第1話 いらっしゃいませ王子様(Ⅰ)
「お金がありません」
閑散としている中にほどよいにぎわいのある、いつも通りの賢者の家。
その地下空間の中心でテーブルをバンッと叩きながら、俺は今日も今日とて好き勝手に過ごすいつもの面々へと言い放った。
真っ先に反応したのはほうきを手にしたマルクだ。だが、
「……話があるならアッシュ語で言え。ボクはニホンゴとやらを覚える気なんかないと言ったはずだぞ」
俺の発したのが日本語だったためか、不服そうにそう返してきた。
仕方なく、アッシュ語で言い直す。マルクの言い方にちょっとムカついたんで、若干キレ気味で。
「金がねえんだよ! ノットイズマネー!」
「それを言うならI'm brokeだよ、ナユタ」
と、俺のテキトーな英語に半笑いでツッコんできたのはカケルだ。
エルフィアからの支援が決まったことで仕事が一気に増えて、役場は毎日てんてこまい。例に漏れずカケルも連日朝から夜までデスクワークに追われる日々……なのだが、役場では騒がしすぎて逆に仕事ができないとのことで、最近はよくこうして、大量の書類を手にウチへと避難してきている。
俺が勉強した内容を共有していたり、マルクたちとも積極的に交流しているおかげか、アッシュ語もかなり理解できるようになっているようだ。
その習得の早さは完全に俺以上。特に文法の上達速度は異常で、役場とエルフィアの里を行き来する書類のほとんどはすでにカケルが記入を行っている。もうお前1人でいいんじゃないかな。
「お金?」
と、俺のナナメ前、カケルの正面に座っているリセナがようやく話を本題に戻してくれた。
俺のアッシュ語の先生役として、毎日のように家に足を運んでくれているリセナだが……こちらももうすっかりこの家になじんでる。歳が近く趣味も合うのかマルクと談笑しているのをよく見かけるし、まだ上手くアッシュ語が話せないメイリともどういうわけか仲良くやっているようだ。この家が人数の割ににぎやかなのは、間違いなくリセナがいるからだろうな。
リセナの問いかけに、俺はようやく日常会話が可能なまでになったアッシュ語で返答する。
「えっと、エルフィアに財政支援してもらう過程で、この村も金でいろいろ取引するようになったのは知ってるよな?」
「もちろん。里にも異界人のみんながたくさん働きに来てるよ」
「だろうな。じゃあ俺らの……っていうか、メイリの仕事って、なんだったか覚えてるか?」
「うん。確か……あー……」
そこで諸々察したのか、リセナは小さく口を開いてサッと目をそらしてしまった。
状況を再認識させるためにも代わりに俺が言ってやりたいところだが……口に出したところで変わらない気がするし、何より俺が悲しくなるだけだな。やめとこう。
――将軍の引き起こした騒動から、早2か月。
異界人の村はエルフィアの手を借りてめざましい発展を遂げていた。
エルフィアの役員や有志だけでなく、軍の兵士までもを動員して実行された大改修工事。それによって村の朽ちた家はすべて取り壊され、代わりにプレハブのような簡易的なものではあるが、村の全員を収容してなお余りある件数の家屋が新たに建築された。
あの役場も、新築とまではいかずとも大幅な修繕が施され、村の顔と呼ぶにふさわしい立派な建物へと生まれ変わっている。村を悩ませていた最も大きな問題は、完全に解決したと言っていいだろう。
さらには公衆浴場やトイレ、井戸などのインフラまで整備され(エルフィアの村だったころのものを再利用してるので、手間はそれほどかかっていないらしい)、廃村から一転、農耕時代の田舎町と呼んでいいくらいにまで生活環境は一新された。
その過程で村に導入されたのが、大陸の主要な国家間で利用されている通貨『レム』による貨幣制度だ。
今のところ、村はエルフィアからもたらされた補償を役場を中心に分配する、という形式で経済を成り立たせている。だが、ずっとそれだけで全員の生活を満たしていくことは難しい。
完全に復興が完了した後のこともある。いつまでもエルフィアに甘えて生きていくわけにはいかず、自治体として存続していくための基盤を整えていく必要があるからだ。
それを見越して、早い段階からこの世界の一般的な経済構造――金銭での労働や売買の仕組みを引き入れていくということらしい。
異世界に来てまで金のことを考えるなんて……と、当然村人たちからは相当な反発があったが、とにもかくにも働かざる者食うべからず。
結果多くの村人たちは、明日の糧を得るために手に職を持つことになった。
幸い、仕事には事欠いていない。なにせ異界人の能力ってのは、魔法という技術が存在するこの世界においてなお、手工業界に持ち込まれた大型機械よろしく破格の性能だからな。いまだ前時代的な産業構造をしてるエルフィアからはひっぱりだこで、事実多くの村人がエルフィアの里へと出稼ぎに行き、生産効率の上昇に一役といわず千役万役と貢献している。
