第15話 深緑事変(Ⅱ)
「なんだ、これは……!?」
通い慣れた散歩道のように目前の障害物を物ともせず、森の民の兵士は木々の隙間を駆け抜ける。
その先陣を切る兵が目標に辿り着いて真っ先に目にしたのは、攻撃対象である村を完全に覆ってしまっている、三角錐型をした巨大な半透明の物体だった。
それが異界人が村を守るために用意した障壁であることは自明。不用意に攻撃すれば、どのような反撃が待っているかわからない。
しかし、このまま村を囲んで待機しているだけでは、受けた指示を全うすることなどできない。悩んだ末に、1人の兵が剣を抜いて障壁を力任せに斬りつけた。
キンッ――と、金属を弾くような甲高い音。
それが眼前の壁を砕き割った音であれば、どれほど彼らに救いがあっただろう。
彼らの前にある現実はただ1つ。傷1つすらつかず変わらない姿で佇む障壁と、90度折れ曲がった刃のみだった。
「バカな……ガはっ!?」
呆然と目を見開く兵士を、瞬く間に接近した何者かが襲撃。腹部に強烈な打撃を入れ悶絶させる。
障壁に気を取られていた兵士たちはすぐさまそれが敵襲であると見抜き、村に背を向け臨戦態勢をとる。
しかし、その反応は――この状況においては、なおも遅かった。
否。たとえ間に合っていたとしても、圧倒的な力の奔流として迫りくるそれらに対応することなどできなかっただろう。
――ブォンッ!
――バチバチッ!
――バシュゥンッ!
――カッ!
縦横無尽に舞う突風が、雷撃が、水流が、光線が――不可避の一撃となって彼らの意識を着実に奪っていく。
さらに、それらの合間を縫うように、剣に槍、爪に斧、果てはこの世界には存在し得ないものまで――材質不明、強度不明の多種多様な武器を手に、異界の戦士が人外じみた速さで駆ける。
「話が違うぞ! 異界人はロクな文明もない下等生物じゃなかったのか!?」
「ひっ、怯むな! 所詮は魔法の真似事だ!」
「この程度、我らの総力をもってすれば造作も――ぐわああっ!」
想定など根本から突き崩す猛攻を前に崩壊するエルフィアの戦線。
先手必勝とばかりに異界人の攻撃は激しさを増していき、一方的にすら見える戦いが幕を開ける――
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「……始まったみたいだな」
後方の遠い位置から聞こえた爆音に振り向き、呟く。
村の方角に目を向けると、見えるのはピラミッド型の物体の最頂部。あれこそ俺たちの防衛の要――村をあらゆる破壊から守り抜いてくれる、ロブが能力で生み出したバリアだ。
ロブを中心とした一定範囲に展開することができるあのバリアは、こと防御という分野に関しては無敵に近い性質を持つ。ロブ自身の談では、その強度は村の精鋭が一斉に攻撃を浴びせても傷1つつかないほどらしい。さらに物理的な衝撃に対しては、その威力を数倍にして弾き返すことまでできるそうだ。
エルフィアがどれだけ強力な武器を持っていたって、この能力の前には無力。村そのものにも、中にいる非戦闘員にも、今すぐに手出しすることはできないだろう。
だが、欠点もある。1つは、ロブを中心とするため発動中はロブ自身が移動できないこと。もう1つは、範囲を広げれば広げるほど持続時間が短くなることだ。
ロブ1人を囲うだけなら半日近く持続させることも可能だが、村全体を守るとなると、もって2時間。さらに、攻撃を受けてダメージが蓄積することでも短くなってしまうという。
たとえ戦闘で負けることがなくても、その最中に周りが被る被害は別。生活のための拠点が破壊されてしまえば、それは敗北と同義だ。
つまり俺たちは、できるだけバリアがダメージを受けないよう守り切り、この限られた時間が尽きる前に決着をつけなければならないのである。
「心配はいらないよ。みんな一人一人が、他の世界なら勇者って呼ばれるような最強の能力者なんだから」
「――そうだな。あっちのことは、みんなに任せよう」
村そのものは、俺たちの砦であると同時に、オトリでもあるんだ。
