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第10話 混沌を運ぶ来訪者(Ⅱ)

「――はっ!」


 短い息と同時、閃いた刃が命を刈り取る。

 地に体を倒し灰と消えたのは、いつぞや見たのと同じ黒い獣だった。


『助かる』

「まったくだな。ボクがいなかったら、今頃お前はあいつらの腹の中だぞ」


 だろうな。今どころか2週間前にはすでに。


「それにしても、ここは本当に妖人族(エルフィア)の森なのか? いくらなんでもこの数は尋常じゃないぞ」


 剣についた灰を払いながらマルクがボヤく。

 ――メイリを探しに家を出た俺たちだったが、その直後、オオカミの群れに取り囲まれる事態となった。

 幸いマルクのおかげでケガ1つなく突破することができたものの、襲撃はそれで終わらず、歩いた先で再び刃を交えることとなった。今マルクが倒したのは、二度目に遭遇した群れの最後の1匹だ。

 わずか数分の間に二度の襲撃――魔物の被害が増えているにしたって、この頻度はさすがに異常だ。何か良くないことが起こっているとしか思えない。

 メイリのことも、体調の心配だけをしている場合じゃなさそうだな。


「ご主人……無事でいてくれればいいが……」


 俺と同じことを考えていたらしいマルクが呟いて剣を鞘に納める。

 と、その時だ。

 ――ズガアァァァンッ!!

 何かが崩れるような大きな音が響いた。

 距離はそう遠くない。これは――


「――村の方からか!」

「急ごう! もしかしたら、ご主人もそこに――」


 頷いた俺とマルクは、村に向かって全速力で森を駆け抜ける。

 外周を囲う柵を飛び越えて駆け込んだ、村の中では――

 カケルにロブ――村の大多数の住人が、役場の前の広場に集まって一か所を見つめていた。

 ――よかった。緊急事態なのは確かみたいだが、魔物の姿は見えない。

 それに集団の中には、不幸中の幸いか、メイリの姿もある。体調も問題なさそうだ。

 だが、声をかける前に、


家が(House)! 俺の家がァ(My house)――ッ!」


 英語で泣き叫ぶ悲痛な男性の声が村中に響き渡る。その理由は、カケルたちが見つめている方向を見ればすぐにわかった。


 広場を囲む住居の1つが完全に倒壊し、残骸と化している。それも、建材の老朽化で崩れたわけじゃなさそうだ。

 証拠は、残骸の隣に立つ大勢の集団。その中の数人が、岩でも砕けそうなくらい大きなハンマーを携えている。おそらく、あれで家を砕いたんだろう。


 何が目的かはわからないが――この集団は、村人たちの目の前で、村人の家を破壊したんだ。


(あれは……!)


 一目で異常事態とわかる光景。だが、俺は光景そのものよりも、騒ぎの中心にとある1人の人物の姿があったことに驚きを隠せないでいた。

 集団の先頭に立つ脂肪の塊みたいな中年男性の隣で、顔を伏せる1人の少女。緑の髪をポニーテールに結わえ、発育のいい肢体を露出度の高い身軽な衣装で包んだその姿は、見間違えるはずもない。初めてこの世界に来た時に村まで俺を導いてくれた、あのエルフ少女だ。


(なんであの子がここに……)


 よく見れば、少女の後ろに立つ集団も全員耳が長い――エルフだ。しかも彼らが着ている服装、日本の自衛隊や米軍よりはラフで堅苦しくない感じだが、あれはどう見ても軍服に違いない。

 つまりこの集団は、エルフの軍隊……?


「――ロスター将軍。この騒ぎの説明を願えますか?」


 村人と軍隊との間で緊張が走る中、村人の側から1人が前に出る。マルクだ。

 普段の少年のような話し方はなりを潜めて、堅苦しい敬語で話している。連中とマルクはそういう関係ってことだな。


「これはこれは、スタッツフォード卿ではございませんか。『尽雷(じんらい)の騎士』と名高い貴殿が、いかな用にてこのような辺境の地に?」


 ロスターと呼ばれ口を開いたのは、軍隊の先頭に立っていた中年男性だ。

 頭はみすぼらしいまでにハゲ上がり、たるんだ(あご)は日差しで光るくらい油でギトギトしている。カッチリした軍服も丸々とした腹のせいで伸びきっていて、とても戦地に(おもむ)く兵士の姿とは思えない……が、それでもこいつは兵士。しかも、この軍隊のトップ――将軍、らしいな。


「質問をしているのはこちらです。その武器――()の者の住居の破壊は、貴公の命によるものと判断してよろしいか?」

「ええ、お察しの通りでございますとも。我々としてもこのような荒事は慎みたいのですがな……そこな異界から来た野蛮なサルどもとは言葉による交渉ができませぬゆえ、やむを得ず行動によって我らが意思を示した次第で」

