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常に逆風

 とりあえずピザを食って腹ごしらえした。なんだろ。心なしか悲しかったし、味もしょっぱかった気もしたけど、まぁ気のせいだろう。

 ちなみに彼女は一切れだけ食べて、俺は一切れで胸やけを起こしてる。あとは全部残飯へ。総括すると、ピザなど頼まなければ良かった……!

 そんな最悪の朝食を一応済ませたから、今度はこの状況の方の処理を済ませなければね。


「さて……。さっきのことだけど、分かってくれたかな?」

「さっきのって?」

「意を決して告白したでしょ?俺の社会的地位を下げて」

「"未だにワンルームはキツイな"?」

「いや言ってないよねそれ。ちょいちょい部屋のディスり入れて来るけど、それ大家さんも俺もダメージ喰らうからね?結構ナイーブだからね大人は」

「ちゃんと居住スペースは把握しとかないと大変だから。でもその辺は我慢する」

「よし振り出しだな?君よーく聞いて。って言っても同じ言葉はもう言わないよ?自爆技で俺だけでなくピザの人にまですでに被爆しちゃってるからね。要は男としての経験値の無さで俺には子どもを持てるプロセスは皆無なの。どんな奇跡でも俺に子は出来ないからこの現状は物凄く世間一般的によろしくないの。……分かってくれるかな?」


 言葉のキャッチボールなんてよく言うけど、俺が山なりに球を投げてるのにこの子はずっと変化球で投げ返して来てる感じなもんだから困る。まぁそんな俺もさっき一球暴投したわけだけども。


「じゃあ今がその奇跡だね」


 真顔でサラリと返されたけど、何この子?メンタル鋼なの?一向にブレないんだけど。……とにかく埒が明かない。こっちもめげずに説得せねば。


「えっと、親御さんが心配すると思うんだけどな?」

「目の前にいるけど」

「家出なのかな?」

「どちらかと言うと転居?かな」

「ほら。学校とかもあるでしょ?」

「ここから徒歩10分だから利便ばっちりだね」

「ご近所さんは絶対怪しむと思うんだよなー」

「ちゃんとご近所挨拶しないとだね」


 折れない・・・!!ことごとく切り返してきやがる。カットマンか君は!?いやー分からん。なんでここまで固執して引き下がらないのかさっぱり分からん。悪戯の線はもう外そう。ここまで粘る悪戯はもう悪戯じゃないだろうし。

 金銭目的?いや無いな。俺金ねぇもん。せびるにも強請るにも人選外だと思う。怨恨?昔何かあって俺の社会的失墜を狙って……ってないわ。俺に誇れる社会的地位なんて皆無だもの。

 なんか推測しただけなのに自分のダメ人間ぶりが突き刺さって来て自傷ダメージを負ったんだけど、そんだけ俺に益のあるものが無いのだから尚更意味が分からん。

 もしかして、ホントに俺に子どもが……ってよそう……。童貞という悲しさの塊であることは一片も変わらないわ。


「とりあえずさ、君名前は?」

「雪音」

「雪音ちゃんね。雪音ちゃんはさ、なんでこんなに俺にこだわってるの?自分で言うのもなんだけどメリットがないと思うよ?」

「パパだから一緒に暮らすっていうシンプルな理由だけど?」

「あー……うん。君からしたらシンプルなんだろうけど俺には複雑なんだよね色々」

「不束者ですがよろしくお願いします」

「ちょい待ち。まだよろしくしないで。たぶん俺の沽券に関わる案件だからおいそれとはいけんよ」

「パパは強情だね」


 君が言うのそれ?むしろここまで穏便に解決しようとしてる俺を褒めてもらいたいぐらいだよ?とはいえこのままだと押し問答だろうし。どうしたもんかな……。


「三淵さーん。回覧板ですー」


 この声は大家さん!?ヤバイ。この状況は非常にヤバイ。どうする?居留守を使うか?でもいつもこの時間に俺がいる事は大家さん知ってるしそれは不自然か?どうする?どうする?


「はーい」


えぇぇぇーー!?君が出るの!?いやいやいやいや!!それは予想外ですよ!?


「ちょ、ちょっと!?」

「三淵さんお早うございま……ってあら?」

「おはようございます」

「おはようございます?えーっと、どちら様かしら??」

「初めまして。娘の雪音です。今日からパパと一緒に住むことになりましたので以後よろしくお願いします」

「そう娘さんなのー。それはどうもご丁寧に……え?娘さん!?」


 見事なリアクションだな大家さん。うん感心しちゃう……じゃねーーー!!何ナチュラルにご挨拶しちゃってんの!?これどう説明したらいいの!?


