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第2話 いらっしゃいませ王子様(Ⅱ)

「まず尋ねるが……君たちは『極魔(きょくま)』をご存じかな?」

「極魔? ……いや、初耳だな」


 マルクやリセナにそれとなく目配せしてみても、首を横に振って返される。俺が知らないこの世界の常識――というわけではないらしい。


「では説明しよう。極魔とは、偉大なる大魔導士リベルが――」

「……悪い。その『リベル』ってやつのことから説明してくれないか?」


 結構いろんなところで聞いてる気がするのに、肝心の何者なのかがさっぱりなんだよな。

 なんとなく、魔法使いってことは察しがつくんだが……


「リベルも知らないのか……」

「悪かったな無知で」

「……いや、こちらこそ悪かった。あまりにも支障なく話せているせいで、君たちがこの世界の人間でないことを失念してしまっていたよ」


 苦笑して、シリウスは説明を始めてくれる。


「リベルは、(はる)か2000年前――この世界に魔法をもたらした、原初の大魔導士の呼び名だ。原型を生み出したのはもちろんのこと、今の世に知られる魔法も、ほぼすべてがリベルが用いた魔法を基礎に成り立っていると言っていい。研究が進んだ現在ですら、その叡智(えいち)には足をかけることすらできていない稀代の天才。あらゆる魔導士の師に等しい存在だよ」

「へえ……」


 有名な魔法使い――どころじゃなかったな。魔法の創始者ときたか。

 地球でいうところのニュートンやアインシュタインに並ぶ存在なんだろう。どうりで、この世界の歴史には詳しくない俺でも名前を耳にすることがあったわけだよ。


「そして同時に、我々アシュリアにとっては敬愛する英雄でもある。過去、肉体面で他種族に劣ることから、多くのアシュリアは奴隷種族として悲惨な扱いを受けていた。けれど、それを(うれ)いたリベルが魔法による革命を引き起こしたことで解放されたんだよ。王国が今のような大国としてあるのも、アシュリアがリベルの作り出した魔導技術を優先的に享受(きょうじゅ)していたからだ」


 原初の大魔導士……革命の英雄……


「……すごい人だったんだな」

「その程度の言葉で片付けてはいけないよ。リベルが現れなければ、今のこの世は生まれてすらいないのだからね。まさに伝説――我々からすれば世界創世の神と称しても過言ではない」

「んな大げさな……」


 ……ってわけでも、ないのかもしれないけどな。今の話の感じだと。

 実在した人物について語ってるとは到底思えない内容だった。まさしく神話だ。


「かもしれないね。けれど、魔導士とアシュリア――2つの立場から崇めているんだ。個人的な感想ならこれだけ言っても足りないくらいさ」

「魔導士――ってことは、お前も魔導士なのか? そもそも、魔導士って魔法使いのことでいいんだよな?」

「おおむね間違ってはいないよ。第一位から第七位まである位階のうち、第七位には観測活性(アクティベート)の儀式を受けただけの者も含むから、厳密には第六位以上に属する者を指す称号だけれどね」


 魔法が使えるだけの人間は、魔導士には含まれないんだな。

 まあ、そりゃそうか。儀式を受けるのも魔法を習うのもこの世界では義務教育に等しいことだから、もしも含んだら世界中の全員が魔導士ってことになりかねないからな。

 俺は……どうなんだろう。新しい魔法もいくつか覚えたし、第六位に足をかけるくらいはできていたいところだけど。


「ちなみに私は第三位に属している。これは高位魔導研究職、あるいはアッシュランド国王直轄の魔導近衛兵に匹敵する階級だ。少しばかり自慢になってしまうが――その中でも、十代でこの領域に至ったのは私1人。同時に、今最も第二位に近いとされているのも私なのだよ。もちろん、すぐに現実にしてみせるけれど」

「結構すごいやつなんだな。お前も」

「当然さ。天才だからね」


 ドヤっ! って感じで胸を張るシリウス。

 どうもキザで女ったらしな上にナルシストでもあるっぽい。殴りたい、この笑顔。


「専門は魔導工学と魔導具開発だ。君も、魔導具のことで困ったら遠慮なく私を頼るといい。友人として、特別価格で引き受けることを約束しよう」

「ああ……まあ、そのうちな」


 別段困ってることもないので、俺は曖昧(あいまい)に頷く。

 ()いて言うなら一階に散乱してる古い魔導具をどうにかしたいが、金を払ってまでやってもらうことでもないんだよな。


「それよりも、話の続きを頼む。確か……」

「極魔だよ。リベルをリベルたらしめる、最上にして至高の大魔法さ」

「魔法……なのか」

「そう。生前のリベルが切り札として保有した『地』『水』『炎』『風』各属性の頂点にある四大魔法。その総称が極魔だ。4つすべてが揃うことで真の力を発揮するが、その内の1つでさえ、天を裂き山河を砕く力を秘めると言われている」

