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第16話 深緑事変(Ⅲ)

 村からも、俺たちの家からも離れたところにある、木々の密度が低い少し広々とした空間。そこに、メイリはいた。

 ここは戦闘で負傷した村人を治療するための、一時的な避難所だ。本当ならもっと安全な場所に設置するべきなんだが、一番安全な村の中には、ロブの能力が切れるまで俺たちでも入ることができないからな。

 一応、周囲に敵影はない。追ってきた兵士も、道を迂回して撹乱(かくらん)しながらカケルが相当数を迎撃した。襲撃されることはないと見ていいはずだ。


「メイリ! リセナ!」


 声をかけ、倒れた能力者に治療を施しているメイリに走り寄る。近くにはリセナもいた。

 リセナはエルフィア軍では後方支援担当の部隊に所属していたらしく、俺たちの村に医療関係者が不足していることを知ると、快く協力を申し出てくれた。

 傷薬になる薬草の知識を提供してくれただけでなく、自身も治癒の魔法が扱えるということで、この避難所の運営を担ってくれている。おかげで、まともに治療ができるのはほぼメイリだけ、という現状でもどうにか負傷者の手当てが間に合っていた。

 あの時リセナを見捨てていたら、戦いはもっと苦しいものになっていただろうな。


「あっ、ナユタ君!」


 チラリと視線だけをこっちに向けたメイリに続き、反応を返したのはリセナだ。抱えていた大量の薬草が入ったカゴを足元に置き、心配そうな目をして駆け寄ってくる。


「大丈夫だった? ケガはない?」

「ああ、なんとか」

「それで……話し合いは、どうなったの? お父さんは、改心してくれた?」

「いや……それが……ちょっと、マズいことに……なってな」


 メモ帳を開いてたどたどしく言葉を紡ぎながら、俺はリセナにここまでの顛末(てんまつ)を簡単に説明した。

 同時にカケルと――聞いているかはわからないが――メイリにも、日本語で同じことを伝える。

 聞き終えると、メイリはいつも通り無言だったが……リセナは、悲痛な叫びを押し殺すかのようにうつむいてしまった。

 冷静なカケルも、この時ばかりは苦しげな表情を浮かべる。


「それじゃあエルフィアは、戦う以外になかったんじゃなくて――」

「一番確実な方法を選んだ……ってことだろうな」

「……ごめん、ナユタ。おれのせいだ。おれが、戦おうなんて言い出したから……」

「お前が謝る必要なんかないだろ。どっちにしろ、これしか道はなかったんだ。それよりも――」

「うん……そうだね。このまま放っておくわけにはいかない」


 最小限の犠牲で、最大の戦力を動かす。犠牲になる人々のことを度外視すれば、確かに作戦としては間違っていないのかもしれないな。

 だからといって、人としては絶対に間違ってる。こんなこと、たとえ敵同士でなかったとしても許しておいていいはずなんかない。

 手遅れになる前に、なんとしてでも止めるんだ。


「でも、どうやって止める? もう一回将軍のとこに行くわけにはいかないだろ?」


 指示を出す将軍の口そのものを封じるのが一番手っ取り早いんだろうが……一度俺たちが特攻したことによって、将軍の周囲の防御はさらに強化されたはずだ。

 カケルたちなら再度の突破は容易だとしても、それでも多少は時間がかかる。その間に将軍に指示を出されたらおしまいだ。

 何の準備に手間取っているのかは知らないが、こうして将軍の動きが止まっている今、不用意に接触して行動を速めさせるのは避けるのが無難だろう。

 必然、阻止するべき対象は実行犯の兵士たちとなるが……


「うん……問題はそこだね。全員捕まえてる時間はないし」


 俺たちを悩ませる『殺さず』の条件は消えていない。むしろ、確認が取れた分重みが増したとさえいえるだろう。

 阻止するためには、どこに何人いるかもわからない実行犯を、全員探し出して、無傷で取り押さえる必要があるんだ。

 だが、村人の中に心が読めるような能力者はいない。狙い撃ちはほぼ不可能だ。

 普通の兵士ごとまとめて倒してしまおうにも、影響範囲の広い能力は強力すぎて必ず死傷者を出してしまう。確実に殺さないよう捕らえるには、白兵戦型の能力者が各個撃破していくしかない。

