第6話 極魔覚醒(Ⅰ)
「<治癒光>」
リセナの手に灯った淡い光が伝播して、魔物のキバやらツメやらによって俺の体中に刻まれていた生傷を塞いでいく。
生命エネルギーに変えたマナでカサブタのような膜をつくって外傷を癒す、軍専用の医療魔法らしいのだが……すごい効力だな。ものの数分で痕も残らず治っちまった。
さらにリセナは、なぜか持っていたソーイングセットで切り裂かれた俺の服もあっという間に修復してしまう。いたれりつくせりにもほどがあるよ。
「これで……よし、っと」
「サンキュ。助かったよ。色々とな」
「どういたしまして。これで少しは恩返しができたかな?」
「十分すぎるくらいだよ。けど、こんな無茶はもうしないでくれよ?」
「えー? どうしよっかなー」
「お、おい……!」
「ふふっ、冗談。でも、無茶してるのはナユタ君も同じだよ? あんな危ない戦い方してる人、初めて見たかも」
「うっ……」
そこを突かれると……ぐうの音も出ないな。
俺にはマルクのような身体能力があるわけでも、リセナのように必中の狙撃ができるわけでもない。敵の目の前だろうと、やみくもに知ってる魔法をぶっ放すことしかできない。ゲームで言や、最初のスキルしか持ってないままダンジョンを進んでるようなもんだ。
それでちゃんと戦えてるならまだしも、結果がこのザマじゃ心配されるのは当然か。
「だから、約束して」
「約束?」
「これからはもう、無茶しないって。そうしたら私も気をつけるから」
にこやかに言う割に、リセナの表情は真剣だ。俺なんかのことを本気で心配してくれているらしい。
こりゃあ、茶化すわけにもいかないな。俺だってこれ以上危ないことはしたくないから、最初から拒否るつもりもないけど。
「……わかった。約束だ」
答えて、俺は伸ばした小指を差し出した。
しかしリセナは、俺の指をまじまじ見ながら「?」って顔をする。
……そうか。知るはずないよな。
「指きりっつってな。俺らがいた世界じゃこうやって、約束するときに指と指を絡めるんだ。だから、ほら」
「へぇー……なんか、素敵だね」
関心したように言って、リセナはその細い指を俺の指に絡める。
思いが籠められているみたいにリセナの指は力強く……肌の柔らかさも相まって、抱きしめられているみたいだ。
なんて意識すると、急に気恥ずかしくなってきて――
「そ、そういえばっ、メイリたちの進捗はどうだろうな!」
目をそらしながら、俺は、するっ。指をほどいて、逃げるようにリセナから距離をとった。ヘタレで悪かったな。
そのまま視線をメイリの方に移すと、マナのキーボードはメイリの目の前の1つだけになっていた。シリウスもすでに停止した演算機に背を預け、荒い息を整えている。
クラッキングに置き換えると……不要なウィンドウはすべて閉じて、あとはパスワードを入力するだけって段階だな。
「解放演算正常稼働確認。定数判定全承認」
二言三言呟きながら、メイリは最後のキーボードもかき消してしまう。
空いたスペースに、今度は鍵穴のような形を雑に描いて――右手に集めた鍵の形をしたマナを、腕だけでゆるくアンダースローしてその中に投げ入れた。
「術式鍵語――『ひらけごま』」
なんでやねん。
と思う間もなく、カチンッと音が聞こえてきそうなくらい小気味よく回る鍵。
それに呼応して、パアアアァァァァ――……
目の前の結界が激しく輝き、積み上げたブロックを崩すみたいに、パラパラ、ガラガラ、と――崩れていく。
土石流のように溢れて流れ出すマナはしかし、俺たちの方に押し寄せることもなく、光の残滓となって地面に溶けて吸い込まれる。
燃え尽きていく打ち上げ花火を見上げているかのような、幻想的な光景だ。これが見れただけでも、この依頼を受けてよかったと思えてしまうな。
「…………」
結界の解除に成功し、ついに目の前に開けた極魔の在処。景色としては周りの森と大差ないが、明らかに雰囲気の異なるそこに――俺たちは誰一人として言葉を発しないまま、固唾を飲んで一歩一歩足を踏み入れる。
魔物はおろか小動物の1匹すら見当たらない、異常なまでの静謐な空間を歩く。
パサパサと踏みつけられた草葉が割れる音と、俺が引くリアカーのタイヤが鳴らすガラガラという音だけがしばらく続いた。
そして数分後。ちょうど結界の中央にあたる位置で、俺たちはそれを見つけて立ち止まった。
「遺跡だ……」
