第7話 極魔覚醒(Ⅱ)
びしょ濡れになった衣服は、シリウスが熱操作魔法によって一瞬で乾かしてくれた。自身の『一度見た現象を魔法にする能力』で同じ魔法が使えるようになったメイリも、さっさと自分の服を乾かしてしまう。
便利だなーその魔法。使えたら洗濯物を外に干す必要がなくなるじゃん。せっかく覚えたんだし、家でもそれ使って洗濯手伝ってくれたりしないかな? ……ないな。メイリだし。
その後は何事もなかったかのように遺跡探索を再開したのだが、案の定様々な罠に出くわすこととなった。
しかし、
「壁から槍だ!」
「うわああああああっ!」
「ギロチンの振り子だ!」
「きゃああああああっ!」
「転がる大岩だ!」
「もう見た」
「壁から矢だ!」
「もう見た」
「残念。矢はまだ見ていない! ははははははっ!」
「「うぜえ……」」
などとなんやかんや騒ぎながらも、俺のパターン予測やリセナの音響サーチ、マルクの動物的反射神経などなどが要所要所で功を奏し、すべての罠を間一髪のところで避けきることができていた。
そして、数にして10を超える罠を攻略。
やたら長く、罠もない一本道を通り抜けて――
「うわっ――」
そこに足を踏み入れた瞬間、俺たちは息をのんだ。
直径50mはくだらない真円の床に、高すぎて見えない天井。弧を描く壁には一切の継ぎ目がなく、磨き上げられた壁面が眩く光を反射している。そこは10階建てのビルでもすっぽりと収まってしまいそうな、広大と評するのもはばかられる広く広い円柱状の大広間だった。
地下のかなり深いところにいるはずなのに、なぜか頭上からは暖かい陽光が照らしこんでいる。それによって満ち満ちたマナが朝露のごとく輝きを放っており、空間内に超然とした空気を作り出していた。
「っ! 見て、あれ――」
リセナが指さす先――ちょうど俺たちのいる位置とは反対側の壁際に、低い石段が設置されている。その上には、四角い羊皮紙らしきものがナナメに立てかけられているのも見えた。
逆に、この場所にはそれ以外には何もない。先へと続く道さえも。
――間違いない。
あれだ。あの場所にあるのが、極魔だ――!
ダッ! わき目もふらず駆け出していくシリウスを追って、俺たちも足を踏み出す。
だが――
ゴゴゴゴゴゴゴッ……!
シリウスが広間の中央に立ち、俺たちがその3分の1ほどの距離を進んだあたりで――先ほどから何度も耳にしている、心臓を震わせるような罠の駆動音が轟いた。
しかも今回は、それだけじゃない。
広間そのものが、大きく縦に振動している。気を抜けば転んでしまいそうなほどに、激しく。
(地震? いや――)
ただ揺れているだけではないことはすぐにわかった。
広間の中央、ちょうどシリウスが立っている位置のあたりに、大きな四角い影ができていることに気付いたからだ。
「シリウス! 下がれ!」
俺と同じことに気付いたらしいマルクが叫ぶ。
影はコンマゼロ秒単位で濃く、大きくなっていく。近付いて――違う。落ちてきているんだ。
「くっ……」
シリウスもこれはさすがにマズいと思ったのか、歯噛みしながらも――無理な前進はせずに、大きく跳躍して後方に飛び退いた。さらに数度バックステップして、俺たちの近くに戻ってくる。
それとほぼ時を同じくして――ズドオオォォォォォォンッ!
