メイリ?」
農地の端にぬぼっと立つ、真っ白な髪の少女。近寄って一応顔も確認してみると、やはりメイリだ。
畑にメイリ。仕事でよく訪れてるそうなので珍しい組み合わせじゃないが、こんなところでバッタリ会うのは珍しい偶然だな。
「なんでここにいるんだ?」
「仕事」
そりゃそうか。
むしろそれくらいしかメイリが出歩く理由なんてないもんな。
「イリアさんは?」
「いない」
「ん? 依頼したのにか?」
「呼んだのはイリアじゃない」
「じゃあ誰だよ」
「あれ」
メイリが指さした方角を見ると、タンクトップを着たゴリラがのしのし歩いていた。
……訂正。ロブだ。俵くらいの大きさになってるトリト豆の茎の束を両肩に担いでるんで、一瞬わからなかったよ。
しかし、仮にも村長を「あれ」呼ばわりなのはともかく……よりにもよってロブとメイリとは。
考えうる限り最悪の組み合わせだな。ロブは日本語話せないし、メイリも英語は無理だし。あと体の大きさとか性格とか諸々真逆だし。
「来たけど、話できないから、そのまま。ナユタ、助けて」
初めてメイリに頼られたと思ったら、こんなシチュエーションでかよ。
しかも相手はロブ。役場が呼んでることを伝えるだけなら「ゴーバック」の一言で(多分)済んだけど、それ以上となると……俺も英語はできないから、うーん……困った。
とはいえ、このまま2人でただ突っ立ってるわけにもいかないよなぁ……
「……しゃーない。なんとかすっかー」
気楽に考えて、俺はメイリとともに歩き出した。
茎の束を、同じような束がいくつも置いてある場所にドシンッと下ろして一息ついているロブに、声をかける。
「ロブー」
「ん? ――ああ、ナユタじゃないか。それに、賢者様も」
えーと、こういうときはなんて言おうか……
「あー、えっと……何してるんだ?」
「何って、見ての通り農作業さ。時々こうして、イリアの仕事を手伝いに来ているんだ。俺の実家も農家でな、心得はあるし……実を言うと、村長なんて似合わないことをしているよりも、こうして体を動かしている方が性に合うのさ」
その後も「ウチではトウモロコシを作ってたんだが――」「8人兄弟の末っ子で、食い扶持を稼ぐため無理やり軍に――」「昔からよくトロいって笑われたもんさ――」などなどと、聞いてもいない身の上話を喜々として語るロブ。
おおらかというか、天然というか……これで日本語さえ話せれば、メイリともいい感じに釣り合いが取れたかもしれないんだけどな。
「それで、2人は何をしに来たんだ?」
話半分に聞き流していたら唐突にロブがそう振り返してきて、俺は一瞬テンパる。
どうしよう……俺の件よりも、先にメイリの用事を済ませた方がいいかな。
「あ、ああ……えっと……仕事だ」
「おっと、そういえば呼んでいたんだったな。だがすまない、その件はもう解決してしまったんだ」
「あれ、そうなのか」
「せっかくだ。見てくれ」
そう言って茎束の裏に回り込むロブについていってみると、そこはどうやら畑のゴミ捨て場のようだった。
雑草に落ち葉、小枝や豆殻が無造作に積み上げられている。そんな廃棄物の山の前で、ロブはポケットから何かを取り出した。
拳銃のグリップに似た持ち手部分に、細い金属の筒とトリガーがついた……えーと、チャッ○マン?
それをおもむろに積み上がったゴミへと近付け、
「グレート・ファイヤーッ!」
突然叫ぶ。
と同時にトリガーを引き――すると筒の先端に、ボッと小さな赤い火がついた。
火に炙られた廃棄物からは細い煙が立ち上り、やがて全体に燃え広がって灰になっていく。
その様子を眺めるロブは、どこか満足げだ。
「どうだ、すごいだろう? マドゥーグといってな、燃料も動力も使わずにこうして火がつけられるんだ。使うたびに叫ばなければならないのが難点だがな」
いや、術式鍵語を入力するだけなら叫ばなくていいから。
ていうか魔導具の起動に術式鍵語が必要なのは最初だけだから。
そもそも観測活性の儀式を受けてないロブがいくら叫んだところで意味ないから。
……ダメだ。ツッコミどころが多すぎて逆に混乱してきた。直接言ってやれないのが加えてなんとももどかしい。
「こんなに便利なものがあるなら、もっと早くエルフィアと交流しておけばよかったな。おっと、ナユタがいなければ無理な話だったか。はっはっはっ!」
豪快に笑うロブ。その後ろではキャンプファイヤーのように炎が急激に燃え上がる。
暑苦しいロブのテンションを体現しているかのようだな。それにしては若干、火の手が強すぎる気もするが。
これじゃあキャンプファイヤーというよりも、まるで火事……って、あれ?
気付けば、炎が隣の茎束に燃え移って……本当に、火事になってるように、見えるんですが……!?
「ロブー! 後ろ! バック!」
「うん? うおおおおッ!?」
指さして教えてやると、振り向いたロブはオーバーに慌てふためいてスッ転んだ。
そのリアクションはちょっと面白かったので笑いがこみ上げてきたが……それどころじゃないだろ俺ッ!
マズいマズいマズい! こんな森の中で火事なんて起こしたらシャレにならないぞ!?
「メェ――イリッ! ヘルプ、ヘルプッ!」
テンパるあまり英語のまま喋る俺は、すがりつく勢いでメイリを見た。
アホやってる俺たちとは対照的にクールな表情を崩さないメイリは、呆れたように小さく息を吐いて、手前に魔法陣を描く。
「術式鍵語――<レイン>」
そして完成した魔法陣から雨雲が巻き起こり、激しい雨粒が降り注いだ。
ほどなくして鎮火。完全に灰になった廃棄物と、7割ほど燃え尽きてしまった茎束の山だけがかろうじて残った。
結果的にボヤ程度で済んだからよかったけど……危なかったな。メイリがいなかったら、本当に俺たちが世界の敵になっちまうところだったよ。将軍関係ないところで。世界最大の森を全焼させた最悪のテロリストとして。
「いやぁ、助かった。さすがは賢者様だ。しかし、これ……イリアになんと説明したものか……」
なんでもなかったかのように割と元気に起き上がったロブは、メイリに拍手を送るとともに、腕を組んで首をひねる。
うーんと唸ってしばらく悩み――不意に、俺たちに背を向けた。
「すまんナユタ! 俺は先に役場に戻る! イリアに謝らなければならないからな!」
それだけ告げると、村の方角へダッシュしていく。軍隊式の、無駄にキレイなフォームで。
あっという間にその背は遠ざかっていき、森の奥に消えて見えなくなった。
後にはぽつんと、俺とメイリだけが残される。
結局、俺の用件、伝え忘れちゃったんだけど……どっちにしろ村へ戻るっぽいし、結果オーライってことでいいかな。
それじゃあ、まあ……
「……俺たちも帰るか」
「ん」