平たい長方形をした、なんの飾りっ気もない石造りの建物。長い年月が経ち周囲の草木は伸び放題になっているにもかかわらず、そこだけは毎日人の手で手入れがされていたかのような――色あせることのない厳かな建造物が目の前にあった。
窓はなく、あるのは人が2人並んで通れれば十分という大きさのアーチ型の入り口のみ。どうやら一階部分はなく、アーチの先はそのまま地下へと続く下り坂になっているようだが……光がまったく届かないため、外からではその先は見通せない。
リアカーを脇に停車ししばしの休憩をとる俺たちの前で、遺跡を遠巻きに眺めながら、シリウスは「ふむ……」と目を光らせる。
「……結界が施されているね」
「また解除が必要なのか?」
「いや、この結界は単純に強度を補強するものだ。侵入者を拒む仕掛けはないよ。いかなる手段を用いても、この建物を破壊することはできそうにないというだけだね」
ロブのバリアが建物全体に張られてるみたいなもんか。それだけでもとんでもない結界なのは間違いないはずなんだけど、さっきからそれ以上にすごい光景ばっかり目にしてるせいで、これくらいじゃ驚かなくなっちまったな。
とにかく、破壊できないってことは……直接中に入って、手探りで探索するしかないわけだ。
「じゃあ……行くか?」
「もちろんさ。極魔は必ずこの先にある。そう思うと今すぐにでも飛び込んでいきたいくらいだよ。一応確認するけれど――ついてきてくれるかい?」
「ここまで来て引き返せって方が無理だろ。毒を食らわば皿まで、とも言うしな」
「君はなかなか面白い表現を使うね。では改めて、よろしく頼むよ。――行こう」
シリウスを先頭に、俺たちはいよいよ遺跡のアーチをくぐる。
一寸先も見通せない、完全なる暗闇が目の前に広がる。まだ後ろからは外の光が差し込んでいるというのに、まるで別世界に飛び込んでしまったかのようだ。
靴が石の床を踏みつける、カツーンという音が内部にこだまする。その音を聞いて、ハッと何かに気付いた様子のリセナが目を閉じて耳を澄ました。
「……ここ、すごく深いところまで続いてるよ。それに、結構入り組んでる」
今の音だけでそこまでわかっちまうのか。やっぱすごいな、エルフィアの聴力。
「<浮燭光>」
その言葉が本当なのかを確かめるためにも、まずは先が見えないと何も始まらない。なので、シリウスが魔法陣を描き、野球ボールくらいのサイズの発光する球体を召喚して頭上に浮かび上がらせる。
夜に部屋の灯りをつけたときみたいにホワイトアウトする景色に、一瞬目が眩み――次の瞬間、俺はまた目を見張った。
「これは……」
遺跡の内部は、光が届くずっとずっと先まで長いスロープが続いているようだ。いくら魔法があるとはいえ、リベルがいたという2000年も昔にこんな穴を掘ったのだと考えると、時代の神秘に圧倒されそうになる。
だが、俺が驚いたのはそこじゃない。
マナが。ゆらゆらと妖しく波打ち、夜を舞うホタルのように煌々と闇を漂うオーロラが――溢れんばかりに充満し、幻想的な世界を作り上げているのだ。
それが、見える。観測活性化なんかしていないはずなのに。
どうなってるんだ、これは……!?
「龍脈だね。元来ここは、大地より噴き出すマナが流れ込み堆積するパワースポットだったのだろう。蓄積されるマナが長く消費されずにいたため、可視化されるほどに飽和しているんだ」
そんなことが……あるんだな。
何重もの結界に、地下深くまで続く通路、そして龍脈か。耳慣れないワードの連続で、いよいよもって極魔に近付いてきたって感じがして胸アツだぜ。
ていうかこれじゃあ、遺跡というよりもまるで……
「ダンジョンだな」「迷宮だね」
俺とシリウスの発言がハモる。
どうやら、どの世界にも同じような話はあるらしい。
「気をつけろよ、シリウス。俺らの世界じゃ、こういうところには罠や仕掛けが盛りだくさんってのが通例だ」
「私が幼少期に読んだ冒険小説にも似た記述があったよ。もちろん、細心の注意を払って進むさ」
言いながら、シリウスは<浮燭光>の光球を少し前に飛ばして進路を確認している。迂闊なマネをして罠を起動させてしまうような心配は必要なさそうだ。
こいつ……機械を持ってきたときもそうだったが、慎重さだけはピカイチなんだよな。言動はアレなくせに。
となると、気をつけなきゃいけないのは他の面子だな。メイリはどうせ自分からは動かないから大丈夫だと思うけど、見るからに育ちがいいマルクとリセナは、こういうときのセオリーなんて知らないだろうし。
「お前らも、あんまり勝手に動き回るなよ――」
「え?」
ガコンッ!
