第10話 地球村風物詩(Ⅰ)
極魔を求めて始まった大冒険から一週間が経過した。
あれからシリウスの姿は見かけていない。自分で言ってた通り、家に籠って研究に没頭しているのだろう。俺が言ったことを守ってくれたようで、代理とやらが金を置きに尋ねてくることもなかった。
俺たちはというと、相も変わらずいつも通りの平穏な日々が続いている。客足は遠く、すり減っていく貯金を涙でにじんだ目で眺める日々……うぅ、思い返すとちょっと悲しくなってきたよ。
でも、ちょっとした進展もあるにはあった。まあ、賢者の仕事には関係……ないわけじゃないけどそこまで関係性があるわけでもない、俺個人の話だけどな。
「まる、まる……うん、全問正解。おめでとう、ナユタ君」
俺が提出した答案用紙に赤ペンで丸をつけていたリセナが、満面の笑顔でそう言ってくれる。
進展とはこれのこと。毎日のように続けてきたアッシュ語の勉強に、ついに終わりが見えたのである。
俺のためにリセナがわざわざつくってくれた手書きのテスト問題には今、大小形もさまざまな赤マルが連綿と並んでいる。
リセナによれば、これが俺に課される最後のテストで――その成果も、この通りだ。
「すごいね。結構難しく作ったつもりなのに、あっさり解いちゃった」
「リセナの教え方がよかったおかげだよ。俺は言われた通りにやっただけだ」
「そんなことないよっ。私なんて、学校で教えてもらったことをそのまま問題にしてるだけだもん」
と、リセナは謙遜して顔を赤らめるが……
本当に、リセナの教え方は上手かったと思う。要点のまとめ方や課題の範囲配分がキッチリしてて、地球にいたころに学校で習った英語なんかよりもずっとすんなり頭に入ってきたし。
俺は能力によって、どんな言葉でもある程度日本語に置き換えて学ぶことができる。それと、これも間違いなく能力のおかげなのだが……どうやら、一度でも見聞きして理解できさえすれば、その文章や文法は復習を繰り返すまでもなく記憶へと完全に定着して、意識しなくても日本語と同じように操れるようになるらしい。
たった2か月ちょいで俺がこれだけアッシュ語を完璧に話せるようになったのには、そういう事情があったのも確かに事実だ。
けど、仮にそれがなかったとしても、リセナに指導してもらうということさえ違わなければ、今くらいの会話力を身につけるまでにかかる時間はさほど変わらなかっただろう。
ていうか実際、俺やカケルからの又聞きで勉強してる役場のやつらでさえどんどん話せるようになっていってるんだよな。真実は推して知るべしだ。
「本当に上手かったから、自信持てって。なんなら教師とか目指していいくらいだと思うぞ」
「えぇっ!? む、無理だよっ。先生って、すっごく勉強しなきゃなれないっていうし……」
「今からでも遅くないだろ。俺は……正直軍隊なんかより、そっちの方がリセナに合ってる気がするけどな」
「そ、そうかなぁ……?」
首を振りながらも、自分が教卓に立ってるところでも想像したのか、リセナはにへらっと頬を緩ませている。
俺も、自分で言っといてなんだけど……想像以上に似合うな。リセナに教師。
満面の笑顔で教鞭をとりながらも、ときどきやんちゃな生徒たちにイタズラされて困り顔で走り回る――新米教師のリセナの姿が、目に浮かぶようだよ。
「そう言うナユタ君はどうなの?」
「俺?」
「だってナユタ君、アッシュ語だけじゃなくて、魔法のこともいっぱい勉強してるもん。てっきり先生でも目指してるのかなって思ってたんだけど……」
確かに俺は、仕事とアッシュ語の勉強以外の時間は魔法を覚えることに費やしてるが……
なるほど。俺のこれは、そういうふうに見えちまってたのか。言われてみれば戦闘用の魔法なんて、一般人が義務教育で学ぶ内容からは明らかに逸脱してるもんな。
けど、正直に「メイリに追いつきたいから」なんて話したところで鼻で笑われ……ることはリセナだからないにしても、変な顔されるのは間違いないし……
「いや、そんなつもりはない。必要に駆られたからやってるだけだ」
説明はこのくらいでいいだろう。
「……そっか」
「なんか、残念そうだな」
「えっ!? うっ、ううん、たいしたことじゃないの。ただ……」
「ただ?」
「ナユタ君が先生を目指すなら、これからもここで、一緒に勉強できたのにな……って」
なんだ。そんなことか。
「わざわざ用事なんか作らなくても、普通に遊びに来ればいいだろ。いつでも歓迎するからさ」
