第4話 賢者の秘密…?(Ⅱ)
数こそ減ったが、持ち運びするにはまだまだ厳しい重さ。なので、何か楽にできる方法がないかと村の役場に相談しに行ったところ、リアカーが借りられた。
エルフィアの大工から譲り受けたものだそうで、森の中で使うことが前提になっているのか、タイヤが大きく堅牢なつくりだ。これなら大きな機械でも安全に運べそうだよ。重いことに変わりはないけどな。
そんなこんなで――いよいよ出発。
ちょっと詳しめの自己紹介や雑談をしたり、マルクとシリウスの口ゲンカを微笑ましく眺めたりしながら、獣道を進んでいく。シリウスが極魔の反応を観測したという目的地――エルフィアの森の最深部へと向かって。
と……
「む……止まれ」
先頭を歩いていたマルクが、剣に手をかけて唐突に立ち止まった。
歩き出して5分くらいのところで早速「疲れた」とか言い出したメイリを乗せたんで、さらに重くなったリアカーを必死に引きながらの俺も――呼吸を整えながら、その後ろで足を止める。
「ぜぇ、はぁ……ど、どうした?」
「怪しい気配だ。――近付いてくる」
「……魔物か?」
森にいる怪しい気配なんてそれくらいだろう……という俺の予想は正しく、目の前のやぶから――バッ!
牙をむいたオオカミ型の魔物が、飛びかかるように襲いかかってきた。
将軍が村を陥れるために利用し、俺もこの世界に来てすぐに襲われたことのある、あの魔物だ。名前は軍の人に聞いた――ガルム。
「――ふっ!」
その姿を視界に捉えると、すぐさまマルクは戦闘体勢に移行した。
姿勢を下げて大きく踏み込み、居合のように抜刀と同時に刃を振り抜く。残像を残して真横一文字に走った剣閃は、目の前の1体を音もなく両断。消滅させた。
だが、身をもって体験した俺は知っている。ガルムの狩りの基本は集団による包囲なのだ。
すぐに新手が来る――!
その読み通り、左右から2体ずつ――木々の陰から陰を飛び移りながら、群れの残りが迫っていた。
「<ブラスト>」
片側は、リアカーのへりに座ったままのメイリが魔法で迎撃している。
どうやら前方にも新手が現れたらしく、マルクもそちらに視線を向けたままだ。
2人には任せられない。なら、反対側は俺が!
「――<フレイムⅡ>!」
魔法陣の簡便さはそのままに、威力と弾速を対魔物用に大幅強化した新型<フレイム>を射出。
燃え盛る炎弾は打たれたボールのように一直線にガルムを捉え、着弾して衝撃と熱によるダメージを与える。
ゴゥッ――ぽすんっ。
――はずが、あ、あれ? 途中で炎弾が消えたっ!?
飛距離が足りなかったのか? そういえば、重さと速さだけ意識して射程のことはまったく考えてなかった……!
「クソっ……!」
慌てながらも、俺はベルトに差していた拳銃を抜いて撃鉄を起こし、両手で構えた。
これは、イリアさんにもらったリボルバーだ。折りを見て返すつもりでいたんだが、結局常備しちまってるな。
とはいえ将軍に誤射したときは半ば無意識だったから、実質これが初めてと言っていい射撃だ。しかも弾が足りなくて実技演習はできていないので、限りなくぶっつけ本番に近い。
だが、引き金の重さや反動の大きさは覚えているし、小さな弾を当てる練習も<フレイム>のサイズを変えて何度もやった。的だって、動いてるとはいえ真正面から突っ込んでくるだけだ。
しっかりと狙いを定めれば、1体くらい――!
「当たれ――!」
――パァンッ!
白煙を上げながら放たれた銃弾は、文字通り目にもとまらぬ速さで空間を貫き――ビスッッッ! 数mの距離にまで迫っていたガルム1体の頭に命中。さらには頭蓋すら砕き穿って後ろの木に風穴を開けた。
直後にガルムは灰となって消えていく。撃破成功だ!
反動にもなんとか耐えられた。次弾、いけるぞ。
と、再度撃鉄を起こして狙いを定める。
だが――残っていたはずのもう1体が、見つからない。
銃口は前に向けたまま、視線を巡らせて周囲を探る。
その時、すぐ近くでガサッと音がして――目の前のやぶの中から最後のガルムが飛び出してきた。
とっさにそちらへ銃口を向けるが、発砲は――間に合わない――!?
