第8話 極魔覚醒(Ⅲ)
「ナユタ君……何をするつもりなの?」
「決まってるだろ。一番最初の目的を果たしに行くんだよ」
ゴーレムを相手に今の俺たちにできるのは、あの苛烈な攻撃を凌ぎ続けることだけ。ゲームに例えれば、毎ターン防御のコマンドを押すことだけだ。
だけど俺たちには、その代わりに――数がある。
最前線で攻撃を受け止めるマルクに、魔法を放つメイリとシリウス、弓と回復で支えるリセナ。それぞれがそれぞれの持ち味を活かして防御を固める中で、なんのコマンドも入力されていない戦力が1つ残っている。
だからここは――役立たずが役目を果たす番だ。
「極魔を――取ってくる」
俺たちの目的はゴーレムを倒すことなんかじゃなくて、極魔を確保すること。
それなら――
(極魔を手に入れて、そのまま逃げちまえば――俺たちの勝ち。だろ?)
ゴーレムの拳とマルクの剣がかち合い、凄まじい金属音が鳴り響いた――そのタイミングで、俺はシリウスたちの後ろを飛び出し、壁に沿うように大回りで広間を駆け抜けた。
俺に気付いたゴーレムが拳を振り下ろしてくる。その伸びた腕は、再度風の大砲が叩き込まれて明後日の方向に弾き飛ばされるが……反動を逆に利用して、反対の腕で抉るような角度のブローが放たれた。
だが、その時点ですでに俺は拳銃を抜き、左手に持ち替えている。
弾のない拳銃。役目を終えて無用の長物に等しくなっちまったお前だが……最後に一仕事、やってもらうぜ。これをやるには、俺の持ち物の中ではお前が一番大きくて安定しそうなんでな。
立ち止まり――あらかじめ頭の中で演算と構築を済ませていた魔法陣を、右手で拳銃側面の虚空に描き上げる。
図形が示す魔法名、俺が描いた魔法陣の意味は――<フロート>。専用の言葉で<反発浮揚>とも表される、反重力で物体を浮かせる魔法だ。
この魔法には重大な欠点があり、生物――加工された肉や死骸には有効だったので、正しくは意思のある生き物だろう――を持ち上げられない。そのため、人を持ち上げるには、別の物体に魔法を付与してそれに掴まるか、上に乗る必要がある。
この性質があったから、あの時森ではメイリを直接空に運ぶことができず、足場も兼ねた乗り物を用意してもらわなければならなかった。
今この時もそれは同じだが……違うことが2つある。
1つは、浮かべたい対象が俺1人だけであること。
もう1つは、空にとどまらなくていいことだ。
それなら――大仰な乗り物なんて必要ない。
こいつで、十分だ!
「<フロート>ッ!」
術式鍵語を叫びながら、魔法の効力を受けた拳銃を頭上に掲げる。
人1人くらい難なく持ち上げる力を持った拳銃に引っ張り上げられた俺の体は、ゴーレムの拳が肩をかすめる直前で急速に地上を離れ――広間の様子が一望できる高さまで瞬時に飛び上がった。あらかじめ直上ではなくナナメ前に飛ぶように魔法陣を改編してあったおかげで、移動距離も稼げたぞ。
その設定と、攻撃を避けるため初速に性能を全振りしたせいか、1秒と経たずに効果は切れてしまったが……問題ない。攻撃を空振りし、さらにその後メイリとシリウスの攻撃まで受けて体勢を崩したゴーレムも、もう追ってこられる状態ではなくなっている。
障害は消えた。
ラストスパート。あとは、駆け抜けるだけだ――!
「――ぉおおおっ!」
空中で後ろから前に足を振ってさらに飛距離を伸ばした俺は、着地の勢いもそのままに全力疾走。
最短距離で駆け出し、駆け込み、駆け抜ける。
最後だけはスライディング気味に飛び込んで、石段の前に滑り込み――
2、3の低い段差を飛び越えて――
辿り――着いたぞ。
この冒険の終着点。極魔の、目前に!