とりあえず注意だけでもしとこうと、後ろを振り返って呼びかける。
呼びかけた……のに、オイィ……!?
壁を調べてるマルクの手っ、手が! いかにも押してくださいと言わんばかりの怪しさムンムンな石のでっぱりを、ガッツリ押し込んじゃってませんか……!?
ていうか今明らかに不穏な音聞こえたし!
「こん――っのバカイヌゥゥゥゥッ!」
「なっ、バカとはなんだバカとは! そもそもお前らが話に夢中になってるから――!」
ゴゴゴゴゴゴゴッ……
俺とマルクが醜い言い争いをしている間に、どこかの仕掛けが動いたらしい重低音と振動が響き渡る。
どんな異常が発生したのかと戦々恐々しながら視線を巡らせてみると……
どこにどうやってそんなもんが収まってたのかは知らんが、ぶ厚い石の壁が――ズズズズズッ、ドンッ! 上から下りてきて、入口のアーチを、ふ、塞いじまった……!
結界が施されていることを考えると、あれは壊して出ることができない鉄壁のUターン防止柵。閉じ込められたぞ。
別の出口を探すしかないってことか。セオリーに従えば、どうせあるのは最奥部とかそのへんだろうけどな。
「な、ナユタ君……」
って、今度はリセナだ!
今にも泣きだしそうな声に振り返ってみれば、その足が床に埋め込まれた四角いタイルのようなスイッチを思いっきり踏みつけてしまっている。
そうかぁ……そっちもやっちゃったかぁ……
諦めを通り越して笑顔になりかけている俺の頭上で再び、ゴゴゴゴゴッ……。不吉な異音。
そして、ドシィィィィイインッッッ!
降って、きちゃいましたよ! いかにもな感じの丸い大岩が!
ここはスロープになっている。なんとなくこういうこともあるんじゃないかと予想はしてたけど、やっぱり、転がってくるぞ。斜面の下側――こっちへ向けて!
「<氷晶の連撃>!」
「<ブラスト>」
シリウスが魔法陣を描き、召喚した3つの氷柱を大岩めがけて射出した。合わせてメイリも、伸ばした左手から突風を放出する。
鋼鉄すら貫く勢いで飛んでいく氷と風の弩級砲撃。
だが……パキンッ。バシュンッ。
そのどちらも、大岩に触れた瞬間に跡形もなく霧散してしまった。
「結界……いや、全属性に通用する高度な耐性魔法かな? さすがは極魔の迷宮。そうやすやすと罠を攻略させてはくれないようだね」
「言ってる場合かあああぁぁぁぁぁぁ――――ッ!!」
この状況でものんきに分析してるシリウスに無駄とは知りつつもツッコミを入れながら、俺は――その横でボーっと突っ立ってるメイリの背中と膝裏に手を回し、横向きにして抱きかかえた。魔法が効かないとなったら、一番無力なのは間違いなくこいつだからな。
お姫様抱っこされる形になったメイリは、突然のことだったからか珍しく「!?」って感じに目を見開いている。若干、頬にも赤みがさしている気がした。
めったに見られないメイリの驚いた表情だ。ぜひとも小一時間は観賞してついでに写真に収めておきたいところだが、そんな余裕はまったくない。あとカメラもない。
音で察知していたのかとっくに逃げる用意をしてたリセナと、多分走って逃げきれるマルク、それとようやく前を向いたシリウス。3人が、ちゃんとついてきているかどうか――確かめもせずに、俺は斜面を全力疾走した。
「うおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ――――ッ!!」
全力で、走る。走る。走る。
メイリがとにかく軽いおかげで動きにほとんど支障はない。あるとすれば「こいつ軽すぎるだろ。もっと食わせなきゃダメだな」という老婆心もとい雑念だけだ。
だが、駆け下りるだけの人間と転がる球体。これだけ長い下り坂だと、当然後者の方がトップスピードは速い。
ゴロン……ゴロン……ゴロ、ゴロ、ゴロゴゴゴドドドドドッッッ!!
