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産声





出産寸前や死期が近づいた者は王族でも城から出る事が決まりになっている。

城というクベストリア一重要な場所では人が死ぬのも出産時の出血も相応しく無い、とかそんな理由だろう。

堅苦しいしきたりには爪先程も興味がないがそのせいで現在進行系でこうなっているなら話は別だ。許すまじ。


今、王妃の陣痛が始まったことを受け城の大広間には掃いて捨てるほど大量の貴族達や教会関係者、商売の中枢を担う豪商が集って王妃の子を待っていた。


……実際彼らが興味があるのは子供ではなく待つ間の利のある会話と生まれた子の性別と今の天候だが、それはもうお約束というやつだ。

今日の天気は晴れなので男の子が望ましいが、女の子でも別に構わないだろう。どうせ世継ぎはリュコス様だ。父親似の晴れの日生まれの美形長男なんて次の国王にこれ以上相応しい存在はいない。

ただこの国では貴族で子が産まれるなら家に人が押しかける事が当然になっているだけだ。万が一にも生まれた日の天気を誤魔化すことが無いように。


余談だが自分が生まれた時もかなりの人数が集まった。

そして生まれたのが女で大半の貴族は顔色を青くした。

小雨なら曇りだといちゃもんを付けられたかもしれないが、天候は見事なまでの豪雨。擦り寄るか舌打ちをする貴族が後を絶たなかったと母は笑いながら話す。


見かけによらず剛毅な性格をしている母は、笑顔の裏に猛毒生物を飼っている。きっと近付く有象無象は悉く死なない程度に痺れさせた後で虫を払うが如く追い払ったのだろう。

凄い美人でも武術ができるわけでも無いのに母以上に強いと感じさせる女性は今まで見たことが無い。ジャグリーンとは違う方向で逆らえない。


そんな母は今城で他の有象無象達と会話しながら、せっせと自分の背を王子に向けて押している。


「殿下は知らない子達とばかりお話になるなんて退屈してしまうでしょう?」と言っていたが、その目は笑っていない。

しかもその言い方だと殿下が退屈するのか母が退屈なのか分からない。

必要最低限の挨拶はしたし良いではないですか他の人とも話してみたいですし、とNOと答えると「そうね他の人とも話した方がいいわね」と唇を歪めて殿下の周囲に群がる子供達のそばに容赦無く放り込んだ。

どうやら公爵家の妻となった手腕はまだまだ現役らしい。


途端に小さく聞こえる「おい見ろよあれ……」の声と割れる子供製の人垣。

舌打ちを隠すように顔を歪めた何人かの大人が分かりやすくこちらを観察してくる。

戻りたい。が戻ったら母と周囲の視線がもっと厳しくなるであろうことは簡単に予想出来る。

生憎自分は人間なのだ。背後の猛毒と前方の視線だったら直接死ぬ訳ではない方を選ぶに決まっている。


精々背筋を伸ばして進むと、中心に彼がいるのが分かる。

今日も今日とて麗しいその姿は、いつもの如く無表情だ。


向こうもこちらに気づいたのだろう、驚いたような表情をした後少し眉を顰めた。

どうやら最後に行った時のチェスでキング以外の全ての駒を取ったことを未だ根に持っているらしい。

仕方なかったのだ。あれが一番分かりやすかった。

お陰でその後10回も付き合わされたが全て勝ちか引き分けだった。というよりまだ彼に負けたことはない。

戦う度に腕をあげる彼は王子としての勉強をしてるかという意味でハラハラさせてくれるが、それを本人に言った事はない。


いつかジャグリーン辺りに聞いてみよう。

彼女は王妃専属メイドなので知らない可能性があるが。

むしろ王妃以外興味無いので知らない可能性の方が高いが。

彼女が他に信用出来る騎士がいない状況で王妃様と共にいなかった事を見たことが無い。

大方今も産婆達と共に出産の場に立ち会っているのだろう。男子禁制だが、同じ女性のジャグリーンならむしろ護衛として喜ばれる。


そのかわりと言ってはなんだが勿論その場で立ち会うことの出来ない陛下は、今も無表情で毅然と挨拶を受けているが目の動きが忙しない。

直前まで報告をさせていたし母子ともに問題がない事は知っているが、それでも不安なのだろう。

一刻も早く無事に産まれたとの報告を聞きたいらしく、しきりに報告係が入ってくるはずの扉を見ている。




その息子の殿下も同じく心配しているようだが、今は目を輝かせて話しかけられるのを待っている子供達の方が精神的な比重を占めるらしい。

身分が低いものが高いものに話しかける事はマナー的に宜しくない。

従って彼がぼっちを回避したいなら誰かに話しかけるしかないのだが、崇敬と畏怖と欲のこもった視線を男女問わず送られて怯えていた、とかそんな処だろうか。


何もしなくても注目され続けると言うのは苦行に近い。

そんな中で顔見知りの自分は、間違いなく良いカモだった。


「おい」


「何でしょう?」



「…………こい」






…………………………?


