表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/78

[付録]異世界で過ごすナユタの日常 その2

「里に行こうよ!」


 きっかけは、リセナのそんな一言だった。

 いつものようにアッシュ語の勉強をする片手間、メイリの解読作業を手伝っていた俺は――地下に降りてくるなりニコニコ顔のリセナに「?」マークを返す。


「里――って、エルフィアの、か?」

「うん。村の立て直し作業で里のみんながこっちに来ることは増えたけど、逆にナユタ君たちが里に来ることってなかったよね? だから、この機会にどうかなって」


 トレードマークの緑のポニーテールを揺らしながら、リセナは山吹色の瞳をキラキラと輝かせて手を合わせる。

 エルフィアとは、リセナのような、森に住む耳の長い種族のことだ。

 少し前。リセナの父が親バカをこじらせて起こした事件を機に、異界人――死をきっかけに転移してきた、俺のような地球人だ――とエルフィアは協力関係を築いた。

 その条件としてエルフィアには、廃村間近だった異界人の村の立て直しを手伝ってもらっており――今では多くのエルフィアが、村と自分たちの里を往復、あるいは村に居を構えてくれているのだ。

 しかし、言われてみれば……エルフィアが村に来ることはあっても、俺とメイリが里へと足を運ぶことは今まで一度もなかったな。

 ……もっとも、俺もメイリも用事以外では家を出ることすらほとんどないんだが。

 元ニートの俺は生粋の出不精。貧弱読書家なメイリは歩くことがそもそも億劫で。

 でもまあ――確かに、ちょうどいい機会かもな。

 最近、仕事の依頼がほとんどなくて暇だし。外に出る用事もないもんだから、すっかりニート生活が板について体がナマってきてたところだ。

 それに、食料の備蓄もおぼつかなくなってきていた気がする。

 いつもは村へとやってくるエルフィアの行商人から、マルクが数日分の食材を買いつけてくるんだが……自分から進んでやってくれてることとはいえ、あまりマルクにばかり雑用を押しつけるのもどうかと思うしな。

 この際だ。里へ買い出しに出て、村では手に入らない食材を自分たちで物色するのもたまにはいいだろう。


「そうだな――行ってみるか。リセナの住んでるのがどんなところなのかも気になるし」

「ふえぇっ!? そんな……普通だよっ! ふつう!」


 途端に顔を赤くしてうろたえるリセナをテキトーにあしらいつつ――俺は外出用の上着とポーチを身に着けながら、読書タイムの賢者様(メイリ)に声をかける。


「メイリ。出かけるぞ」

「いってらっしゃい」

「……じゃなくて。お前も来いよ」


 かわいい女の子(リセナ)と2人きりで街を歩く勇気なんて俺にはないんだよ。

 まあ、メイリを連れて歩くのもそれはそれで俺の精神衛生上よくないのだが。

 光を反射する純白の髪に、左右で色の異なる瞳。人外の美貌を有していながら日本人だなんていう摩訶不思議な存在であるこいつも、凡人の俺が近くにいちゃいけないでしょう度はリセナに匹敵するのだ。