最初は転がるというより引きずるようだった音も、距離と時間が進むにつれて倍々に激しさを増してきた。
振り向いて確認する余裕なんかすでにない。迫る圧も、だんだんと背中に肉薄してきている感覚がある。追いつかれるまであと数秒ってところだ。
クソッ……どこかに逃げ道はないのか……!?
「左! 飛んでッ!」
「!」
ナナメ後方からリセナの声。弾かれるように俺は一瞬急制動をかけ、そちらを見ることもなく――タッ。反復横飛びの要領で左に飛んだ。
ここは――細い通路だ。分かれ道に逃げ込めたみたいだぞ。
直後にマルク、シリウスの順で同じ場所に飛び込んでくる。少し遅れたリセナは、マルクが腕を引っ張り、引き込んで抱き留めた。
ドドドドド―――ドガアアアアァァァァァァァンッッッ!!!
曲がり角の向こう側では、岩が砕ける轟音とともに爆発のような粉塵が舞い上がっていた。
下り坂の行き止まりは案外近かったらしい。ここに飛び込めてなかったら、今のに巻き込まれて終わりだったんだ。
間一髪だったな……けど、全員無事だ。そこだけは、よかったよ。
「はぁ……はぁ……メイリ、大丈夫、か……?」
いきなり抱き上げたんで酔ったりしてないかな――などと少し心配しながら手元を見る俺は、思ったより近くにあったメイリのご尊顔とご対面。
「…………」
調子を崩したりはしてなさそうだが……元々ジト目気味の目をさらに細め、頬には朱が差し、への字口。プルプルと震えるその様子は――俺でなくとも一目でわかる、明らかなお怒りモード……!
まあ……そりゃそうか。いくら急いでたからって、いきなりお荷物みたいに抱えられたら恥ずかしいに決まってるよな……
「……<ゲイル>っ」
「べぶぅっ!?」
手の甲でビンタするみたいなメイリの挙動に連動して、バンッと叩きつけるような風が俺の頬にクリーンヒット。その威力はいつもの<ブラスト>に比べて数倍高く、俺は弧を描いて吹っ飛ばされ床に叩きつけられた。
俺の腕からすっぽ抜けたメイリは、魔法を使ったのか一瞬フワッと浮かんで華麗に着地。自分の身体を抱くように片手で反対の腕の二の腕あたりを押さえ、ジト目で俺を蔑んでる。いくら俺でもこれ以上は泣きますよ?
「まったく……なんなんだ、この遺跡は……」
「怖気付く必要はないよ、マルク。君のことは、この私が命に代えても守ってみせるからね」
「気持ち悪いことを言うなッ!」
死に体の俺そっちのけで盛り上がるマルクとシリウスは、さっきの追いかけっこがなんでもなかったかのようにピンピンしてる。むしろ今のシリウスの軽口の方が精神的にはキツかったようで、マルクはいつもよりイラついた様子で壁を殴った。
ガコンッ。はいここで3度目の異音。
今度はなんだろうなーとため息混じりに起き上がろうとした俺の尻が、急にスカッと下に抜ける。視線もどんどん下がっていって――
「うおおおおおっ!?」
かろうじてフチに両手を引っかけ、そのまま落ちていくことだけは防げた。
恐る恐る下を見てみると、床がパカッと開いて深い縦穴が広がっている。
転がる大岩の次は……落とし穴かよっ……!
しかも数m下の穴の底には、金属でできてるっぽいトゲが剣山みたいに何本も生えてるし。うわっ……罠の殺意、高すぎ……?