攻撃のために村を取り囲んだエルフィアの兵士たちを、さらに外側に潜んだ村の能力者によって押さえつけてもらう。そのための、な。
作戦の本命はこっち。俺とカケルでエルフィアの拠点へと突入して、将軍を交渉の場に引きずり出すんだ。
――正直、自信があると言えば嘘になる。
マルクとリセナの熱心な指導のおかげでアッシュ語は多少話せるようになった。とはいえ、それも所詮は付け焼刃だ。文法と例文を記したメモ帳の携帯は必須で、とても完璧な状態というには程遠い。
それに、交渉そのものも俺にとっては鬼門だ。真面目な話し合いなんて高校入試の面接以来だからな。カケルたちも手伝ってくれて、伝える内容と、交渉の進め方くらいは一応頭に入っているが……将軍の出方次第では、後手に回らざるを得ない可能性が高いだろう。
でも……だからなんだってんだ。
この役目がこなせるのは俺しかいないんだ。それなら俺は、今の俺にできる精一杯を尽くすだけだ。
――俺を信じてくれた、彼らのためにも。これ以上、黙っているわけにはいかないからな。
「ナユタ、止まって」
頭を振ったその時ちょうど、先行していたカケルが立ち止まる。
指さす先には、モンゴルのゲルのような、円形に錘状の屋根が載った大きな天幕。その周囲には武装した人間が等間隔で散開し、辺りを見渡して警戒にあたっているのが見える。遠すぎて人相までは把握できないが、尖った耳だけは確認できた。
様式はまったく違うが、さながら戦国時代の戦の本陣だ。
ということは、着いたらしいな。ここが俺たちの目的地――エルフィア軍の拠点だろう。
木の陰に隠れたカケルは、かすかに聞こえる戦闘の音にすらかき消されてしまうような小さな声で俺に耳打ちする。
「ここはもう彼らの索敵範囲内だよ。多分、一歩でも前に出れば気付かれると思う。――覚悟はいい? ナユタ」
「よくない――なんて言ってられないだろ」
「ははっ、そうだね。じゃあ手はず通りに、おれがオトリになるよ。その間に、ナユタは行って」
「了解」
俺が頷くと同時、カケルは左手に具現化した短剣を逆手に持ち、木の陰から飛び出した。
「ッ!? 何者だ!」
こちらに気付いたらしいエルフィア兵士が弓を構える。遠目に集中して、ようやく豆粒サイズの人影が見えるような位置にいるのに、だ。
(聞いていた通り――いや、それ以上だな)
これは作戦会議のあと、リセナが教えてくれたエルフィアの特徴なのだが――見た目通りというべきか、エルフィアはとてつもなく耳がいい。実演してくれたリセナですら、村の端で落ちたコインの音が反対の端から聞き取れるほどの精密さだ。
広く視界の悪い森の中で獲物を追う、エルフィアだからこそ得られた特殊能力というわけだな。
遠いとはいえ戦闘の音が森全体に響いている今は性能が制限されているようだが、このようにギリギリにでも相手が目視できるような範囲であれば、その能力の高さは健在。近付く敵を逃さない、天然のソナーこそがエルフィア最大の武器なのだ。
1人の動きに呼応するかのように、周囲の兵士たちが一斉にカケルを射線に捕らえた。
訓練された軍隊が敵対者を包囲するような――実際その通りなのだが――緊迫した光景に、俺は完全に体が凍りつく。
だが、カケルはそれらに怖気付くことなく、むしろ速度を増して兵士たちへと接近していく。
「『辺際無限』」
呟いた瞬間――カケルは、迅雷となって爆ぜた。
音を置き去りにするほどの瞬間的な加速をしたカケルは、放たれた矢を避け、打ち落とし、斬り払い、瞬く間に兵士たちの陣形の中心へと到達する。
「『紫電痺閃』」
再び呟いたカケルの右手には、刀のような形状をした片手剣が。その刀身からは、バチバチと音を立てて紫色の電流が放たれていた。
変則的な二刀流の構えで、カケルは兵士の間を縦横無尽に奔走する。その速度はマルクすら優に超えていた。
刀身の雷を残像のように残しながら、兵士一人一人をすれ違うたびに昏倒させていく。
そして、次にカケルが立ち止まった時には、カケルを取り囲む兵士は3分の1近くが倒されていた。