それでなくとも、大人になったら働くというのが半ば常識になっている地球の人間だ。能力が関係ない地味で平凡な仕事だろうとそれ自体に文句を言うことは少なく、生きるためなら――と、人手が足りていない業種に1人の貴重な労働力として組み込まれていった。
それでもどうしても職が見つからない人たちに対しては、カケルたち役場の人間がエルフィアと協力して、ハ○ーワークのように仕事の斡旋を行っている。この分なら村は、近いうちに社会の歯車の1つとして十分に機能していくことだろう。
――そして一方。賢者様ご一行こと俺とメイリはというと。
まず、メイリからは賢者としての特権的な立場が剥奪された。今まであった物資の継続的な支給はなくなり、配給の内容もほかの村人と同一の最低限なものとなった。
まあ、当然だろうな。これまではメイリの魔法に頼るしかなかった生活環境が、エルフィアのおかげでほとんど支障がないレベルまで改善されたんだから。頼る必要がない以上、村としても特別扱いを続けるわけにはいかないということだろう。
あとは言わずもがなだ。生きていくために、俺たちも働くことを余儀なくされることになった。
だが、メイリの体力では肉体労働は問題外。この無表情では接客にも向かない。そもそもメイリ自身が外で働きたがらない。
それに、まだまだメイリの魔法の力をあてにしたいという声もある。少ないとはいえ、その道を完全に閉ざしてしまうには惜しいと思える程度には。
そこでメイリの仕事は、その折衷案――依頼を受けて、それを魔法その他諸々を使って解決しお金を受け取る、なんでも屋のようなことをするという形で落ち着いた。ついでに俺はその助手。今思えば、肩書きが変わっただけでやってることはそんなに変わってないな。
……と。
ここまでは、順調だった。役場にもちゃんと仕事として認められ、活動を始めることにはなんの問題もなかったんだ。
……悲惨なのは、その後だった。
変わり種の仕事ではあっても、これはれっきとした自営業。商売としてやっていくためには、顧客を増やし、ある程度安定した収入を得続けていかなければならない。
だがメイリは、そのための努力を何一つしなかった。売り込みなんて自分からは一度としてやらず、舞い込んできた依頼に対しても、気分が乗らないときはすげもなくあしらいやがったのだ。
そうこうしているうちにも村の復興がどんどん進み、依頼者の絶対数は激減していく。
結果どうなったかといえば、この通り。
店を訪れるのは見知った顔ばかりで、依頼なんて3日に1件あればいい方。その内容もちょっとしたおつかいや、ド変態どもからの「ん? 今なんでもって言ったよね?」とでも言いたげなゲスいお願いが大半という惨状だ。
それだけでもどうしようもないのに、メイリは仕事がない=趣味の時間とでも考えているのか、ロクな打開策も出さずに日がな一日何か食べながら本を読むだけの生活を続けているのである。まさにニート目前のフリーター。元ニートの俺からしても心配になるレベルだよ。
そういうわけで我が家の家計は毎日火の車。今はまだ俺が日雇いの仕事を引き受けたり、里と村間の通訳を手伝ったりしてなんとか食いつないでいるのだが……カケルをはじめとする異界人たちが続々とアッシュ語を覚え始めたことで、そうやって得られる収入も右肩下がりが続いてしまっている。
このまま放置していれば、あと一月と経たないうちに俺とメイリは揃って路頭に迷うこととなってしまうのだ。
「自営業も大変だよねえ」
「嫌味のつもりか公務員!」
自身は食いっぱぐれる心配がなさそうな役場職員であるカケルが、他人事のように呟く。
今は死ぬほど忙しいだろうから羨ましいとは思ってやらないが、それはそれとして憎たらしいって自覚しやがれよこの無自覚サディスト……!
「とにかく!」
もう一度テーブルを叩き、うやむやにされかけていた真面目な空気を取り戻そうとアッシュ語で呼びかける。
「今すぐ金をどうにかしないとヤバいんだよ! というわけで全員手止めて何かアイデア出せ! いい案が出るまで泊まり込みだからなッ!」
だがしかし。
「えっ、お泊り? していいの!?」
「待てリセナ。今のはそういう意味じゃな――」
「おい。何勝手に話を進めてるんだ」
「ナイスだマルク! もっと言ってや
「いきなり言われても準備が間に合わないじゃないか。夕食の材料あったかな……」
「そっちじゃねえよ!」
「あっ、夕食といえばナユタ。役場にできた食堂のことで相談が」
「いいから話を逸らすなぁぁぁ――――ッ!!」
緊張感も協調性も欠片とありゃしねぇ……!
