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対話




その日、ミュート・アクスバリは浮かれていた。




前日の夜は眠れず、朝のランニングといって5時ごろには庭を駆け回り、6時には普段メイド任せにしているドレスを自分1人で着る程度には浮かれていた。


ーー家の庭師のガウディ爺さん(75)は日課の乾布摩擦をしていた時に引き攣った笑みを浮かべながら駆け回る少女を見てギックリ腰が再発したし、メイドのカメリア(32)は仕える小さな主人のファッションセンスの無さに卒倒したがそれはご愛嬌であるーー



朝食は最低限のマナーは守りつつも過去最短記録で食べ終えたし、メイド達が半泣きになりながらドレスの着せ替えをしている間もずっと機嫌良くしていた。




ミュートは普段、ここまでの奇行はしない。

やらかす度にアクスバリ家では胃薬代が経費で落ちるが、それでも胃薬代は彼女が今朝着て泣かれた後鍵付きクローゼットの一番奥に仕舞われて行った真っ黒なドレスよりよっぽど安いのだ。


それでもカメリアから「お嬢様は何故そのようにご乱心なさるのですか!」と問われるならば、理由は一つしかない。


自分が胃薬デビューを果たしたティーパーティから3日後、今から1週間前に家まで届いた王家からの手紙が、大体の元凶だった。



ミュートに城まで来いと書かれた手紙は父と母を喜ばせ、使用人達にミュートが粗相をしなかった事に涙を浮かべさせ、弟はザラド殿の娘も馬面なのか知りたがらせたが、一番歓喜したのは絶対に自分だ。



間違いない、これは婚約者が自分ではない事を伝える為の手紙だと、そう思った。

自分が婚約者となったならわざわざ呼び出す必要はなく、普通に発表すれば良い。

それをしないなら婚約者を他の娘に決めるので反対する勢力を黙らせろとか、雨の女神役となってその婚約者を認めて補佐をしろとか釘をさす為だろう。



兎にも角にも自分が婚約者に、なんてストレスで髪の毛が抜ける事態は回避出来たと、意気揚々と父親の手を取って城に向かう馬車に乗り込んだのである。


そうだ。

家に帰ったら、弟とピクニックに行こう。ガバーリョに乗って。







ーー10日ぶりの城は、笑顔の王妃と真顔の王太子に出迎えられた。


「よく来てくれたわね。こちらへどうぞ?」


王族に対する礼をした自分に対し、容赦無く王妃は城内に連れて行こうとする。何をするつもりですか。

父に助けを求めると、黙って首を横に振られた。

未だ動物当てゲームを根に持っているのですか。


しかも王太子は王妃様に連行されている間に何処かに行っていた。

出迎えだけかい。



紅茶とジュースのどちらが良いかしら?なんて話をしていると、いつの間にか2人掛けのテーブルに向かい合って座っていた。

周りにいるのは数人のメイドだけだが、あのティーパーティが思い出される。




「どうしたのかしら?そんなに見回して」


「大変失礼致しました。少し、緊張していまして」


「そんなにかしこまらなくて良いのよ?ってこれ、お茶会の時にも言ったわね」


「ありがとうございます」


「そうそう。第一あなたは、わたくしの娘になるかもしれないじゃない」



見定められている気がしてならない。

いや、ここで諦めてはいけないのだ。家で弟とガバーリョが待っている。


「失礼ながら、王妃様も殿下も大変素晴らしい方と思っております。私も公爵家の者として、精一杯この国の為にアクスバリの地で身を尽くしたいと、そう思っております」


「あら、次期王妃には貴女が一番相応しいと思うわよ?それに雨の女神の加護を持って生まれて来た者同士じゃない、是非仲良くしたいわ」


自分の胃は、高貴な方と話すのには向いていないらしい。

痛む腹部を抑えつつ、笑って返す。


「私のような未熟者では、とても務まるものではないでしょう。殿下も未だ8才。これから、もっと相応しい方がお生まれになる可能性もあります」


向かい側に座っていた彼女が、少しだけ目を細める。


「生まれるかも、というのは否定しないけれど。未熟者だと言うのなら、お茶会の時にメイドに話した事は何なのかしら?」


「何のことでしょう?」




「妊婦に紅茶はよくない、だなんて。ある未熟者のお嬢さんがメイドに教えてくれたらしいのだけれど、如何してそう思ったの?」


不穏な予感がする。


「そのご令嬢については存じ上げませんが、王妃様の服装やご様子、仕草などから判別したのではないでしょうか」


ご懐妊おめでとうございます、と付け加える。


彼女の目の前にある飲み物は紅茶ではなくジュースだ。

柑橘類を絞った汁を使っている辺り、やはりそういう事なのだろう。


実際はもしかしたら、と思っただけだ。

やたらと多いメイドの数に、収縮色の装飾の少ないドレス。

お腹の辺りを抑える仕草とチラチラと彼女を見ていた夫と息子。体温が高そうだったし風邪などからの心配なのかと思ったが、それならそもそも外出させないだろう。


しかし遺憾だ。

間違っていたら失礼なんて言葉では済まされないからメイドに妊娠している人がいるなら紅茶は控えたほうがいいと呟いただけなのに、事実は人と人とを渡る間に変化するものらしい。


「これでも驚いたのよ?面白みのない子かと思っていたら、ジャグリーンからあんなことを聞かされて。そんなに目立ちたくなかったのかしら?」


ジャグリーン、お前のせいか。

絶対に許さない。


「ティーパーティは社交の場であってアピール会場ではないと思ったもので。ご不快な思いをされたなら、申し訳ございません」


嫌な予感がする。

具体的に言うと王妃様にロックオンされた気がする。


「もちろん構わないわ。けれどそうね、これからも城に来てくれないかしら?ほら、これからもっと動くことが難しくなるじゃない?」


退屈なのよ、ところころ笑いながら告げられ、とうとう胃の穴が開く幻聴さえ聞こえた。


私でよろしければ喜んで、と言う他ない返事は、自分のものでないような気がした。







ーー家に帰って弟をピクニックに誘うと、勉強しているから無理だと言われた。どうやら我が弟は、アクスバリの次期当主として着実に成長しているらしい。


将来、領地での居場所がなくなったとしても大丈夫なように対策を立てねばならないと思いつつ、ガバーリョと共にピクニックに行くのだった。


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