第11話 混沌を運ぶ来訪者(Ⅲ)
騒動の後、俺は役場の事務室のさらに奥――大きな黒板が正面に掛けられた、広い会議室のような部屋へ通された。
中には俺とロブに加え、通訳としてカケルと、村の顧問役のような立場であるメイリ。その他、役場職員の中でも中心的な立場にいる者が集められている。一応俺がマルクも呼んで、合計は10人ほどだ。
俺の話をカケルが通訳して伝え、その内容を村ではじめに起こった出来事と合わせ、ロブが英語で黒板に書き込んでいく。
要約すると、こういうことのようだ。
メイリが依頼の治療を終えた直後、突然村にエルフ――妖人とか名乗っていたな――の軍隊が押し寄せてきて、大声で何かを話した。
村の代表としてロブたちが出て話を聞いたが、相手はこの世界の住人。当然言葉の意味なんてわかるはずもなく、連中の語調が強まっていくのをただ見ていることしかできなかった。
するとその途中で将軍が兵士たちに何やら指示を飛ばし、1人の家を破壊した。おそらく、魔物の幼体を仕込む偽装工作の一環だろう。ちょうどそこにやってきたのが俺とマルクだ。
あとは俺が聞いた通り。エルフィアたちは魔物の増加の原因が異界人にあると疑いをかけ、実際に魔物を使役している証拠が見つかったとして、俺たちに濡れ衣を着せた。マルクが反論してくれたが、こちらにはその罪が無実である証拠がないことと、話を聞く限りは立場上の問題で、空しくも撃沈。そこでマルクに代わり、俺が啖呵を切った結果――
「5日後にはやつらから総攻撃、か……とんでもないことになったな」
「すんませんでしたああああぁぁぁ――――ッ!!」
やれやれと肩をすくめるみんなに、俺は土下座する勢いで頭を下げる。
だが、覚悟していた非難や罵倒が浴びせられることはなく、代わりにみんなの温かな視線が俺に集まった。
「ナユタは何も悪くないぞ。俺たちの言いたいことを代弁してくれたんだ。むしろ感謝しているくらいさ」
「そうそう。おれたちじゃ、あの人たちのやろうとしてることすらわからなかったしね」
それにしても、とカケルが続ける。
「驚いたよ。ナユタの能力がそんなにすごかったなんて」
「……悪い。騙すつもりはなかったんだが……」
「ううん、気にしないで。それも話す力には違いないもんね」
「カケル……」
「辛気臭いのはその辺にしときましょうや。傷の舐め合いなんざしてたって事態は好転しやせんぜ」
そこに、1人だけ椅子に座った無精ヒゲの目立つ男が口を挟む。
英語で話しているが、日本人だ。見覚えがあると思ったら、俺がメイリの家に住むって報告に行ったときに野次馬の中にいた1人だな。
でしょう? と、男はロブに目配せする。実際それが正論なので、ロブはううんと唸り――
「そうだな……では、そろそろ始めるとしようか。恒例の作戦会議をな」
瞬間、場の空気がピリッと張り詰める。
そこにはもう、茶化したり、笑いあったりする雰囲気は微塵もない。経験はないが、まるで会社の重役会議にいるような……全員本気の、仕事モードだ。
「今回の議題は、エルフィアの策略にどう対処するかだ。選択肢は2つ。どうにかして無実を証明するか――村を捨てて逃げるか。皆にはまず、どちらがいいかを話し合ってもらう必要があるわけだが――」
「話すまでもない――でしょ? ロブさん」
「その通りだ。俺たちには村を捨てるつもりなど毛頭ない。向こうがその気なら、こちらも全力で抵抗するまでだ。――そうだろう? みんな」
ロブの問いかけにこの場にいる全員が力強く頷いた。
きっとこれまでにも、何度も村を襲う危険と戦ってきたのだろう。みんな瞳に強い決意の炎を灯している。
たとえ俺がでしゃばらなかったとしても、彼らなら立ち向かう道を選んでいたんだろうな。
「となると、考えなきゃいけないのは、どうやって濡れ衣を晴らすか……だね」
「ああ。そこから議論を進めていこう」
そこで、空気はさらに一変。弁護士ドラマとか、某推理アクションゲームで見たような激しい舌戦が繰り広げられる。
「エルフィアは、俺たちの中に魔物を生み出す力を持った者がいると疑っているんだろう? なら、そこを突いて偽証するのはどうだ? 俺たちは魔物を作り出す力はおろか、特別な能力を一切持たない一般人だと思い込ませるんだ」
「そいつぁ難しいでしょう。オレらは異世界からやってきた、いわば存在そのものがバケモンだ。連中からすりゃあそれだけで十分疑う証拠になり得る。そこから否定すんのはさすがに無理があるってもんでさぁ」
