表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/78

第18話 深緑事変(Ⅴ)

 メイリの治癒魔法で肩を治療してもらいつつ、<フロート>をゆっくりと解除。俺とメイリは、揃って元いた地点へと帰還する。

 戻ってきた地上は予想以上の地獄絵図だ。ほとんどの者はメイリを遠巻きに眺めては震えあがっているし、中には泡を吹いて卒倒してるやつもいる。


 だが、死傷者は不思議なことに1人もいなかった。

 もちろん、隕石は地表へと到達した。別に、虹色の光に包まれたロボットたちに押し返されたわけでも、並行世界から持ってきた無限のエネルギーで打ち砕かれたわけでもなく、確実に。


 それでも一切の被害がないのは、単に、あの隕石に人を傷つける性質がなかったからだ。

 ――そう。メイリの魔法は、()()だったのだ。


 隕石そのものはもちろんのこと、光の扉も、天をつんざくような轟音も、すべて幻。幻聴。

 空にも地上にも何かが起こった形跡は皆無で、後には静寂が残るばかり。

 メイリは、ものの見事に『誰一人死なない、超強力な魔法』を見せつけてくれたというわけだ。

 まさに俺の望み通り。本当にさすがとしか言いようのない出来栄えだったよ。実際、平気だと確信してた俺でさえ、頭に隕石が衝突した瞬間は死を覚悟したくらいだしな。


「ひっ……!?」


 一応護身用に拳銃を抜きつつ詰め寄ると、腰を抜かしてへたり込んでいた将軍が小さく悲鳴を上げた。

 しかし同時に、近くに落ちていた剣を拾ってこちらに突きつけてくる。メイリに怯えてこそいるものの、闘志そのものが消えたわけではないらしい。

 どうやら……これは……


(……失敗、だな)


 そうとわかってもこのまま何もしないわけにはいかないので、とりあえず距離を詰める。

 将軍は、こちらが一歩近寄るたびに尻もちをついたままずりずりと後退していく。だが、ある程度進んだところで背後にあった木に阻まれてしまった。


「……ば、化け物……!」


 見る間に青ざめた将軍がメイリを見ながら震える声で口に出す。ので、俺は、

 ――ガゥンッ!


「んひぃっ!?」


 反射的に撃鉄(ハンマー)を起こして、引き金(トリガー)を引き――引いたところで、気付いた。


(あっぶねー……)


 人生初の発砲だけあって、狙いも姿勢もメチャクチャだったのが功を奏したのだろう。幸いにも、弾は将軍の頭上をはるかに飛び越えて真後ろの幹に大きな穴を穿っていた。

 もしも俺が、もう少し銃の扱いに慣れていたらと思うと……ゾッとするな。

 ていうか、こういう感想を抱かせるためにやったことなのに、実際言われたらイラつくってなんだよ。俺もちょっとパニックになってるのかな。


 まあ、いい牽制にはなっただろうってことで……ついでに、予想以上の反動で腕が痺れて動かないので……狙いをそのままに、俺は告げる。


「えーと……一応、聞くが。降伏する意思はあるか?」

「あ……ああ、あ、ある……わけが、ないだろう! あの程度、せ、世界の総力を結集すれば……!」


 青を通り越して顔を真っ白にしながらも、将軍は気丈に答えた。

 ここまでのことを推し進めてきたプライドと、後には引けない焦り――といったところか。銃を下せばすぐにでも、兵士たちに(げき)を飛ばしそうな勢いだ。

 どう見ても虚勢だが、それを崩すのが目的であったのだから失敗は失敗。

 脅し対決は事実上の敗北。メイリの全力をもってしても、将軍の心を折るには至らなかったということだ。


(さて、どうしたもんか……)