 とはいえ、背に腹は代えられん。

 2人より3人。人数が増えれば、俺のコミュ障スキル『空気に徹する』も発揮しやすくなるってもんだからな。

 しかしメイリは、


「やだ」


 本から目を離さず、バッサリと一言。

 ……ぐぬぬ。これだから本の虫は。


「たまには運動しないと、年取ってから歩けなくなるぞ」

「別にいい」

「依頼で里に行くこともあるだろうし、道を覚えないと」

「どうでもいい」


 くそう。強情だなこいつ。

 仕方ない。ちょっと早いけど最終手段だ。


「……ついてくるなら、好きな本一冊買ってもいいぞ」

「いく」


 即答かい。

 家にある読めそうな本はあらかた読みつくしちゃって、退屈してるのは知ってたけどさ……

 ちなみに、メイリの財布の管理は俺とマルクが分担して受け持っている。食料や日用品に関しての支出はマルク、それ以外の雑貨が俺だ。

 収入の大部分はメイリが自分で稼いだ金なんで、本当は俺たちがとやかく言うべきではないのだが……こいつに金を預けたら、一瞬で全額食べ物か本に換わってしまうからな。

 これは必要悪。というわけで、特権を活用させてもらうのもやぶさかではないのである。

 なんにせよ、これで同行者1人確保だ。

 あと残ってんのは1人だが……


「マルクー」

「――なんだ? ていうか愛称で呼ぶな」


 キッチンの方に向かって呼びかけると、そいつはひょいっとジト目で上半身だけをドアの陰から覗かせた。

 色づいたもみじのような赤い髪。ピンと立った三角形の動物(ケモ)耳。この世界ではビスティアと呼称される、この獣人の名前はヴィスマルク。

 男口調で、振る舞いにも服装にも気品漂う美少年のようだが、女の子である。

 女の子である。大事なことなので2回言いました。

 執事のような燕尾服の上にリボンフリフリのエプロンという、いつも通りの珍妙な姿でおたまを握るマルクは――


「出かけるけど、お前はどうする?」

「む――ご主人も行くのか?」

「うん、まあ」

「40秒で支度するッ!」

「おい待てなぜお前がそのネタを知っている?」


 話を聞くなりキッチンに戻って、ガチャガチャと大きな音を立て始めた。

 マルクは以前メイリに命を救われたことがあるらしく、この通りメイリへと崇敬ともキマシタワーともつかない感情を向けている。なのでまあ、ついてくる予感はしてたよ。

 来ないなら日ごろのねぎらいも兼ねて休憩しててもらうつもりだったけど、こいつの場合、家で休むよりもメイリにくっついてる方がリフレッシュできそうだし。


「ナユタくーん! メイリちゃん準備できてるよー!」


 呼ばれて振り返ると、2人がすでに支度を済ませて待っていた。

 お気に入りの白衣みたいなコートを着て、日傘を手にしたメイリ。リセナもこれを見越してか大きな荷物は持ってきておらず、オシャレなショルダーバッグだけを下げている。

 そのうちにマルクも、燕尾服の上着を脱いだ普段よりラフな姿でキッチンから出てきて――

 い、いかん。なんだか急に『女の子とおでかけ』という事実を意識させられ始めたぞ……!?

 ていうか、なんでお前らは今日に限ってそんな揃いも揃って女の子らしい恰好(オシヤレ)してるんだよ! 


「それじゃあ行こっか! 道案内は私がするから、安心してね」


 などと言いつつ、リセナが動こうとしない俺の手を掴んで引いていこうとするので、俺は――スパーン!

 ニヤけそうになる頬へと、反対の手で強烈なビンタを叩き込んだ。


「……よ、よし。行くか」


 突然の奇行にマルクとリセナには盛大に「?」を浮かべられながらも、俺たちは揃って家を出る。

 そして、リセナの愉快な道案内を聞きながら、自然豊かな森の道をまったりと歩いていくのだった。



 <>



 途中で何度もバテるメイリに合わせて歩きながら半時。ようやく、エルフィアの里に辿り着いた。

 そこは俺たちの家が埋まっている大木よりも、さらに巨大な樹木を中心とした大きな集落だった。

 何よりも目を見張るのは、人が住むところであるはずなのに、開けた場所がほとんどないこと。森を埋め尽くす木々が、ここにはそのまま残っているのだ。

 それもそのはずで、この里にある家は、多くが木の上部にくくりつけられたツリーハウスのような構造をしていた。木の根元、つまりは地上にも建物があるにはあるが、それらは大半が商店や倉庫として使われているらしい。

 視線の高さにはお店。見上げれば住宅。ビル街とはまた違った、この立体的な都市構造こそがエルフィアの里の特徴なんだな。

 木の根を避けるように張り巡らされた石と木材の歩道を辿りながら、俺たちは通りに並ぶ店を物色していく。

 都市としてはそれほど大きくないエルフィアの里は、商店街の規模も小さめだ。その分店舗は密集していて、まとまって歩いていてもほとんどの店に顔を出すことができる。

 ……はずなのだが、全員が揃って歩いてるのなんて最初のうちだけだった。


「おっ、リセナちゃんじゃねえか! 寄ってってくんな! 今日もいい野菜が入ってるぜ!」

「ほんと!? 買う買う!」

「まいど! おまけしとくからよ、あっちのお友達にもよろしく言っといてくれよな!」

「もちろん。おじさん、ありがと~」


 などなど、行く先々で呼びかけられては店の中に駆け込んでいき、パンパンに膨らんだ袋を引っ提げて戻ってくるリセナ。


「これは値段の割に大きさが……ならこっち……? いやしかし……」


 と、ベテラン主婦顔負けな目利きを繰り広げたかと思いきや、


「――ええい! 店主! そこからここまで全部よこせ!」

「いや、(あん)ちゃんそれはさすがに……」

「ボ ク は 女 だ ! 案ずるな、金なら出す!」


 とか成金みたいなセリフを言いながらパンパンに膨らんだ財布を取り出すマルク。

 こんな光景が、さっきから数分歩くごとに繰り返されているのだ。

 いやまあ、それ自体は別に悪いことじゃないとは思う。

 人のいいリセナは呼ばれたら断れないし、家事担当のマルクが食材や日用品にこだわるのもいつものことだからな。全員で同じ店に入る必要性も今のところ特に感じないから、むしろ効率的だろう。

 なので、今はそんなことよりも、俺の両腕に載ってる買い物袋の重量がそろそろ限界なことの方が問題だ。

 ……確かに「荷物重いだろ? 持つよ」なんてちょっとかっこつけて言っちゃったのは俺だ。

 でもそれは、あくまでもリセナに向けてなんだよ! マルク、テメェには言ってねえ!

 なのに「普段何もしないんだから、たまの荷物持ちくらいしろ」とか言ってホイホイ押しつけてきやがって……そろそろリセナよりお前の荷物の方が多くなってくるじゃねえか……!


「メイリー……お前はこうなってくれるなよ……」


 これ以上増えると帰り道で腕が折れかねないので、せめてメイリにだけでもおとなしくしていてもらおうと振り向く……が、


「っていねえええぇぇぇぇぇぇッ!」


 着いてすぐ買ってやったジュースをチロチロ飲みながらついてきてたはずのメイリが、忽然と姿を消していた。なんであの見た目でミスディレできるんだよあいつは……!

