第12話 地球村風物詩(Ⅲ)
カケルが残していった大量の料理は、周りにいた職員やエルフィアたちにおすそ分けと称して押しつけてきた。
こんなにあっても食い切れなくて困るだけかと思ったが……そこは食べ盛りの若者や力仕事の大工たち。むしろ取り合いになって、ちょっとした暴動にまで発展しかけちゃったよ。厨房の女性陣に一喝されて一瞬で静まり返ったけどな。
成り行きで仕事を押しつけられてしまった俺は、腹ごしらえもそこそこに南へと向かって村の中を歩いていく。
隣には変わらずリセナも一緒だ。
「……別についてこなくてもよかったんだぞ?」
「えー? 私もみんなに挨拶しておきたいよ。迷惑はかけないから、一緒に行かせて」
「まあ……リセナがいいなら好きにしてくれりゃいいけど」
なんて話してる間に、村にいくつかある中でも一番大きい南の井戸が見えてきた。
周りには人もいる。いやまあ、ここに持っていけって話だったんだから誰かいるのは当たり前なんだが……人数が、思ったより多いな。10人ってところか。
全員見覚えのある顔。役場の職員だ。
「――お? 珍しいな、少年じゃねえか」
近付くと、その内の1人――飄々とした雰囲気のヒゲ面の男が振り向いた。
確か名前は……暮田だったかな。
「カノジョ連れてデートたぁ妬かせてくれるねえ。なんだ、自慢でもしに来たか?」
「ちげえよ。パシリだ、パシリ」
「けどよ、外堀固めてくならまずはお姫さんからってのが筋だと思うぜ。本命ほったらかして違う女のケツ追っかける野郎なんざ、しまいにゃどっちにも愛想尽かされ――」
「だから違うっつってんだろ! 仕事だ、ほらカケルから預かり物!」
口の減らない暮田に、俺は封筒を押しつけるように手渡した。
この男……俺より一回り近く年上だってのに、言動が学生のそれと変わらないなッ。
威厳も何もないもんだから、こっちも同年代と同じノリで喋っちまうよ。
「ああ、お前さんが持ってきてくれたのか。新道はどうした?」
「エリカとアユムって女の子にどこか連れていかれたよ」
「ははあ。鬼嫁どもが帰ってきたか。こりゃまた騒がしくなるなぁ」
「知ってるのか? 2人のこと」
「ああ。ここの連中にゃちょっとした有名人だぜ。なんせどっちもテメェんとこの姫さんに負けてねえ上玉だ、嫌でも目につく。まっ、ロクに帰ってこねえし、きても新道の野郎にベッタリってんで、まともに喋ったことがあるやつの方が少ねえがな」
「帰ってこない……って、なんでまた」
「さァなぁ。探し物があるとかなんとか聞いた気がするが……知りたきゃ本人に聞いてくれや」
面倒になったのか話を適当に放り投げて、暮田は「おーい! 頼んでたもんがきたぞ―!」と後ろの職員たちに声をかける。
駆け寄ってきた職員の1人が封筒を受け取って、中身を取り出しながら戻っていった。
その背を追って俺もそちらに目を向けてみると――
職員たちはどうやら、大きな機械の周りに集まっているみたいだな。
タライを数倍大きくしたような丸く平たい形で、中央に1本太い柱が立っている。典型的な噴水の形状だ。
その頂点には、ボウリングの球くらいのサイズをした半透明の球体が据えつけられていた。オーロラみたいにカラフルなその色から察するに……エクリスかな。
「……魔導具か?」
「水道魔導器、だかなんとかって言ってたぜ。全部の家に管ァ通すのはまだまだ先になるがな、いちいちバケツで掬うよりかァいくらかマシになるだろうさ」
水道魔導器――なるほど。井戸の水を汲み上げるポンプか。
動力にマナを使うおかげで送電設備なんかが必要ないから、ここまでコンパクトにできるんだな。さすが便利だ、魔導具。
俺が持ってきた封筒に入っていたのはその説明書だったようで、奥にいる職員たちは紙面を広げながら、魔導具のどこかを指さしたり触ったりしている。
だが、しばらくしてその内の1人がこっちに視線を送って手招きした。
「暮田! ちょっと来てくれー!」
「あん……?」
首をひねって駆け寄った暮田に、職員が説明書を広げて見せた。
「ここ、翻訳が合ってないんだよ。それとマナだとかエクリスだとかいうのもよくわからん。どうすりゃいい?」
「ンなことオレに言われてもな……つーか、そういうことならちょうど適任がいンじゃねえか」
二三言話して微妙な顔になった暮田が、今度は俺を呼ぶ。
「わりィ少年。雑用ついでにもうちっと頼まれてくれや」
「金取るぞ」
「あとで経理にでも請求しとけ。――事務にこいつの翻訳を任せてたんだが、どうも不完全でオレらの手に負えねえし、わけのわかんねえ単語もあってな。少年、代わりに頼むわ」
「そういうことなら別にいいけど……俺も魔導具にはそんなに詳しくないぞ?」
「あァ? 姫さんにくっついてんのにか? 使えねえな……」
うるさいな。あの無口姫が丁寧に指導なんかしてくれるわけないだろうが。
「どうかしたの?」
俺と暮田のやりとりが気になったのか、いつの間にか隣で一緒に説明書を覗き込んでいたリセナが言う。
