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第14話 深緑事変(Ⅰ)

「見えたぜ。ひぃ、ふぅ、みぃ……ちィと少ないが、間違いねえ。ヤツらだ」


 賢者の家の屋根を覆う大木。そこによじ登ったヒゲ面が、手を額に当てながら一点を見つめている。

 見据える先は、ついに進攻を開始したエルフィア軍の拠点だ。

 その場所は森の中でも比較的標高が高く、木々がまばらなこともあって見晴らしの良い丘のようになっている。とはいえ、この位置からでは遠すぎて、木に登った程度で細部まで見えるはずはないのだが……ヒゲ面は、自身が『ちょっとした千里眼みてえなもんだ』と語る能力によって視認することができるらしい。

 ヒゲ面の知らせに、それぞれの持ち場のリーダーとして一緒に来ていたロブ、カケル、イリアさんの3人が緊張の面持ちを見せる。


「ついに来たか……できることなら、冗談であってほしかったんだがな」

「何言ってんだいアンタらしくもない。『不動の(イムーバブル)ロブ』の名が聞いて呆れるね」

「不動?」


 英語で話す2人の会話の中に耳慣れない言葉を聞いて首をかしげていると、隣に立っていたカケルが補足してくれた。


「ロブさんは昔軍人で、戦った相手の国の人たちにそう呼ばれてたんだって。イリアさんはちょうどその相手の国の出身で、少しだけど面識もあったらしいよ」

「へえ……」


 ガチム……もとい凄まじいまでに屈強な体つきをしたロブのことだから、元は何か格闘技でもやってたんだろうと薄々予想してはいたが……なるほど、軍人ときたか。どうりで作戦会議の時も気合が入っていると思った。

 ただ、2人の関係にはあまり深入りしない方がよさそうだな。二つ名つきの軍人とその敵国の出身者とか、想像するだけでも闇が深すぎるし。


「お喋りもほどほどにしとけよ。――ヤツら、動きやがった。ありゃ勧告出すつもりもねーな」


 幹を滑るようにヒゲ面が木から降りてくると、カケルたちの表情が引き締まる。


「――いよいよだね」

「よし、俺は村に戻る。イリアは農園の守備を、暮田(くれた)は斥候を任せるぞ。何かあれば、賢者様の待機してる拠点に向かってくれ」

「任せときな。この命に代えても、畑にゃ傷1つつけさせやしないさ」

「あいよ。ま、死なねえ程度に働いてくらぁ」


 拳を鳴らすイリアさんと、気の抜けた返事をするヒゲ面――暮田、と呼ばれたな。

 2人に向かって頷くと、ロブは最後に俺とカケルのもとへやってきた。


「ナユタ。これは、お前にしかできない仕事(ミッション)だ。俺たちも可能な限りのバックアップはするが、(かなめ)はお前にある。――頼んだぞ」

「了解」

「カケルもだ。ナユタを、しっかり守ってやってくれ」

「任せて。――さあ、行こう。ナユタ」

「ちょいと待ちな」


 村の方へと向かったロブと入れ替わるようにして、イリアさんが歩いてくる。


「こいつを持っていきな」


 そう言ってポケットをまさぐると、何か硬くて重いものを押し付けるようにして手渡してきた。

 見てみるとそれは、『く』の字を描く武骨な銀色の物体だ。上部はフィルムケースにも似た円柱状のパーツが埋め込まれている、細くて長い筒状。持ち手となる部分は木製で、人差し指の来る位置にはカーブした金具がついている。片手でも扱えそうな武器のようだ。

 ……っていうか、どこからどう見ても紛れもなく回転式の拳銃(リボルバー)だった。


「ちょっ、これって――!?」

「整備はしてあるから心配いらないよ。ただ、弾はそれで終わりだから無駄遣いしないようにね」

「いやそうじゃなくて!」

「ほう。魔改造されちゃいるが、結構な骨董品じゃねえか。趣味が合いそうだねえ」


 慌てふためく俺が気になったのか様子を見に来た暮田が、俺の手の中にあるそれを見てニヤニヤ笑う。

 これがオモチャなら、俺も同じように笑ってたのかもしれないが……

 手にズッシリくるこの重さに、重厚感……昔買ったことのあるエアガンなんかとは比べ物にならない。間違いなく、本物……!


「いくら魔法とかいうのがあっても、敵の前で丸腰じゃカッコつかないだろう? アタシはもう使わないからさ、アンタにやるよ」

「そうかもしれないけどっ、それ以前になんでこんなものが……!?」

「昔やんちゃしてたって言ったじゃないのさ。とにかく、こいつを託すんだ。死んで返すなんて承知しないよ!」


 ニカッと歯を見せて笑ったイリアさんは、俺の背を力強く叩いて激励すると農園の方へとノシノシ歩いていった。

 ……イリアさんとロブの過去。詮索しないつもりだったけど、『絶対』に格上げしよう。


「ま、わかっちゃいるとは思うがな、少年。ここにこうして立って、あまつさえンなもん持ったなら、テメェもいっぱしの戦士だ。こっからはもう、テメェを弱者とは見ねえ。だからよ――生きて帰ってこいよ」


 激励のような言葉を残し、暮田も2人の後に続く。

 その背と手の中の銃を交互に見ながら、俺は1つ大きなため息をついた。


(どうすりゃいいんだ、これ……)


 流れで受け取ってしまったが……俺は銃社会とは最も縁遠い日本で生まれ育った、生粋の日本人だ。当然人を撃つ覚悟も、そのための技術もない。こんなものを持ってたって完全に宝の持ち腐れだろう。

 ……かといって、今更返しにいくのも忍びないな。

 イリアさんの言う通り、武器も持たず敵の前に立つことへの不安もある。

 まあ……使うかどうかはさておき、持っておくくらいならいいか。

 それに使わずとも、持っているだけで牽制くらいになら使えるかもしれない。

 というか、イリアさんもそれを想定してこれを俺にくれたんだろう。そう思うことにしよう。


「大丈夫だよ、ナユタ。それを使わなきゃいけないような状況になんて、おれが絶対にさせないから」

「……頼んだ」


 カケルの笑顔にちょっと涙ぐみそうになりながら、腰に下げた小さめのポーチに銃を押し込む。

 その後カケルと連れ立って、俺も事前に決めた持ち場へと速足で向かった。

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