「三淵さん、これは一体……?」

「あ、いや。その、えーっとなんというか。これは、いやー」

「三淵さん独身じゃありませんでしたっけ?」

「いやそうなんですけど、どう説明したらいいか」

「なに狼狽えてるのパパ」

「やっぱりパパって言ってますけど、もしかして複雑な事情なんですか……?」

「いや複雑と言えば複雑なんですけど」

「そうだったんですかー。三淵さんも色々あったんですね」

「あ。違いますよ?複雑って家庭の事情でって事じゃないですよ?」

「へ?違うんですか?」


 ヤバイ。段々と収拾がつかなくなり始めてる。大家さんはおっとりしてる人だから騒ぎになる気配が無いのは助かるけど、そのおっとり加減がふわふわ過ぎて入って来る情報はスポンジみたいに吸収しちゃう質の人。ゆえにこの子絡みのやり取りは事態をめんどくさい方向に急発進させる危険性が大いにある。そうなれば一層俺がピンチになる事は必至。ここは巧みな話術が要求される。


「えーっとですね大家さん、まず話を聞いてほしいんですが」

「パパは童貞だから子どもはいないって言ってるんですけどパパはパパなんです」

「ぬおーーーーい!君ちょっと、ぬおーーーーーい!」


 巧みな話術って思った矢先なのに語彙力ゼロの捻りの無い雄叫びをあげてしまった!いやそもそも巧みとかスタイリッシュさを求めてる場合じゃない。これはドツボにはまる。オブラートにとか考えずにここで流れを断ち切らねば!


「大家さん。違うんです。聞いてください。この子は今日会ったばかりで全く面識がない赤の他人なんです。パパという事を猛プッシュしてきてますが一切事実無根です。もうこの子が言っちゃったから割り切りますけど俺は童貞なんで子が出来るとかそれはもうファンタジーなんです。今この子は家に上がり込んでますがやましい事は1ミクロンもありません。無罪放免です」


 どうだ渾身の弁解。自分でも必死過ぎてキモいし引いてるけど背に腹は代えられない。肉を切らせて骨を断つ!見事な軍配だろう。


「うっ……グスッ」

「え?」

「うぅ……うっ……グスッ……うぅ」

「え?あれ?ちょっと」

「三淵さん」

「いやちょっと待ってください大家さん!雪音ちゃん?デジャヴュが起きてるよ?本意気のなのかな?それはマジなのかな?」

「うぅ~~~……!!」

「三淵さん!!」

「はいぃ……!!」

「女の子を泣かしちゃダメじゃないですか。そこに正座なさい」

「いやそれは」

「せ・い・ざ・で・す」

「はいただいま!」


 大家さんの怒った時のプレッシャーはこの地球のGでも変わったんじゃないかって思うぐらい上から圧し掛かってくる。もう条件反射のように跪いてしまった。これは家賃を滞納し過ぎて逆鱗に触れた時以来かな。


「三淵さん。何がどうなっているか分かりませんが男の人が女の子を泣かしちゃダメです」

「はい……」

「さっきの言い方じゃこの子を突き放すように言ってるようでした。理由はなんでもそれは大人気ないですしカッコ悪いです」

「はい……」

「三淵さんが悪い人じゃないって私は知ってます。でもこういうのはちゃんと正していかなきゃと思うんです」

「はい。おっしゃる通りで……」


 ヤバイ。非常にヤバイ。今俺は完全な向かい風にさらされてる。それどころか暴風の中か?大家さんもマジモードで説教しているし、穏便に事態を収束させていくには真摯にこの場を受け入れていかなければならない。そんな空気ぐらいは俺だって読める。ただヤバイ。

 何がヤバイって、この位置と目線の高さだと大家さんの谷間がダイレクト過ぎて全く集中出来ん……!なんでこんな時に限って胸元空いてる服なんですか?いや、大家さんは比較的いつもラフな格好だけれども、この距離感で対峙したことは無いから今はまさに未知との遭遇です!