「<氷晶の刺突>!」
ヒュン――ドスンッ!
ツメと銃口が交差する刹那。円錐状の巨大な氷柱が俺の横をすり抜けるように飛来し、ガルムの胴を穿って消し去った。
今のは……メイリがやったんじゃない。初めて見る魔法だ。
「助かったよ、シリウス」
その魔法を放ったらしいシリウスは、右手を優雅に左右して魔法陣を形成していたマナを散らす。
「かまわないさ。あまり私の手を煩わせてほしくはないけれどね」
「うっ……悪い……」
「いや、違う。謝罪を望んでいるわけではないよ。けれど、君にその気があるのなら……代わりに君が持っているその武器、見せてもらってもいいかな?」
「え、これか? まあいいけど……」
言われるがままに俺は拳銃を、イリアさんに教わった方法で撃鉄を戻してからシリウスに手渡した。
受け取った拳銃をいろんな角度から眺めながら、シリウスは学者然とした態度でうんうん頷いている。「魔導具ではないようだが……」「この回転機構が……」「火薬の臭いか……」などとぶつぶつ呟いてもいた。
「興味深いな……これは君の世界で作られたものかい?」
「まあ、そんなとこだな。貰い物だから詳しくは知らないけど」
「一般的なものではないということかな? 量産品のように見えるが」
「俺がいた国では持つのが違法だったってだけだよ。世界的には結構普及してるはずだし、実際に戦争で使われたりもしてる」
「……なるほど。君の世界もまんざら平穏というわけではないようだね」
少なくとも、俺がいた時代の日本は平和そのものだったけどな。不穏なニュースくらいならあったけど、結局戦争になることはなかったし。
でも、外国では数年以内にいくつも内戦や紛争が起こってた。そういう意味ではシリウスの感想も間違ってはいないのかもな。
現代兵器で殺し合いをしてる地球と、魔法で魔物と戦ってるこの世界。どっちがマシかなんてのは、考えたくないことだが……こうして両方の恩恵にあやかってるんだから、忘れるわけにもいかないか。
銃も、魔法も、オモチャじゃない。引き金1つ、魔法陣1つで、簡単に人が殺せるんだ。他人の命を奪うに値しない、俺みたいな無才の凡人が使い手であったとしても。
そのことを肝に銘じて、使い方を間違えないようにしないとな。間違えて将軍を射殺しかけた俺が言えたことじゃないけど。
などとセンチメンタルに浸ってる間にも、シリウスは銃をクルクル回して解析というか観察というかをしてる。
その銃口がかなりの頻度でこっちを向いたり、不用心にも撃鉄が起こされたりしてるので――
「もっ、もういいだろっ。返してくれよ」
オモチャじゃないって自分に言い聞かせたばかりなのに、オモチャみたいな扱い方をしてるやつに誤射で殺されちゃたまらん。
「おっと、すまない。まだ魔物が潜んでいるかもしれないというのに、不用心だったね」
あらかた調べ終えたのか、シリウスは快く銃を返してくれた。言ってることは若干的外れだが。
――いや、待て。あながち的外れでもないかもしれないぞ。
エルフィア兵士の協力もあって、将軍が解き放った魔物は大部分を駆逐した。そのおかげか、ここ最近は村周辺にも魔物が出現することはほとんどなくなっていたはずだ。
にもかかわらず、一歩外れた道を歩いているだけで襲撃されたというこの事実。極魔を求めて、さらに奥へと進んでいくことを考えると……
……嫌な予感がするぜ。
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嫌な予感、的中だ。
さらに1時間ほど歩みを進めた先で、俺たちは再び魔物に取り囲まれていた。
それも1つや2つの群れではない。加えてガルムだけじゃない。
膨れ上がった腹部と尖った鼻が印象強い、小人のような魔物――ゴブリン。
ずんぐりとした体に突き出たキバを持つ、イノシシに似た魔物――ボア。
細長い触手を生やした植物型の魔物――ローパー。
村の周囲では見たこともないような多種多様な魔物が、種族の垣根を超えて無尽蔵に押し寄せていた。
「――はっ! ふっ――やぁっ!」
短い呼吸を繰り返しながらマルクが剣を振るう。
大振りな剣筋は雑に見えて、複数の魔物をまとめて、しかし確実に撃滅している。眼や首、関節、触手の付け根――それぞれの魔物の弱点や急所も的確に突いていた。
どうも魔物との交戦経験は、この中ではマルクがダントツみたいだな。一番攻め手の多い前方を受け持ってくれてるってのに、むしろ余裕すら感じられるよ。