「やった――!」
後ろからシリウスの歓喜を抑えた声が聞こえてくる。
俺も気持ちとしてはこの場で握り拳を突き上げてやりたいくらいだが――それは後だ。
まだ、ここから生きて帰るっていう最後のミッションが残ってるからな。
俺は――そこだけ時が止まっているかのような、厳かな空気を発する石段の前に立って、手を伸ばす。
「――な」
しかし――そこで俺は、目を見開いた。呼吸が詰まり、紙に手をかけたまま全身の動きが停止した。
……見えてしまったからだ。
あってほしくなかった――あってはならない、ありえない異常が。
「どうした!?」
立ち上がろうとするゴーレムに魔法を浴びせかけながら、シリウスが焦った様子で問いかけてくる。
そちらを振り向くこともできないまま、俺は震える声でこう答えるしかなかった。
「……白紙だ」
俺の目の前にある、極魔が記されているはずのその羊皮紙は――
何も書かれていない、まっさらで新品同様な――ただの白紙だったのだ。
「バカな!」
後ろでシリウスが激昂したように声を荒げる。
「ありえない! 表の結界も、数々の罠も、このゴーレムも、すべてがここに極魔があることを裏付けているはずだ!」
「あったんだろうさ。けど、ここにはないんだ。今はもう……!」
「誰かに先んじられたというのか? それこそありえない! すべての仕掛けが生きていたことがその証明だろう!」
「じゃあ、これはなんなんだよ! 極魔は――どこに消えたんだよ!」
「それは……!」
こんなところで言い争っても仕方ないことは理解している。
けれど、この怒りは、絶望感は……堪えきることができなかった。
何度も死にそうな目にあって。今なお生死を賭けた戦いが続いていて。
やっとの思いで辿り着いた、その成果がこんななんて……
そんなこと、あってたまるかよ……!
「……ざ……んな」
握りしめ、爪が食い込んだ拳を――ドンッ。石段に叩きつけた、俺は。
やりきれない気持ちを、報われなかった悔しさを、どうにかしたくて。
「ふざけんなあああぁぁぁぁ――――ッッッ!」
心のままに、衝動の赴くままに、叫んだ。
――その時だ。
『そんなに叫ばなくても、聞こえてますよ』
――!?
な、なんだ……!?
呆れたように言いながらも優しい声音の、若い女の声が突然聞こえた。それも、頭の中に直接話しかけてくるような感じで。
能力のおかげで意味こそ理解できるが、その言葉はアッシュ語じゃない。もちろん日本語でも、英語でも。
けれどなんとなく、聞き覚えが……いや、見覚え? が……ある。不思議な言語だ。
『無理やり呼び起こされるなんて思ってもいませんでした。めちゃくちゃな人ですね、あなたは』
「……なんなんだ。誰なんだ、お前は……!」
声の出所を探ろうと周囲を見回しても、リセナの言う通り仕掛けらしきものは特に見当たらない。それに、後ろを見てみると、シリウスたちには――戦闘に必死なことを差し引いても、困惑したような様子は見受けられない。この声が聞こえてないんだ。
『多くを語ることはできません。ですので、1つだけお尋ねします』
俺の問いかけには答えず、謎の声が言う。
『正しく使うことを、約束してくれますか?』
正しく……使う? なんのことだ?
理解がさっぱり追いつかない。この声の意図することが伝わってこない。
……けど、1つだけ。これだけはハッキリ言える。
俺は、間違ったことなんかしたくない。
誰かの隣に立つ資格を、自分から放棄することは――もうしない。
だから――
「……ああ、約束する。俺は、俺が正しいと思う道を進む」
胸を張って、そう答えた。
『――素敵な言葉を、ありがとうございます』
ホッとした様子でそう告げられると、それきり謎の声は聞こえなくなり――
代わりに、今度は視覚が異変を捉えた。
「――!」
赤く。
赤く。紅く。朱く。
突如として目の前が赤く色づき、見えるものすべてが紅蓮に染まった。
しかし、熱を感じるわけじゃない。周囲ではなく、俺の目に赤が灯っているんだ。
真紅に包まれる視界の中、その赤が焼きつくように――羊皮紙に文字が刻まれていく。
それはあまりにも見覚えがありすぎる、しかしこの世界では目にするはずのない文字で――
反射的に目で追って読み上げた俺は、その場で体を反転させて後ろを向いた。
――無意識に。
(――え?)
