第9話 極魔覚醒(Ⅳ)
シリウスが持っていたコンパスと計測器のおかげで現在地のおおよその目星はついたので、俺たちは特に迷うこともなく帰路につき、それほど時間もかけず家の前に戻ってくることができた。
途中で一度遺跡の入り口に立ち寄ってリアカーの回収もしてきたのだが、遺跡は崩れて、というより、風化するように消えてなくなっていたな。跡地には魔物が死んだ後のような灰が積もって残るばかりで……おそらくは地下も似たような状態なのだろう。
「壁のひとかけらでも持って帰れれば、魔導考古学の発展に役立てられたかもしれないのだけどね」
と、シリウスは少し悲しそうだったよ。
そのシリウスはというと、家の前に戻ってくるなりそこに放置していた機器の数々を<フロート>で持ち上げて、手早く帰り支度を済ませてしまった。
足取りは上機嫌で、今すぐ帰って研究を始めたいと全身が語っている。新しいおもちゃを買ってもらったばかりの子どもみたいだ。
「しつこいようだが、改めて言わせてほしい。あれもこれもすべて、君たちがいなければ成し得なかった。――本当に、ありがとう」
「ああ……まあ、依頼だからな」
答えて、俺は隣で興味なさげにぬぼーっと立つメイリの方をチラ見した。言葉が通じていたなら、こいつも多分同じようなことを言うだろうな……と思いながら。
ていうか、今の言葉はそもそも俺が言いたかったことではなく、どちらかというとメイリの心境の代弁だ。
俺自身はというと――正直なところ、まったく正反対なことを考えている。
「そのストイックな姿勢は、嫌いではないよ」
投げやりに答えた俺に合わせてか雑にそれだけ言って、シリウスは片足を下げて半身を翻した。
「では、私はこれで。友として、またどこかで出会えることを願っているよ」
右手の人差し指で浮遊する機械群を器用に操作して、立ち去っていくシリウスを、俺は眺める。
眺めて――迷う。
そして、一瞬の逡巡から――言わなければ後悔する、という直感だけを信じて、俺は――
「――待ってくれ、シリウス」
遠ざかるその背を、呼び止めた。
「うん? まだ何か用があったかな?」
「ああ。――報酬の話だ」
くるりと振り返ったシリウスは、俺の言葉を聞くと一瞬きょとんとして――すぐにクスッと笑う。
「何かと思えば。心配せずとも、約束した額を支払うさ。これから私は研究にとりかかるため、直接渡しに来ることはできないが……代理の者に責任をもって届けさせる。それまでしばし、待っていてくれたまえ」
「いや、違う。そうじゃなくて……逆だ」
「……?」
歯切れの悪い俺の言葉に、珍しく首をかしげるシリウスへと、俺は言う。
「残りの報酬は……いらない。持ってきてくれた分も……さすがにちょっとはもらうけど、それで十分だ。あとは全部、持って帰ってくれ」
「――ほう」
「おっ、お前っ、急に何を言って――!?」
俺の突飛な発言に、シリウスは眼を鋭くし、マルクは目を白黒させて慌てだす。
莫大な金が手に入るチャンスを自ら棒に振ろうとしてるんだから――まあ、妥当な反応だよな。
「その代わり――今回の件、俺たちが関わったことを他言無用にしてほしい。もう二度と、俺たちが極魔の事情に触れることのないようにしてほしいんだ」
真剣に告げる俺の様子に何を思ったか、どちらもしばらく口をつぐんで――
「――恐れているんだね」
やがて、フッ――と軽く息を吐いたシリウスが、俺にだけ聞こえるような小声で返してきた。
――ああ、その通りだ。
俺は極魔を恐れている。その力をこの手で振りかざしたからこそ、余計にそう思う。
この力はきっと、よくないものだ。
関わり続けていれば、必ずどこかで破滅と向き合うことになる――そういう力だ。
その影響が、俺だけならまだしも、メイリやマルク、本来関わるはずじゃなかったリセナにまで及んでしまったらと考えると――笑って受け入れることなんて、どうしてもできそうにない。
だから、目の前の黄金をドブにかなぐり捨てるような真似をしてでも、ここで――こう言っておくべきだと思った。
「わかった、約束しよう。私は今後、極魔に連なる問題の一切を決して君たちのところに持ち込まないと。君たちは平穏無事に、私が作り出す新たな未来を待ち望んでいてくれたまえ」
「……助かる」
どこか冷めた様子でそう言い残すと、シリウスは今度こそ背を向けて去っていった。
(……間違ってないはずだ)
リベルとか、極魔とか、そういうスケールの大きな話は、この世界の住人だけでしなきゃならないもので。
どこまでいっても客人・部外者にすぎない異界人が、不必要に関わるべきじゃない。むやみに手を出して命を落とすくらいなら、何も知らないまま運命と心中する方がいいに決まってる。
事なかれ主義と呆れられるかもしれない。支払った代償は大きかったかもしれない。
けど、それで今の平穏が保てるなら、何も問題はないはずだ。
だから、俺のこの選択は正しい――
「まあ、お前の言い分にも一理ある」
「マルク――わかって――」
「だが。それはそれとして、これからどうやって食っていくつもりなんだ?」
「……………………保留ってことにしちゃ、ダメ?」
「いいわけあるかぁ――――ッ!」
鞘でボコスカ殴られながら、俺は思う。
……選択肢、間違えたかも。




