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第13話 君に捧ぐ言の葉(Ⅱ)

 しかし、そんな中――またしてもヒゲ面は言及する。


「話はわかった。それ自体に異論はねえ。だが……まだ、足りないぜ」

「足りないって、何が?」

「一番肝心の、交渉役だ。テメェは気楽に言うがなぁ……こっちにゃ、それが任せられるヤツなんざ1人しかいねえだろうが」

「――俺、だな」


 視線を感じて名乗り出た。

 そういえば、さっきカケルからも意味深な視線を向けられていた気がする。この作戦を遂行するには、俺の能力がどうしても不可欠なんだ。

 だがヒゲ面は、呆れたような口調で――しかし、次第に語調を強めながら、否定する。

 まるで、これこそが最も重要な議案であるというように。


「ああ、そうだ。連中の言葉がわかるのは少年、テメェしかいねえ。だがなぁ、だが……オレらには、電話も、無線も、通信機もありゃしねえ。話をしようと思うなら、相手の目の前まで直接行かなきゃならねえんだ! 新道……テメェは少年に、戦場のド真ん中突っ切って野郎のとこまで行けっつうのか!?」

「――うん、そうだよ。でも大丈夫。ナユタのことは、おれが責任をもって守――」

「思い上がるな! オレらの能力は万能じゃねえんだぞ! そりゃあ、お前さんはこん中じゃ頭のデキも腕っぷしもダントツだ。人1人守るくれえどうってことねえのかもしれねえ。だがなぁ――それでも、万が一ってことがある! 絶対に守り切れるって証明しない限り、オレは賛同しねえぞ!」


 鋭い目つきのカケルと激昂したヒゲ面が睨み合う。


「だったら、あるの? ほかにもっと安全で、確実に実行できる作戦が」

「ねえよ! ねえからこんなムカついてんだろうが! でもな、それとこれとは話が別だ! 力のねえやつが、少しでも傷つく可能性があるってんなら、オレは――」

「力があれば――いいんだな?」


 ケンカにまで発展してしまいそうな言い争いを見ていられなくて、俺は2人の間に割り込んでいた。

 すると、ヒゲ面の鋭い目がこちらに向く。


「……なんだと?」

「戦えないから戦場には送れないって言うなら、戦う力さえあれば、問題ないってことなんだろ?」

「……チッ。ああ、そういう言い方をしちまったな。だが、どっちにしたって無理だ。お前さんの能力は、オレらにとっちゃまさに救世主みたいなもんだが……こと戦闘においちゃ、何の役にも立ちゃしねえじゃねえか」

「ああ、そうだな。だけど戦う力ってのは、何も能力に限った話じゃないはずだ」

「なんだ? こっちに来る前に武道でもやってたってのか? 言っとくがその程度じゃ――」

「そうじゃない。ただ、アテならあるんだ。――メイリ」


 言いながら、俺は――やけに存在感がないと思ったら、部屋の隅に背を預けて黙々とパンを食べていた――メイリに、声をかける。


「状況はもうわかってるよな? 翻訳作業は、一旦中断だ」


 告げると、メイリはこくっ、と小さく首を縦に振った。


「その代わり――俺に、魔法の修業をつけてくれないか?」

「ん」

「ちょっと待って。魔法って、天音さんの能力だよね?」


 短く答えたメイリと俺の間にカケルが割って入る。

 そういえば、俺も最初はそう思ってたな。俺と同じ反応をしたということは、カケルたちにも魔法のことは説明していないのか。


「いいや、ちょっと違う。魔法ってのはこの世界では普通の技術で、そう珍しいものでもないみたいなんだ。メイリは能力でその知識があるだけで……俺もメイリに、少し前に使えるようにしてもらった」

「そうだったんだ……それじゃあ……!」

「ああ。メイリに指導してもらえば、俺でも少しくらい戦えるようになるはずだ」


 もちろん、たった5日修行した程度で第一線で活躍できるほど上達できるだなんて思っていない。

 でも今必要とされているのは、最低限自分の身を守ることができる手段だけだ。それなら、何か1つでいい。メイリが持つ無数の魔法の内、どれか1つでも習得することさえできればいいんだ。

 扱うための基礎はすでにある。例の魔導書で勉強して、知識も多少だが身に着いている。加えて、指導者は『賢者』だ。これだけの好条件なら、さほど無謀な挑戦というわけでもないだろう。