 溜息1つ。これからどうするかをぼんやりと考えていると――


「――どの国だ?」


 赤い髪の獣人が、近くの木の陰から顔を出した。

 肩で息をして、いつもピンと立っている耳も力なく折れてしまっているが、マルクだ。

 そういえば、2、3日前から姿が見えなくなっていたんだよな。ロクに説明もせず、思いついたように飛び出していったもんだから、大した用事ではないと勝手に思い込んでいたんだが――


「お前に味方する『世界』とは――どの国のことを言ってるんだ?」


 息を整えながらマルクが問いただす。

 その意味が理解できず、俺は割り込むように問いかけた。


「マルク? それ、どういう意味だ?」


 振り向いたマルクは語る。


「あの後、ボクは今回のことを報告するためにビスティア連邦に戻っていたんだ。冤罪であることを話しておけば、仮にお前たちがエルフィアを殺しても、連邦だけは公正な判断のもと動いてくれるかもしれないと思ってな」

「ば、バカなッ!? あり得ぬ! 森から連邦まで、歩き詰めでも片道4、5日など優に――」

「『尽雷(じんらい)』を甘く見るなっ」


 狼狽しながら否定しようとする将軍を、マルクはピシャリと一喝する。

 ……どうも、さりげなくとんでもないことをやったみたいだな、マルク。実はこの中で一番すごいのこいつなんじゃねえの?


「で、結果はどうだったんだ?」

「ああ――協議の末、連邦はこの件に関して一切干渉しないことを決めた」

「それって……」

「エルフィアが何人死のうが、異界人が本当に魔物を操っていようが関係ない。大陸南部3大国家が一柱、ビスティア連邦は、何があっても、どちらの陣営にも加勢しない……ということだ」


 マルクが一言話すたびに、将軍の顔が見るも無残に絶望へと染まっていく。

 そして、追い打ちをかけるようにマルクは告げた。


「さて。こうなると、戦力となりうるのは『アッシュランド』と『リベル』のみだが……一切の国交を断絶しているリベルが他国の案件に派兵するとは考えにくい。アッシュランドだけがせいぜいだろう」

「は……ひ……」

「しかし、今しがたご主人が見せた魔法は、最低でも超戦略魔法クラス。叛乱(はんらん)が起きた場合は一個師団以上での編成で迎撃することが義務付けられている、第二位魔導士に匹敵する戦力だ。ただでさえリベルの対処に追われているアッシュランドが、連邦の支援もないままこれに対抗する戦力を捻出するなど、まずありえない。仮にあったとしても、撃退を狙うのではなく融和策をとるはずだ」

「…………」

「もう一度聞くぞ。お前の言う、ご主人を打ち負かせる『世界』とは――どの国のことだ?」


 トドメとばかりに問われると、将軍は「……ひゅう」と魂ごと抜け出てしまいそうな息を吐いて崩れ落ちた。

 ……えーっと……


「よくわからないけど……」

「一件落着、みたいだな」


 いつの間にか隣に来ていたカケルと苦笑いを交わす。

 なんか、一番おいしいところをマルクに持っていかれた気がしなくもないんだが……

 まあ、いいや。

 これは、凡人でしかない俺が、数多の超人を差し置いて選び取ったエンディングだ。なら、ちょっとばかり締まらないくらいがそれらしくてちょうどいい。

 ――だろ?