濃い?恋?ああ来いかと思って再度固まる。

何処に連れて行く気だこの言葉足らず王子。

ほら見ろ周りの少年少女達が固まっているじゃないか。

大方この大注目会場から逃げたかったのだろうが、だからと言ってこれは無い。

さっきの大人達とか驚きで開いた口が閉じられてないじゃないか。乾くぞ。


「…………何処へでしょうか」


違った口の中がカラカラに乾いているのは自分だ。


答えずに歩き出した彼の背中に蹴りを叩き込みたくなるが、許されるわけがない。

周りがざわついているが一番訳が分からないのは間違いなく自分だ。しかし、たかが貴族の小娘が王子の言葉に意味なく逆らえる訳がなく。死ぬほど注目されている中、重い足を引きずりながらでもついて行くしか無い。

母の嬉しげに手を振る姿が見え、気が遠くなった。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー






……付いて行った先は、ベランダだった。


何度も城内をうろついた事はあるが、ここは初めてだ。

何故二階。何故ベランダ。


首を傾げて王子を見ると、目を逸らされる。

風に揺れる金色の髪が無駄に煌めいていて、こんな顔すら美しいのかと腹立たしくなる。


「……人が多い」


「はい?」


「無理だ」


……つまりあれか。

人の多さと視線の強さに耐えきれず逃げたのか。


情けない、とか王子だろう、とか思うところはある。しかしその瞬間に頭を占めたのは一つだった。


「……分かります」


正直凄いわかる。

ですよね視線痛いですよね刺さりますよね穴開きますよね。

凡人顔の自分がここまでぶすぶすするのだ。王子で美形で次期国王なんてきっとどすどすとかグサグサとかボキッゴキッゴギャグギャとかそんな感じだろう。


意外な所に仲間がいた驚きに震えるが、王子(仲間)もまた驚いていた。


「分かるのか」


「ええ。……痛いですよね」


「……は?」


「え?」


「……何がだ?」


あれ?何か風向きが変わった?


「……視線の話ではなく?」


真面目な顔をした王子が、可哀想なものを見る目をする。



「…………違う。賊だ。」


ああこの台詞似たようなの聞いたことあるデジャブだ。

続けて言われる。


「まだ捕まってない。探した。居なかった」


あ、そっちか。

あの場にはこの国の重鎮からある程度の身分迄ほとんど揃っている。マーサを狙った輩に後ろ盾があったとして、そいつらはあそこにいる可能性が高い。

そう言えばそんな奴いたか。



……あれ?今自分はかなり恥ずかしいことを言ったんじゃないか?

仲間(ぼっち)じゃ無くて賊を捕まえたいとか凄く真面目じゃないか?王子は。

途端に羞恥が爪先から頭までこみ上げる。

恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずい恥ずい!!


蹲り赤くなった顔を隠して呻く。不敬?知るか。元から色々やらかしてる。寧ろちょっと殴って欲しい。


明らかな不審人物に対し王子はさらに告げる。


「特徴の奴はいない。メイドの服に血が付いていた。目立つ怪我をした奴もいない」


彼のここまでの長文を聞いたのは初めてだった。

無理だ恥ずい。話を逸らさなければ。


「メイドとはあの目撃者ですよね。おそらく賊は雇われた者では無いでしょうか。唯の権力者に一人しか目撃されずに待合室まで行く事は不可能でしょう」


そうだと彼が頷く。頼むからさっきの事は忘れてくれ。あとメイドの服の血なんて覚えていたんですか。頭良いですね。違う自分は忘れてたのではない。気付いてなかっただけだ。


「……真面目ですね。犯人探しなんて」


「当然だ。城で起きた。関係ある」


彼が本当に賢く優秀な事は分かったが、それならもっと言葉を増やしてくれないだろうか。いつか勘違いで女を泣かせるぞこいつ。


「特徴は茶髪茶色の目背は低め片耳に飾り細い目厚い唇でしたか。黒い服は着替える事が出来ますが、顔はどうしようもないでしょう。貴族でそのような顔の者は心当たりがありませんし、この場で黒幕を見つけるのは無理でしょう。顔から調べるよりマーサが何故わざわざ城で襲われたのかの方が重要では?」