 振り返って、ヒゲ面の目を見据える。

 するとヒゲ面は睨むように見つめ返してきたが、すぐに「はあぁぁ……」と大きなため息をついた。


「わーったよ。オレの負けだ。魔法だろうがなんだろうが、もう勝手にしやがれ。ただし――」

「……?」

「オレの目の前で死ぬのだけは――許さねえぞ」


 背を向けてロブたちのところへ戻っていくヒゲ面は、一瞬だけ振り返ると一際鋭く俺を睨んだ。

 その時ふと、俺は、俺たちがこの世界にいられる『条件』を思い出す。

 無念の死――今にして思えばそれは、悲惨な死に方をした、という意味だけではないのかもしれない。

 例えば、無念という言葉通りの……強い後悔や絶望を抱き、失意のうちに死んでいった……というような。

 この男がこの場にいる理由が、そういうものであったなら。

 ……推し量ることはできない。でも、せめて言葉くらいは胸の内にとどめておくべきだろう。


「ありがとね。ナユタがああ言ってくれて、助かった」


 ヒゲ面の背を見ていたカケルがこちらに向き直る。


「気にするな。それよりも、本当に大丈夫なのか?」

「作戦が、かな? 確かに、半分以上憶測でしかないけどね……だけど、分の悪い賭けにはならないと思ってるよ。仮に失敗したとしても、この村にいるみんなの力を合わせればどうにでもなるからね」


 朗らかなカケルの笑顔には、なぜか裏に黒い何かを感じた。(こえ)えよ。


「まあ、作戦もそうだが……一番は、俺だ。自意識過剰かもしれんが、この作戦の(かなめ)は、俺だろ? 言っとくが、言葉も魔法も完璧にできる保証は皆無だぞ」

「それについての心配なら、一番いらないよ」

「なんでだ?」

「おれは――ううん。みんなが、ナユタのことを信じてるから」


 そう言って今度は純度100%の笑顔を見せると、カケルはゆったりとした足取りでロブたちの輪へ戻っていった。

 その背に、俺は何も言えなくなる。

 ただ――胸の内に、何か温かいものがあることだけは感じていた。

 彼らの力添えになるようなことなんか、俺は何一つしていない。

 それなのに――いや、それだけで、彼らは俺のことをここまで信用してくれているんだ。これが彼らの人の好さなら、俺は一生彼らに頭が上がらないだろうな。

 でも――


(俺も、いつかは……)


 今はとにかく、俺にできることをするだけだ。期待に応えるとかはどうでもよくて、ただその結果が、少しでも彼らのためになるならそれでいい。

 でも、いつか。

 俺自身が胸を張って、彼らからの信頼を受け止めることができる――そんな日が来たのなら。

 声を押し殺し、誰とも向き合わなかった自分を、過去とすることができるなら。

 その時は――望むことを(ゆる)されるだろうか。

 かつての俺が、自ら拒絶し断ち切ってしまったものを、取り戻すことを。

 石ころから人になることを。誰かの隣に立つ、資格を――


「――なんて、考えてる場合じゃないだろ」


 声に出して、頭を振った。

 エルフィアが攻めてくるまで、たった5日しかないんだ。ただでさえ時間が足りないのに、余計な考え事をしてこれ以上時間を浪費するわけにはいかない。

 ひとまず、できることから手をつけていこう。メイリにはもう話を通したから――この場でしなければならないのは、()()()()に協力を(あお)ぐことだけだな。


「それで……君は、これからどうするつもりなんだ?」


 視線を戻した矢先、マルクの――リセナに向けた、そんな問いかけが聞こえた。

 問題になっているのは、リセナの今後……か。

 いわば、リセナは脱走兵だ。のこのこと軍に戻れば厳罰は避けられないだろう。

 加えて敵に、断片的とはいえ情報を流したのも事実だ。場合によっては、最悪の事態だってあり得るかもしれない。

 身の安全を考えるなら、帰るのは危険すぎる。の、だが……


「……里に戻るよ。これ以上、みんなに迷惑をかけるわけにはいかないから」


 俺と同じ考えに至っているらしいリセナは、投げやりにそう答えて背を向けた。

 言いたくはないが……リセナを村で匿うのは、俺たちの負うリスクが高いんだ。

 単純に、守る対象が1人増えるだけじゃない。リセナがここにいることを利用されてしまう可能性がある。誘拐されたとか、人質に取られたとか、事実を捻じ曲げて言いふらすのは、将軍にとっては朝飯前だろうからな。