「……いいの?」
「いいも何も、今さら遠慮される方が困るって。元はと言えば俺から頼んだことだしな」
言い終わると、リセナは感動したような目で俺を見つめてくる。
当たり前のことを言っただけなのにそんな顔されると……なんか、ちょっと照れくさいな。
「あー……やっぱ、いつでもってのはなしな? 俺もメイリも仕事があるし。いや、この調子だとそうなる日も近いけど……」
極魔の一件から今日にかけて、新しい依頼は安定のゼロ。
話を蹴ったとはいえシリウスからは少し多めの報酬をもらってるから、まだしばらくは余裕がないわけじゃないが……無職コースから逃れられてないことには変わりないんだよな。
茶化して言ったはずが余計なダメージを受けてヘコんでる俺に、リセナは目を細めてクスッと笑う。
「大丈夫だよ、ナユタ君たちなら」
「だといいけどなー……」
「……ナユタ君」
「うん?」
「――ありがとう」
お礼なんて――と断るのも野暮な気がして、俺はまたわざとらしく話題をそらした。
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メイリは依頼を受けて。マルクも多分買い出しで、今日は家にいなかった。
お昼時になってそのことを思い出した俺がどうしようかと話題を振ったところ、
「じゃあ私が何か作るよ!」
と、リセナの快い申し出が。
その言葉に甘えてリセナにキッチンを貸し、俺は食糧庫からリセナに頼まれた食材を取り出しに向かったのだが……
(……え? これ食えんの?)
リセナが指定してきた食材は、どれもこれも『買ったはいいけど結局使わずに冷蔵庫の奥に眠ってる』的なゲテ……珍味ばかりだった。
一抹の不安を覚えながらもそれらを手渡し、リビングで待つ俺。
しかし数分後。
――ドガーン! バターン! ゴゴゴゴーン!
「リセナーっ!?」
「ごめんね! ちょっとこの子の活きがよくてっ!」
暴れそうな食材なんて渡したカナー……?
不安を通り越して確信めいた恐怖を抱きつつも、俺は鋼の精神で完成を待つ。
さらに数分後。
――ボォォォォォオオンッッ!
キッチンから激しい白煙が巻き起こり(もうそこにはツッコまない)……その中からドシドシと、大皿を手にしたリセナが現れた。
「おまたせー!」
スプーンと一緒に皿を俺の前に置き、リセナは満面のニコニコ顔。
対して、その皿の中身を覗き込んだ俺は……
「…………はっ!?」
危ねえ、一瞬気絶してた。
姿を見ただけで気を失う料理ってなんだよ。悪魔の卵でも使ったのか。
もう一度、今度は気をしっかり保って料理を見る。
…………
……えーと、あの。
どう足掻いても形容できないので……というか倫理的にアウトなのでモザイクをご用意しておきます。
「ごめんね。ここ、いろんな調味料が置いてあるから、つい楽しくていっぱい使っちゃった」
まあ確かに、マルクがことあるごとに買い足してるから、定番のものから珍しいものまで飲食店みたいにたくさん立ち並んでるけどな。
調味料って、楽しいと使用量が増えるものじゃないと思うよ。リセナ。
「でも、けっこう自信作だから! さあ、どうぞ!」
「…………」
思わぬところで、俺に究極の選択肢が立ちはだかった。
『食べる』
『逃げる』
……逃げたい。全力で逃げたい。
だって、絶対食べたら死ぬよコレ。物理的に体内が破壊されて死ぬよコレ。
……でも、逃げたら。
せっかく作ってくれたものを食べずに逃げるなんて、絶対リセナを悲しませる。万が一に泣かれでもしたら、俺が精神的に死ぬ。
進むも地獄。逃げるも地獄。
それなら、最期くらい男らしく――胸を張って死のうじゃないか。
「ええぇぇいやったらあぁぁぁぁぁ――っ!」
両目をカッ開き、スプーンを目の前の暗黒物質に突き立てる。
ネチョッとこの上なく不穏な感触が指に響くが、構わずすくい上げて――ねじ込むように口に含んだ。
直後。案の定――遠ざかる視界。
薄れゆく意識の中で、俺はただ1つ思った。
(こんなところにいたのか、メシマズ属性……)
マルクは言わずもがなだし、意外にもメイリもレシピさえあれば問題なく作れるタイプだったから、完全に油断してたよ。
ああ……目が回る……
願わくば……俺以外に、こんな悲劇が繰り返されることのありませんように……
「な、ナユタくーん!? あれぇ……分量間違えたかな……」