「安心して。峰打ちだよ。――通じてないと思うけどね」
軽快に笑うと、カケルは再び疾走。兵士は見る間に数を減らしていく。
(すげえ……)
メイリの魔法を除けば、直接目にするのは初めてになるわけだが――これが転移者の能力の真価なんだな。
カケルの能力は剣を自在に生み出せる。初めて出会ったときに教えてもらった通りの、いつでも武器を手にできる戦闘特化型能力だ。
だが、その真価はそれだけじゃない。
カケルの能力の最大の特徴――それは、生み出す剣の形状や性能が一切制限されないこと。
つまり『剣でさえあればなんでもいい』のだ。
これを応用して、カケルは様々な性質を持った剣を使用することができる。例えば炎の剣や、ビ○ムサーベル――やろうと思えば伝説の聖剣から血を啜る魔剣まで。メイリのように目視している必要もなく、ただ形状と性能の2点を指定するだけで具現化させられる。能力者の中でも破格の、まさしくチートだろう。
今使っているのは、右手に握っているのが『紫電痺閃』。刀身に刃はないが、周囲に電流を発生させている。触れるだけで相手を麻痺させることのできる、スタンガンのような剣だ。
そして左が『辺際無限』。ナイフのような小さく武骨な短剣で、カケルによれば、肉体、精神――自身のありとあらゆる限界を、この剣を手にしている間超越させる。
つまり――この剣が召喚されている間、カケルは人の領域を越えた力をその身に宿す、伝説の勇者そのものとなる。カケルのチートっぷりを代表するような、切り札に等しい剣だ。
こうして事前に説明を受けている俺でさえ、実際に目の当たりにしたカケルの力の前には感嘆の言葉しか出てこない。振るわれてる側の兵士諸君には同情するよ。
(って、見てる場合じゃなかった)
カケルが注意を引いてくれている間に、俺は将軍のところへ到達しなければならない。まあ、この調子なら全滅させてから動いても全然余裕かもしれないけどな。
スパイみたくこそこそと木の陰を飛び移りながら、反対方向に位置する将軍のテントを目指す。
そうしてテントのすぐ近くまでやってくるころには、カケルが相手している兵士たちはほぼ壊滅状態だった。
やっぱり、隠れて移動する必要なんかなかったな――と、ほっとしたのもつかの間。
気付く。
(――少なすぎないか?)
リセナから聞いていたエルフィア軍本隊は300人強にも及ぶ規模。だが、村への進攻に全戦力を投入している様子もないのに、見える範囲にいる兵の数はその半分にも満たない。
(残りは、どこだ――!?)
疑問を抱いたのと、視界の端に人影がチラついたのは同時。
振り返れば、木の陰に隠れて指先をこちらに向ける兵士の姿があった。
そして――意識を向けたことによって見えた、兵士の前に浮かぶ図形。あれは、魔法陣だ――!
(エルフィアの――魔法部隊――ッ!?)
俺が使えたことからも示されているように、魔法はこの世界においては特別な能力じゃない。習得のための儀式や高度な勉強は必要になるが、その実態はあくまでも一般技術なんだ。その技能に特化した人間を集めた部隊があったって何も不思議じゃない。
ただし魔法には、魔法陣を描いている最中は無防備になるという決定的な弱点がある。
それをカバーするために、この部隊は攻撃のチャンスが来るまで丘の裏側に潜んでいたんだ。
「しまった――ナユタ! 下がって!」
こちらに気付いたカケルが声を張り上げるも、さすがに間に合う距離じゃない。
「――ッ」
刹那――がら空きの胴に灼熱が迸る。
「<フラ――」
「――<フレイム>ッ!」
俺の――ではなく、仕掛けてきた兵士の方の、だがな。
術式鍵語を口に出すよりも先に、正面から強烈な爆炎を受けて兵士は吹き飛んでいく。
そのまま近くの木に背中をぶつけ、うめき声を上げて――気絶したようだ。
異変に気付いた時点で魔法陣を描いていて正解だったな。一瞬でも遅れていたら俺の方が黒コゲになってるところだった。