さらに俺は、戦闘を続けるゴーレムを指さすように、人差し指を伸ばした右手を持ち上げた。
やはりこれにも、俺の意思は介入していない。
体が……勝手に動いている。
目は冴えていて、感覚もしっかりと残っているのに、動きだけが俺の命令を受けつけない。金縛りにでもあったかのような気味の悪さだ。
でも、なぜだか――今だけは、このまま身を任せて問題ない気がした。
「――」
俺の体が、俺ではない意思によって指を動かす。
円に囲われた図形を。見たことのない幾何学模様を。
――知らないはずの魔法陣を、描き上げていく。
「【其は黎明を辿りし者】」
同時に謎の文言を、呟くように口に出す。
俺が聞いたことのない熟語を含んだ、俺が知るはずのない言葉。
けれどその言葉は、疑いようもなく日本語で――そして、ついさっき目にした、羊皮紙に浮かび上がってきた文字に違いなかった。
「【我は円環の果てを知る者】」
俺の動作はそこで終わらなかった。
1つの壮大かつ難解な魔法陣が完成すると、意思を得たかのようにその魔法陣が光り、少し横へ自動的にスライドする。
その空いたスペースに新たな――先ほどのものとはまったく違う魔法陣を描き込み、やはり異なる詠唱連語を発した。
「【虚は空へと乖離せよ】【地を這う骸は理に触れよ】」
詠唱連語を唱え、完成した魔法陣を横にずらす。すると以前の魔法陣が押し出されるようにさらに横へと流れ、俺の周囲を取り囲む円陣をつくり上げていく。
「【開闢を虚無と共に在り】【新生の岐路へと万象を導く】」
魔法陣が増えていくにつれて、俺の付近以外にも異変が起こり始めた。
広間をたゆたう高密度のマナが、揺らぎとともに燃えるような真紅に染まる。6つ目の魔法陣が完成するころには広間全体が灼熱を宿し、マナではない本物の火花が空気中で弾けていた。
「これはマズい……! 皆私の後ろに――!」
異変に目を向けたシリウスが、焦りながら言ってすぐさま魔法陣を描き始める。ゴーレムの拳をそらし飛び退いたマルクが後ろに逃げ込んだところで、魔法陣を起動して半透明の防壁を張った。
「【灯れ。創世の篝火よ】」
7つにも及ぶ魔法陣が完成し、7節にも及ぶ詠唱連語が紡がれ――そこでようやく、俺の肉体の主導権が俺の意識に返される。仕上げは自分でやれとでもいうように。
何が起こったのかは結局理解できていない。
俺を取り囲んで回転し始めた7つの魔法陣を、この手が描いたなんて信じられない。
ここから何をすればいいのかなんて、もちろんわかるはずがない。
けれど、最後の空白を埋めるピースは。
閉ざされた扉を開く鍵は。
この魔法の術式鍵語は――俺の脳裏に、しっかりと刻み込まれていた。
「聖 天 極 魔 !」
回転していた魔法陣が1つずつ停止し、俺の目の前で一直線に並ぶ。いつの間にか俺の右手には、光り輝く特大の鍵が握られている。
だから俺は、その鍵を、連なる魔法陣の中央へと――叩き込み、捻じり回して。
がむしゃらに。無心に。無我夢中で。
その名を――告げた。
「<始灼神の極炎>オオオオオォォォォォ――――ッッッ!!」
赤光。
焦熱。
ゴーレムを囲んで現れた7つの巨大な魔法陣が、その中央に超新星爆発にも匹敵する劫火を巻き起こす。
爆炎は荒れ狂い、逆鱗に触れた竜のように見えるものすべてを焼き壊し滅ぼしていく。
世界が赤く焼け爛れ、酷熱が肌を焦がすその様は、まさしく地獄絵図の体現だ。あるいは、天地開闢の場景か。
紅蓮に巻かれるゴーレムは、音を生むことすら許されず燃え盛り焼き焦がされ溶け消える。
「ぐ、うぅぅ……ッ!」
その向こう側には、ひび割れる防壁を何度も何度も死に物狂いで修復し耐え忍ぶシリウスたちの姿があった。
やがて炎が高大な竜巻となって立ち昇り、螺旋を描いて天に突き立つ。そうして生まれた火柱は笠のように空を覆って火の粉の雨を降らし、泡沫の輝きを放って燃え尽きていった。
――静寂。
眩い幻想の世界を構成していた先ほどまでの広間は見る影もなく、壁も床も溶解して黒ずんでいる。爆熱の中心にいたゴーレムに至っては、あの無敵っぷりが嘘だったかのように無残に焼け落ち、原型すら残らない鉄クズの山と化していた。
無事なのは、術者であるためか影響をまったく受けなかった俺と――その一部分だけ白いまま残っている床に立つメイリたちだけだ。けれど、炎の余波までは防ぎきれなかったのか、一番前で防壁を張っていたシリウスの服はところどころが黒く焦げついていた。
