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質疑





××年、建国。


×○×年、内乱勃発。勝利した○○○が王となる。


○○×年、○○◯による△×制が開始される。



☆○×年、○□△により○×教がーーーーーーー






古書の匂いの中、捲っていたページが嫋やかな指に抑えられた。薄い色の爪に続きを隠され、視線だけで手の持ち主をなぞれば瞳を細めた王妃が居て、美しい顔が笑みに形作られる。


……どうやら時間切れらしい。

肩をすくめながら、王城の資料庫のソファにもたれた。



「こんな所にいたのね、気づかなかったわ。………で?そんな物を漁って、次は何を知りたいの?」



自然体に美しく、向かいのソファに座りながら問われる。

この人の見目は本当に変わらない。昔本気で神話生物じゃないか疑ったが、陛下も容姿が変わらないので王家とはそういう生命体集団なのだと納得した。つまり殿下もある程度で容姿が変わらなくなり、嫁いでしまえば自分もそうなると。

そんなの絶対に嫌でござる!嫌でござる!何が悲しくて永く生きねばならないでござるか!



頭の中だけで巫山戯ながら膝の上の歴史書を閉じる。目の前の女性の故郷でもある隣国の言葉で書かれたこれは、この国の歴史を纏めたものだ。殆どが世界から喪われラスト一冊かも知れないレベルの希少本だが、大切なのはレア度よりも内容。資料庫らしい膨大な本の中で見掛けても食指は動かなかったが、今になって興味が出て来た。


表紙の複雑な記号を脳内でこの国の言語に変換しながら笑う。半強制的に同居させられている身だが、彼女の美貌にはまだ慣れない。



「フロロー教の歴史が知りたくて。そろそろ終わる宗教ですから、惜しくなったのかもしれません。けれど他国の書の方が脚色されていないのは皮肉ですね」


「未練なんて欠片も無い顔をしている癖に良く言うわね?かなり昔の言語だけど、これが読めるの?」


一通りは何処かで覚えましたと返すと、深く溜息をつかれる。この程度、少し本か資料を見れば直ぐ理解出来るだろうに。




「………やっぱり娘にならない?手放すのが惜しいわ」



「謹んで辞退させて頂きます。先程次期王妃候補をリストアップさせて頂きましたので是非ご覧ください」



「もう見たわ。既に婚約者の居る娘も入っていたけどどういうつもり?馬に蹴られて死ぬのは御免だって言ってたじゃない」



「リア充爆破したくt……冗談です。学園で色々有りまして、婚約破棄する娘が出ているんですよ。他の女に色目を使った男側が悪いので彼女達に疵は有りませんし、一番有望かと」



特にあの娘、と名前を挙げるのは生徒会長の元婚約者だ。生徒会長がエスメラルダにぞっこん過ぎて女性側の両親がキレた結果だが、GJを出さずにはいられない。



「経歴は悪くないけど生まれがアウトじゃない。王妃になれるのは雨の日、その令嬢が生まれたのは晴れ。ミュートちゃんが一番良く分かっているでしょう?」



やっぱりそこに来たか、本当に忌々しいしきたりだ。

如何してくれようかと殺意を抱きかけて思い直す。国民なら誰でも知っている程有名な話だが、死んでも果たそうとする人間は決して多くない。



「大丈夫だと思いますよ?文句を言う連中を潰せば良い。どうせ騒ぐのは何処ぞの国教でしょう?」


人は殺せても信仰などの無形物は殺せない。

ならどうするか。薄め、減らせば良い。

糞忌々しい病でも貧困でも信仰でも、弱らせるのは可能。削れる所まで跡形残さず削り切ってやる。



思わず口角が吊り上がる。

悪人顔?目がイッてる?褒め言葉です。



「………不可能と言えない状況にしたのが凄い所よね。実際に王家で太刀打ち出来る位に弱めてみせた。敵に回したくないわ」


呆れたように首を振る彼女だが、その眼は笑っている。実力を信頼されていると云うのは如何にもこそばゆいが、此れから其れを裏切るのだと考えれば、疼きっぱなしの罪悪感がまた音を立てる。