「ナユタ君!? だ、大丈夫!?」
慌てて駆け寄ってきたリセナが、俺の腕を掴んで引き上げてくれようとするのだが……
絶妙に膝を開いて目の前にしゃがみ込んでくれちゃうもんだから、超ミニでタイトなスカートの中身がチラチラしちゃって気が気じゃない。これが他の誰かなら「ラッキー(笑)」とでも思うのかもしれないけど、相手がリセナとなると背徳感の方が勝っちゃって素直に喜べないし。
ていうか、そんな無防備な服着て木登りしたりすんなよな。いつどこで誰が見てるかわからないんだから。って、本人に面と向かって言っても首を傾げられるだけなんだろうけど。無知って怖いね。
「相変わらずマヌケだな、お前は」
「うるせえ。相変わらずは余計だ」
「否定するならマヌケの方じゃない……?」
などとマルクとリセナにツッコミを入れたり入れられたりしながらも、俺はどうにかこうにか穴を這い出ることに成功する。
「ていうか、元はといえばお前が……」
罠を踏みまくるのがいけないんだろ――とマルクに言ってやろうとしたのだが、それ以上は続けられず、クラッ。
さっきの落とし穴に思ったより恐怖を感じてたのだろうか。起き上がると同時に立ちくらみがした。
そのまま――
「わっ」
「!?」
飛び込んじゃったよ……! ちょうど目の前で立ち上がったリセナの、胸に!
リセナは普段からベアトップみたいな薄くて露出の多い服を着てるので、その形や大きさがとっても女性的なことは重々承知していたのだが……こうして顔に押しつけられてみると、想像してた以上にデカいことがわかる。そして何よりも、柔らかい。某ソファなんて目じゃないくらい人をダメにしてしまいそうな、どこまでも受け入れてくれる包容力を感じる……!
しかもリセナもリセナで怒ったり抵抗したりしないから、そんな至上の感触をたっぷり3秒ほど堪能してしまった。
ありがとう。いいおっぱいです。
「…………」
「…………」
代わりに怒ってる(っぽい)のは、若干目を下に向けたメイリとマルクの2人。視線がこっちを向いてないのに冷たいオーラだけビシビシ肌に刺さるけど、お前らが怒る要素今のどこにあったよ。
「ご、ごめっ……!」
骨抜きにされかけていた俺は根性と倫理観と背徳感の助けでなんとか胸から顔を引きはがすが、それがまた失敗。
後ずさりした俺の足元で――カチッ。今度は、音がした。
ドバアアアアアァァァァァァァ――――ッ!
次の瞬間。滝のような水が俺たちの頭上から降り注ぐ。
水と同時に石の壁が下りてきて通路とスロープ側を分断してしまったので、おそらくはこの通路に立っている者をどこかに押し流してしまうトラップだったのだろう。
しかし降り注いだ水は偶然にもさっき開いた落とし穴にすべて流れ込んでいってしまい、結果通路と俺たちがズブ濡れになるだけにとどまった。さては欠陥構造ですな?
「――ああもう! 本当になんなんだよこの遺跡はっ!」
自分のミスを棚に上げてマルクに同調するようなことを言い、俺はなぜか顔に貼りついていたデカい葉っぱをずるっ、ぺしっ。引っぺがして床に叩きつける。
(極魔なんかもうどうでもいい! 絶対に踏破してやる……!)
さっきから先読みしたみたいにことごとく罠を配置しやがって。
そっちがその気なら、こっちだってここからは全力だぞ。アニメやらマンガやらで散々パターンの予習をしてきた元二次オタニートをナメんなよ。
と、割とどうでもいい決意を固めて通路の先に向き直った俺は――
進行方向――ようするにさっきと同じ場所だが――に棒立ちして水を滴らせているメイリを見て、絶句した。
「…………」
余談だが。
メイリが普段から着ている薄手の白いブラウスは、水に濡れるとかなり透ける。イリアさんの畑で押し倒してしまった時なんかも、泥の水分を吸ってなかなか際どいことになってしまっていた。
そして、これは一緒に生活する中で偶然知ってしまったことなのだが……
メイリは、その……いわゆる、上の下着をつけていない。というか、持っていない。身長も胸囲もミニマムなので、必要性がそもそもないのである。肌着の類もめんどくさいのか着るのは稀だ。
――制裁演算、開始。
これらの情報はすなわちメイリの身体的局所部位に発生した緊急異常事態と密接に関係性を示しており俺の網膜は上着によって形をブラウスの透過具合によって色をそれぞれ半分ほどしか包み隠すことができていない2つの隆起物を正面から捉え視覚記憶として永久保存してしまっているからして、導き出される結論は――
「……不快」
俺の視線から自分がどんな状態になっているのか気付いたらしいメイリの、一切の感情が籠らない冷たい一言。
渾身の威力を込めて放たれた<ブラスト>によって、俺は――ドボンッ。
水が溜まった落とし穴へと、盛大に突き落とされてしまうのだった。頭から。