(そういえば『尽雷の騎士』とか呼ばれてたよな……)
魔法も使ってないみたいなのにこの戦いぶり。しかも二つ名までつけられていて、かなり偉い身分でもあるらしい、獣人――こいつもこいつで謎の多いやつだよな。家でメイリにベタベタしてるときはそんな雰囲気微塵も感じさせないのにさ。
で、そんな騎士様を骨抜きにしてる賢者様はというと……
さすがにこの数を座ったまま相手するのは厳しいのか、リアカーを降りて押し寄せる群れと対峙していた。
「<ブラスト>」
前方を指さすように伸ばした左腕から、渦を巻く一陣の風が一直線に放たれる。
その威力は、ビンタ感覚でたびたび俺にぶつけてるのとは比べるべくもない。真正面から突っ込んできたガルムは、プロボクサーにでも殴られたかのように頭部をグチャグチャに砕かれて消滅した。
「<ストーム>」
複数でまとまって詰め寄ってくる魔物は、局所的な暴風を前方に発生させて一網打尽に。真空さえ生じさせる壮絶な風塵が無数の刃と化し、かまいたちのようにズタズタに魔物たちの全身を切り刻む。
そんな一騎当千の魔法の数々は、やはり森の時と同じ――魔法陣を描かず、腕の動きと術式鍵語だけで発動されていた。
マルクの素性も謎だが、こいつのこの戦闘スタイルも本当に謎……というか、不気味だ。俺だってあれからさらに勉強して多少は知識も身についているはずなんだが、これの原理だけはさっぱりわからん。
どうやらそれは、俺なんかより遥かに魔法に詳しいはずのシリウスも似たようなもんらしく――反対側で魔物の迎撃にあたってくれているが、ちょくちょくメイリの方をチラ見しては、驚いているような、悩んでいるような様子を見せている。極魔なんかよりこっちの解析した方が有意義なんじゃないか?
――などと横目に見てぼんやりしている間に、俺の眼前にも魔物が迫っていた。
ほとんどの魔物は3人が撃退してくれるから、こっちにやってくるのはごく少数だ。今回は周囲の草木もまばらで、奇襲を受ける心配はない。これなら俺でも十分戦える。
慌てず騒がず、今度は射程もしっかりと計算して、魔法陣を構築。
「<フレイムⅡ>!」
放った炎弾は、中距離から伸ばされたローパーの触手を焼き尽くしながら直進。種火が導火線を辿るように接近していって――着弾、焼亡。
<フレイム>系統は狙った対象以外には燃え広がらないよう(メイリが)設定しているので、周囲への延焼もない。焦げた灰が地面に積もって残っただけだ。
これでようやく、初めて、スカッとする勝利が決まったよ。お膳立てされた感もすごいけどな。
そいつが最後の1体だったようで、周囲にはもう魔物の姿はない。シリウスたちもすっかり弛緩したムードを醸し出していた。
メイリに至ってはすでにリアカーに乗って足をプラプラしてる。頼むからお前はもう少しやる気を出してくれ。
「ひとまず敵影なしだ。いつでも進めるぞ」
最後まで警戒にあたっていたマルクが戻ってきて、再出発する雰囲気になる。
だが、シリウスは心ここにあらずといった様子で相変わらずメイリの方を見ていた。
「……うん? ああ、ご苦労さま。さすがはマルクだね。すっかり見とれてしまっていたよ」
「心にもないことを。戦ってる間もずっと、ご主人ばかり見ていただろう」
「やはり気付いてしまったかな? 申し訳ない。――期待したのはこちらだが、まさかこれほどとは思っていなくてね。どうしても目を向けずにはいられなかったんだ」
「……そんなにすごいのか? メイリの魔法って」
気になって話に割り込むと、シリウスはどこか悲壮感を漂わせる苦笑を浮かべた。
「おや。てっきり君は承知で彼女に仕えているものだと思っていたよ」
「あいにくと、ペラペラ自慢してくれるほど饒舌じゃねえんだよ、あいつは」
つーか仕えてねえ。それはマルクの方だ。
「そうか。ならば――1つ講義でもしてあげたいところだが、時間が惜しい。歩きながら話そうか」
枝葉の隙間から差し込む陽光はだんだんと眩しさを増してきていた。魔物への応戦で予定よりも時間を食われていたようだ。
俺は頷いて、座ったまま寝落ちしかけてるメイリの乗ったリアカーを引く。そして、自分で言った通り講義をするためにか、少しスピードを落として歩くシリウスの隣に並んだ。
「はじめに認識を訂正しておこう。君は、彼女の異質な点は、魔法陣を描かずに魔法を作動させていることだと思っているね?」
「……よくわかったな」