魔法<フレイム>。その名の通り炎を生み出す力を持った、俺がメイリの指導によって扱えるようになった数少ない魔法の1つだ。最も、まだ魔法陣を1パターン暗記しただけで、メイリのように完全に使いこなせる領域にまで至ったわけじゃないけどな。
俺が教わったのは、『炎を生み出す』基礎的な能力と、それを『砲弾のように発射する』という単純な性質を持った魔法陣だけだ。メイリが魔法陣を編集したことによって、威力もギリギリ火傷しない程度にまで抑えられている。炎で焼き尽くすよりも、爆風で吹き飛ばすという使い方が基本だ。
しかし、原理が単純なだけあって魔法陣もかなり簡略化されていて、軍隊が使っている一撃必殺の魔法よりも発動までが速い。そこまで意図したかどうかはさておき、ここで助かったのはメイリの判断あってこそだな。
(今のうちに――)
すでに俺の前方は、周囲に潜んでいたと思われるエルフィア軍の増援に囲まれている。だが、さっきの攻撃を異界人固有の能力であると警戒してか、すぐには仕掛けてこない。
とはいえ、それも俺の攻撃が魔法だと見抜かれるまでだ。
魔法は、一度発動させると次の魔法陣を構築するのに時間がかかる、いわば単発式。そのことを、魔法を操る部隊の兵士が知らないはずがない。気付かれた時点で、魔法陣を組む間もなく別の手段で総攻撃を受けるのは間違いないだろう。
ならば――と、俺は能力を使うようなわざとらしい仕草でフェイントをかけつつ、振り向いて一目散にダッシュ。弓で狙われないために、木の間をジグザグに走り抜ける。
そして、テントは目と鼻の先。反対方向から走ってきたカケルが入口前の兵を蹴散らしている間に――
「――ぉらあああっ!」
入口の薄布を押しのけて、転がるように中へと飛び込んだ。
――ジャキジャキッ!
「動くな!」
瞬間、俺を取り囲んで無数の武器の矛先が向けられる。
この世界でも通じるかどうかはわからないため、無抵抗を示す手を上げることはしないまま――俺は目の前にいた将軍を睨みつけた。
「やめろ。ここで争うつもりなんかない」
マルクとリセナに教え込まれたセリフを、まずはアッシュ語で伝える。
「フンッ。我が軍を半壊させておきながらよくもまあ言えたものだ」
おそらくは里から持ってきたのだろう、無駄に巨大で豪華な椅子に腰を落とし、将軍は見下すように笑みを浮かべる。
「して、要件はなんだ? 言っておくが……下手なことを口に出すべきではないぞ? 少しでも長生きしたいならな」
じりっ……と、向けられた刃が近付く。
「俺は、お前と話をするために来た」
単刀直入に、こちらの意思を伝える。
すると将軍は、口元とニィッ……と不敵に歪めながらも応じる姿勢を見せた。
「ほう。サルめが、一人前に話とな。降伏宣言であれば聞いてやらぬこともないぞ?」
「違う! ――魔物のことだ。お前の悪事を、黙っておいてやる。代わりに、こちらの要求を聞け」
「……なるほど、リセナが喋ったか」
おそらくは配下の兵士たちしか知らないであろう事実が俺の口から出たことで、将軍はわずかに眉を寄せる。
だが、その意味深な笑みは崩れなかった。
「本来であれば一笑に付して斬り捨ててやるところだが……構わぬ、聞いてやろう。貴様は私に何を望む?」
「俺たちからの要求は、1つだ。……軍を退け。そして、二度と俺たちにかかわるな」
「ク……クク……クハハハハハハッ!」
告げると、将軍は堰を切ったように笑い出す。
そして、
「――無論、断る」
俺の言葉を、要求を、キッパリと退けた。
「なっ、なんで……! このまま戦いを続けたって、勝てないことは……もう、わかってるはずだ!」
「当然のことよ。我らが能力を甘く見るでない。この程度の距離、我が兵士どもの断末魔を聞き届けるに何の支障もないわ!」
どうやら、自慢の耳で村周辺の戦況はある程度把握できているようだ。その割に、俺たちが長期戦に弱いことに気付いている様子はない。
ならば、将軍からしてみれば、これはもう覆せない劣勢。俺の提案を呑まなければ身分も命も危うい――そんな状況のはずだ。
なのに、おかしい。
なぜ……どうして……
将軍の表情には……こんなに、余裕があるんだ……!?
