第11話 地球村風物詩(Ⅱ)
などということがあり。
事情を極めてオブラートに説明して、どうにか新たな被害が生まれることは未然に防いだのだが……
それはそれとして、昼食の問題が何も解決していなかった。
俺は料理なんてできないし、もう一度リセナに作らせるのも危険だ。かといって、何も食べないというのも俺はともかくリセナには悪い。
というわけで、2人で少し考えた末に――以前カケルが話していた、役場にできたという食堂へと足を運んでみることにした。
村の公共施設は基本的に誰でも出入り自由。そのご多分にもれず、食堂も一般向けに開放されている。
エルフィアが営業してる店より格安だし、何より言葉が通じる人の割合が多いことから、それなりに繁盛しているようで――俺たちが入った時にはもうすでに、役場職員だけでなく普通の村人、それとなぜかエルフィアの作業員までもがひしめき合ってごった返していた。ちょっと昼休みの学食を思い出す光景だな。
「すごい人だねー……」
「だな。座れる場所あるといいけど……」
カウンターで直接注文と支払いを行い、受け取った料理をトレーに載せて、リセナと2人でフロア内をうろつく。
役場の建物に取ってつけたように増築されているにしては内部は広めで、会議室にあるようなテーブルにクロスをかけただけの簡易式ではあるものの、座席も結構な数が用意されているが……時間が悪かったかな。どこも満席だ。
しかし奥の方まで歩いていくと、見知った顔がちょいちょいっとこっそり手招きしているのが見えた。
その前にはちょうど2人分の空席がある。ので、心遣いに甘えてリセナと一緒にそこに座る。
「珍しいね。ナユタがこっちでお昼を食べるなんて」
トレーを置くと、早速目の前の人物――カケルが語りかけてきた。リセナに配慮してか、言葉はアッシュ語だ。
「まあ、たまにはな」
俺もそれに、アッシュ語で返答する。事情を説明するのもリセナに悪いので、さすがにはぐらかしたが。
ていうか、カケルの前……並んでる皿の数が明らかに1人分じゃないんだが。
燻製肉、野菜の煮込み、川魚の葉包み焼き、キノコのスープ等々。ちょっとしたパーティーができそうな大皿の数々がずらりだ。しかも全部3倍くらいの大盛だし。
まさかこれ全部1人で食うんじゃないだろうな――と思ったらそのまさかで、カケルは頬をハムスターみたいに膨らませながら、ひょいパクひょいパク料理を口に間断なく放り込んでる。
スラッとした体型のくせして、とんでもない大食いだったんだな、こいつ。いくら激務続きでカロリー不足でも常人にこの分量は無理ゲーだよ。
ちなみにこの世界の食材、トリト豆のような独特なものが多いが、地球と似た――というかほとんど同じものも結構あったりする。トマトやジャガイモの他、街に行くとウシの肉なんかも売っていた。栽培方法が違うのか味や見た目に若干の違いこそあるものの、用途も地球とほぼ同じだ。
さらに不思議なことに、俺の能力ではこの世界独自の固有名詞――種族の名前や特定の術式鍵語などだ――は日本語に翻訳されないはずなのに、これらの名前を聞くとトマトはトマト、ジャガイモはジャガイモとしっかり変換されてしまう。つまり、言語の違いで名前が異なっているだけで、モノとしてはまったく同じらしいのだ。
目新しさがないのはともかく、おかげで地球で料理経験があったやつは、この世界での料理に慣れるのも早かったらしい。それゆえかこの食堂も、メニューの大半は地球の料理をこっちの食材で再現したものだ。
もしかすると――エルフィアがこの食堂を利用してるのは、安いからとか近いからとかよりも、地球の料理を食べてみたいからってのが一番大きいかもしれないな。俺たちにとっては懐かしい故郷の料理でも、彼らからすれば初めて見る異世界の料理なわけだから。
「そういえば、極魔は見つかった?」
雑談しながらトリト豆と山菜の炒め物(一番安かったので)を淡々と口に運んでいると、カケルが唐突にそんな話を切り出した。
「バッ、声がデカいって……!」
極魔に関わったことを知られたくない俺は慌ててその口を塞ぎにかかるが、カケルはお得意の優男スマイルで「ごめんごめん」と謝って軽く受け流す。
「で、結果は? 話は本当だったの?」
こいつめ……普段控えめな性格してるくせに、今日に限ってグイグイきやがる。意外とこういう話にロマンとか感じるタイプなんだろうか。
まあカケルなら、あの時一緒に話を聞いてたから、伝えても大丈夫だとは思うが……
「……オフレコで頼むな?」
はぐらかしても無駄なようなので、俺は口元に手を当ててカケルの端正な美貌に顔を近付け、ほとんど無声音で囁くように答えた。
「……見つかった。マジだった」
「――――へえ」
――ッ!?