 慌ててあちこちを探し回る。あいつの体力と歩幅なら、この短時間でそこまで遠くに行くことはできないはずだが……

 お、いたいた。

 路地を1つ曲がり、奥に進むと比較的あっさり見つかった。小さな古本屋の店頭に乱雑に積まれた本を、物色するかのように開いて閉じて繰り返している。


「お前なあ……知らない街で勝手に歩き回るなっての」

「ナユタ」


 不意に名前を呼ばれて俺はドキッとした。

 将軍との一件以来、メイリは俺をちゃんと名前で呼んでくれるようになった。

 おかげで、出会った当初に比べればメイリとのコミュニケーションは格段に取りやすくなっている。の、だが……悲しきかな、女の子に名前を呼び捨てにされた経験なんてなかったコミュ障(おれ)の心臓には負担大なのだ。主に緊張とよくわからない気分の高揚で。

 そんな俺の内心など知ったこっちゃないとばかりに、メイリは手にしていた文庫サイズの本をこちらに見せてくる。


「これがいい」

「ん? ああ、そういえば買ってやる約束してたもん……、な」


 値札でもついてないかと表紙を覗き込んだ俺は、タイトルを見て絶句した。

『月明かりに喘ぐ乙女~虜ノ音色~』……って、オイィィ……!?

 どう見たって官能小説じゃねえかこれ! なんでこんなとこに普通に置いてあるんだよ!


「おわあああああっ!? 女の子がそんな本読んじゃいけません!」

「でもこれ、知らない単語がいっぱい」


 でしょうね! 主に知るべきじゃない単語がね!


「とにかくそれ以外にしてくれ! 頼むから! 俺も一緒に探すから!」

「……ナユタのけち」


 よっぽどほしかったのか珍しくボソッと文句を口にしながらも、メイリは本を山の上に戻してくれる。

 そのまま別の本を物色し始めたので、俺も荷物を置いて隣で本棚を漁った。主に、ちっこいメイリでは手が届かない上の方を。

 だが、探せど探せどさっきのような官能小説らしきタイトルばかりが目につく。3冊に1冊くらいのペースだ。さすがに多すぎないか?


(まさか……)


 不審に思って店内を覗いてみると――実際に使ったことはないが、ネットや青年向けマンガで見たことがあるのに似ている――危険な形のグッズが所狭しと並んでいる。それで、わかった。


(ここ……()()()()店じゃねえか! 異世界版の!)


 人目につきづらい路地裏にある時点で察しろよ俺!

 ていうか、マズい。俺一人ならまだしも、小さい女の子(メイリ)を連れてこんな場所にいるのを誰かに見られたら死ぬぞ。社会的に。

 そうなったら、将軍とのイザコザを経てようやく手に入った健康で文化的な最低限度の生活も完全崩壊。はじめの数週間もなんのそのなブタ箱生活に急転直下だ。

 緊急オペレーション始動! 誰かに見られる前に、なんとしてでもこの場を離脱する!


「お、おいメイリ。違う店に行くぞ」

「やだ。ここで買う」


 メイリの服の裾を軽く引っ張りながら呼びかけるが、メイリは本を開いて覗き込んだまま微動だにしない。

 その頬が若干赤みを帯びてるのは、まさか自分が読んでるのがどんな本か気付いたからではあるまいな……?


「ここにこだわる理由ないだろ! えっと……そうだ、向こうにもっと品揃えのいい店あったから、そっちに――」


 将軍と戦った時よりも速いんじゃないかってくらい頭を高速で回転させた俺が、でまかせとともに強引にメイリの腕を引いた――

 その時。


「お前……そこで何してる?」


 すぐ近くから、震えた声が聞こえた。

 俺は冷や汗をダラダラ流しながら、壊れた機械みたいにゆっくりと顔をそちらに向ける。

 そこでは大きな紙袋を両手で抱えたマルクが、真っ赤な顔で口をわなわな開いていた。


(一番ヤバいやつに見られた――――ッ!)


 純真無垢でそっち系の知識に乏しいリセナだったら、会話次第で店には気付かれず脱出できたかもしれないのに――よりにもよってお前かよ!

 ムッツリ疑惑があるマルクのことだ。この店の用途も多分、一目でわかるに違いない。現に顔赤いし。

 しかも、この状況。ここだけ切り取れば、俺がメイリを店に連れ込もうとしてるように見えなくもないぞ。

 弁解しないと。ブタ箱どころじゃない、リアルに殺される――!


「いや、違うんだ! これは――」

「そ、そういうのはっ!」


 しどろもどろな俺の言い分を、キンキンするうわずった声でマルクが遮る。

 そして、息を吸い込んで数瞬。


「もっと親しくなってからじゃないと、ダメなんだぞ――――ッ!!」


 ピュ――――ッ!