「サ……ッ!? ……それは、如何(いか)なる目的があってのことです?」


 将軍の言葉にマルクは一瞬険しい目つきになりながらも、歯を食いしばって会話を続ける。ブチキレそうになったのを、ギリギリのところで踏みとどまったみたいだ。

 その理由、俺にはわかるぞ。『異界から来た野蛮なサル』が俺たち異界人のことなら、ようするにメイリのことも含むもんな。


「ふむ……スタッツフォード卿にはかかわりのないことと存じますが、お望みとあらば僭越(せんえつ)ながらお答えいたしましょう。この近辺で、魔物が数を増しているのはご存じで?」

「ええ。ですが、それと此度の騒動にはどのような関係が?」

「その目撃情報が、この村を中心として得られているのです。さらに、異界人の周囲では何やら奇怪な現象がたびたび起こっているとの報告も受けている。これらの事実から、魔物の増加が彼らの手によるものと族長会議にて判断されました。よって我々妖人(エルフィア)森衛軍(しんえいぐん)が武力をもって対処にあたり、彼ら異界人を森から追放することと相成ったのです」

「バカな……!?」


 驚愕の表情を浮かべたのは、マルクだけでなく俺もだ。

 将軍の言葉はつまり、魔物を俺たちが生み出しているとでも言っているようなもの。誰がどう見ても、魔物の影響で苦しんでるのは俺たちも同じなのに、だ。

 こんなの、完全に濡れ衣。ただの言いがかりだ。真っ向から否定することに何の問題もない。

 だが、村のみんなにはそれすらできなかったんだ。俺以外では、こいつらの言葉は理解できないから。


(俺の能力のことをもっと早く伝えていれば……ッ)


 そうすれば、少なくともこいつらが行動を実行に移すのだけでも止められたかもしれないのに……何が切り札だ……ッ。


「早計が過ぎます! 私は数日間この村に滞在していますが、彼らがそのような蛮行に及んでいる様子はなかった! いいえ、むしろ彼らこそが、魔物増加の影響を最も強く受けている被害者と言えます!」

「お言葉ですがねぇスタッツフォード卿。部外者の目の前で悪事を働くほど、彼らも低能ではないでしょう。重要なのは嫌疑の真偽です。実は我々も、本日はその確認のために出兵した次第でしてな」

「で……であれば、このような破壊行動は不要だったはず! 正式な理由がないのなら――」

「はて……調査の邪魔になるゴミを払うのに理由が必要なのですかな?」

「なッ――!?」

「それに、決して無駄などではございませんよ。現にほれ――大当たりです」


 不敵に笑いながら、将軍は壊れた家の中を指さす。

 そこでは数人の兵士が探索していて――そのうちの1人が、動物のような何かの首元を掴んで出てきた。

 ――間違いない。俺たちが何度も目撃している個体よりはるかに小さいものの、それは、オオカミ型の――魔物。おそらく、子どもだ。


「……決まりですな」

「そんな……そんなはずは……!?」


 狼狽(ろうばい)したマルクは、すがるような目で俺を見る。

 それに俺は、歯を食いしばりながら強く首を横に振った。

 村の誰かが魔物を生み出してるなんて、そんなことあるはずない。さらに言えば、俺たちは魔物に幼体が存在していることすら知らなかった。そんな俺たちの村から魔物が出てくるなんて、絶対にありえないはずなんだ。

 というか、この状況――考えるまでもない。


(ハメられた……ッ)


 連中が村に来たのは、この状況を作り出すためだったんだ。

 魔物の発生源と疑われて、実際にそこから魔物が見つかれば、実状はどうあれすぐには言い逃れできない。その隙を狙い罪を突きつけて――日本でいう現行犯で――俺たちを(さば)くつもりなんだろう。


「くっ……こんなこと、あっていいはずがないっ。これは陰謀だ! それも、貴公らが仕組んだことではないのか!?」

「言ってくれますなぁ。では逆にお尋ねしますが、証拠はあるのですかな? この魔物に勝る、決定的な証拠が」

「そ、それは……」


 兵士から受け取った魔物の首をナイフで切り裂きながら、将軍はニヤニヤといやらしい笑みを浮かべる。

 反対にマルクは、しどろもどろになりながらも必死に弁解の言葉を探す。

 だが……もう、無理だ。そんなことは俺や将軍だけでなく、マルク自身もとっくにわかってる。


「もうよいでしょう、スタッツフォード卿。彼らは所詮、異界から落ちのびた物も言わぬ下等生物です。貴殿のような気高き騎士が、心身をすり減らして守る価値などないではございませんか」

「違っ……彼らは……!」

「はあ……こればかりは言いたくなかったのですが、退(しりぞ)いていただけないのであれば致し方ありませぬな。スタッツフォード卿……これは我ら、エルフィアの属領内の問題なのです。そこにビスティア連邦領主家子息たる貴殿が介入すればどうなるか……推し量れないわけではありますまい?」