 <>



 放心状態の将軍に代わって軍の小隊長と話をつけ、村と軍それぞれに終戦の伝令を届けてもらった後。

 ようやく会話ができるくらいまでに正気を取り戻した将軍を、再び俺たちが取り囲んでいた。

 理由は1つ。


「そろそろ話してもらうぞ。なんで、こんなことをしたのか」


 いくつもの推理と憶測が飛び交った今回の事件で、唯一後回しにしていた疑問の答え合わせ。

 これだけの事態を引き起こした、将軍の動機を知るためだ。

 銃を下げた俺に代わって剣に手をかけるマルク。その(かたわ)らではリセナが不安そうに将軍を見つめている。

 返答次第ではタダでは済まさない――そんな雰囲気を、無表情なメイリ以外の全員が多かれ少なかれ発する中。

 うつむいたまま、将軍は強く拳を握り……語り始めた。


「すべては……リセナのためだ」

「私の……?」


 名を呼ばれたリセナは(いぶか)しげに聞き返す。

 そういえば、心当たりはないって言ってたもんな。


「リセナが変わってしまうのが怖かった。貴様らがリセナを変えてしまうのが、どうしようもなく憎かったのだ……」

「「「? ? ?」」」

「そうだ……貴様らさえ……貴様らさえいなければ……」


 頭の上にいくつも疑問符を浮かべる俺たちをよそに、将軍は拳に入れる力をみるみる強めていく。

 直後、目尻に涙さえ浮かべながら叫んだ。


「貴様らさえいなければ、リセナはグレずに済んだのだッ!!」


 ……

 …………

 ……………………うん?


「おい。さっぱり話が読めないんだが」

「安心しろ。俺もだ」

「トボけるでないわ! 貴様らがリセナをたぶらかしさえしなければ、私とてここまでのことを起こしはしなかったのだぞ!」


 顔を見合わせる俺とマルクに向かって将軍は怒鳴るが……

 まいったな。言ってる意味がまったくわからない。

 だって、リセナだぞ?

 純情可憐で純粋無垢。優しくて裏表のない、絵に描いたようないい子。

 そんなこと、なんなら出会った瞬間から確信できるくらいだった――リセナが、だ。

 ……グレた?

 ないない。


「リセナは昔から、常日頃外で遊びまわるやんちゃで活発な娘だった……」


 どうにも反応が鈍い俺たちに業を煮やしたのか、将軍はポツポツと勝手に語り始める。


「学院を卒業し、軍に入隊してからもその性格は変わらず――むしろ自衛の力を手に入れたことで、魔物の潜む森の奥地へも1人で出向くまでになった。無論私は危険だと何度も苦言を呈したが、それ以上に、元気な姿を見せてくれる我が子をほほえましく思っていた」


 ここまではなんか、普通にいい話だな。

 リセナも顔を赤らめて恥ずかしそうにしてるから、事実っぽいし。


「だがある時を境に、リセナはたびたび異界人の名を口に出すようになったのだ。それからは物資を買い届けたり、身近な者に協力を仰ぐなど日常茶飯事。少し前には、異界人への物的支援を自ら族長に直訴しに(おもむ)く始末だ」

「……」

「私は確信した。リセナは騙されているのだと。里の資源をくすねるために、異界人どもがリセナを利用しているのだと! 無論リセナにはすぐさまそのことを伝え、二度と異界人の村には行かないよう告げた。しかしリセナは聞く耳を持たなかった。挙句の果て、日増しに帰宅の時間は遅くなり、私への態度もそっけないものへと変わっていった……」


 リセナは――

 おそらくは森の散策中に、偶然異界人の村を見つけて気に入り……その復興支援につながるボランティア活動のようなことを、自主的に行ってくれていたんだ。

 だが、将軍はそれを、異界人にそそのかされた結果だと思い込んでしまった。

 諭す将軍にリセナは反抗し、むしろ村への支援に傾倒。次第に2人の仲も疎遠になっていき、将軍はリセナが異界人の影響でグレたのだとまたもや勘違いしてしまった……

 ということみたいだが……あ、あれ……?

 なんか、話が変な方向へ……

 というか……思ってたより、規模、小さくないか……!?