「それもそうだな……」
「じゃあ、増えた魔物を全部倒すっていうのはどうかな? 自分たちで作った魔物を、自分たちで倒すなんて普通じゃありえないよね? これなら、おれたちが魔物を作ったんじゃないっていういいアピールになると思うんだけど」
「方法としちゃ間違ってねえかもしれんが、意見としちゃ落第だ。オレらが一か月以上悩まされ続けてる問題を、たった5日で解決するなんつう自信はどっから来るんだ? この広い森ん中で、どこに潜んでるかもわかりゃしねえ魔物を、片っ端から潰してくつもりか?」
「だ、だよね……」
1人1人が解決のための意見を出すが、それをヒゲ面をはじめとする数人がピシャリと否定していった。
そしてついに議論は行き詰まり、部屋に沈黙が下りる。そんな中、誰かがボソリと呟くように言った。
「やっぱり……戦うしかないんじゃないのか?」
瞬間、電流が走ったように全員ハッと顔を上げる。
「バカ! そうならないためにみんな必死に意見出してんだぞ!」
「でも、もうそれしかないだろ! 俺らが争うのは裁判所じゃねえんだぞ!? どんな証拠出したって突っぱねられて終わりだろ! だったら、戦って勝つしか――!」
「――」
泣き出しそうになりながら叫ぶその職員の言葉に、誰も――何も返せなかった。
みんな、わかってるんだ。わかっていても、その結論には辿り着きたくなかった。
だが、辿り着いてしまったからには目を背けることもできない。職員たちの議論は少しずつ『もし戦うなら』という方向にシフトしていって――ちらほらと賛同する声も上がり始める。
そんな中、俺は隣で暗い表情をしているカケルに、申し訳ないと思いながらも声をかけた。
「なあ、カケル。ちょっと聞きたいんだが……いいか?」
「……うん、大丈夫。どうしたの?」
「仮に戦ったとして――俺たちに勝ち目はあるのか?」
村の人口はザッと見た感じ50人ちょっと。戦える能力者に限るとさらに少なくなるだろう。
対して、エルフィア軍は今日来た人数だけでもその半分以上はいた。これで一部なのだから、本隊はさらにその数倍――いや、数十倍はいると見ていいはずだ。
とてもじゃないが、こちらが対等以上に戦えるとは思え――
「うーん……返り討ちにするだけなら、10人もいれば十分じゃないかな。この辺り一帯がどうなってもいいなら、だけど」
「…………」
お、驚いたな。天使直々のチートなんだから強いのは当たり前なんだが、そんなジ○ンプマンガにでもありそうなぶっ飛んだ強さだとは思いもしなかった。
よく聞いてみれば、職員たちの話も『どうすれば勝てるか』というより『どんな風に勝つか』という過程の話が多い。負けるつもりも、その心配もないということか。
まあ、それならそれで好都合だ。村にとっても、俺の考えにとってもな。
「……そうか。なら、それを踏まえて聞くが……手加減したら、どうだ?」
「手加減?」
「具体的には、そうだな……誰も殺さずに、とか」
「え……?」
「――甘いねえ。甘すぎるよ、少年」
俺とカケルの間に割り込んできたのは、やはりヒゲ面だ。ロブたちが聞き取れないようにするためか、皮肉な笑みを浮かべて日本語で話しかけてきている。
「いいか? マジモンの戦いってのは、テメェらみたいなのがゲームでやってんのとは全然違ぇ。お子様の振り回す理想論が聞き入れてもらえる世界じゃねえんだ」
「……何が言いたいんだよ」
「殺さない理由があんのかってことさ。あそこまで言った連中がただオレらを追い出すだけで終わるわきゃねえ。必ず本気でこっちの命取りに来る。それをわざわざ助けてやる義理なんざ、こっちにゃどこにもないんだぜ」
「――その言い方、できるって言ってるようなもんだよな」
「はん?」
素っ頓狂な声を上げるヒゲ面を無視して、俺はカケルに向き直る。
「で、実際のところどうなんだ? カケル」
「えっと、そうなると……あまり強い能力を使うわけにはいかないから……あの装備と身体能力から戦力差を比較して……」
再度問われたカケルは、ぶつぶつと呟きながら思考を巡らせる。
それもすぐに終わって、答えを用意してくれた。
「……うん。そういう戦い方をするだけなら、問題はないよ。色々と課題は残るけどね」
「サンキュ。――だ、そうだが?」
もう一度、今度はヒゲ面の方を向いて言及する。