「目の前に魔法陣がなければ魔法は発動しない――というのは、魔法の初歩しか知らない者によくある典型的な思い込みの1つだからね。けれど、それは大きな誤りだ。魔法陣を描かないというだけなら、それを可能にする技術はいくつも実在している」
「えっ――そ、そうなのか!?」
初耳だ。というか、俺が読んだ教科書や参考書にはそんな記述一切なかった。
魔法陣はあくまで最も効率よく魔法が使える図形なのであって、術式鍵語と同じく文字や音声でも代用は効く。だが、意味を与えるもう一つの方法に術式鍵語をはじめとする言葉を用いる場合は、魔法の起点をつくりだすために平面的、もしくは立体的に認識できる記号でなければならない。
つまり、術式鍵語を発して魔法を使うなら、魔法陣を含む図形か文字のどちらかを目の前に用意することは必須で――逆説的に、魔法陣がなければ術式鍵語で魔法を発動するなんて不可能。それが教科書に書かれていることで、一般的な常識なのだ。
「驚くことではないはずだよ。例えば――これだって、起動する際に魔法陣は必要ないだろう?」
そう言ってシリウスが取り出したのは、家を出るときに一緒に持ってきた小型の機械。よく見るとチップ状に加工された宝石のようなものが取りつけられている。
「魔導具? そうか、魔晶……」
主に動力源として、あらゆる魔導具に組み込まれている特殊な鉱石『魔晶』。
これはいわば結晶化したマナとでもいうべきもので、空気中のマナと非常に近似した性質を持っている。そのため、この鉱石に魔法陣を刻んでも意味の劣化はほとんど起こらず、消えない魔法陣を携帯し、術式鍵語だけで何度でも魔法を発動する、ということができるようになるのだ。
「でも、エクリスじゃあたいした魔法は使えないだろ」
――と、こんな説明だと「だったら使う魔法をあらかじめ全部エクリスに保存しておけば楽なんじゃ?」と思われてしまうかもしれないが、そう簡単にはいかない理由がある。
エクリスに刻まれた魔法陣を起動する場合、一度エクリス内部に周囲のマナを取り込んで、それから魔法陣にマナが供給されるという手順を踏む。だがこの時、一度に取り込むマナの量はエクリスの大きさを超えることができない。必然的にその量がマナの供給限界となるので、大量のマナを必要とするような、強力な魔法の魔法陣は起動できないのである。
一般に出回っているサイズのエクリスならば、力学的なエネルギーを生み出す魔法にONとOFFの切り替え機能をつけた、簡素な魔法陣を1つ起動するのが限度。魔導具が家電と同レベルなのもそのせいだ。
とてもじゃないが、メイリが使っているような高威力の魔法をエクリスで発動するのは不可能だろう。
「そもそもメイリ、エクリス持ってないし」
エクリスどころか日傘以外の手荷物が一切ないことには目をつむってやろう。
「そうだね。私も彼女がエクリスに頼っているとは思っていないよ。今のはたとえの1つさ。けれど同じことなのだよ。空間に魔法陣を刻む代わりに、別の何かで代用しているという意味ではね」
まあ、そうだろうな。
手段がいくつあっても方法は1つだ。術式鍵語以外にもう1つ――意味を与える何かがなければ、絶対に魔法は発動しない。それが魔法の原則であり、覆すことのできない前提条件なのだから。
「ここまで言えば、彼女が何を使って魔法を発動しているか、見当がつくんじゃないかい?」
「……えっと……」
ようするにメイリは、魔法陣の代わりに別の何かを使うことで、あたかも術式鍵語だけで魔法が発動しているように見せているのだ。
だが、その『何か』は少なくともエクリスじゃない。特別な持ち物も他にはない。
強いていうなら日傘が怪しいが、これも関係はなさそうだ。戦闘中は閉じて持ってるか、リアカーの上に置きっぱなしだし……将軍と戦った時には持ってすらいなかったからな。
あと考えられるのは……服とか? いや、確かにいつも同じのばかり着てるけど、違う服の時でも<ブラスト>は食らわされてるし……ていうか裸の時にも食らった記憶があるし……
むむむむむむ……
……………………あ。
そういえば。
「腕の動き……とか?」
術式鍵語を唱えるだけでいいなら手を使う必要はない。にもかかわらず、メイリは1つ風を起こすごとに左腕を動かしていた。
仮面ラ○ダーが変身するときにポーズをとるのと同じで、あの動きが魔法発動のトリガーになっていると考えたら、辻褄が合うんじゃないか?