「そんな折だ、魔物の巣が見つかったと報告を受けたのは。……これしかないと思った。罪を押し付けて異界人を追放してやれば、リセナも正気を取り戻してくれる。悪い付き合いなど忘れて、再び私に笑いかけてくれると――そう、思ったのだ」

「……」

「あとのことは、どうせリセナから聞いているのだろう。私は腹心の部下を使い、魔物を異界人の村の方角へと誘導した。そして、その魔物を口実に村を襲えば、いかに面妖な異界人といえど住処(すみか)を移さざるを得ない。仮に反撃されても、即座に撤退し、用意した口実を用いれば他国に助力を乞うことができる――そういう計画を立てたのだ。もっとも、貴様がいたせいで族長や他国への申し出が難しくなり、大きく修正せざるを得なくなってしまったがな」


 自嘲気味に鼻を鳴らしながら、将軍は俺を力なく見上げる。

 そして、それきり口をつぐんでしまった。


「…………」

「…………」

「……まさか、終わり?」

「これ以上何を語れというのだ」


 尋ねても、やはりもう話すことはない様子。

 ――つまり、将軍側の主張は今のがすべてで。

 ようするに『娘が悪い友達に騙されて変な活動をしてるっぽいので、部下総動員して撲滅しに来た』だけ、と……


(なんという……親バカ……!)


 こんな……こんなしょうもない事情に……俺たちは命をかけたってのかよッ!


「全然違うよ! お父さん!」


 もはや言葉も出ない俺の隣から、キッと鋭い眼光を携えたリセナが一歩前に出た。

 今まで見たこともないような強い気迫に、将軍は目を丸くしてうろたえる。


「あの時、私、ちゃんと言ったよ。私は騙されてなんかない。みんなを助けたいと思ったのは、ちゃんと自分の意思だって!」

「し、しかしだな、リセナ……お前も見ただろう? こやつらは本当に得体の知れぬ化け物――」

「関係ないよ! 話ができない私にも、みんなとっても優しくしてくれた。生まれた世界が違ったって、不思議な力があったって、みんな、私たちと変わらない――人間なんだよ! それなのに、困ってるところを助けちゃいけない理由なんてあるの!?」

「そ、それは、お前を騙そうとこやつらが――」

「いい加減にしてよ! 私のことも、みんなのことも、なんにも知らないくせに! これ以上勝手なことばっかり言わないで!」

「だが――」

「わからず屋! お父さんなんか――大っ嫌い!」


 ――ガーンッ!

 という効果音が聞こえてきそうなくらい派手にショックを受けた将軍は、そのまま頭を殴られたみたいに白目をむいて今度こそぶっ倒れた。

 いやまあ、愛の深さから考えればその反応にも納得なんだが……メイリの一撃より効いてるのは複雑な気分ですよ?

 今にも灰になりそうな将軍と、ツンとそっぽを向くリセナ。2人を見てオロオロしてるマルクに、なんとなく状況は理解できるのか苦笑いを浮かべるカケル。

 四者四様の反応を見せるその輪から、俺はこっそり抜け出して――少し下がった場所でぼーっとしているメイリの横に並んだ。


「ありがとな」

「?」

「不思議そうな顔するなよ。こんな光景が見れたのも、全部お前のおかげなんだからさ。――ありがとう。本当に、助かった」

「……別に、大したことはしてない」


 いつものように淡々と答えるメイリの横顔からは、照れている様子も謙遜している様子も感じられない。

 本当になんでもないことだと思ってるんだな。自分がやったことも、この結果も。

 けれど、メイリが成し遂げたのは十分に、称賛されるべき功績だ。誰に感謝されるものでもないのかもしれないが、それならせめて、俺からくらいは。

 そう思って、俺は余るほどの賛辞をメイリに投げかける。


「いやいや、十分すごかっただろ。ていうか、よく思いついたよな。幻覚なんて」

「ん――」


 だが、かすかにのどを鳴らしたメイリに対して、そこから先を口に出すことはできなかった。


「――怖い(ゆめ)には、慣れてるから」


 それは、注意していなければ絶対に気付けなかった、小さな変化だったけれど――

 ほんのわずか目を伏せて、ほんのわずか声を震わせながら――そう答えるメイリに、かける言葉なんて、見つからなかったんだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