メイリに至ってはずっと本読んでて聞いてすらいないし。当事者の自覚あんのかテメェ。
「ああもう……!」
と、内心から湧いてくる悪態を込めに込めて拳を握った――その時。
「お邪魔するよ」
カツン、カツンという固い靴の音とともに、若い男の声が上から響いた。
振り返ると、地上に続く階段を誰かが優雅な所作で下ってくる。容姿に何か、変な違和感みたいなものを感じるが……とりあえず、男だろう。マルクの前例があるから断言はできないけどな。
RPGに出てくる僧侶や神官のような、白と金のローブを着た青年だ。その髪は薄い青の輝きを内包した銀色。身長は高い方だが、手足がすらりと長く女性的な印象を受ける。真っ白な手袋に包まれた手には銀色の大きなアタッシュケースを下げていた。
自信に満ちた顔立ちは、カケルと見比べても遜色ないほど完璧に整った美形だ。ただし雰囲気は、カケルを乙女ゲームの爽やかイケメンとするなら、こちらはまさしく白馬の王子様。黒と藍の中間色の瞳を長いまつ毛が強調し、肌は手入れが行き届いていてシミ1つない。俗な女の子ならウィンク1つでコロっと陥落しそうだよ。
突然の来訪者に、本から目を離そうとしないメイリ以外の全員が視線を注いで身構える。
そんな中でただ1人、
「……このような僻地に御用がおありですか。マクエンシー卿」
マルクだけは警戒心――というよりも、不快感を露わにその男を見つめていた。
問われた男は手首を曲げて指を額に当て、大げさに「やれやれ」と首を振る。
「それはこちらのセリフだよ、マルク。異界人と懇意にしていることは耳に届いていたが、まさかこんな冴えない男に侍っていたとはね。君の審美眼への評価を改める必要があるかな?」
その冴えない男っての、俺じゃないだろうな?
ていうか、マルクが仕えてるのは男じゃなくて、奥にいるハムスター系文学少女の方だし。
……と、ツッコんでやろうとしたがやめておいた。今下手に口を挟んだら、額に青筋をバキバキ立てたマルクに真っ二つにされそうだ。
「お言葉ですが、マクエンシー卿……」
「その他人行儀な呼び方も、だよ。君と私の仲なのだ、もっと気楽にしたまえ。私としては、昔のように『まーくん』『しーちゃん』と呼び合うことを所望したいね」
――ブチィッ!
いちいち神経を逆撫でするような男の言い方に、割と煽り耐性の低いマルクがあっさりキレた。
「~~~~っ! お前の、そういうところが嫌いなんだ! ――シリウス!」
「ちょっ!? ステイ! マルク、ステイッ!」
顔を真っ赤にして今にも斬りかかっていきそうなマルクを、半分抱きつく勢いで腕を掴んで食い止める。
衝動的な行動だったのか、マルクはすぐに落ち着きを取り戻して剣を納めてくれた。ので、その隙に俺は事情の説明を求める。
「知り合いなのか?」
「腐れ縁だ。……一応頭を下げておけ。こいつの名はシリウス。こんなのでも、魔導具の研究開発を生業にしているマクエンシー辺境伯の嫡子……王国の貴族だ」
「アッシュランドの! どうりで――」
この大陸で王国と聞いて、名前が浮かぶ国なんて1つしかない。
エルフィアの森の北東に位置し、大陸の南東部から中部にあたる面積のほぼ全域を領土とする最大の国。
アッシュ語を公用語として広め、レムを共通の通貨に定めた、この世界の中心と呼ぶにふさわしい国――アッシュランド王国だ。
この国を構成する主要な人種は灰人族と呼ばれるのだが、大部分が異界人に近い姿をしている。妖人族のように耳が長いわけでも、獣人族のように獣の部位が備わっているわけでもない、平均的な地球の人間と同じ容姿だ。髪や目、肌の色などに細かい違いこそあるが、それも人種差ということで片付けられる程度だろう。
だから、だったんだな。初めて見た人種なのに、リセナやマルクたちと出会った時のような感動がなかったのは。
それどころか、普通の人間の姿に違和感があるって……たった2か月ちょっとで異世界に馴染みすぎだろ俺。
マルクに言われた通りに頭を下げようと、姿勢を正す。
だが、立てた指を「チッチッチ」とメトロノームのように横に振ってシリウスがそれを制止した。
「かしこまる必要なんてないよ。敬称も不要だ。君さえよければ、マルクと同じように接してほしい」
「……いいのか?」