「……実在するのか? そんな魔法」


 どう聞いても眉唾だろ。

 と思ったが、似たようなことができそうな賢者様がウチにいた。どうも尺度が狂うね、この世界。


「間違いなく。事実、その内の1つを入手し、秘匿している魔導士が王国に在籍しているからね」


 本物があるのか。ならもう、疑うことはできないな。

 しかも――


「国とかじゃなくて、個人なんだな。持ってるの」

「極魔といえど魔法だからね。国が定めた制約にさえ抵触しないならば、保有にも秘匿にも制限はない。そのため、多くの魔導士や研究家が、善悪様々な動機で追い求めているよ。もちろん、私もそのような探求者の1人――だった」

「……()()()?」


 そこだけ強調するかのような、不自然な過去形。気になって聞き返すと、シリウスは――


「いい指摘だね。その通り、躍起になっていたのは過去の話だ」


 胸元に手を当てて、フッと不敵に笑った。


「なぜなら、見つけたからだよ。この私が。隠されていた極魔の、在処(ありか)の1つをね」

「なっ――」

「おっと、この件はまだ内密に。万が一にも信用できない者に聞かれて、先んじられては困るからね。そして――だからこそ私はここに来たんだ。君たちに依頼をするために」

「……その依頼って、まさか」


 腕を組みかえ姿勢を正したシリウスは、真面目な声音で言う。


「私はこれから、探し当てた極魔の在処を調査する。けれど1人では何かと不安がつきまとう。そこで、君たちに協力をお願いしたい」

「…………」


 ……マジかよ。

 極魔を探す……だって? 前代未聞だぞ、そんな依頼。

 テレビでやってるミステリー特番を見てるときと同じような気分だが、その重みはまるで違う。見つけようとしてるのは古い王様のミイラなんかじゃなくて、絶大な力を秘めた超魔法なんだからな。

 俺たちの手に負える依頼なのか?

 危険はないのか?

 仮に手に入ったとして、シリウスがその力を悪事に使わない保証があるか?

 考え始めればキリがない。けれど、警戒してしすぎるということはないはずだ。


「……なんで俺たちなんだ?」


 慎重を期して尋ねると、シリウスは顔色を変えずに答える。


「魔女殿の噂は耳に届いていたからね。異界人でありながら、規格外級の魔物を魔法で撃退したという隠れた天才魔導士――期待できると思ったまでさ」

「お前には精鋭の部下がいただろう。あいつらではダメなのか?」


 暇そうに後ろで話を聞いていたマルクが、そこで唐突に口を挟んだ。


「彼らは今、父に招集されて王都だ。呼び戻してもいいが4、5日はかかる」

「待てばいいだろう、それくらい」

「そう悠長にしてはいられないのだよ。私と同様に、極魔の在処を探し当てた者がいないとも限らないからね。遅くとも明日には探索に出向きたいと考えている」

「気持ちはわかるが……」


 渋るマルクには、俺も同意だ。いきなりやってきてこんな壮大な話を聞かされて、明日には出発だなんて言われてもな……


「さすがに急すぎないか? こっちは何の準備もできてないぞ」

「問題ないよ。必要な機材はこちらですべて用意しているから、君たちに任せたいのは万が一の場合に備えた護衛だけだ。調査の間、私はどうしても無防備にならざるを得ないのでね」


 必要なのは頭じゃなくて腕っぷしだけってことか。

 それならメイリでも多分問題ないし、マルクもどうせついてくるだろうから、なんとかなるかもしれないが……


「そうまでして極魔を手に入れて……お前はどうしたいんだ?」

「当然、魔法技術のさらなる発展に役立てるつもりだよ。秘奥中の秘奥、リベルの魔法が手に入れば、研究を優に100年は先に進められる。知の探求を至上とする魔導士にとって、これほど心躍る挑戦はないだろう? もちろん、極魔入手の功績を後ろ盾に第二位の(くらい)を得たいという下心も、ないといえば嘘になるけれどね」

「……護衛って、具体的に何から守ればいいんだ?」

「極魔を狙う者との小競り合いも可能性としては考えられるが……警戒しているのは、主に魔物だよ。極魔の反応が観測された付近は、立ち入る者のほとんどいない未開の地なのでね。多数の魔物の生息が予想される。けれど、『異色の魔女』殿ならば後れを取ることもないだろう?」

「もしも……そこに極魔がなかったら?」

「心配せずとも、労働に見合う分の報酬は支払うと約束するよ。最も、この私が得た情報に間違いがあろうはずもないけれどね」

「…………」


 嘘をついている感じはしない。語気の力強さも相応の自信からくるものだろう。

 信じて……いいのか……?