 捨て台詞のように言い残すと、脱兎のごとく路地の外へと飛び出していった。

 ひゅう――……と虚しく吹く風。静まりかえる路地。こっそり店に入っていこうとするメイリ――の手を逃げられないように掴んで、俺は誰にともなく一言呟いた。


「…………親しくなったらいいのかよ」


 いろんな意味で。



 <>



 一通りの買い物を終えた俺たちは、里の中央付近にある広場へと集まっていた。広場といっても、広報用の掲示板とベンチだけがある簡易的な休憩スペースだが。

 ちなみにメイリには、別の書店に移動してちゃんとした文芸書を買ってやった。おおむね気に入ってはくれているみたいだが、やたらさっきの本に未練があるようなそぶりを見せているのは気のせいだろう。

 ……そう思うことにしよう。そう思うことにする。


「お待たせ~! ごめんね、時間取らせちゃって」


 さっきの店のことでマルクと舌戦、というか俺が一方的にまくしたてられているところに、パタパタと小走りでリセナが駆け寄ってくる。

 買ったものを自宅に置きに行っていたのだ。せっかく家が近くにあるのに、重い荷物を持ったまま歩かせるわけにもいかないからな。

 家くらいまでなら運ぶのを手伝うと申し出はしたのだが、そんなに遠くないからと断られた。

 それに、リセナの父親――ロスター将軍も、今日は家にいるらしいし。あれだけのことがあったばかりでまだ顔は合わせづらいから、お言葉に甘えさせてもらった。


「気にするな。それよりも、他に行きたいところはもうないか?」

「そのはず……あ、待って! せっかくだから、あと一件だけ一緒に来てもらってもいいかな?」

「俺は構わないけど……」


 メイリとマルクに目配せすると、2人とも特に異論はなさそうだったので、俺も頷く。


「どこに行くんだ?」

「すぐ近くだよ! こっち!」


 と言って駆け出してしまうリセナを慌てて追いかける。

 広場を抜けた先――少し急な坂の下、段違いに重なっている2つの建物の、下の方の入口前でリセナは手を振っていた。


「ここは?」


 里にある他の構造物の例に漏れない、ログハウス風の建屋だ。壁の前に色とりどりの花が咲いたプランターが並んでいたり、キラキラとした装飾がドアや窓一面に施されていて、ここだけ小洒落た雰囲気が漂っている。看板がかかっているので何かしらのお店であることはわかるのだが、オシャレな店特有の無駄に凝った文字なせいで全然読めないな。


「ふふっ、入ればわかるよ♪」


 イタズラっぽく笑って、リセナはさっさと店に入ってしまう。

 その背を追って扉を開けると――


「ヘイラッシャイ! 木綿の下着から花嫁衣裳まで、古今東西ありとあらゆる素敵で過激でエキサイティングな衣服のかじゅかじゅをおとろけしゅる、セレクトショップ『ヴィーテ』へようこそ! ――っしゃあ言えたぁ!」

「言えてねえ!」


 思わず素でツッコんでしまうくらいハイテンションな店員がお出迎え。

 そばかすが似合う、明るい茶髪の女の子だ。身に着けている革製のエプロンには、自作と思われる微妙なデザインのアップリケが隙間もないほどに縫いつけられている。


「おー! お兄さん、なかなかツッコミのキレいいね! もしかして旅芸人か何か?」

「全然違う」

「じゃあ……まさか、アタシに惚れた?」

「どこをどう解釈したらそうなるんだよ!」

「でもごめんねお兄さん。アタシにはいるのよ。心に決めた……」

「いや聞いてねえって」

「このクマくんが!」

「アップリケじゃねえか!」

「どうもありがとうございました〜」

「誰に向けた礼だ!」


 とか言ってたら後ろでマルクが腹を抱えて悶絶していた。お前意外とこういうのに弱いのな。

 しかし……なんだよこいつ。初対面でこんなに疲れるやりとりをしたのは初めてだぞ。

 怪訝な目を向けるが、女の子はそんな俺の視線を無視して、大笑いしながら隣にいたリセナの背中をバシンバシン叩いてる。


「あははははっ! さすがりせちー、イキのいいの連れてきたじゃない!」

「もう……チハルってば、あんまりナユタ君たちを困らせちゃダメだよ?」

「いやぁ、久々にノリをわかってくれる人が来たのが嬉しくてさぁ」

「おーい。そろそろ事情を説明してくれないかー」


 呼びかけると、女の子は「いっけね忘れてた」って感じでハッとこっちを向く。


「いっけね忘れてた」


 なんなら口に出してさえいた。


「お客様をほったらかしにしちゃってたわね。めんごめんご」

「それはいいけどさ……2人とも、知り合いか?」

「そうよー。アタシとりせちーはこーんなちっさいころからの大親友。もうチューまでした仲だもんね?」

「してないよ!?」

「はいそこ細かいことは気にしなーい」


 ケラケラ笑い、くるりと一転。


「改めまして、いらっしゃいませお客様。アタシはチハル。一応ここの副店長(フクテン)やってるから、わかんないことあったらなんでも聞いてね!」

「ご丁寧にどうも。俺は――」

「あーいいいい。りせちーからいろいろ話は聞いてるから。えーっと確か、ナユタくんに、マルくんちゃんに、ケンジャちゃん!」

「賢者は名前じゃねえ」


 俺がツッコんだときにはもう、女の子――チハルは店の奥へと引っ込んでいた。人生楽しそうなやつだなーまったく。

 わからないこと、と言われてもそもそもこの店がなんなのかからよくわからないので、とりあえず店内を見回してみる。

 店の中は、色とりどり、形状も様々な服の数々で埋め尽くされていた。壁際の棚にはコサージュやシュシュ、ブローチなどのアクセサリーも整然と並べられている。やはりというべきか当然というべきか、すべて女性向けだが。


(ブティック……って言うんだったか?)