 リセナを守れば、将軍にさらに有利な条件を与えることになる。それは(ひるがえ)って、リセナ自身の身の危険にもつながる。

 どちらにしろその身を危険に(さら)すのであれば、少しでも村の被る不利益が少なくなるよう――彼女の背を、追うべきではない。きっとそれが、正しい選択なのだろう。


「……!」


 そう、頭では理解している。

 けれど俺の体は、俺の手は、立ち去ろうとするリセナの腕を自然と力強く掴んでいた。

 そして、(つむ)ぐ。

 今までの俺ではきっと、言えなかったことを。誰かに歩み寄るための、俺自身の言葉を。


「大丈夫だ」


 それは、マルクと共に生活する中で少しずつ身についてきていたアッシュ語。他の誰に借りたのでもない、俺だけの言葉だ。

 断片的で、部分的で、知っている言葉をつなぎ合わせただけの――けれど、目の前の彼女のためだけに作り上げる言葉を、俺は紡いでいく。


「リセナは、死なせる……ない。俺たちがいる。助けるよ」

「でも、私は……」


 振り向いたリセナは、俺の言葉を理解して驚いたような表情を浮かべる。だが、すぐに強く首を横に振った。


「……やっぱり、ダメだよ。私がここにいることを、きっとお父さんは利用する。私のせいで、みんなが今以上に大変な思いをするのは……嫌だよ」

「それは違う」

「違わないよ。私がいても邪魔なだけ。ここにいるだけでみんなを苦しめる――お父さんと、同じなんだ」

「違う」

「もういいの。私は、私にできることをしたから。みんながお父さんに立ち向かう準備を少しでも手伝えたなら、私はそれで――」

「教えてほしい」


 ヒステリックに否定の言葉を並べ続けるリセナを遮って、俺は1つの言葉をぶつけた。

 リセナは、自身を村にとっての疫病神か何かだと思い込んでいる。そのことに引け目を感じて、俺たちに頼ることを諦めてしまっている。

 だが――だったら、それを否定するのは簡単だ。

 リセナの存在が村にとって有益であることを証明すればいい。リセナがもたらす得と損――2つを比べて、得の方を上回らせてしまえばいいんだ。

 まあ、そんな損得勘定は抜きにしても、リセナには頭を下げるつもりでいたんだけどな。


「アッシュ語を、俺に。将軍と、戦うために。――君と、話せるように」


 それを聞いてあっけにとられたのか、リセナはポカンと口を開けた。

 隣ではマルクが何かに気付いたように数度頷く。


「――そうだな。君にしかできないことがあるなら、君がここにいる理由としては十分だろう」

「お前もだ、マルク。頼む」

「いいのか? ボクの指導は、高くつくぞ?」

「……」


 背に腹は代えられない……と口に出してやりたいところだが、アッシュ語ではどう言えばいいのかわからん。まさかこんなに早くリセナの指導の必要性を感じるとは思わなかったよ。


「……まあいい。今回だけは特別だ。お前にアッシュ語を教えれば、いずれはご主人とも話ができるようになるかもしれないからな」


 (しぶ)る俺に向かってそう言うと、マルクは口元を緩めた。

 それは――メイリ以外に向けたのは初めて見る、マルクの笑顔。

 男勝りな口調で、男みたいな恰好をしてるくせに、笑顔の柔らかさはやっぱり女の子のそれで――

 ……あー。ちくしょう。卑怯だろ。こんな時にそんな、ドキッとする表情。

 なぜだか妙に気恥ずかしくなり、俺はその優しい笑顔から逃げるように視線をリセナへと戻した。

 硬直していたリセナはようやく俺の意図を読み取ったらしく、大きな山吹色の目を見開く。

 その目尻には、いつしか大粒の涙が浮かんでいた。


「でも……でも、ダメ。ダメだよ。だって、私は……」


 感情のコントロールが上手くできていないのだろう。リセナは困惑した表情のままイヤイヤと頭を左右に振る。

 だが、その動きで――ピチャンッ。こぼれた雫が床で跳ねた。

 聞こえるはずのないその音に反応したように、リセナの動きが止まる。そして――


「……助けて」


 か細い声で、そう言った。


「怖いよ。お父さんがしようとしてることも、そのせいでみんなが傷つくのも。でも、私じゃもう何もできないの。だから……」

「――任せろ」


 すがりつくような懇願に、俺はただ一言だけを返す。

 次の瞬間、リセナは俺の腕を手繰るように、胸の中へと飛び込んできた。


「ぐすっ……うぁ……うああぁぁあああぁぁぁぁぁっ!」


 肩を優しく抱いてやると、そのまま額をこすりつけて号泣し始める。

 ……当たり前だよな。

 戦いをどうすることもできなかった――それだけじゃない。

 事態を引き起こしたのが自分の父親で、帰れば殺される可能性まであって、飛び込んだ先の人間は助けてくれないかもしれなくて……こんな極限状態で、怖くなかったはずがないんだ。

 それでも彼女は俺たちなんかのために、こうして立ち上がってくれた。

 なら、応えないわけにはいかないよな。その勇気に。信頼に。

 だから――

 絶対に、乗り切ってみせるぞ。この戦い。

 そして迎えるんだ。

 誰も死なず、誰も殺さず、全部元通り、いいやそれ以上の――

 最高の、ハッピーエンドをな。

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