「もちろん。格式ばった場でもないのに気を使われては、こちらも肩が凝って仕方ないからね」
言いながら、シリウスはスッと手袋をした右手を差し出してきた。
「改めて挨拶しよう。私の名はシリウス・ゼム・マクエンシー。親しみを込めて、シリウスと呼んでくれたまえ」
「ナユタ・カシギだ。俺も、ナユタで構わない」
応じて手を重ねると、柔らかい微笑を浮かべながら握り返される。
なんか……意外だな。マルクみたいな例外を除けば、貴族なんて揃いも揃って偉そうにふんぞり返ってるやつらばっかりだと思ってたのに。
いいやつじゃないか、こいつ。喋り方がなんとなくムカつくのには俺も同意するけどさ。
「話を戻すぞ。それで、何の用だシリウス」
不満げな様子を隠そうともしないマルクが仏頂面で尋ねると、シリウスは俺からパッと手を放した。
「おっと、忘れるところだった。マルクとの逢瀬に心が弾んで、つい、ね?」
「よし斬る」
「マルク。ステイ」
「お前もさっきからなんなんだそれ!」
だってお前わんこじゃん。
「はははっ。マルクに斬り捨てられるなら悪くはない死に様だが、それはまだ遠慮しておこう。では……率直に答えるとだね、私は『異色の魔女』殿にお目通りを願いに来たんだ。この家にいると伺ったのでね」
「「異色の魔女?」」
俺とマルクの声がハモる。
誰のことだ? そんな恥ずかしい厨二ネーム、聞いたこともないぞ。
と、首をかしげていると、苦笑いのリセナが助け舟を出してくれた。
「メイリちゃんのことだよ。ただの異界人だと箔がないからって、軍のみんなが広めちゃったの」
「ああ……なるほど」
元凶はやはり、あの森での戦いだ。
あの時使った大魔法のせいで、メイリの存在は周辺の多くの国へと知れ渡ることになった。突如この世界に現れ、未曽有の大混乱を引き起こしかけた――魔王として。
その影響は凄まじく、和平が結ばれた今でもなお、エルフィアのみならず世界中を恐怖に包み震え上がらせている。
――ということは、なかったのだ。実は。
エルフィア族長と将軍は森での一件を公にはしたくなかったらしく、支援を行う条件の1つとして、事実の改竄の許可を村に求めてきた。
それに同意した結果、あの戦いのことは、将軍の陰謀もエルフィアと異界人の衝突も抹消された完璧な美談として広まっているらしいのである。
その内容は、エルフィアの里で噂話を耳に挟んだところによると、
『ヘイブラザー! 知ってるか? フォレストでエンゲージしたラストバトルのレジェンドをよぉ!』
『もちろんさ! なんでも、いきなりポップしたビッグなモンスターを、異界人のウィッチがスーパーな魔法でノックアウトしたんだってよ!』
『ワオ! そいつはグレートだぜ!』
とかなんとか。おい待て今更だがその口調はおかしいだろ。
とにかく、おかげでメイリは魔王として恐れられるのではなく、逆に『森を魔の手から救った英雄』として巷で大人気なんだそうだ。
現場にいた兵士の中には本気でメイリに怯えて事実を言いふらしているやつもいるらしいが、そちらの方が虚言だと笑って流されるくらいには。
で、その英雄が『ただの異界人』だと面白みに欠けるから、それらしい二つ名を兵士の誰かが考えて広めたってわけか。めんどくさいからって事後処理全部エルフィアに押しつけた手前、文句は言えないんだが……話が変な方向に進んじゃってる気がするなあ。
……でもまあ、いいか。
実際、左右で『異なる色』の目を持った、異界人ながらに魔法が使える『異色』の魔女だもんな。間違ってないから否定の使用もない。どうせメイリだって、他人につけられた二つ名なんて気にしないだろうし。
勝手に納得していると、後ろでシリウスが「コホン」とわざとらしく咳ばらいをした。
「そういうわけだ。早速、紹介していただけないかな? まさか君ではないだろう」
と、嘲笑するような微笑で俺を見ながら言うのでぶん殴ってやろうと思ったが、さすがにバイオレンスすぎるのでやめておいた。ていうか事実だし。これも。
「そんな大それた存在じゃないと思うが、我が家の賢者様ならそこにいるよ」
シリウスが見やすいように一歩下がり、この騒がしさでもまだ本を読む手を止めないメイリを指さしてやる。
するとシリウスは、
「……なんとっ……!」