言い切ると、王子が驚いた顔をする。良し、完璧に気をそらせたらしい。


「……覚えているのか。何故だと思う」


「記憶力は優秀なので。王家への挑発や乳母になる事への反対などが考えられます。後は……城でないと襲えなかった、とかでしょうか」


物を考える時、自分は声に出すタイプだ。

だからこの時も、つい口に出してしまった。


「挑発や反発ならマーサかもしくは王家はただのとばっちりでしょう。たまたま襲った相手がマーサだったか、たまたま襲った場所が城内だったかの違いです。けれどその両方ならば、王家への挑発で乳母のマーサを襲ったなら。狙いは……これから産まれてくる王妃様の子供だと、そう思います。」


一気に王子の顔色が悪くなる。それに気付かず言葉を紡ぐ。


「マーサは国が長い時間を掛け探した信頼出来る乳母です。けれど彼女が使い物にならなくなったら、急いで代わりが探される。その代わりが不義の心を持って居たら?取り上げられた赤子は直ぐに乳母によって授乳されます。その乳に、毒が混ざって居たら?赤子はただでさえ体が弱い。きっと誰も事件と思わない」


そうだ。

なんで気付かなかったんだろう?

もちろんマーサの代わりがまともな乳母の可能性もある。しかし、もしマーサを使い物にならなくする前提で新しい息のかかった女を用意していたら?


とんでもない事が起きているかもしれない。


だから自分は気付かなかったのだ。目の前の王子がかつてないほどに青い顔をして、その金色の眼を見開いていたなど。

考えてみれば当然だ。弟か妹の誕生を待つ兄に向かって御宅の弟か妹さんこれから暗殺されますよと口走ったのだ、自分は。




凄まじい勢いで胸ぐらを掴まれた。


「黙っていたのか」


今までで一番低い声が聞こえる。

どんな光も敵わないほど明るい金色は、怒り狂った今でさえ猛然と人を圧倒する。

そらされない瞳は確固とした意志を持って、此方を見すえていた。

子供なのに、こんなに幼いのに。

どうしてこの人はこんなに美しいのか。

誰だ、この人を人形のようだと思ったのは。

彼は金色の狼だ。

爪と牙を持って静かに人の上に立つ狼じゃないか。


「……たった今、話しながら気付きました。本当に。気付いていたら絶対に報告しています」


言葉を終えると、手が離される。

彼の表情を見ないで続ける。


「出産の場にはジャグリーンがいます。その状況で手出しは出来ないでしょう。けれど乳母の手に渡ったらどうなるか。いつ産まれてもおかしくない。時間がありません」


返事は無い。


「殿下は今すぐ陛下にお伝えください。もし勘違いであったなら、勿論責は私が負います。代わりの乳母が誰か調べさせて下さい。私は離れへ行きます。女の私なら入れます。きっと、きっとまだ間に合います」


声が震える。大丈夫だ。きっとまだ産まれてない。頭の裏に優しい手でお腹を撫でる王妃様の顔が浮かぶ。彼女も、彼女の夫も目の前の彼も、新しい家族の誕生をずっとずっと待っていたのだ。だから。


目尻に涙が浮かぶ。なんで今自分はこんなに泣きそうになっているのだろう。


「急いで下さい」


立ち尽くした彼を置いて走り出す。こんなの、不敬罪で捕まってもおかしく無い。それでも良いから、どうか。


後ろで人が動く気配がしたが、振り返る事はしなかった。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー






階段を転がり落ちるようにして降りて、離れの入り口の兵士の間を滑り込むようにくぐって出産室に入ると、産婆達とジャグリーン、王妃様の姿があった。




彼女のお腹の膨らみが無くなっているのを見て、目の前が真っ暗になる。


「…………来てくれたのね?」


額に汗を浮かべて、目元を赤くして。それでも満足気に、嬉しくてたまらなそうな顔で彼女は此方に笑みを浮かべた。


お子様はどちらでしょうか、と聞いた自分の声が、遠くに聞こえる。


さっき乳母にお願いしたわ、と返事が来る。

涙が溢れた。

女の子だったのよ、ずっと娘が欲しかったのと続けられた声が脳から心臓に染み込んで来る。




「おめでとうございます。きっとだいじょうぶですから」


顔を見せる事なく、見る事なく部屋から出て走り出す。

何処だ。何処にいる。

きっと離れからは出ていない。

そう離れてもいない。

二つ隣の授乳室の扉の中には、誰も居なかった。


扉を叩きつけるように閉め、階段を駆け上がると遠くから誰かが泣く声が聞こえる。

違う。泣き声じゃない。産声だ。

息が切れて足が重くなるが、それでも走り続けた。



やっと着いた声が一番大きく聞こえる扉を開けると、狭い部屋の中には白いベッドと女があった。






…………女はベッドの上の声を出す白い塊に、ナイフを振り上げようとしていた。




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