正体
遠目の美人は、近くから見たら絶世の美女だった。
存在が尊い。
艶やかな顔が傾国を思わせても、陽だまりのような暖かい笑顔が人を安心させる。
アンバランスだが、それがまた魅力になっているように感じる。
……一気に凄まじい美形を3人も見て、明日あたり目が潰れていないか本気で心配になるが。
「御免なさいね?急に。楽しんでいるか、少し心配になってしまって」
「お、お気遣いありがとうございますわっ!」
隣に座っていた淡い紫の髪をした少女が、緊張と感動のこもった声で答える。隠し切れていない嬉しそうな赤い顔が同い年ながら可愛らしい。
揃って礼をした自分達に彼女は口を開く。
「良いのよ?そんなに緊張しなくて。軽いお茶会位に考えていれば良いの。こんなに良いお天気だもの、少しくらいはしゃいだ方が女の子らしくて可愛いわ」
片手で紅茶を、もう片方の手を腹部に添えるようにして微笑む彼女はすでに乙女達の心を掌握しているらしい。
キラキラと尊敬を向けられながらも凛と座る姿が美しく、周りの感動を含んだ目線の熱が上がっていく。
仕方ない、美しいものに弱いのは人として仕方ないのだ。
それにしても一体、この絶世の美女は何者なのだろうか?
パーティに出る前に父親に主要な人物の顔と名前だけは覚えておきなさい、と数十枚の絵姿を渡されたが、読んでいた「世界の骨格 〜一番美しい胸骨〜 」が良い所だったので弟と下の方から数枚、その顔に似ている動物当てゲームで遊ぶに留めておいた。
主要な家の家族構成は把握しているが、人の顔は大体同じに見える。時々いる明らかに動物顔を除けば目と髪の色で判断すればいいと思っていたが、まさかいきなりこんな場面になるとは。
しかも分からないのはこんな超絶美形。一度見たら忘れない事は請け合いだが、一度も見た事が無いなら名前など分かるはずもない。
……落ち着いて、諦めて一から誰なのか考えよう。
30代ほどで高貴な身分で、美しい人。
髪を結い上げているなら恐らく既婚者だろう。
ティーパーティの中、いきなり話しかけても許され、むしろ喜ばれる。
さっき何処かで見覚えが有るような気がしていたが、見たなら間違いなく覚えているので気のせいだろう。
例え8才でも、自分は割と優秀な頭なのだ。
物忘れなんて機能は搭載していない。絶対にだ。
そういえばさっき自分を含めた女子達が彼女に対し礼をした時、彼女は頭を下げなかった。つまり彼女はアクスバリ家より高い地位になることになる。
これはかなり大きなヒントだ。
アクスバリ家は建国当初から存在し、五指には入らなくても十指に入る位には大きい。
それよりも上の身分なら数人しかいない。
しかしその数人から誰なのか当てるにしてももっと情報が必要だ。
頬を赤らめて眼差しを送る少女達に便乗して彼女を見ていると、彼女もまた顔が少し赤くなっている事に気付く。
強い日差しの所為だろうが、白い彼女の顔にさした頰の赤みの理由は体温の上昇もきっとある。
日傘を用意しなくて良いのだろうか、と思っているとこちらを見る視線があった。
いや、見られているのは女性だ。
誰が見ているのか顔を向けると、国王陛下と王太子殿の御顔が有った。
陛下は視線を隠すようにさりげなくだが、殿下は明らかにチラチラと彼女を見ている。
……とても高い身分で、陛下と殿下が気にするような人。
そういえばこの国では10年ほど前に隣の国から姫を迎えたのだったか。
国内に相応しい身分の雨の日生まれの娘が誰もおらず、国外から迎えるしかなくなった。
隣国ではちょうど一番下の姫が雨の中生まれていて、国内からの反発も大きかったがそれでも輿入れとなった事を思い出す。
……唯の直感だ。
それでも、間違いないと本能が叫んでサイレンを鳴らしている。
きっと、彼女はクベストリア王妃、ジュビア様だ。