絶景でも目の当たりにしたように目を見開き、感嘆の息を漏らしながらゆっくりメイリに近付いていく。
そして目の前で跪いたかと思うと、ページをめくろうとしたメイリの手をおもむろに引き寄せて――
「結婚してほしい」
いきなりそんなことをのたまった。
「「「――はいィイ!?」」」
これには俺とマルクだけでなく、リセナまでもが口をぽっかりと開けて驚きを隠せない。ずっとニコニコしてたカケルでさえも絶句してるぞ。
冷静なのは当事者2人だけだ。いや、言った本人はいいとしても、言われた方がそれはどうなんだよ賢者様。まあ理由ならわからなくもないんだけどさ……
「し、しししシリウス!? いきなり何を言ってるんだお前は! バカなのか!? バカなんだな!?」
いち早く立ち直ったマルクが詰め寄るが、シリウスはきょとんとしてすまし顔。
むしろ、そちらの言ってる意味の方がわからないという目でマルクを見てる。
「何をそんなに慌てているんだ? 美しい女性をそばに置きたいと思うのは、紳士として当然のことじゃないか」
「順序ってものがあるだろうが! ていうか、ご主人はボクのご主人で……!」
「ご主人……主? まさかマルク、妙な趣味に……」
「違っ……違うからな!? 断じてそういう意味じゃないからなぁ――――っ!?」
片膝をついたままのシリウスと大慌てのマルクがハチャメチャに騒ぎたてる。
いやまあ、それは放っておいてもいいんだが……前。前。
手を握られたままで本が読めないからか、メイリが普段からジト目気味な目をさらに細めてシリウスを睨んでる。付き合いも長くなってきたから俺にはわかるけど、あれ怒ってるぞ。よく聞くと小声で「……不快」とも呟いてるし。
このままだとシリウスが吹っ飛ばされて帰らぬ人になりかねん。仕方ない、仲裁しよう。
「シリウス。まず1つ。メイリはやらん」
「君のものでもないだろう」「お前のものじゃないだろ」
なんでそこだけハモるし!
お前ら実は仲いいんじゃないのか……?
「うるせえ言葉のアヤだ! それにだな……今のプロポーズ、メイリには通じてないと思うぞ」
「うん? どういう意味かな?」
「そのまんまの意味だよ。そいつ、まだアッシュ語そんなに話せないんだ」
一応メイリにも、カケルに教えてるのと同様の勉強内容を共有している。
だが、基本的には食べることと本を読むことにしか関心がないのがメイリだ。読書の助けになるからか読み書きの勉強には割と積極的なんだが、会話の方には微塵もやる気を見せてくれていなかった。
おかげでアッシュ語での会話は子供よりひどいカタコト。マルクやリセナとの会話にも、いまだに俺が通訳としてついていないといけないくらいだ。
そのことを伝えると、シリウスは「ふむ……」と少し考えながら立ち上がり、ようやくメイリの手を放した。
「それは困るな。夫婦の間に会話がないのは寂しい」
さっきの情熱的な求婚はなんだったのか。あっさりメイリから離れたシリウスは――今度はリセナの前に立ち、優雅にお辞儀をしながら手を差し出した。
「では、そちらの可憐なお嬢さん。今度、私と一緒にお茶でもいかがかな?」
「え……えぇ!?」
「では、じゃねえよ変わり身早すぎだろ!」
「しかもご主人を捨て置くとは何事かー!」
「まったく……騒がしいな。君たちは」
「「お前のせいだろうがぁ――――ッ!!」」
激昂する俺とマルクに、すました顔で肩をすくめるシリウス。
……今ようやくわかったぞ。
こいつ――アホだ。救いようのない女たらしだ。無駄に顔がいいから余計にタチが悪い。
この本性を知ってたから、マルクはこいつのことを嫌ってたんだな。
「いい加減にしろシリウス! 用があるなら早く言え! そしてさっさと帰れ!」
「マルクは辛辣だね。まあ、そういうところがかわいいのだけど」
「……! ……っ!」
「俺からも頼むよ、シリウス。通訳なら俺がやるから」
これ以上続いたらマルクがどうにかなっちゃいそうだし。主に怒りとかストレスとかで。
「ふむ。そこまで言われては応じないわけにはいかないな。名残惜しいがここまでにしよう」
了承したシリウスを来客用のソファに座るよう促した。
俺もメイリを引きずってその対面に座ると、シリウスは軽く腕を組みながら話し始める。