1秒前までシリウスが立っていた位置に、影の大きさと同じ四角い物体が墜落した。
一辺3mほどの立方体。材質は、周りの壁とよく似た鈍く輝く鉄色の金属。レンガで組まれた家のような、縦横均等な直線が全体に刻まれている。
一見すると巨大で複雑な、色のないルービックキューブにしか見えないが……ただの物がまとうにしてはおぞましすぎる威圧感が、そんな楽観を跡形もなく圧し潰してしまう。
反射的に身構える俺たちの前で、その立方体は――全体に走る細いラインに、マナに似た虹色の光を灯らせた。
ゴゴゴゴゴゴゴッ……
振動。
大気が震え、空気が張り詰める。激しく脈打つマナが渦を巻き、立方体に吸い込まれていく。
そして、開く。ラインを裂け目にして、立方体が、内側から押し広げられるように。
次いで、組み換わる。それこそルービックキューブのように各ブロックが回転し、さらに結合し、伸長して、まったく別の姿を構築していく。
小さな破片が、触れるものすべてを圧壊する剛腕に。
平らな鋼板が、あらゆる矛を砕いて通さない甲冑に。
それはまさしく、変形だった。
ただの四角形から、その形への。
――人型への。
10秒とかからずに変形を終えた立方体は、高さ5mを優に超える錬鉄の巨人となって俺たちの目の前に立ちはだかった。
「……魔導人形……」
蒸気を噴き出すように各部からマナを溢れさせる巨人を見て、シリウスがあっけにとられながら呟く。
ゴーレム……なるほど。言われてみれば、ド○クエに出てくる同名のモンスターにそっくりだ。
石や金属なんかの素材を人型に組み上げて魔法で動かす、自律式の魔導ユニット――ってところかな。この世界だと。
「一応聞くけど、お前の知り合いにこんなもんが造れる魔導士は?」
「その道に詳しい者になら心当たりがあるけれどね。その者にこれを見せたらひっくり返ってしまうのではないかな」
回りくどい言い方だが、いないんだな、ようするに。そもそも、現代に存在しないのかも。
なんにせよ――つまりはこいつも、過去の超技術で生み出された遺産。リベルが極魔を守るために用意したギミックの1つに違いないわけだ。
(結界、罠ときて、今度は番兵か。ダンジョンのお約束揃い踏みだな)
だが、極魔はもう目と鼻の先。試練もこれで最後のはずだ。
ここで引き返すなんて言語道断。勢いのままブチのめして、さっさと終わらせてやろうぜ。
――なんて、口に出したら「じゃあお前がやれ」とでも言われそうだから、言わないけどな。
『オオオオオオォォォォォォォォォッ!!』
駆動音とも咆哮ともつかないうなり声をあげて、ゴーレムがサ○クロップスみたいな一本線の目に光を灯らせる。
来るか――
と身構えた時にはすでに、巨腕が俺の目の前に迫っていた。
「な――」
――ガキィィィンッ!
瞬時に間に割り込んできたマルクの剣が、ゴーレムの握り拳と交差する。
ズシンッ! と地面が揺れる。額に脂汗を浮かべて歯を食いしばるマルクの足元には、小さなクレーターができていた。
「ボサッとするな!」
「ッ」
叱咤された俺はすぐさま後ろに退避して、最後列――メイリとリセナの立つ少し前に逃げ込む。一瞬遅れてマルクも剣をゴーレムの手に弾かせて、バク宙しながら後退した。
抵抗を失ったゴーレムの拳は、そのまま地面を強打し――バガァァァァァンッ! 床に大きな亀裂を走らせる。
(クソッ。完全に油断してた……ッ)
石でできた人形なら動きも遅いはず――と思い込んでいたのが失敗だった。まさかここに来てセオリーをブチ壊してくるとはな。
「速いね。それに見かけ通りのパワーもある。マルク、凌げるかい?」
「あんなのを何発も受けてたら、骨より先に剣が折れる」
「そう言うと思ったよ。では――」
ゴーレムが緩慢な動作で腕を持ち上げている――どうやら瞬発力があるだけで常時速いわけではないらしい――間にマルクとそんなやりとりをしたシリウスは、すぐさま2つの魔法陣を前方に描いた。
「<身体補強>! <武装補強>!」
術式鍵語を告げてマナが供給されると、2つの魔法陣から輝きがマルクに伝播。全身を覆うように淡い光を、刀身にまとわりつくように眩い光を、それぞれ灯らせる。
「肉体と剣をマナで強化した。君にとっては気休めにしかならないだろうが……」
「いや――十分だ」
強く剣を握りなおしたマルクは、疾走。
再び振り下ろされたゴーレムの拳と真正面から打ち合う。今度は、涼しげな顔で。
「撃て! 動きはボクが抑える!」
「恩に着るよ――<氷晶の刺突>!」
「やっ!」
「――<ブラスト>」
マルクの後ろから、シリウスが氷魔法、リセナが矢を放つ。言葉は通じてないまでも、シリウスたちの行動からなすべきことを直感したらしいメイリも――左目を緑に光らせたいつぞやの本気モードで、風を放って追撃した。
矢が目を。氷柱が腕の関節を。風が胸部中央を正確に撃ち抜く。連続の強い衝撃にゴーレムは上体をガクンッとのけぞらせた。
だが――体勢を立て直したゴーレムの体には傷1つついていない。関節はおろか、脆そうな目の部分にもだ。
さっきの丸岩にかけられてたのと同じ、耐性魔法ってやつかッ……!