 入るのに抵抗があるほどじゃないが、こういう女の子専用の空間に男が1人ってのは、なんとなく居心地が悪いな。


「なんでここに連れてきたんだ?」


 少しでも気を紛らわせるために尋ねると、リセナは玄関前でぼーっと突っ立ってるメイリを見ながら答える。


「だってメイリちゃんもマルク君も、いつも同じ服ばっかり着てるんだもん。せっかく2人ともかわいいんだから、オシャレさせてあげたいなって思ったの」

「……なるほど」


 マルクはずっと燕尾服。メイリも白コートに合う服しか着ない……っていうか、持ってないからな。


「そういうことならこのアタシにお任せあれ!」

「うおっ!?」


 いつの間にか戻ってきていたチハルが、俺とリセナの間にするっと割り込んできた。


「入ってきた時から思ってたのよ――ありゃどっちも磨けば光るってね」

「もしかして、お前が2人の服を選ぶのか?」

「おうともさ! こう見えてもアタシ、店一番のカリスマ店員って有名なんだから! 一番似合う服を見繕うくらいお茶の子さいさいってなもんよ!」

「へ、へえ……」

「この店アタシと店長しかいないけどね!」

「微妙に反応に困るネタやめろ!」

「まっ、そういうわけだから素人は黙っとれぇ」


 無駄に腕まくりをしたチハルは「ウェッヘッヘ……」とか怪しげな笑みを浮かべながら、メイリとマルクの2人を奥のカーテンで仕切られたスペースへと引きずっていく。


「さぁーておふたりさん。まずはそのやらしーおカラダの採寸から始めるわよぉー……♪」

「ちょっ、いきなり何を――お前! 見てないで助けろぉ――っ!」


 そんな地獄に引きずり込まれるような声出さんでも。


「ほらほら、りせちーも!」

「えぇっ!? わ、私も!?」

「ちょーどりせちーに似合いそうな新作入ってるのよねー。せっかくだから試着してって? あわよくば買ってって?」

「もう……しょうがないなあ……」


 そこでシャッとカーテンが閉められて、取り残される俺。


「……あの、俺は?」

「そのへんで待ってて!」


 マジですかいな。


(こんな女の子女の子した場所に、男1人で放置って……)


 よく見ると布地がやたら小さい水着や、生地そのものが透けてるような薄い下着なんかも平然と並んでて目に毒だし。

 女の子の服選びに付き合わされる世の中の彼氏諸君の気持ちが、ほんのちょっとだけわかった気がするぜ。

 呆然とただ待ってるのもアレだったので、壁の方にいくつか置かれていた女の子向けファッション雑誌を手に取って、「へー。この世界じゃ最近はこんなのが流行ってんのか」などと素人目全開で流し読みしていると……


「そんじゃ次はお待ちかね! スリーサイズいってみよー!」


 ただでさえ高いテンションをさらに数倍跳ね上げさせた、チハルの元気な声が奥から響いてきた。

 女の子同士で着替えさせてるだけなのに、何がそんなに楽しいんだか……

 ……ていうかこの話、俺が聞いてていいやつなのかな?


「ほら腕上げて! ばんざーい!」

「その変な手の動きをやめてから言え! うぅ、騎士たるボクがこんな……」

「意外と立派なのお持ちのくせに何言っちゃってんのさぁ。ふーむふむ……上から八じゅ」

「言わせるか!」


 チッ。


「もがもが……チッ、ガードが堅いわね。しゃーなし、次は賢者ちゃブッフゥッ!」


 何があったし。


「くっ、異界人アネキはどんなセンスを――なんて期待してたのはホントだけど、まさかそんな絡め手でくるとはね……! でもアタシは負けないわ! 上がないなら、下も取っちゃえばいいじゃないッ!」


 その話もっと詳しく。


「チハルストップ! それ以上は犯罪!」

「フーッ! フーッ! ……はっ! ありがとねりせちー、あやうくブタ箱行きになるところだったわ。萌えブタだけにね!」

「別に上手くないぞ」

「気を取り直して……はい腕上げてー。後ろ向いてー。食らえ急所直撃おやこあいふいうちィ――ッ!」

「っ、んぁ……っ」

「フッ――こうかはばつぐんだ! ってね」

「うわあああご主人が人に見せちゃいけない顔をー!」


 詳しく!


「さああとはりせちーだけよ! 観念してそのたわわをアタシに捧げなさい!」

「趣旨変わってない!?」

「変わる趣旨なんか最初からない! 食らいやがれわしわしマックスアタック!」

「こんな狭いところで暴れるな――っ!」

「貧乳コンプの妬みを知れー! あっ避けられた背中痛ぁぁぁ!」


 てんやわんや。

 女三人寄れば姦しいってのは、本当だったな。ここにいんの4人だけど。内1人ほとんど喋ってないからセーフで。

 カーテンの向こうの騒動は一向に終わる気配を見せない。とりあえずこの分じゃ、着替えて出てくるのはまだまだ先っぽそうだ。

 ……あの、じゃあ俺、今のうちにお手洗い借りますね?