「この魔導具の動かし方がわからなくて困ってるんだとさ。俺も専門用語はあんまり知らないし……」
「これって、水道魔導器だよね? 私、使い方わかるよ」
「え、本当か?」
「うん。前に里の噴水の取り換えを手伝ったことがあるから。ちょっと見せてね」
答えるなり、リセナは魔導具に近寄ってキョロキョロと検分する。
そして何度か頷くと、指で丸をつくってこっちに向けた。
「これなら大丈夫そう。私に任せて!」
「ありがとう。頼むよ」
「……お嬢ちゃん、なんだって?」
「これの動かし方、知ってるそうだ。助けてくれるみたいだから、手伝ってあげてくれないか」
「ま、マジか……! テメェらそこどけ! お嬢ちゃんの邪魔すんな!」
驚きながらも、暮田は手早く全員に指示を出してリセナを囲む作業体系を整えていく。
「ナユタ君! 反対側の調整、誰かにお願いできないかな?」
「少年、通訳を頼む。説明書もお前が持っとけ」
「わ、わかった……!」
当然のように顎で使われてるのは気に食わないが……手伝うこと自体に異論はない。ので、俺も指示の伝達のためにリセナと職員たちの間を走り回る。
リセナの手際はテキパキとしていて迷いがなく、難解な配線や回路でもあっという間に組まれていく。ちょっとした職人技を見ているかのようだ。今更だけど、万能集団すぎないかな。エルフィア森衛軍。
それを後ろから支える職員たちの連携も、苦しい戦い(事務作業含む)をいくつも乗り越えてきた仲間だけあってかなりスムーズ。俺の日本語訳→暮田の英訳→全員に拡散というルーチンを組んではみたが、途中からはまさに以心伝心で、訳を言い終わる前に工程が済んでいることの方が多いくらいになっていた。リセナに見とれてるのか、時折鼻の下を伸ばして作業の手を止めてしまう男が何人かいるのだけが問題だけどな。
まあともかく、作業は順調。取り立てて大きな問題が起こることもなく、つつがなく進んでいった。
そんな中、ふと気がつくと――現場から一歩離れたところで立ち上がった暮田が、伸ばした両腕の先で親指と人差し指を合わせて四角を形作るポーズをしている。
片目を閉じて、腕を伸び縮みさせるその仕草は――まるで、被写体を前にしたカメラマンのような。
「――なあ、少年。キレイだと思わねえか?」
俺が気付いたことに気付いたのか、暮田は腕を伸ばしたまま、感慨深げな声音でそう語りかけてくる。
「?」
「国籍だとか、肌の色だとか、性別だとか――そういうめんどくせえしがらみがここにはねえ。たった1個デケェ問題が転がってるってだけで、どいつもこいつもベッタリ仲良しこよししてやがる。こういうの見てるとよ、最後には上手くやれんだって――人間も捨てたもんじゃねえんだって、思えてこねえか?」
「……そう、だな。わかるよ」
「共感したフリなんざされたって嬉しかねえよ。ピンとこねえならそれでいい。そんだけ、オレがいねぇ後の地球も悪くなかったってことだからな」
「…………」
フリなんかじゃない――と反論しても、無意味だろうな。
同じだ。この男が背負ってるものの前では。俺の言葉なんて、どっちにしたって軽すぎる。
「……それって、前に言ってた『力のないやつを傷つけさせたくない』ってのと関係あるのか?」
「よく覚えてたな、そんな話。こんなおっさんにモテスキル発揮したところで、女にゃ結びつかねえぞ?」
「茶化すなよ。ちょっと気になってただけだ。あんたがなんでそんなふうに思うようになったのか」
「――別にたいした話じゃねえよ」
わずらわしそうに暮田は視線を外す。
「ガキん頃、正義漢ぶって人助けに凝ってた時期があってな。無価値に死んでく人間をなくそうなんてバカげた幻想抱いて、世界中飛び回ってた。結局、オレ1人でどうにかなる命なんかたかが知れてんだって挫折して終わったが……そん時のことが頭ン中でくすぶって忘れられねえ。とまあ、それだけだ」
「だけ、って……」
そんな軽々しい言い方をしていい話じゃないだろうに。
しかし暮田は軽く息を吐くと、横目で鋭くこちらを睨みつけてきた。
――これ以上踏み込んでくるな。とでもいうように。
結局俺は――その目に気圧されたのと、かけるべき言葉が見つからないのとで、それ以上追及することはできなかった。
「あー、やめやめ。ガラじゃねえんだよこういうのは。つーか、サボってっといくら嬢ちゃんでも怒ってくんぞ。おら、働け働け」
「そうだな……先にサボったのはそっちだけどな」
大事なところだけ釘を刺して、俺も手伝いを再開する。
けど、こんなモヤモヤする話を聞かされた後だとどうにも気が散って、その後は翻訳ミスを連発してしまった。
(命、か……)
暮田の言う通り、俺はまだピンときてないんだろう。今の話にも、正直なところしっかりした感想は抱いていない。
けど、今の話が聞けただけよかったとは思うよ。
世の中には、俺の想像もつかないような重いものを背負ってる人間がいると知る、いい機会になったからな。
そして、覚えておくべきだろう。
そういう人間は――案外、近くにいるってことも。