「三淵さん聞いてますか?」

「はい!もちろん」


 近ーーい!顔寄せてきましたが同時に他も寄って来てますよー!只今視神経にインパルスが集中しております。これは油断すると活性し過ぎて目が血走りますわい。


「子どもに対しても大人としての誠意がないとダメだと思うんです」

「いや確かに」

「ちゃんとこの子とお話はしたんですか?」

「俺なりの誠意で話はしたと思いますが」

「ホントですか?」


 近ーーーーーーい!!さらに近ーーーーーい!!大家さんのパーソナルスペースどうなってんでしょうか?良い匂いが鼻腔をついてきてるのと、不意に触れられてる手が触覚を過敏にしてるのとでもう俺の体の中のインパルスは大渋滞です!いやもう大事故です!煩悩の緊急警報が鳴り響いておりますよ!?


「グスッ……ありがとうございます大家さん……私の事考えてくれて」

「いいのよー。気にしないで」

「グスッ……でもパパも悪くないのでご迷惑がかからないよう二人仲良くしていきます」

「そっかそっか。ちゃんと許せるなんて偉いねー。カワイイのにしっかりしてて良い子ですねー三淵さん」

「そーですね……」

「住人が増えるのは全然問題ないからちゃんと二人仲良くね♪」

「はい♪ありがとうございます」

「ちょっとお節介しちゃったかな。私はこれで帰りますね。雪音ちゃんだったよね?何かあったら遠慮なく言ってねー」

「ありがとうございましたー♪」

「……」


 危なかった……。神経が擦り切れるんじゃないかと思った。大家さんとは毎日顔を合わせるけど、ここまでインファイトする事って初めてだったから改めて大家さんのポテンシャルの破壊力を思い知った。よく耐え抜いたよ俺。


「良い人だね大家さん」

「そうだねー……」

「なんか疲れてるねパパ」

「……君、涙はどうしたの?」

「ん?」

「かなりケロリとされてますが」

「引っ込んだ」


 引っ込んだ……ね。そうかそうか。そういう事にしておいてもいいさ。なんたって大人だからね俺は。まぁ大の大人は正座させられて説教はされないんだけども、それはある意味一つの大人の事情って事で処理させてもらおう。

 だからプロセスはもうあまり関係ない。今最大の問題なのはもたらされた結果の方だ。


「パパ」

「……はい?」

「これで家主の許可が下りたから心配事は減ったね」

「おうぅ……」


 そう。なんだかんだで大家さん公認となってしまった。これが今一番マズイ。大家さんは全体的にふわふわ軽いが決して口は軽くない。だから周りにベラベラと漏らすって心配はしなくていいだろうけど、でも俺とこの子の関係をよく分からないまま認識してるよあの様子では。

 これで変にこの子の不利益になることをすると、俺が悪者という風に大家さんに誤認されるリスクが非常に高まった。万一に俺がこの子を追い出そうとしようものなら逆に俺が大家さんからここを追い出されるのだって十分あり得る。

 おいおい。さっきよりも打開の余地が激減してやがるじゃねぇか……。


「ところでパパ」

「ん?」

「さっき大家さんに色々言われてる時、エッチな事考えてなかった?」

「はい!?」

「大家さんの胸に意識がいってた気がするけど」

「な、何を言ってるのかな雪音ちゃんは~。そんなわけないでしょ~」

「ホントに?」

「そりゃそうでしょ~。大家さんが有り難いお話をしてくれてる時に俗物のような思考になるはずもないですよー!」

「ふーん。大家さんスゴイ抜けてそうな感じだし、服装もラフだったからてっきりパパはおいしいとこ取りしてるのかと思ってたけど」

「ないよー。ないない」

「そっかー。でもそんなにして説得力もないんだけどね」

「ん?」


 なんだ?やけに視線が下に向いて……って息子よぉーーー!?何溌溂としちゃってんのーー!?理性という制限モード機能してなかったの?いつのまにかオートモードに切り替わってたの!?息子言うけどお前も大人だろーーー!?ここは空気読むとこでしょーよ!?


「大丈夫大丈夫。男の人ならしょうがない事だし、むしろ元気で正常な証なんだから私は全然気にしないよ?」

「そ、そう?」

「もちろん大家さんにも言わないよー?ちゃんとご近所付き合いしてかなきゃだしね」

「ん?んー?」

「でも、なんかあったらつい口が滑っちゃうかもだから気を付けないとねー。親子水入らず頑張ってこうね!パ・パ♪」

「……前向きに考えとくね~」


 息子よ……。なんてことしてくれたんだ。笑顔の雪音ちゃんの後ろに黒いオーラのようなものが見えた気がしたわ。もう追い込み漁だよ。完全に逃げ場無かったよ。打開の余地など潰えてましたよ。弱み、握られましたなー。ハハ。

 ……いや、笑えないけど。

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