 <>



 出てきて早々に、


「萌えたよ……萌え尽きた。真っ白にな……」


 とか言って崩れ落ちたチハルは華麗にスルーして、シャッと開いたカーテンの方に目を向ける。


「おおっ……!」


 そこに広がる魅力的な景色に、俺はつい感嘆の声を漏らした。

 まずはじめに姿を見せるは、淡い青のパンプスをカツンと鳴らしてステップしたリセナだ。

 その服装は、童話の――アリス風コーデとでも言えばいいんだろうか。ふんわりふくらんだパフスリーブの袖口に飾りつけられた長いリボンと、ひらりと広がるロングスカートがいじらしく揺れる浅葱色のワンピース。コルセットと一体化している、フリルとレースがこれでもかと盛られたエプロンドレスは白く眩い。そんな少女趣味全開の着合わせにもかかわらず胸元や背中はきわどいところまで柔肌が露出していて、乙女としてのかわいらしさと女性としての扇情的な魅力が完璧な調和を見せていた。

 大きなポニーテールをまとめるリボンも、いつものシンプルなものから、うさぎの耳のようにピンと立ったレースつきのものへと変更されている。すらりとした脚を包むのは、上の方にだけ黒い縞模様と、袖口とおそろいのリボンがあしらわれた厚手のニーソックスだ。

 くるりとその場でターンしたリセナは、後ろで腕を組んで腰を折ると、


「えへへ……どうかな?」


 照れくさそうにはにかみ、上目遣いでそう聞いてくる。

 いつもはつらつとしていて物怖じしないリセナのしおらしい姿は素直にグッときたのだが、動きとともにゆさっと揺れた2つのふくらみがそれ以上に危険なブラックホールを見せつけてくるので……


「あ、ああ。すげえ似合ってる。かわいいよ」


 俺は当たり障りのない返事をしながら、バレないように少しだけ視線を上にそらした。

 ほんと、神様はもう少しでいいからこの娘に知識ってもんを与えておくべきじゃないかな。それはそれで今よりとんでもないモンスターが生まれちゃう可能性もあるので一概には言えないけど。


「ふふっ、ありがと。――ほら、マルク君も!」


 にっこり微笑んだリセナは、スカートを翻して後ろを向くとカーテンの奥に手を伸ばす。

 その手が向かう先にいるのは――声的に、マルクだな。どうもカーテンにしがみついてるっぽい。


「ちょっと待て! ほ、本当にこの格好で外に出るのか!?」

「せっかく着替えたんだもん。見せなきゃもったいないよ」

「ボクは別に――わあっ!」


 ぐずるマルクを引っ張り出そうとするリセナは、そこで機転を利かせて――腕を引くついでにカーテンを横に押しのけた。

 閉じた本の背表紙が見えるみたいに、半分めくられたカーテンからマルクの半身が覗く。結局すぐにリセナに引きずり出されて残りの半分も見えることになったけど。


「う、うぅ……」


 複雑そうな表情で下唇を噛み、へにゃんと耳を垂れさせるマルクの姿はまず――ほどよく引き締まり、すらりと伸びる脚部が艶めかしい。それもそのはずで、いつもカッチリとしたスラックスに守られている下半身には死ぬほど丈の短いデニムのショートパンツを着用しており、脚と太ももの全体が惜しげもなく外界に晒されているのだ。足元も革靴ではなく安全靴みたいな大きなブーツになっているので、ここだけ切り取ると西部劇の女ガンマンみたいだな。

 腰にはガチャガチャとした装飾の主張が激しいベルト状のアクセサリーをつけていて、その裏にはサスペンダーが引っかけられて肩まで伸びていた。そういった下半身重視の着こなしに合わせてかトップスはシンプルなタンクトップなのだが、こちらも胸から下がバッサリ開いているためくびれた腰とおへそがガッツリ露出しており、下と比べたインパクトの見劣りはまったくない。

 あくまでもイメージだが、アメリカのストリートにでもいそうな――いかにもなカジュアルコーデだよ。普段が普段なので、そのギャップもまたイイ。

 ていうかチハル、よくこんなの着せたな。そんでマルクもよく着たな。


「……ほう」


 ギャップもそうだが、何か違和感があるな――と、視線を集中した俺は新たな発見をした。

 胸が。サスペンダーを押しのけてピンと張らせる確かな質量が、そこにあるのだ。

 そのサイズがまた地球でもそれほど珍しくなさそうな一般的な大きさなので、服装から感じ取れる等身大の女の子感を強めてしまってイケない。耳と尻尾のおかげで普段はこの中じゃ一番地球人っぽさないはずなのにな。


「あっ、こ、これはサラシを取られて――あ、あんまりジロジロ見るな!」


 結構ガッツリ見てしまったのでさすがに気付かれたか、マルクは両腕で胸を隠して体ごと横を向く。

 しかし見るなと言われても見えてしまうものはあるわけで……

 俺は70度ほど体を回転させたマルクの、こちらに向けられたお尻を今度は見た。というか、目が向いてしまった。

 パンツはエルフィア用のものだったらしく、お尻の部分にマルクが普段の執事服に開けてるような穴がない。なので、布地そのものを下にズリ下ろすことで尻尾を出す工夫をしたようなのだが……