 不殺の(かせ)――問題は結局、一番最初に立ち戻ってしまったわけだ。

 ……いや、状況はもっと深刻かもしれないな。それを知ってか、カケルも「それに」と続ける。


「戦力も足りてない。ここにいるみんなだけで解決する方法を考えないと」


 強力な能力の使い手たちは、ロブのバリアの中で待機している。もしも敗北した際、戦えない村人たちをできるだけ安全に逃がすことができるように。

 バリアの内部とはコンタクトが取れない今、彼らを戦力として頼ることはできない。村を守るためにギリギリの戦いを続けてくれている能力者たちも、こちらに戦力を割くのは困難なはずだ。

 つまり――動けるのは、ここにいる数人だけ。


「そうだな。お前にメイリ……それから……」


 周囲を見回しつつ、その数人の名を指を折りながら挙げていく。

 だが、慌ててカケルがそれを(さえぎ)った。


「あ、待って。おれのことは数に含めないでほしいんだ」

「え? ……なんでだ?」

「ナユタも知っての通り、おれが能力で作り出せるのは剣。だけど、剣の形さえしていればなんでもいい、っていうのはちょっと違うんだ。『剣』の定義に、1つだけ制約があるんだよ」

「制約?」

「人を傷付けるための機構を取り除くことができないんだ。剣は、あくまでも武器――人を殺すための存在だからね。『紫電痺閃(パラライズ)』くらいならなんとか加減できるけど、あれより強い剣で殺さないよう戦うのは……正直なところ、あまり自信がないんだよ」

「――」


 言われてみれば……当然だな。

 剣とはひとえに凶器の一種。斬りつければ血が出るし、斬り落とせば死に至る。どんな攻撃をしてもダメージ表示だけで済むのなんて、ゲームやマンガだからこそだ。

 いくらカケルでもその前提は(くつがえ)せない。多人数を無傷で一網打尽にできるような、便利な剣は作り出せない――ってことか。

 それなら仕方ない――と気を落とすだけで済ませたいところだが、これは……マズいぞ。

 カケルの能力は、同じ近接戦闘型能力者の中でも最上位に位置する性能だ。そのカケルにできないことは、残念ながら他の能力者でも限りなく不可能に近い。

 でも、外に出ている能力者のほとんどは、その近接戦闘型ばかりだから……

 これは、カケルが役割を辞退しただけじゃない。事実上、外にいる能力者全員が戦力外通告をされたに等しいんだ。


「って、ことは……」


 冷や汗が頬をつたうのを感じながら、俺はもう一度周囲に目を向ける。

 戦いの前に役場で確認してきた住民票と、この場にいる村人たちを頭の中で照らし合わせるが……やはり、近接能力の使い手ばかりだ。

 それ以外の能力者の姿は、1つきり。

 治癒ができるということで、強力な能力者の中でただ1人、バリアの外側にいる――


「メイリしか……いない……?」


 つまり――メイリがたった1人でこの問題を解決する以外に、ことを収める方法はないということになる。

 そんな……そんなの、無茶苦茶だ。

 いくらメイリが賢者でも、いくらメイリの魔法でも、そんなことは――


(……待てよ)


 その、瞬間。

 俺の脳裏を、過去の光景がフラッシュバックのように駆け巡る。

 初めてこの世界に来た時に交わした、カケルとの会話。

 メイリが見せてくれた、数々の魔法。

 将軍が語った、この戦いの目的。

 そして、今のカケルの進言――覆すことのできない、前提。

 ――そうだ。

 前提といえば、将軍は1つ、大きな前提を元に動いている。

 もしもそれを崩すことができるなら、あるいは――

 それと――もう1つ。

 俺は、1つ――重大な思い違いをしているんじゃないのか?


