ここから始まるエピローグ
どうにかこうにかリセナと将軍の間を取り持った後、俺たちはリセナの案内で、将軍も引き連れてエルフィアの里へと赴いた。
今回起こったことの一部始終と今後について、里の最高権力者――エルフィア族長と話をするために。
突然現れた俺たちにどよめき立つ群衆の真ん中を突っ切って、辿り着いた先は里の最奥。我が家の上にそびえる木よりも、さらに一回り二回り大きい樹木をくり抜いてつくられている会議場だ。
その1階で困惑する受付と話をつけ、しばらく待ったのち……俺たちは族長の待つ部屋へと通された。
国のトップというよりは会社の社長が使うような、豪奢ながらもシンプルで広々とした一室で待っていたのは、真っ白なヒゲを豊かに蓄えた年配の男性。
ほんわかとした優しそうな笑顔で出迎えてくれたそのご老人――族長に、リセナたちの助けも借りながら俺はすべてを伝えた。
冤罪のこと。戦いのこと。世界すら巻き込みそうになったこと。そして、将軍の動機を。時折、将軍の自白も交えながら。
全部聞き終えると、族長はかみしめるように目を閉じた。
そして、おもむろに立ち上がって俺の前にやってきたかと思うと、
「すまなかった」
と、涙ぐみながら深く深く頭を下げるのだった。
これには俺も驚いてしまって返事に困ったのだが、そこは立場ゆえかこういう事態には慣れてるらしいマルク。
テキパキと話をまとめて族長に頭を上げさせ、今後についての話題へとつなげてくれた。
といっても、どちらの陣営にも死者はなく、村にもさしたる被害はなかったので、俺たちからは「これまで通りの関係を続けてくれればいい」と告げるだけだったのだが……族長は、
「償いがしたい」
の一点張り。
その温和な表情からは想像もつかなかったあまりの気迫に、無下にするのも気が引けたので……
仕方なく、村の代表としてついてきていたカケルと相談し、とあるお願いをすることにした。
その内容は、簡単に言えば村の復興の手伝い。
再生のための物的、金銭的、人的支援の要求――つまりは村の、そしてリセナの悲願を、叶えてほしいというものだった。
これに対して族長は、まさかの二つ返事で快諾。
というのも、リセナが直訴しに来る以前から、族長はひそかに村の現状を見かねていたらしい。
しかし言葉が通じないため下手に手を出して警戒されるのが怖く、ずっと尻込みし続けていたんだそうだ。おかげで村のために集めていた金や資材が貯まる一方だったんだとか。
その後はトントン拍子に話が進み、数日以内に支援部隊を送ることを約束してくれたのちに解散となった。
ちなみに将軍の扱いだが、逮捕されたり裁判にかけられることはないらしい。死者が出なかったのと、被害者である俺たち自身がそれを望んでいないことを伝えたためだろう。
しかし軍隊の私的利用は事実。軍内部での処罰は避けられず、大幅な階級の降格と減給は間違いないそうだ。まあ、こればっかりは自業自得だから納得してもらうほかないな。
――なにはともあれ。
こうして、森を騒がせた大きな事件は幕を閉じたんだ。
全部元通り、いいやそれ以上の――最高のハッピーエンドを残してな。
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あれから一週間。
約束通りにやってきてくれた支援部隊に加え、罪滅ぼしを望んだ兵士たちの力も借りて、村の復興は急ピッチで進められていた。
今日も今日とて村の方からは、住宅工事の慌ただしい音と人々の声が絶え間なく聞こえてくる。
そこには人種の差も言葉の壁もない。同じ目的のために手を取り合い、助け合い、笑いあう――美しさに満ちた光景が広がるばかりだ。
そしてそれは、俺たちの家も例外ではなく――
「……こうか?」
「やっ……もうっ、そうじゃないよ。もっと……こっち」
「よし……ここだな」
「うん、そう……あっ、待って! やっぱりそれ以上は……っ」
「悪い……もう、後戻りはできそうにない」
「……わかった。いいよ……このまま、最後まで……」
「――って、朝っぱらから何をやっとるかぁぁあああぁぁぁ――――ッ!!」
俺とリセナが向かい合っているところに、顔を真っ赤にしたマルクが階段を駆け下りて飛び込んできた――ので、
「何って……勉強だよ。見りゃわかるだろ」
俺は椅子に座ったまま、手にしていたペンと、今しがた筆を走らせたノートを掲げてマルクに見せる。
「……は? 勉強?」
「そ。勉強」
ノートに書き込まれているのはアッシュ語の書き取り。やってたのは文法の学習。ついでに、俺とリセナがいるのは参考書を広げたテーブルの前だ。
戦いの直前、リセナたちに頼んで始めたアッシュ語の勉強は、今でも変わらず続いていた。
講師役として、リセナも毎日のように家にやってきて指導してくれている。仕事の合間を縫って来ているのではなく、軍が手伝っている復興支援の一環として届け出ているため、時間的にもかなり余裕があるらしい。
おかげで、まだ始めてそれほど日が経っていないにもかかわらず、こうしてマルクやリセナと会話ができるくらいの語学知識を身につけることができていた。
「ところでマルク。今、ナニを想像した?」
「なっ、ななな……なんでもいいだろうっ、そんなことは!」
俺がニヤニヤしながら問いかけると、マルクは首筋まで真っ赤にして顔を背ける。
ははーん。さてはお前、ムッツリのケがあるね? 多分同じことを想像した俺も他人のことは言えないけど。
知らぬはきょとんとした顔の発した本人ばかり。ぜひともそのまま純粋培養で育ってほしいものです。
「それよりも、ご主人はどうした?」
「うん? まだ寝てるんじゃないか?」
ここ最近はアッシュ語の勉強に時間を割いてるせいで、メイリの解読の手伝いは夜に回してるからな。その分寝る時間も遅くなっているので、元々寝起きの悪いメイリは放っておいたらいつまでも起きてこない。
俺がノートに視線を戻しながら投げやりに答えると、マルクはうーんと唸って腕を組んだ。
「困ったな……上に客らしき異界人が来てるんだが……」
「早く言えよ! そういうことは!」
メイリへの依頼。村の設備が充実してきたおかげでめっきり来なくなったから、完全に忘れてた!
「悪いリセナ、いったん中断!」
「気にしなくていいよ。お仕事頑張ってね!」
「頑張るのは俺じゃないけどな……マルク! 今すぐメイリを叩き起こせ!」
「このボクにご主人の快眠を邪魔しろと言うのか……?」
「アホなこと言ってる場合かぁ――ッ!」
てんやわんやしながら俺は身支度を整え、いまだ舟をこいでるメイリの腕を引いて地上への階段を駆け上がる。
「……眠い……」
「我慢してくれよ。今はまだ、お前の力が頼りなんだからさ」
「あとで解読……」
「はいはい。終わったらな」
そして、1階のカウンター前でうろうろしていたその人物へと向けて――まずは日本語で、こう告げるのだった。
「天音事務所へようこそ。ご用件は?」