それでも、状況的に見れば勝利したことに変わりはないはずなのだが……
あまりの惨状に、俺は――いや、誰も――声を発することができずにいる。
(これが、極魔……)
山河を砕く最強の魔法――シリウスの言った通りだったな。
ここが屋内で炎が燃え広がらなかったおかげで、被害はそれほどでもないように見えるが……もしもこれが外だったなら、本当に山1つくらい軽く消し飛んでいただろう。
――謎の声が言った『正しく使ってくれますか』という問いの意味が、今になってようやくわかったよ。
これは、悪人の手に渡らせちゃいけないものだ。
正しい心を持った誰かの手で、適切に管理しなければならない代物だ。
だからこそリベルは――これを隠すことで、今まで管理してきたのかもしれないな。
それを、俺が……
「お手柄だったね」
「……シリウス」
気がつくと、シリウスがすぐ近くまで歩いてきていた。
痛々しい姿だが、負傷自体はそれほどでもなさそうだ。
「間違いない。今の魔法こそ、私が追い求めた――極魔だ。どのような経緯があったのかは知らないが、よりにもよって、まさか君が見つけ出すとはね……いや、貶しているわけではない。むしろ心から感謝しているとも。――ありがとう。君のおかげで、私はまた新たな一歩を踏み出せる」
「…………」
俺が何か言うのも待たず、歓喜に満ちた様子のシリウスは――俺の横をすり抜けて、立てかけられていた羊皮紙を手に取った。
「これが、極魔の詠唱連語だね」
「……読めるのか?」
そこに書かれてるの、思いっきり日本語なんだが。
「いいや。けれど、暗号の解読なんて古き魔法の研究にはつきものだ。何年かかったとしても、解き明かしてみせるさ」
いや、暗号とかじゃなくてただの日本語なんだが。
難読漢字なだけで、普通に読める日本語なんだが。
……まあ、いいか。どうしてもわからなかったら、日本語の読み方くらいなら、さすがに俺でも教えてやれるし。難しい漢字の意味は……カケルにでも聞けばわかるだろう。多分。
「魔法陣の方も、心配はいらないよ。私が開発したこのマナ観測用小型魔鏡器で、君が描いた魔法陣を撮影してある。画質が気になるところだが……屋敷の設備があれば、まあなんとかなるだろう」
俺の疑問を先読みしてか、シリウスがローブの襟についていたボタンをくいっと持ち上げる。
いつの間に……ていうかそれ、カメラになってんのかよ……
急にハイテクなもん持ち出してくんなよな。この世界のイメージが崩れるだろうが。いや、スパコンみたいなのが出てきたあたりでガッタガタだった気はしなくもないけどさ。
「さあ、そうとなれば、もうここにとどまる理由はない。速やかに脱出するとしよう」
華麗にターンして、シリウスは元来た道を引き返していく。
俺も、重い足取りのままその後ろに続くが……
そこで再び、ゴゴゴゴゴッ……
何度も聞いた重低音と、心臓を揺さぶるひどい縦揺れがやってきた。
(またあのゴーレムか……!?)
警戒して周囲を見回すが――それよりもっとマズい事態が発生していることに、気付く。
ピシッ、パキッ……パラパラ……
広間の壁のいたるところにヒビが入ったり、表面が剥離したりしている。少し遠くからは、ガラガラガラッ――何か大きいものがいくつも落ちた音が聞こえた。
崩れかけてるんだ、ここが。さっきの極魔の影響なのか、もともと極魔が回収されたら崩落するようになってたのかは、今更判断のしようがないが。
(ヤバい……!)
慌ててる間にも崩落は進み、今はもう頭の上に砂利が雨のように降ってくる状態だ。
このままここにいたら、数分と経たずに生き埋めになるぞ。
「急いで脱出しないと……!」
「――ダメだ! 通ってきた道はもう瓦礫でふさがれてる!」
通路の方に駆け込もうとして――そこで、一足早くそちらに向かっていたらしいマルクが、戻ってくるなり絶望的な報告をよこしてくる。
「マジ、かよ……ッ」
この広間に他の出入り口はない。そこがふさがれてしまったら、もう脱出は不可能に……!
――いや、まだだッ!
「なら上に――」
ここには上から陽の光が差し込んでいた。ということはそのまま外につながってるんだから、瓦礫に<フロート>でもかけて飛んでいけばそこから出られるはず……!
――と、期待を込めて見上げた頭上は、悲しいほどに無機質な灰色の天井と化して砂利を降らせていた。
これも……魔法で外の空を映してただけとか、そういうことかよ……!