けれど其れしか考えられないのだから仕方ない。

この美しい人は国と個人で国を取れる人だ。だから今迄も無茶を許して頂けたし、最後の我儘も見逃して下さるだろう。


だから笑って言葉を返す。


「私一人では何も出来ませんでした。全て王家の威光あっての事ですし、私のした事など微々たる物でしょう。私は唯の脆弱な駒です」



「過ぎた謙遜は嫌味にも受け取れるわよ?一人で何も出来ないから周りを利用し尽くした癖に。どうせ王家や教会も貴女の手札なんでしょう?」


「真逆。王家の未来の為に動いていたのに、そう思われていたなら心外です。殆ど御役御免の今になってそんな事を言われるとは」


本当に、嫌に勘の鋭い人だ。

言葉こそ刺々しいが互いの顔は笑っている。但し内面は汲み取れない。




「御役御免、ねえ。全部終わったらどうするの?王妃にならないなら、何処に行くつもりなの?」


世間話の体で問われた其れに、彼女の本音を見た。



何処に行くか。何処に行けるのか。

その答えは、もう一つしか思い浮かばない。


「色々知り過ぎましたし、追われる立場になるでしょう。此処から遠い所にいこうかと。此の国の連中が追いかけられない位遠くに」



「……………リュコスが泣くわね。全く、誰に似てあんなにヘタレになったのかしら?好きな子一人追い掛けられないなんて」


「流石に泣かないでしょう。多少は傷付いてもどうせ時間が経ったら忘れますよ。死なない限りずっと、いない人間を追い求めるなんて出来ないんですから」



一瞬だけ彼女の顔に驚きの色が宿った気がしたが、直ぐに元の笑みに戻る。

辛口ねえ、と呟かれる声を遠くで聞いた。



手持ちの時計を見ると、約束の時間に近付いていた。

軽く礼をして立ち上がる。ぞんざいだが、遅れたら不敬なので仕方ない。部屋を出ようとして声を掛けられた。



「ミュートちゃんが学園から引き抜けって言った娘が居たじゃない?あの傷だらけの。兵士の一人と良い仲になって、今度結婚するそうよ」



心当たりはエスメラルダ関連のあの女性しか居ない。そうか、結婚するのか。口振りからすれば不幸な物ではないのだろう。良かった、と思い掛けて口を閉じる。


「………そうですか。余り、関係のない話ですね」


尚も言葉を紡ごうとした彼女の唇を笑って遮ると、その場を後にした。








扉の向こうにはジャグリーンがいた。知ってた。

彼女の雰囲気も変わらない。もうやだ王城神話生物ばっかりいあいあ。


仏頂面の彼女に何処に行くのか問われたので、陛下の処だと答える。此の国で最も尊い人に、これから会いに行く。

勿論アポは取った。多忙極まり無い人に時間を作って頂いたのだから遅れる訳にはいかないのだ。ついでに言うなら話す要件にも頷いて頂かなくては困る。



「死ぬ気ですか」


「うん」


「そうですか」



数年来の人間が死ぬ気なのに眉一つ動かさないとはジャグリーンまじ出来る狂信者。塵芥を見る眼で陛下の御前に行こうとする自分を見送る彼女は、びっくりするほど歪まない。

彼女が優先するのはいつだって唯一人だ。口惜しい位に羨ましい。











城歩きも慣れて、もう迷子にはならない。

言いたい事も頭の中で纏まった。後は言いくるめ技能を振るだけだ。

しばらく城を歩いて何度かくぐった豪華な扉を通れば、玉座の間に着く。

びりびりと痺れるような威圧感に唇を噛む。最低限の人間しか居ない空間で、玉座に座る男性に膝を付いた。


頭を上げよと声を掛けられて首を上げれば殿下に似た、けれどずっと怜悧な美貌に見下ろされる。


「何故来た」


「畏れ多くも、お願いが有って参りました」



申せ、の声に心臓が縮こまる。

いや頑張れ自分、自分は出来る子!自分は出来る子!