「へーへーそうですねぃ。新道の坊ちゃんの言う通りだよ。ここに一番長くいるオレが言うんだから間違いない。だが少年よ、オレの質問がまだだぜ。んなことして何の意味がある?」
「それは……」
「――意味なら、あるよ」
答えたのは俺ではなく、何かに気付いたように考え込むカケルだった。探偵みたいに顎に手を当て、呟くように語る。
「ううん、意味とかそういう問題じゃない。おれたちは絶対に、誰も殺しちゃいけないんだよ」
「どういうことだ?」
「考えてみてよ。おれたちにかけられてる罪は、あくまでも濡れ衣。今のままじゃどうしようもないけど、晴らせないわけじゃないんだ。でもそのために、おれたちが誰かを殺してしまったら――どうなると思う?」
「……主題をそっちに切り替えられる。魔物のことなんざ関係なくなって、エルフィアを虐殺した殺人集団っつう汚名の方だけが問題になる……!?」
「そうなると最悪だよ。下手をすれば森の外――ううん、全世界から粛清の対象になる。それを避けるためには、絶対に誰も殺しちゃいけない――そうだよね? ナユタ」
「あ、ああ……」
頷く俺だが……心が痛いな。
実は、カケルが言ってくれたほど考えられた発言じゃないんだ、俺のは。テキトーな理由をでっちあげて、誰も死なないようにできればそれでよかった。
――だって向こうには、あのエルフ少女がいるんだ。
彼女は……いい子だった。出会ったばかりで、言葉も通じない俺なんかのことを助けてくれるくらいに。そんな子が戦いの中で命を落とすなんてあってはならないし、周りの人間を死なせて彼女を悲しませるのも嫌だ。
それに、村のみんなが手を汚すのも耐えられない。せっかくの異世界で、一歩一歩いい暮らしにも近付いていて、これからって時に――みんなが拭えない罪を背負うなんて、あってはならないんだ。
「だがよ坊ちゃん。そうなるとこいつぁ……オレらの手にゃ余るぞ」
「……うん。自分で言っておいてだけど、正直、お手上げだ」
「何か……困ることがあるのか?」
忌々しげに舌打ちするヒゲ面と頷くカケルに、俺は疑問を投げかける。
答えたのはヒゲ面だった。
「あのな。殺さず生かして帰すってのは、聞こえはいいが、ようするに敵の戦力を削げねえってことなんだ。んなことしてりゃ、先にこっちがバテんのは目に見えてるだろうが。かといって、濡れ衣を晴らす算段もこれっぽっちもつきやしねえ。……わかるか? 戦おうが話し合おうが、オレらが完全にヤツらを負かすことはできねーんだよ」
「……そういうことか」
吐き捨てるようなヒゲ面の言葉に、俺だけじゃない――この場にいるほとんどの職員が肩を落とす。近くにいる人に通訳してもらったのだろう、日本語がわからないロブたちも遅れて苦しそうな顔を見せていた。
無実を叫んでも、公平な裁判の場じゃない時点で俺たちの声はエルフィアには届かない。
正面から抵抗するにしても、人を殺してしまったら俺たちの印象はさらに悪くなる。殺さないよう戦うこともできるが、戦力が削れない以上ジリ貧にしかならない。
ここがエルフィアの支配する森である限り、この状況を打破する方法は――俺たちにはないんだ。
(諦めるしか、ないのか……?)
立ち向かうことが許されない。俺たちにできるのは、ただ何もかもを投げ出して逃げ出すことだけ。そうした現実を前に、絶望感が室内全体を包み込んでいく。
――部屋のドアが開いたのは、そんな時だった。
「あ――あの! ごめんなさい。今、大丈夫ですか?」
1人の小柄な女の子が居心地悪そうに顔を覗かせた。
ボブカットにしたオレンジ寄りの明るい金髪で、少し袖の短いパーカー姿。首には体格に似合わず武骨で大きなヘッドホンを下げている。
俺は直接話したことはないが、カケルと同じく役場の職員の1人だ。俺が初めてこの世界に来た時に、メイリへの配達を忘れていた新人というのがこいつらしい。
「ルカ? 何かあったのか?」
異常事態とみて、ロブが真剣な表情で問いかける。
全員の視線が集中し、ルカと呼ばれた少女が言いづらそうに口を開く刹那――ダッ! その隣をすり抜けて、何者かが部屋に飛び込んできた。
緑の髪に、長い耳。その姿は見紛うことなき、ついさっき軍隊と一緒に帰っていったはずのエルフ少女だ。
肩で息をする少女は、呼吸を整える間もなく部屋中を見回すと――困惑する俺のもとに駆け寄り、胸に飛び込んできた。
「お願いが、あるの……」
そして、潤んだ瞳で言う。
「将軍を……私のお父さんを、殺して……!」