「……結界を張る。運が良ければ、窒息する前に救助が来るかもしれない」
気丈に言って魔法陣を描き始めるシリウスだが……その背は諦めムードを醸し出している。
一番魔法に精通しているシリウスがこの様子じゃ、万策尽きたと言われてるも同然だ。
……ちくしょう。
あれもこれも乗り越えたってのに、最後の最後で……
「――諦めちゃ駄目」
白紙の極魔を見た時の絶望感……それを超える虚無感を抱く俺たちの沈黙を破ったのは、リセナの凛とした声だった。
見れば、リセナは両耳に手を当てて目を閉じ、ジッと何かに耳を澄ましている。
「リセナ?」
「聴こえるの。ほんの少しだけど――風が入ってくる音が、どこかから」
「――それ、本当か!?」
俺たちが入ってきた入口は石の壁で閉ざされたっきりだ。そちらから風が流れてくることはありえない。
それでも音が聞こえるということは――
あるんだ。別の抜け道か――少なくとも、外につながる何かが、この広間に!
「場所は!?」
「待って。もう少し……もう少しで……」
俺たちですら聞き苦しく感じる崩落の音は、リセナの鋭敏な聴覚にとっては比較にもならない大きな負荷となっているはずだ。
それゆえか、眉間にしわを寄せて青い顔をしているリセナは――けれども心折れることなく、音にだけ意識を注ぐ。針穴に糸を通すよりもとてつもない、圧倒的な集中を見せながら。
そして――
「――石段の向こう!」
「メイリ!」
「<ブラスト>」
「<氷晶の刺突>!」
リセナが声を発した直後。呼びかけながら、俺は射線を開けるために真横に飛び――そのすぐ目の前を、渦巻く突風が駆け抜けていく。同時に、リセナの真上に落ちてきていた巨大な瓦礫をシリウスが放った氷柱が貫く。
バガンッバガンッ!
破砕の音は、2つ。
1つは、落下する瓦礫が氷柱に砕かれる音。
そしてもう1つは、そこだけやたらと薄かった石段裏の壁が撃ち抜かれ、奥の空間へと吹き飛んでいく音だ。
ぽっかりと開いた壁の穴の向こうには――見える。
見えたぞ。
螺旋を描いて上に続いていく、石造りの階段が!
「リセナ――君は、天才だ!」
苦しそうに肩で息をするリセナの手を引き、俺は駆け出した。すぐ後ろにシリウスも続く。メイリは、シリウスを追い抜きそうな速さで走るマルクにおんぶされてやってきた。
穴の向こうに飛び込み、見上げた階段は――細い。それに、崩落の影響かところどころ段が抜けている部分もある。頭上からはパラパラと砂利が降りしきり、そのくせ天井は漆黒に呑まれてまったく見えない。
けれど俺たちは、躊躇いもなく階段に足をかけ、そして上っていく。足場が抜け落ちるのを気に留めることなく、落ちてくる石を見ることもなく、一目散に上を目指す。
駆け上がる。
上へ。上へ。上へ――!
足を踏み外したリセナの視線が下がる前に引っ張り上げ、同時に目の前で途切れた階段を一息に飛び越え――
突然視界に現れた、真っ白な光へと――手を伸ばす!
「――ッてぇ……!」
光の先が下り坂になっていることに気付かなかった俺は、盛大に足を踏み外して地面の上をゴロゴロ転がった。俺につられたリセナはよろめきこそしたが、とっさに手を離して、とっとっとっ……すたっ。無事に着地している。
そのすぐ後にシリウスと、メイリを背負ったマルクが飛び出してきて、俺の背中をダブルで踏み抜いていったのは、あとでシメるからまあご愛敬として……
やがて遥か下方から、ズシンッ……最後の崩落の音が静かに響いた。
俺たちが出てきたのは、森のどこかの大きな木の、根の隙間だ。そこにツタや葉で巧妙に隠されていた秘密の抜け道も、崩落の影響で崩れて埋まってしまった。もうどうやっても出入りはできないだろう。
――消え去ったんだ。極魔を誰かに託すため、今まで残り続けてきたリベルの遺志が。
あるいは――役目を終えて、ようやく眠りにつくことができたのかも。この遺跡ともども、な。
地味に痛む背中をさすりつつ土を払い、立ち上がる。
「……終わったな」
「ああ。文句なしの、グランドフィナーレだよ」
そして、汗1つかかず隣に佇むシリウスと、どちらからともなく笑いあった。
その手には、伝説の魔法が記された羊皮紙が力強く握られている。
何度も死にかけて、何度も頭を抱えた今回の依頼だが――これにて一件落着。
最高の――ハッピーエンドだ。