「しかし、勝てぬからといって退く必要がなぜある? 戦に勝利するも敗北するも、所詮は過程にすぎぬ。変わらぬ結果が待っているのであれば、我らが折れる必要などないというものよ」
「……どういう、意味だ」
考え込む俺をあざ笑うかのように、将軍がニヤッとさらに口角をつり上げる。
そして、その自信の種を自慢げに語った。
「私を誰だと思っている? 私は、リセナの親だ! 貴様らと最も親しく接し、幾度となく村に足を運び、自身の経験をそれはもう楽しげに語る――リセナのなぁ! その私が、貴様らの持つ特異な力のことを知らないはずがなかろう?」
「っ――」
リセナは、互いに干渉することがほとんどなかった村とエルフィアの間を、ただ1人行き来していた。
俺がこの世界に来たあたり――ちょうど将軍が魔物の誘導を始めたころだ――からその頻度は激減したようだが、以前は、まさに子供が近くの友達の家へ遊びに行くように頻繁に村を訪れていたらしい。
言葉が通じなくても、信頼し合える――それほどの関係が築けるくらいに。
そうして村で得た経験を、リセナは将軍に語って聞かせていたのか。村での生活のために、俺たちが使用している数多の能力のことも、全部。
つまり将軍は――
俺たちの能力のことも、その強さも、最初から知っていて。
戦っても勝ち目がないことはわかっていて……それなのに、戦いを挑んだ……?
「そんなの……!」
「無謀と嘲るか? それは異なことだ! 言ったであろう? この戦は、所詮過程。我々が勝利する必要などなく、かといって敗北することとてありえぬ。貴様らが戦に臨んだその時点で、大勢は我らが手中に収めたも同然なのだからなぁ!」
戦いに臨んだ、時点で……?
「教えてやろう! 我が真なる目的――それは貴様らを、この世に仇なす敵とすることだ! 魔物を悪事に利用していると進言する程度ではどの国も聞く耳を持たぬところだが、数多の死が積み重なれば話は別よ! 我々に向けて刃を振り下ろし、屍が積まれたその時こそ、貴様らの終焉なのだ!」
「……っ……」
そういう、ことか……っ!
将軍の狙いは、俺たちが危惧していたことそのもの。
戦いで人を死なせてしまった俺たちへ向けて、世界中の非難を集めること。殺人集団へと仕立て上げること、だったんだ。
そうして世界の総力を結集して、純然たる数の暴力で、俺たちの戦力を上回ろうとしているのか……!
だが――
「そうは……いくか。俺たちは、絶対に、誰も殺さない」
俺たちがそうなることをどれだけ恐れて、話し合ったと思ってるんだ。
たとえ何もかも失敗して、村を捨てることになったとしても。エルフィアを手にかけたりなんか、絶対にしない。将軍の思い通りになんか、させてたまるか。
――そんな俺たちの決意までも、初めから知っていたというように。
将軍は――もはや嫌悪さえ感じさせる醜悪な笑みを浮かべて、答えた。
「関係あるものか! 誰が誰を殺したかなど、些末な問題! 我らの同胞が命を落とした――その事実さえ、あればよいのだからなぁ!」
その言葉で、思考することコンマ数秒。
最悪の予想が頭をよぎり――同時に、その予想こそが正しいと察してしまった。
(まさか……)
将軍の狙いは、戦いで兵士に死者を出すこと。
だが、俺たちに殺しの意思はない。ただ戦うだけでは、兵士が死ぬことはない。
それでもなお兵士が死ぬ状況を作り出すというのならば、ほかの誰かが殺すしかない。
もしも将軍がその方法で人死にを出そうとしているのなら――答えは、1つだ。
(仲間の死まで……でっち上げるつもりか……ッ!?)
俺たちが殺さないなら、自分たちで。
味方の兵士たちの同士討ちで、大量虐殺の現場までも……偽造、する気なんだ……!
『死』という結果さえ生まれるのなら、どちらの手が汚れようと関係ない……こんなのが、将軍の描いたシナリオだっていうのか……!?
――ふざけるな!
「させない――!」
そんなことは、絶対にさせないぞ。
俺たち自身のためだけじゃない。
仲間を失うことを恐れた、リセナのためだけでもない。
こんなバカげた作戦を強いられている、エルフィアの兵士たちのためにも――この外道の企みは、俺たちがなんとしてでも阻止する!