な、なんだ? 今一瞬、カケルの顔が背筋がゾクッとするような不気味な笑みになった気が……
しかし改めて確認したその表情は、先ほどから何一つ変わらない完璧な微笑だ。
見間違い……だったのかな。
「それで、その極魔はどこに?」
「シリウスが持ち帰った。今は家で研究してるはずだから、しばらくは出てこないと思う」
「そっか。ならひとまずは安心かな」
どこがどうなって何が安心なのかよくわからんが……もういいや。カケルの言動が意味深なのは今に始まったことじゃないし。
触らぬヒーローに祟りなし、だ。下手にやぶをつついて悪魔でも出てくる前に話は打ち切ってしまおう。
と、戦々恐々の俺が食事に意識を戻したところで――
「――?」
カケルの後ろに、一面の黄金……後光が差したぞ?
さすがカケル。ついにヒーローを通り越して神にでもなったか。飯屋でってのもなんかシマらねえけどな。
「こんなところで――」
――とか思ってたらその光の中から、ニュッ。白い肌の腕が2本生えてきた。
そして握り拳を作ると、カケルの両側頭部へとおもむろにあてがって――ぐりぐりぐりっ!
「いだだだだだっ!?」
「のんきに油売ってんじゃないわよ! こん――のバカケルッ!」
日本語で罵倒しながら、万力のような締めつけでカケルの灰色の脳細胞を死滅させていく。
さらに横から、タタタタッ――ドンッ!
「会いたかったですううう兄さああああああんっ!」
「ぐえっ」
軽快な足音を立てて駆け寄ってきた何者かが、カケルの横っ腹に悪質なタックルを叩き込んだ。
もうやめて! とっくにカケルのライフはゼロよ!
「エリカ! アユム! どうしてここに……!?」
と、胃の中のものがリバースするのを瀬戸際で耐えたカケルが振り向いて――その流れで俺もようやく、カケルの後ろに現れたのが後光などではないことを認識した。
そこにいたのは、太陽の光のような金髪をサイドアップにした長身の美少女だった。ツリ目の瞳は青く、くっきりした目鼻立ちの白人らしい顔つきをしている。薄手のキャミソールに迷彩色のジャケットを重ねているが、その上からでも見て取れるプロポーションはハリウッド女優顔負けの完全無欠な黄金比だ。
もう一人、今なおカケルの腰に抱き着いてうっとりした顔で頬ずりしてるのも、女の子。カケルより少し暗い茶髪を三つ編みに編み込んでいる、小柄な少女だ。
いかにも日本の女子高生な濃紺のブレザーを着用しており、喋っているのも日本語。横のカケルと比べても顔立ちに目立った点がないし、こちらは十中八九日本人だろう。ていうかさっき、カケルのことを『兄さん』って呼ばなかったか?
「帰ってきたからに決まってるでしょ! アンタが優雅にお食事してるあ、い、だ、に、ねッ!」
「イタっ、だから痛――ってこらアユム変なところ触らないで!」
「ここまで接近を許したのが運の尽きですよ兄さん。さあ3か月間溜めに溜めた獣欲を解き放ってください! 私に! さあ!」
「こんなところでそういうこと言わない!」
「それはつまり、家でなら?」
「しないから!」
…………
突然目の前で始まったラブコメを、俺とリセナは呆然としたまま見つめる。
そこでようやく俺たちの存在に気付いたらしく、
「……誰? そいつ」
金髪の少女がこっちに怪しむような目を向けてきた。
それは俺が言いたい台詞なんだが……
「ああ、ごめん。そういえば会うのは初めてだったよね」
ブレザーの少女を引っぺがして後ろの壁に投げつけた、普段からは考えられないくらいアグレッシブなカケルが――居住まいを正して金髪の少女に言う。
「彼はナユタ。少し前にこっちに来た日本人で、おれの友達だよ。どんな言葉でも理解できる能力を持ってて、おれたちとこの世界の人たちが手を取り合えるように頑張ってくれたんだ」
「ふーん。それでなんか耳の長いのがいっぱいいるわけね。ここもちょっとキレイになってるし」
さらにカケルは「こっちはリセナ・ロスターさん。見ての通り日本語は通じないから、気をつけてね」とリセナの紹介もする。
だが、金髪の少女はどこか冷めた目のままで――あんまり、俺たちの方には興味がなさそうだな。
そんな少女の様子を知ってか知らずか、一通り話し終えたカケルはこちらに向き直る。
「ナユタたちにも紹介するね。彼女はエリカ・ローレンス。まだおれがこの村に滞在する前、一緒に旅をしていた仲間なんだ」