 そのせいでこれ……つるっとして丸みを帯びた肌のラインと浅い谷間が、ちょっとだけみ、見え……


「――!」


 動物的本能で視線には聡いようで、マルクは――サッ。正面に向き直ってお尻も隠す。で、無言で「見るな!」と圧をかけてきた。

 上も下も禁止されてしまっては他に目のやり場もなく、俺はマルクの整った美貌を直視せざるを得ない。


「……」

「……」


 そのまま、自身の赤い髪と同じくらい顔を赤くしたマルクと見つめ合うこと数秒間。


「……だ、黙ってないで何か言え」


 などとお命じになるので、


「……すまん。見とれてた」


 正直なところを答えておいた。

 ――べちっ。


「ぐえっ」

「やっぱり言わなくていいっ!」


 しかしマルクは俺の感想を聞くと、つっぱりみたいな弱っちいビンタを叩きつけて更衣室の奥に逃げ込んでいってしまう。言えとか言うなとか忙しいやつだな。

 よっぽど恥ずかしかったのか、マルクはそこにしゃがみ込んで尻尾をブンブン、というよりぐるんぐるん振り回しているので、どうにかしてやるべきだとは思うのだが……もういいや、放っとこう。どのみち今さっき何も言うなって言われたばかりだし。

 流れのままに俺は別の方向へと目を向ける。

 そこにはメイリが、カーテンが開いた時とまったく同じ位置姿勢で突っ立っていた。

 着せられてる服装は……一言で表すなら、ゴスロリだ。

 全身をフリフリのリボンとレースで飾っている、黒を基調としたティアードドレス。スカート部分は短いが、後ろの方だけ長く、大きく広がったフィッシュテールスカートを、パレオみたいにその上に重ねて大きなリボンで結びとめている。上半身は布が腰のあたりまでしかなく、胸には背中で服とつながった太いリボンを巻きつけているだけという大胆な構造だ。

 足元は黒の編み上げブーツ。頭には大きいアイマスクのような長方形のヘッドドレス。腕には肘の上から先を覆い、手首に近付くにつれて袖口が広くなっている初音○クみたいなアームカバーをつけていた。

 装飾過多で絢爛豪華、一見するとコスプレにしか見えないような衣装だが、元々作り物めいたメイリの美貌と組み合わさってむしろ自然な光景を演出している。たとえこの姿で渋谷や原宿を歩いていたとしても、老若男女問わず通行人すべてが見とれてしまうのみで不審に思う輩は1人もいないだろう。

 そんな、完璧という言葉ですら不足する超越した優麗さを伴ってそこにましますメイリだが……

 アームカバーで両肩を隠すみたいに、両手とも二の腕あたりを抱いてるな。


「メイリ? どうした?」

「……肩」

「うん?」

「肩……出すの、やだ」


 ……これは。

 モジモジと落ち着かない素振りで視線を右往左往させる、この様子は……

 ……照れている。

 何があっても無表情無感動が揺るがない、あのメイリが、照れて……いる。

 照れる。メイリ。

 かわいい。


「はい! それじゃ願いましては――」


 無意識にひざを折って手を合わせかけていた俺の思考を連れ戻したのは、にじり寄ってきたチハルのねっとりとした声だった。

 その手には電卓みたいな計算機。


「……ちょっと待て。なんで俺が払う流れになっている?」

「え? だってデートで男がお金を出すのは万国共通永久不変の決定事項でしょ?」

「その理論は百歩譲って認めてやらんこともないが、3人分とか別次元すぎるしそもそもこれはデートじゃねえ」

「……ふーん? 本当にいいの? あの子たちの期待を裏切ることになっても?」

「ぐっ……」


 ニタッと目を細めたチハルに釣られて、俺は奥にいる3人に振り返る。

 ニコニコ顔で自分の服装を眺めまわしてたり、尻尾ブンブンしてたり、モジモジしてたりと反応は様々でも、普段とは一味違った体験にそれぞれ悪感情を抱いているわけではないのは確かだ。

 3人の性格的に多分、きっと、いや断じて、そんなことはあり得ないのだが……俺が話を断って、その表情に少しでも影が差すところを想像してしまうと……


「くぅっ……卑怯だぞ……!」

「何分こちらも商売なものでしてぇ」

「ちくしょう合計いくらだ!」

「こちらになりまーす♪」

「うおっ……!?」


 た、高っ!

 差し出された計算機に表示されてる額は、俺が普段着用に買ってる服の値段から桁が2つは上だ。

 なのに、財布の中を確認でもしたかのように、かろうじて絶妙に俺の持ち金を下回ってるのが憎たらしい……!