「ならば、これはどうかな?」
言って、シリウスが魔法陣を描く。
それは俺の<フレイム>やリセナの<治癒光>で用いられる、崩した文字のような形で画数の少ない下級魔法陣とは一線を画す大魔法陣。
円を描く図形の内側に幾何学模様を複数重ね合わせてつくり出す――中級以上の魔法であることを意味する、正規の円形陣だ。
「この場にたゆたう高濃度のマナ、有効に使わせてもらうよ」
手元につくったマナの鍵を中央に開けた小さな穴に投げ入れる、メイリと同じ動作でシリウスが魔法陣を起動する。
すると、絶えずゴーレムに注ぎ込まれていたマナの流動が一部乱されて、こちらの魔法陣に奔流となって流れ込んできた。
「舞い刺す氷槍、その目に刻め! <絶晶氷演陣>ッ!!」
術式鍵語とともに、ゴーレムを完全に取り囲んでしまう青白い光の円が床に現れる。
そこから、ズガガガガガガガッ!!
円錐を形作るように、中央の虚空へ向かって伸びる無数の氷柱が発生。その頂点でゴーレムの胴を360度全方位から串刺しにした。
逃げ場はなく、殺傷力も絶大。人に当てれば文句なしのオーバーキルになる文字通りの必殺技だ。
これなら間違いなく、ゴーレムも沈黙――
……ゴゴッ、ゴゴゴッ……
させられて――いない!
強烈な一撃に一瞬動きを止めたゴーレムだったが、駆動音だけは途切れず続いている。
直後に魔法も――バキィンッ! 身じろぎ1つであっさりコナゴナにされてしまった。
氷が直撃した部位には小さな擦り傷しかついていない。実質、無傷みたいなものだ。
「これでも足りないか……!」
「【矮小なる隔て、打ち砕け神風】」
焦りを浮かべるシリウスの後ろで、こちらも円形陣を描いたメイリが手元に鍵を形作る。魔法陣の外周円に相当し、術式鍵語を修飾して補助する効果のある呪文『詠唱連語』も重ねて唱えたということは、シリウスの魔法よりもさらに強い上級魔法だろう。
魔法陣の中央に鍵が投げ入れられると、メイリの頭上高くにそれとは別の巨大な魔法陣が浮かび上がる。
マナは手元の魔法陣ではなく頭上の方に注ぎ込まれ、その前方に圧縮された空気の球体を形成。注がれるマナに比例して球体のサイズも周囲に発生する烈風も爆発的に肥大化していき――瞬間、強烈に収縮した。
「術式鍵語――<突き崩す破城風槌>」
ヒュウゥゥゥゥ――――バンッ!
耳をつんざく爆音とともに弾けた真空の爆弾は、ベクトルを調整されて魔法陣の直線上にのみすさまじい衝撃波を届かせる。渦を巻いて大気を突き破るその様は、まさしく魔法陣を砲台にした風のバズーカ砲だ。
ドゴオオオォォォォッ!!!
ゴーレムのそれよりもさらに巨大な拳で殴りつけるかのような、過剰なまでの破壊力を秘めた無色の弾頭が着弾する。
その強力無比な一撃に、さしものゴーレムも上体をグラッと大きく後ろに傾かせた。
だが――それだけだ。
戦艦の主砲の直撃を上回る衝撃だったというのに、ゴーレムにダメージを受けたらしき様子は見受けられない。何事もなかったかのようにのけぞった上半身を持ち上げて、拳も構え直してしまう。
――ダメだ。
やっぱり、無理なんだ。
こいつにはどんな攻撃も通用しない。正攻法で倒すことは、できないんだ。
倒すには何か――特別な方法か、手順が要る。戦いながら、それを見つけなきゃならない。
だが……
速度と威力を伴ったゴーレムの必殺の攻撃を凌ぎつつ、その弱点を探すとなると……まさに至難の業だ。魔法に詳しいメイリとシリウスに分析に徹してもらえればチャンスがあるかもしれないが、そうするとマルクへの負担が大きすぎる。この2人を前線から下げるわけにはいかない。
かといって、撤退して体勢を立て直そうにも、一度ここを出たら戻ってこられる保証はどこにもない。あの即死トラップの数々を誰一人欠けずに切り抜けられたのが、すでに偶然と奇跡の賜物なんだからな。
立ち向かうも地獄。背を向けるも地獄。どちらを選んでも、この試練が俺たちにとって絶望の壁であることに変わりはない。
(――それなら)
どちらを選んでも勝てないなら――どちらも選ばなければいい。
今あるもの、今できることで、勝利以外の勝利条件を満たすんだ。
「……マルク。シリウス。あと30秒だけあいつを抑えておけるか」
「?」
「それくらいなら造作もないが……」
「じゃあ任せる。リセナ。この部屋に、他に仕掛けがあるかどうかわかるか?」
「えっと……多分ないと思うよ。変な音は聞こえない」
「さすがだ」
よし。なら、まっすぐ行ってよさそうだな。
「メイリ。お前は――俺を助けてくれ」
「――ん」
最後だけは日本語で伝え、俺はゴーレムの――その先を見た。