「――魔王」

「え?」


 首をかしげるカケルを放って、俺はちょうど治療を終えて立ち上がったメイリに向き直る。


「メイリ。お前に、聞きたいことがある」

「……なに?」

「お前の能力。その強さは――どれくらいなんだ?」


 俺はメイリと出会った時から、その能力を過大評価していた。

 1人1人がすでに強力な能力者である村人たちが、なおも賢者と呼んで頼る魔法使い。そんなやつが、弱いはずないからだ。

 でも、その前提が、間違っていたとしたら。

 例えば、だが――

 俺の想像をはるかに飛び越えてしまうくらい、メイリの能力が――強力、なのだとしたら。


「お前なら――この世界すべてとだって、渡り合えるんじゃないのか?」


 治療を受けて休んでいた、日本人と思われる村人がギョッとして振り向く。カケルすらも呆然と目を見開いていた。

 そんな中、メイリは変わらぬ調子で答える。


「――魔法の強さは、マナと知識の量。どっちも多ければ、できることはその分増える」


 マナの量――マナは植物が生み出すものであるから、巨大な森であるこの場所には大魔法の1つや2つ歯牙にもかけないほどにマナが満ち満ちているはずだ。

 したがって、問題となるのは後者。メイリ自身――その知識の量。

 だが、今の言い方は、つまり――


「肯定……と、捉えていいんだな?」


 尋ねると、メイリは、こくっ。小さく首を縦に振った。

 その返答に、俺は確信をもって頷く。


「よし。なら、やることは決まりだ」

「ちょっ、ちょっと待ってナユタ! 今の、どういう意味!?」


 いつもの聡明な姿からは想像もつかないほど、立ち直ったカケルは慌てている。

 俺の言葉は理解できたが、肝心の裏が読み取れない――とでも言いたげだな。

 まあ俺のこれは、5日前のカケルのような、しっかり論理と根拠を備えた提案というわけじゃないから当然だろう。

 とはいえ、説明しないわけにもいかないか。ただの博打、分の悪い賭けだとしても、事実この戦いを決する最後の一手には違いないわけだから。


「落ち着けよ。なにも本気で世界にケンカを売ろうだなんて考えてるわけじゃない。ただ、思いついたんだよ、1つだけ。なんとかできるかもしれない方法を」

「それは……?」


 俺の行き当たりばったりな話に、カケルは真剣に耳を傾けている。

 さっきまで説明を聞く側だった俺がこうして話す側になっていると意識すると、どうにも気恥ずかしいような、照れくさいような、不思議な感覚だ。


「前提を改めさせてやるんだよ。将軍はこの戦いを通して、世界を俺たちにぶつけようとしてる。でもそれは、見方を変えれば『世界の力があれば、異界人(おれたち)に勝てると思い込んでる』ってことだろ。だから、その認識をぶっ壊す。メイリの魔法(ちから)を見せつけて、な」


 将軍の進攻に対して、俺たちは戦力の優位を主張することで退かせようと考えた。

 だが、将軍はそれを上回る力――世界を後ろ盾に持ってきて、この戦力差を覆そうとしている。

 ならばこちらは、さらにそれを上回る……いや、これ以上ない最上級の力を見せつけて、同じことを言ってやればいい。

 世界が敵となるのなら、こちらは世界を砕くまでだ――とな。

 ――と、俺が言いたいのは、要はそれだけ。

 言うなれば、全世界への挑戦状。

 最大の脅しに対する、最高の脅し。

『世界最強』の存在による、全世界への宣戦布告――すなわち、魔王の名乗り上げを、やってやるんだ。


「……それは……最高に、魔王だね」


 と、先ほどの俺の呟きに同意するかのような言葉を、カケルは引き笑いで口に出す。

 まあ、頭に『ハリボテの』はつくんだけどな。


 将軍の兵、エルフィアの剣――そんなものとメイリを直接戦わせるつもりなんてさらさらない。

 必要なのは、カタチだけ。

 砕くのは、武器ではなく、命でもなく、将軍の、あるいは兵士たちの、戦いを続ける心。

 狙いは1つ。メイリの実力を見せつけて『勝てない』と思い込ませることだ。

 世界の総力を結集しても絶対に勝てない――そんな最悪の魔王(てき)を、今この時、たった一瞬でいい。メイリに演じさせる。そうすることで、エルフィアたちに勘違いさせる。