「っ……」


 将軍のその言葉を最後に――マルクは、膝をついた。

 決着だ。これ以上は何を言っても無駄だし……口を出せる人間も、この場にはもういないだろう。

 ――俺以外には。


「やれやれ、ようやく納得していただけましたかな。ではお前たち、かかれ。こやつらが二度と森の土を踏むことがないよう、徹底的に――」


「待てよッ!」


 雑に手を振って背後の兵士たちに指示を出す将軍に向かって、俺はとっさに――本当に勢いのまま叫んでいた。

 その瞬間、この場にいる全員の視線が俺に集まる。


(……らしくないな、俺)


 こういう面倒事に巻き込まれたときは、黙ってことが収まるのを待つのがいつもの俺のやり方だったはずだ。

 置かれた立場がどうだろうと関係ない。そうして自身への興味を失わせることで、今までなんとかやってきたんだ。少なくとも、自分から事態の中心に立つなんて考えたことすらなかった。


(いや……だからこそ、か)


 そんな自分ではできなかったことがしたくて、俺はこの世界にやってきた。そのための力も望んだ。

 だったら、この力でできることはやるのが道理ってもんだろう。せめて、本当の能力をカケルたちに黙っていた罪滅ぼしと――部外者なのにここまで頑張ってくれたマルクに、報いる分くらいはな。


「……何かと思えば、薄汚いサルが生意気に吠えおって」


 忌々しげに鼻を鳴らした将軍が俺を睨む。


「私は忙しいのだ。人の皮を被った下等なケダモノ風情が、邪魔をしないでもらえるかね」

「……のも……に……ろよ」

「聞ぃこぉえぇんなぁ? 物申したいのなら、鳴き声ではなく人の言葉で話してみてはどうかねぇ? んん?」

「――勝手なことばっか言ってんじゃねえよ! この外道でクソッタレのブタ野郎!」

「……んな、ぁあ……!?」


 俺の言葉に将軍が絶句する。

 当然だ。俺が発したのはやつらと同じ、人の言葉――アッシュ語なんだから。

 まさか、こんな形で役に立つとは思わなかったよ。2週間前にマルクにぶつけられた、罵詈雑言の数々がな。


「ほ……ほう。サルの中にも人語を解する別種がいたとは驚きだ。だが、今の言葉は聞き捨てならんなぁ? この私を誰と心得ての発言だ?」

『そんなことはどうでもいい』


 額に青筋を立てる将軍に、俺はすぐさま手にした冊子を突きつける。

 開いたページは後ろの方。使わないだろうとは思いつつも、ちょっとした悪ふざけのつもりで用意していた――マフィア映画の登場人物みたいな、荒々しい口調の台詞だ。

 将軍はそのページを流し読むと、ブチッと額に青筋を浮かべた。


「貴様……自分の立場がわかっていないようだな! 私に盾突けばどうなるか、今すぐにでもその身に思い知らせてやれるのだぞ!」

『やってみろよ。やれるもんならな』


 立て続けに俺はページをめくる。

 だが、最後を締めくくるのは俺自身の言葉だ。台詞は借り物だけどな。


「出ていけ! 俺たちは――お前らの言うことなんか、絶対に認めない!」


 告げると、激昂した将軍が大げさな身振りで背後の兵士たちに指示する。


「この――お前たち、やれ! エルフィア族長の御名の下、この者に正義の鉄槌を下すのだ!」


 するとその瞬間――寸分違わぬ動きで兵士たちが俺に弓を向けた。


「撃て――ッ!」


 号令がかかると同時に、無数の矢が飛来する。

 だが、俺は逃げない。どうせ逃げたところで避けられないし――そもそも、必要がないからな。

 ――ビュォオオオォォッッ!

 矢の雨が俺に突き刺さる刹那――突然横薙ぎに吹いた渦のような突風が、矢だけを絡め取ってあらぬ方向へ吹き飛ばした。

 それが誰の仕業かなんて、確認する必要もなくわかる。


「――メイリ!」


 いつの間にか隣にいたメイリが、前方を指さすように左手を上げていた。

 さらに俺の周りには、


「事情はよくわからないが……仲間を攻撃されては、黙っているわけにはいかないな」

「下がって、ナユタ!」


 ロブにカケル――その他、村のみんなが俺をかばうように立った。


「ぐ、ぐぅ……!」


 さすがに、この場での開戦は分が悪いと判断したのだろう。もしくは、自分が最前線にいるままでことを荒げたくなかったか。

 (うな)った将軍は数歩後ずさると、派手にツバを飛ばしながら叫んだ。


「……いいだろう。ならば、貴様らに猶予をくれてやる。――5日だ! 5日後に、我々は本隊を行軍させる! その時までにこの地を退いていなければどうなるか……よく考えておくのだな!」


 一方的に告げて、将軍は飛び込むように軍隊の中へと消えていく。

 直後に怒号のような号令がかかったかと思うと、兵士たちは一糸乱れぬ動きで振り向いて村を出ていった。

 その背が完全に森の中へと消えたのを確認し、村には安堵の空気が漂う。


「さて、ナユタ」


 そんな中、一息ついた俺の肩をロブがバシッと力強く叩いた。


「彼らと何を話していたのか――もちろん、説明してくれるよな?」


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