「さて、他に質問は? 君たちの協力を得るためならどんな問いにだって答えるよ」

「じゃあ、最後に1つ。――俺たちに見返りは?」


 尋ねると、シリウスはその言葉を待っていたとでも言うようにニヤッと笑った。

 そして、足元に置いてあったアタッシュケースを持ち上げてテーブルの上に載せ、俺たちが見やすいように開く。

 中には均一な長方形の紙が、薄く細長い帯で束にして一面に収められていた。

 見覚えのある絵柄が刻まれていると思ったら、紙はこの世界で一番高い100レム紙幣だ。それが、ひぃふうみい……とにかくたくさん。

 手に取って確認するまでもないだろう。これは、間違いなく、全部、本物の……札束だ。


「前金として50万レム用意した。失敗しても返却は求めないし、入手に成功すれば、追加でさらに50万レムを支払うと約束しよう。――不服かな?」


 えっと、1レムでパンが1個だから、日本円にしてだいたい100円……

 それが50万ってことは……5000万円? しかも、上手くいったら……


(い……いち、おく、えん……!?)


 ズザ――――ッ!!

 換算が終わった瞬間。疑念もリスク計算も頭の端にすっ飛ばし、俺はメイリを引きずって部屋の隅に駆け込んだ。


「メイリ。依頼だ。受けるぞ」

「やだ」

「内容も聞かずに即答すんな!」

「解読してない本、まだたくさんある。ナユタが手伝ってくれないせい」

「あーはいはいその節は悪うござんした!」


 リセナが来てくれるようになってからは、何よりもアッシュ語の勉強を優先してたからな。メイリの翻訳の手伝いに割く時間がなかったのは本当に申し訳ないと思ってる。

 けど、それとこれとは話が別。

 100万レム。それだけあれば我が家の家計事情は一瞬で解決だ。必死になって仕事を探さなくてもよくなるどころか、俺とメイリ、マルクの3人でも余裕で何十年と生活できる。

 メイリには悪いが、何としてでも動いてもらうぞ。こんな千載一遇のチャンス逃がしてたまるか!


「よく聞けメイリ。今、事務所(ウチ)の経営は崖っぷちだ。これを逃がしたら本格的に仕事がなくなる」

「別にいい」

「けど、受ければ逆にとんでもない金が入る。これだけで一生遊んで暮らせるような額のな」

「興味ない」

「しかもこの依頼、目当ては魔法だ。シリウスはそれを技術革新に役立てるつもりらしい。もしそれで新しく便利な魔導具とかできたら、お前だって嬉しいだろ?」

「どうでもいい」

「――本当にいいんだな? 断ったら明日から3食トリト豆のスープになるが」

「……………………それは困る」

「よっしゃあ決まりぇぐッ!」


 語尾が変になったのは、「……なんか不快」と呟いたメイリが<ブラスト>で起こした風でデコピンしてきたからだ。が、とにかく懐柔成功。

 ちなみにトリト豆のスープとは、沸かしたお湯にトリト豆をぶち込んだだけの代物である。

 安くて調理が簡単で栄養価もそこそこなので、主に金欠なときやマルクがいないときによく食べている――のだが、適切な調理法じゃないせいか、これがまたトリト豆の万能性を冒涜(ぼうとく)するかのような無味無臭。さしもの雑食ハムスター(メイリ)もこれが毎日となるとつらいらしい。

 まあ実際には、マルクがいる限りそんなことは起こり得ないんだろうけど。メイリが食べていけないとなったら絶対あいつが喜んで自腹切ると思うし。

 かといって、このまま依頼を受けなかったら近い状態になるのも事実。なのでこれは嘘をついたわけじゃないぞ。多分。きっと。ギリギリ。


「話は決まったかな?」

「ああ。お前の依頼――賢者の代弁者として、確かに俺が承った!」


 余裕の態度で待つシリウスに、俺は胸を叩いて答えた。

 ゲーム風に言うなら、クエスト名『隠されし伝説を求めて』――ってとこか。改めて考えてみると、異世界らしくてなかなか面白そうな案件じゃねえか。

 しかも報酬は破格の一言。最大の難関であるメイリの説得も今終わったところだ。

 あとはサクッと極魔を手に入れて、悠々自適のニートライフに戻るだけときた。

 ――完璧だ。

 俺の理想の順風満帆異世界生活は、ここから今度こそ始まるのだ!


「うへへへへへへ……」

「ナユタ君……変な顔になってるよ……?」

「まだ成功する保証もないのにな」


 ほっとけ。

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