 自分たちは、戦う相手を間違えた――と。

 このまま戦えば、確実に殺される――と。

 命令なんか聞いている場合じゃない、と。

 そうして戦意を、士気を奪うことができたなら――戦いを終わらせることも、ちゃんと話し合いをすることも、不可能ではなくなるはずだ。


「だけど……無茶だよ。それで彼が諦める可能性は低いし、そもそも、天音さんの強さがこの世界でどの程度の地位にいるのかもわからない。不確定要素が多すぎるよ」


 カケルの言うことは正しい。

 仮にメイリが本当に世界最強だったとしても、将軍は諦めないかもしれない。

 世界なら勝てると信じて、逆に凶行を起こすのを早めてしまうかもしれない。

 こんなのは、宝くじよりも確率の低い無茶な賭けでしかないのだろう。

 それでも――


「それでも、何もせず逃げ出すよりはずっといい。お前の言葉だぞ」

「…………」

「大丈夫だよ。メイリならやってくれる。失敗なんて、あるはずないんだ」

「……どうして、そう言い切れるの?」


 不安を抑えきれない様子のカケルに向かって、俺は――


「――俺が、メイリのことを信じてるからだ」


 あの時のカケルの言葉を真似て、そう答えてやった。

 それから、待たせてしまっていたメイリへともう一度向き直る。

 すると、緊張したそぶりもないメイリと目が合った。


「何をすればいい?」


 首をかしげるメイリに向けて、俺はエルフィアを脅すことに使えそうな、昔見た映画のワンシーンをいくつか思い浮かべながら言う。


「なんでもいいさ。隕石を落としてもいいし、大津波を引き起こしたって構わない。とにかく、全員に見せつけられる強力な魔法だ。ただし、誰一人死なないように、な」


 ――ああ、まったく。自分で言っておきながら、とんでもない無茶ぶりだな。

 でも、どうしてか――メイリならできる。と、そう確信してしまう。メイリが頷くのを見る前には、もう。

 だったら俺は、それだけ思っていればいい。答えの出ない分析や推理なんか二の次だ。


「じゃあ、行くか――」


 もう一度、将軍のところに。

 ――と、言いかけて首を回した、その時。

 視界の端に、あってはならないものがチラついて――


「「――伏せてッ!!」」


 カケルとリセナが、それぞれ日本語とアッシュ語で声を張り上げた。


「メイリッ!」


 それと同時に、俺は今しがた視界に映った銀の閃きとメイリとの間に体を割り込ませる。

 ――グヂャッ!


「あッ……ぐぁ、あ……っ!?」


 見れば、メイリの頭を守るように突き出した右の肩に矢じりが突き刺さっていた。

 ――ヒュンッ! ヒュンッ! ――ビュゥンッ!

 その矢を筆頭に、周囲の木の陰から次々と矢が飛来する。

 慌てて立ち上がり、能力で矢を撃墜する能力者たち。

 遅れてメイリも崩れ落ちた俺をかばうように立ち、一瞬目を閉じて、開く。

 すると、左目に光の渦が巻き……色が、変わった……?

 海のような群青から――光に照らされた木の葉のごとく、淡い緑へと。


「――<ワールウィンド>」


 術式鍵語(エフェクトコード)らしき単語を呟いたメイリが左腕を横薙ぎに振るうと、周囲に渦を巻く烈風が発生。

 一直線に飛んできた数本の矢を絡めとって、つむじ風が巻き上げるようにあらぬ方向へ吹き飛ばしていく。

 その隙に、肩に刺さった矢を血が溢れ出すのもいとわず引き抜いて、俺も追撃に備えるが――


「ええい、やめんか! リセナに当たったらどうするつもりだ!」


 それ以上矢が飛んでくることはなく、代わりに聞き覚えのある男の怒鳴り声が(とどろ)いた。

 この声――いや、森の奥からドシドシと荒々しく歩いてくるあの姿は――

 そんな――なんで――!?


「お、父さん……?」


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