精一杯の虚勢で、それでも笑う。






「私を、殺して頂きたいのです」










ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー











「OWATAAAAAAAAAAAAA!!!!」



「何言ってるんですか姉上」



直に教会派が娘(赤子)妃にしてね!イベントを起こすから連鎖で自分ごと教会粛清しましょうぜ!断らないよね?デメリット無いから!と言いくるめ、苦々しさの極みみたいな顔で頷かれて意気揚々と久し振りに家に帰る迄は良い。良いが、興奮ゆえに自室で叫んだら弟にスタイリッシュ室内お邪魔しますされるとは思わなかった。



ベッドからムクリと起き上がる。十五歳になり、悔しくも身長を抜かれた亜麻色の少年がそこに居た。



「………鍵は掛けたと思ったのだけれど?」


「鍵開け道具が有りまして。やり方は練習しました」


「何処でそんな道具を手に入れたの?泥棒の真似事なんて、公爵家の次期当主として相応しく無いと思うわよ?」


「道具は姉上の部屋から見つけました」


「アッハイ」



ぐうの音も出ない。わざわざ練習するとはかつての自分かよ弟。後何時の間に部屋に入ったんだ弟、遺書こっちに置いとかなくて良かった大惨事になる。


「次は何をやらかしたんですか姉上」


「何のことかしら?王城に行っただけなのに、何か出来る訳無いじゃない」


ちょっと殺して下さい宣言しただけだからやらかしてないノーカンだ。飄々と言ってみせるが哀しきかな弟の顔は晴れない。普段の行いが行いだからか、学園入りしてから割と大人しくしていたのだが。これはもう彼が極度の心配性という事だろう。


どうだか、と呟きながら弟がこちらに来る。



「姉上、何か隠してませんか?」


「……秘密の無い人間なんていないでしょう?隠している物に土足で踏み入るのはマナー違反よ」


前髪が触れ合う距離で亜麻色と目が合う。

淡い黄色にたじろぎかけて、慌てて表情を取り繕った。自分の黒が煩わしく思えて、本当に亜麻色が大好きだ。

どうやっても話してはくれないのですね、と暗い声が部屋に満ちる。言える訳がないだろう、此れから死ぬけど気にしないでね!とでも叫べば良いのか。

何も残す気は無い癖に傷ばかり増やす自分に腹が立って、視線を落とした。



ずっと帰ってこないじゃないですか、もう守られるばかりの子供じゃ無いのに、理由すら教えてくれない。

声は、泣いているように聞こえた。



勝手です。姉上は、勝手な人だ。

だから、俺も好きにやります。



ぽつりと耳元で落とされた声に顔を上げれば、弟は笑っていた。ぎこちなく泣きそうに、其れでも笑っていた。

ギリギリ肩にかからない亜麻色の髪が、ゆらりと揺れる。

姉上が俺に興味が無くても、俺は姉上を大切に思っているんです。優しい声が脳に響く。

話さなくても良い。俺は、俺のやりたいようにやります。


違うと、思わず呟いた。何に対する否定かも分からず、其れでも拒否したかった。君は、こんなにも私に似ていたのか。初めて知った、嬉しくない。


似ていると何度も言われた。同意した事は無かったけれど、初めて弟と自分の血の繋がりを信じた。唯守り慈しむべき対象だと思っていた弟が自分と同じ笑い方をした事に、金槌で殴られるよりずっと衝撃を受けている。


優しく優しく、泣き出す直前の子供のような顔で彼が笑う。違う、そんな顔をさせたい訳では無いのに。くしゃりと顔を歪めながら、いなくならないでと呟かれた。



たった一人の兄妹でしょう、と。





違うんだ。



君が知らないだけで、一人じゃ無いんだ。

どうしても会いたい人は、誰よりも大切なのは。

君と私の、姉なんだ。







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