「ローレンス……って、あっ!」
名前を聞いて今思い出した。
随分昔に『美しすぎる2世ハリウッドスター』ってテレビで話題になってた、モデルの女の子じゃねえか。
日本が好きで、何度か来日してるって話も聞いたことがある。どうりで流暢な日本語を話してると思ったよ。
しかし……奇妙な偶然もあったもんだぜ。しばらく名前を聞かないと思ったら、まさかこんな世界に飛ばされてきてるなんてな。
「今気付いたわけ? このバカよりニブいわね、アンタ」
コツンとカケルの頭をノックするみたいに叩きながら、エリカは不満顔。初対面で、これが初めて交わす会話だというのに、口調もやたらと高圧的だ。
プライベートの芸能人ってのは、えてしてこういうもんなのかもしれないが……俺としてはあんまり関わりたくない部類だよ。美人だけに残念だけどな。
「それと、これはアユム。嘆かわしいことに、おれの……妹だよ」
少し椅子を引いて、カケルが死んだ魚のような目を後ろの壁に向ける。
すると壁際でひっくり返ってノビていた少女――アユムは、水を得た魚のようにぴょんと元気よく起き上がって、
「はい! いつもニヨニヨ兄さんのベッドに飛び込む実妹、新道歩夢です!」
などと奇天烈極まりない自己紹介をした。
「妹――が、なんでここにいるんだ?」
あまりにもキャラが濃すぎて対応に困るので、俺はカケルへと視線を戻して無難なところだけ尋ねる。
「……ついてきちゃったんだよ。あっちから、おれを追って……」
「えぇ……」
地球の人間がこっちの世界に来る条件は、不幸に死んだ若者であること。
他にも細かい制約があるのか、召喚される人間はそれほど多くない――現にこの2か月ちょいで俺より後に来た異界人はいない――のだが、イリアさんとロブのような前例があるし、身内や知り合いとこっちの世界で出会うというのも、まあない話ではないだろう。
だが……
一度死ぬ。少なくとも、この一点は揺るぎない。
それなのにこっちに、しかも自分の意思でやってきたということは……
……やった、みたいだぞ。この子。いわゆる、切腹的なアレを。
「私だって最初はびっくりしたんですよ? 兄さんのいない世界に嫌気がさして身を投げただけなのに、気付いたらこんな世界に飛ばされていて。でもそのおかげでまた兄さんに巡り合えたんですから運命って素敵ですよね! これはもう結婚するしかないですね!」
「何その運命すごく呪いたい」
ハートマークでも見えてきそうなはちきれんばかりの笑顔のアユムに、カケルは真顔で毒づくが……兄妹というだけあって慣れているのか、それ以上の拒絶はしなかった。完全に自分の世界に入っちゃったアユムに触れたくないだけのような気配もあるけど。
呆れたように深く息を吐いて、ドン引きしている俺に「ごめんね。こんな妹で」というニュアンスの苦笑いを向けてくる。
そのカケルの右腕を、エリカが抱き上げるように掴んで強引に立たせた。
「じゃ、行くわよ」
「えっ――ちょっ、急に何!?」
「ここじゃ言えない話があるのよ。家で無駄乳ニートも待ってるから、帰ってから話すわ。文句はないわね?」
「いや、おれこれから仕事――」
「な い わ ね ?」
「わ、わかったから――ナユタ!」
ずるずると引きずられていくカケルが、ポケットから1枚の封筒を取り出してテーブルに置いた。
「悪いんだけどこれ、南の井戸のところに持って行ってくれないかな? あとこのご飯もどうにかしておいてくれると――」
「――あー! ちょっとエリカさん! 兄さんに抱きついていいのは私だけですよ! 抱かれていいのも私だけですよ!」
「抱っ……って気色悪いことゆーなこの変態妹!」
「やる気ですか古生代ツンデレ!」
「あのー……ケンカはしないでほしいな、って……」
「アンタは黙ってなさい!」「兄さんは黙っててください!」
「…………」
2人に両側からホールドされたカケルは、俺がはいともいいえとも答える前に外へ連れ出されていった。
「……嵐のようだったな」
「ねー……」
思わぬ場所での思わぬ出来事に、俺とリセナは『あいつもあいつで苦労してるんだなぁ……』などと顔を見合わせて嘆息し……
直後、目の前に置き去りにされてしまった無数の大皿を見て「これどうしよう?」と首をかしげるのだった。