「おしい。それはあくまでも、出力の調整や対象の捕捉を目的とした補助動作だよ。正しくは、腕も含んだ全身。体そのものだ」
「全身……?」
「自分の体に特定の意味を定着させて、術式鍵語と対をなす魔法のトリガーにするんだよ。全身を1つの魔法陣として扱う、と表した方がわかりやすいかな?」
言ってることはわからなくもないが……
自分の体を魔法陣にって、なんだその手合わせ錬成みたいなチート。メイリはいつ真理を見たんだよ。
「反則技だな……」
「そうでもないよ。原理も法則もとうに確立された、『軌跡定着』と呼ばれる実用的な技術だ。高等技術だが、条件さえ満たせば私でも……無論君でも、実現は十分可能だよ」
「えっ、マジで?」
てっきりメイリにしか使えないチートだと思ってたのに……できるの? しかも俺でも?
それは……ぜひともやり方を聞いておきたいぞ。もしも習得できるなら、俺でもメイリと肩を並べて戦えるようになるかもだしな。
「条件って、どんななんだ?」
「細かい制約を省くと、そうだね……まずは、自分との相性が特に優れている魔法であることが最重要だ」
「魔法に相性なんて関係あるのか?」
魔法はひとえに学問だ。魔法陣と調整の方法さえ学べば、誰でも、どんな魔法でも使える。ほのおタイプはほのおタイプのわざしか覚えられない、なんてことはないのだ。
「大いに関係するとも。人の才能に向き不向きがあるように、魔法も扱う属性や効力、用途、対象によって、まったく異なる理解を必要とするのだからね。多くは自身の得手とする分野、身に宿す属性を自覚し、そのもとで研究を進めるものだよ」
「……それもそうか」
言われてみれば……学ぶ機会があるからって、その全部をマスターするなんてことができるはずはないよな。
理系の人間と文系の人間で得意な科目が違ってくるのと同じだ。もちろん成績の良し悪しだって人によって差が出るし、一般的な分野では測れない才能を持っているやつだっている。魔法も学問である以上は、そのへんは変わりないってことか。
「例えば私なら、専門分野は魔導工学、属性は水というようにね。特に属性は魂の色と称されるほどに顕著な違いが出るから、君でも少しは覚えがあるのではないかい?」
「あー……まあ、なんとなく」
地球での勉強に例えれば、俺がやってるのは小学校低学年の学習範囲だ。何もしなくてもテストで満点なんて余裕で、自分の才能を見極めるには圧倒的に難易度、それと経験が足りない。
なので、シリウスの言うような相性をハッキリ自覚することはまだできそうにないのだが……
<フレイム>をはじめとした炎の魔法。このあたりは、なんとなく……しっくりくる。覚えやすい……というか、わかりやすく感じるのだ。
実は俺がはじめに<フレイム>を教えてもらったのも、それが理由だったりするしな。いやまあ、本当はメイリと同じ風の魔法が使いたかったけど、風圧や気流の計算が難しすぎたので諦めた――という事情もなくはないが。
この感覚が正しければ、少なくとも俺は炎――あるいはそれに近い系統――の魔法との相性は悪くないのだろう。
という話を伝えると、シリウスはその通りとでも言うように頷いた。
「良い兆候だね。その調子で修練していけば、平均よりもずっと早く最適な魔法が見つけ出せるだろう」
「じゃあ軌跡定着ってのもすぐにできそうか?」
「いや、それはどうだろうね。条件は他にもあるんだ。もし適した魔法が見つかっても、自身の霊格がその魔法に劣っていると魔法陣にはできない」
「霊格って?」
「魂の格のことだよ。それぞれの人間が持つ人としての価値ともいえるね。高度な魔法には複雑な魔法陣を要するのと同じく、肉体に魔法陣を軌跡定着するためには、この霊格が相応に優れている必要があるんだ。3画に収まる下級魔法陣なら第五位程度の実力でも不足ではないが、中級、上級ともなると神仏をその身に宿せるほどの人間性が求められる。軌跡定着が高等技術とされる所以だよ」
「魂か……そんなものどうやって鍛えるんだ?」