「ええいなんぼのもんじゃ――い!」

「まいどありー♪」


 チハルの手のひらに札束を叩きつけた俺は、小銭だけになった財布の中身を見て、ほろり。涙を流した。

 でも、まあ……

 3人の楽しそうな様子が、この程度で守れたなら、いいかな……などと、ほんのり温かい感情を胸に抱きながら。

 ……いややっぱりこの出費はどう考えても痛いと思うんですけど。



 <>



 セレクトショップ『ヴィーテ』の上に、段違いに重なっている建物。そちらはヴィーテの店長が同じく店主(マスター)を務める、小ぢんまりとしたカフェになっていた。

 名前は同じくヴィーテ。服屋の方とは階段でつながっているだけでなく、屋上にテラス席が配置されている。

 そのテラス席の一角にて、俺たちは優雅なおやつタイムを――訂正。俺以外の3人が、服同様きらびやかで繊細な仕上がりのスイーツを満喫している。

 一方の俺はというと、3人の手元を恨めしく見つめながらテーブルに突っ伏していた。


「……そんな目で見られると食べづらいんだが」


 卵とカラメルが舌の上で深く絡み合うハァァモニィィイを奏でる手作りまろやかプリン(商品名)をスプーンですくいながら、マルクがむすっとした顔で抗議してくる。


「うるせえ。お前らは何も考えず目の前の幸せを享受してりゃいいんだよ」

「かっこいいこと言ってるのに表情で台無しだね……」


 苦笑いするリセナは、食えるぞハートとろけるほどソフト乗せるぞラズベリーのタルト(商品名)をフォークでキレイに割っていた。


「……」


 そんな俺たちのやりとりに一切反応を示さないメイリは、二つの甘いを二重螺旋に織り込んでナッツへと続く道を掘る天元突パフェ(商品名)を黙々と口に運んでいる。ちなみに服もスイーツもお前が一番高いんだからよく味わって食うように。


「だから、金なら返すと言ってるじゃないか。ボクはお前なんかに服を恵んでもらうほど落ちぶれてない」

「こっちこそ何度も言ってるだろ。男にはつらさに耐えてでも張らなきゃならない意地ってもんがあるんだよ」


 肝心のつらさに耐えられてないだろうが……などというマルクの小言は潔く無視した。

 そりゃあ俺だってできることなら金は返してほしいし、リセナに何度も申し訳なさそうな顔で謝られるのだって心苦しいが……かといって今更そんな情けないことが言えるか。

 虚勢じみた見栄を張る俺に呆れたか、マルクもリセナもそれ以上は何も言わなくなったが……


「……」


 代わりにメイリが、食べかけのスプーンを宙に向けたまま俺をいつものジト目で見つめてくる。


「……なんだよ。言っとくが、夕飯も近いからおかわりはなしだぞ」

「ん」


 小さくのどを鳴らしたメイリは、スプーンでパフェの上のクリームを一口分すくって、テーブルの上、というか俺に向かって突き出してきた。

 ……見せつけてんのかな?

 不機嫌極まりない俺がそのせいでさらに怪訝な目をすると、メイリはちょっと考える様子を見せてから――唐突に、


「あーん」


 と言った。


(…………)


 ……………………

 …………

 ……。

 はいィ!?

 今っ、今の、あーん、って……!?

 いや、相変わらずの感情皆無な声なので『ああん』と棒読みしただけに等しいんだけど、でも、あのメイリが、ええぇ……!?


(お、落ち着け俺……!)


 そ、そうっ、これはどっちかというと「お弁当のおかず交換しよ」っていうアレに近い行動だ。俺の方から渡せるものはないから厳密には違うけど、ノリとしては。

 イコール友達とじゃれあってるのと同じなのであって、そこに男女のアレやコレやは一切関与しない。そもそも食欲読書欲睡眠欲しかないメイリがそういうことを少しでも考えてるわけがない。

 つまりこれは至極健全な行為にして厚意。何食わぬ顔でいただいたところで問題なんかない……はずだッ。

 でもこのスプーンをさっきまでメイリが使ってたのは事実……って、余計なことを考えるな!

 ええいままよ!


「あ、あー……」


 直視するのはさすがに恥ずかしいので、目を閉じてスプーンへと口を近づける。クリームの甘さとベリーっぽいソースの爽やかさが合わさった芳醇な香りが鼻孔をくすぐった。

 その香りと口元の感覚を頼りに位置を合わせ、俺はついに、スプーンを咥え――

 スカッ。

 ――られて、なくね?


「あむあむ……ん~! ご主人のも甘くておいしいれすぅ」


 などという声に目を開けると、スプーンはすでに目の前になく、代わりにマルクが幸せそうな顔でもしゃもしゃしていた。


「テメェ! それは俺んだ返せ!」

「んぐっ……もう飲み込んだ! ていうかいらないならもらうとちゃんと言ったぞボクは!」


 聞いてねえっつーの!


「くそうッ、すまんメイリもうひとく――」


 凄まじい剣幕で振り向くが、


「ってねえええぇぇぇぇぇぇッ!」


 さっきまで3分の2以上は確実にあったのに、メイリの前の器は、空っぽ……!

 それ、顔が丸ごと隠れちまうような特大パフェだったはずだぞ! そのちっこい口でどうやったらそんなに早く食い終われるんだよ! てかそのちっこい体のどこに入ったよ!


(ちくしょう……!)


 せっかくの女の子とのおでかけで、せっかく街までやってきたってのに……

 これじゃあ俺だけ、荷物持ちして金払って終わりじゃねえか!


「あァァァんまりだァァァアァ――――ッ!」


 その日の俺の絶叫は里全体に轟き、ちょっとした噂になっていたと後からリセナに聞かされた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