「何を言ったところで変わらぬ! 貴様らにできるのは2つに1つだ! 我らの仕込みが整い、世界が牙を剥くのを待つか――この場から逃げ出すか! 案ずるがいい。今すぐ森を出ていくというのなら、私は貴様らに用などない。決して深追いはせぬと誓うぞ?」
「どちらも――断る!」
強く否定すると、将軍は大きく腕を振り上げる。
「交渉決裂であるな。ならば、まずは貴様からだ――死ねぇえいッ!」
次の瞬間。俺を囲んでいた無数の武器が、動いた。
剣が、槍が、矢が、ほとんどゼロ距離から一斉に飛来する。オオカミのキバが迫ってくるのなんて比でもない、まさしく絶望の光景だ。
だが、あのときのような――何もかもを諦めさせられるような恐怖は、今の俺にはなかった。
まあ当然だろう。
――キィンッ! パキンッ!
一瞬のうちに目の前に滑り込んできたカケルが、そのすべてを弾き、折り、あるいは切り裂いて、防ぎきる。
こんな化け物がすぐ近くにいると知っていて、怯えるのがそもそもおかしな話だからな。
「ナユタッ! 無事!?」
「ああッ」
神業と呼ぶことすらはばかられる神域の剣技を前に、すべての兵が硬直する、その隙に――俺は立ち上がり、ポーチから銃を引き抜いて将軍に向けた。
だが、将軍が怯える様子はない。
まあそうだろうな。将軍に限らず、エルフィアの誰かが死ねば、その瞬間将軍の狙い通りの結末になってしまうんだ。撃てるもんなら撃ってみろ――ってとこか。
それに、いまだ弓が現役のこの世界には、そもそも銃が存在しないはず。これが何なのかすら、わかっていないのかもだ。
将軍に銃を向けつつ、俺は一歩後退。そのまま振り向いて天幕を飛び出した。
「ヌハハハハハッ! そのまま無様に逃げ出すがよい! もはや万に一つも、貴様らが戦局を覆すことなどありはしないのだからなあ!」
将軍の高笑いを背に受けながら、気絶して倒れている兵士の間をすり抜け、森へと駆けこむ。
俺の後ろにはカケルも続いた。追ってきた兵士や、放たれた弓を迎撃しながら。
「悪い。失敗した」
「気にしないで。それよりも――これからどうするの?」
この「どうする」はおそらく、次の作戦に移るまで何をするのか、という意味だろう。
作戦の第二段階として、数人の別動隊がエルフィアの都市へと向かっている。
俺が将軍との交渉に失敗し、ロブの能力が切れる前に決着をつけることができなかったとき。この別動隊が、本隊を欠いて手薄となっているエルフィアの都市へと突撃し、占拠するという手はずだ。
さすがに一般市民を人質に取れば、将軍とて迂闊な真似はできないだろう――そう考えて立案された、穏便な解決につなげるという意味では最後の策。
これが実行されれば、良くも悪くも戦いは終わる。
市民を守るために将軍が降伏するか、無視して進攻が続けられ、俺たちの打つ手がなくなる――という、どちらかの結果を残して。
だから、あとは逃げているだけでいい。
俺が戦場に立つ理由はもうなくて――安全な場所で、できるだけいい結果が出るのを期待して待つ。それだけが、今の俺にできることなんだ。
(……いいや)
けれど、俺の胸のざわつきは治まってくれない。
将軍のやろうとしていることを、あの狂気を、知ってしまったからだ。
おそらく――俺たちは、負ける。
市民を人質に取られようが、将軍は止まらない。部下の命すら道具として消費しようとしている将軍が、その程度のことで動揺するとは思えない。
きっと将軍は、俺たちの脅しを意にも介さず攻撃を続ける。
そして『死者を出さない』という俺たちの戦い方に、先に限界が訪れる。そうなれば俺たちは、事故が起きてしまう前に撤退することを余儀なくされるだろう。
待ち受けているのは最悪の結末。
それを予期しておきながら、目を逸らすことはできない。逃げ出すなんてもってのほかだ。
だから――
「決まってるだろ。できることをやるだけだ。――行こう。メイリのところに」