「決まった方法なんて見つかっていないさ。魔導士らしく知識の探求に励む者もいれば、健全な魂は健全な肉体に宿ると考えて体を鍛える者もいる。武勲を立てたり、良い行いをすることで他者に価値を認められようとする者もいるね。もちろん、そのすべてを試しても足りなかった例だって無数にあるけれど」
「…………」
必死に勉強して得意分野を見つけても、今度は実るかもわからない自分磨きをしなくちゃならない……と。
結局は才能次第の努力次第ってことじゃねえか。楽に強くなれると期待して損したぜ。まあ、そんなにウマい話があるはずないとは思っちゃいたけどさ。
「とにかく、並大抵の努力で身につく技術ではないということだよ。それをこの若さで使いこなすとなれば……いやはや、末恐ろしい」
俺の後ろでぼーっと座ってるメイリに目を向けてから、シリウスは苦笑いでおどけてみせた。
そういう感想になるよな、普通は。今の話だと、メイリは超一流の魔導士にしかできないことを平然とやってのけてるわけなんだし。
「でも、よかった」
と、俺は言いたくなったけどな。
「うん? どうしてかな?」
「だって、こいつは普通にすごいだけの魔導士ってことだろ? 助かるよ。これからビビらなくて済むんだからな」
魔法に詳しいやつが周りにいなかったから、俺たちはメイリの実力がどの程度なのか今の今まで理解していなかった。それこそ世界最強の魔王だなんて嘯いてみたりしちゃうくらいにな。
だがシリウスのおかげで、メイリの魔法は、技術は、この世界の現行の知識で十分に再現可能であることがわかった。
メイリは、得体の知れない魔法を使う謎の賢者様でもなんでもない。この歳にしては高度な技術が使えるってだけの、いわゆる天才少女だっただけなのだ。
強さ的には普通の魔導士以上、異界人(カケル級)未満ってとこだろう。もしも本当に世界最強だったら――なんて軽く怯えてた俺からすりゃ、むしろ肩透かしを食らった気分だよ。
――と、すっかり安堵しきっていた俺にシリウスは、
「何を言っているんだい?」
思いっきり怪訝そうな顔で首をかしげた。
「私は技術の説明こそしたが、彼女が平凡だなどと語ったつもりはないよ。知識だけなら少なくとも私以上――いや、あるいは伝説の第一位に認められたとしてもなんら不思議ではないだろうね」
……はっ……!?
「いやでも、軌跡定着は誰でもできるって……!」
「技術だけならね。けれど思い返してみてほしい。本来、軌跡定着で肉体に宿せる魔法陣は、性質上1つ限りのはずなのだよ」
「……あっ!」
そ、そういえばそうだ。
軌跡定着はいわば、人体を1つの魔法陣にする技術。体を2つ3つに分裂させることなんてできないんだから、必然的に組み込める魔法陣も1つきりなんだ。
属性が同じでも、性質が似通っていても、別の魔法である限りこの法則は捻じ曲げられない。
なのに、メイリがこの方法で発動する魔法は、属性こそ風で統一されているが、<ブラスト>に<ワールウィンド>、<テンペスト>、<ストーム>――それぞれ固有の術式鍵語を持った、まったく別の魔法だった。
しかも、<テンペスト>や<ストーム>に至っては紛うことなき上位魔法だ。名が広まったのだってつい最近の、立場上は平凡な一般人にすぎないメイリが、この方法で連発できるのはどう考えてもおかしい。
「じゃああれは……ど、どうやってるんだ?」
「正直に言おう。さっぱりわからない。軌跡定着の応用ならば――いや、こうなってくると軌跡定着の定義に収まっているのかさえも疑わしい。まさしく常軌を逸した技術だよ。少なくとも、現代の魔導士にこれを説明することは不可能だろうね」
「…………!」
「彼女の知識は、異界人としてこの世界にやってくるときに与えられた能力の副産物だったね。ならばその能力は、いまだ誰も知り得ない究極の真理に直結しているものと考えられる。まさしくリベルの再来と称すべき英知の保有者なのだよ、彼女はね。ぜひともその智慧、しかる場所で公表してもらいたいものだ」
「…………」
恥ずかしげもなく言うシリウスの横で、俺は――げんなり。うなだれてしまう。
せっかく否定できると思ったのに、むしろ後押しまで得た形になっちまったじゃねえか。メイリ世界最強説。これからどんな顔してこいつと接すればいいんだ……?




